第11話 新天地
「どうだ!これが俺の新しいMSだぜ!!」
MSデッキに来たハリスにカシスが大威張りで一機のMSの前で立ち止まった。
そこには大柄なMS、一部では小型ビグザムといわれているゾックの姿があった。
「うらやましいだろ?」
「・・・ああ。」
初めて目にするゾックの姿を呆然と見詰めながらこれまた呆然と頷く。
「どうして手に入れたか教えてやろうか?」
鼻高々になりながらカシスが詰め寄ってくる。
「教えてくれ。」
素直に返したその言葉にカシスが良いだろうといわんばかりに頷いた。
その自信満々の顔がいきなり崩れたかと思うと照れくさそうに次の言葉を発した。
「この前の戦闘でザクが大破しちまってさ。丁度補充されたばかりのゾックを貰ったんだ。」
そういって頭を掻きながら笑う。
「なんだ。お前のザク、壊れたのか。」
「そうなんだよ。今までずっと一緒だったのに・・・。」
ハリスの言葉に泣きそうな顔になるカシス。
「おいおい、しっかりしろよ。頭のリーゼントが泣いてるぞ。」
「うるせえなぁ。その御陰でこんなお宝が手に入ったんだからいいだろ。」
「はははっ。」
カシスとのやり取りでつい笑い声を上げてしまう。
外見とは異なり中身はからかいがいが有る面白い友人だ。
「でも俺と同じだな。俺のザクもこの間の戦闘でボロボロになったんだけどさ、なんとか修理出来たんだ。」
「なんだよ。お前、人の事言えねえじゃねえか!」
「まあな。」
その会話でその時の戦闘の一部をふと思い出した。
メインカメラが割られ倒れ伏した陸戦型ガンダム。ハリスが知る事ではなかったがそのガンダムの中には連邦軍特殊部隊のシューン曹長が乗っていた。
そのコックピットに弾の無くなったザクマシンガンのストックを叩き付けた時。
恥ずかしい事に言われるまで気付かなかったがそのガンダムを倒した時ハリスはエースパイロットになった。
あの時、何故かは分からないがハリスに言いようの無い罪悪感が襲ってきていた。
そのせいかもしれないが近づいて斬りかかって来たジムコマンドにはギリギリまで気付く事が出来なかった。
なんとか第一撃は避けたもののジムコマンドの握るビームサーベルは下から突き上げるようにハリスのもとへ向った。
その距離ではどこに避けようとしてもビームサーベルの餌食になる。
本気で死を覚悟したハリスの目の前でジムコマンドにヒートロッドが巻き付き、一瞬遅れて電流が流れ出す。
なんとか爆発する前にザクを後ろに下がらせることができたハリスの目にはもうもうと立ち込める煙の中ジムを破壊した者をが映った。
それは青とも水色ともつかない色をしたグフだった。
(かっこよかったな・・・。)
MSデッキを見渡し、目的のマクロア大尉のグフを見つけて、じっと見詰める。
しかし、戦場では悪鬼のごとき勢いで敵をなぎ倒していくそのMSは静かに直立しているだけだった。

〜同時刻、ザンジバル内のある部屋にて〜
その部屋の中には一人のMSパイロットの青年が居るだけだ。
短めの髪の毛はくすんだ金色。
彫りの深い顔に少し痩せた印象の残る頬。
その青い目には強い意志が感じられる。
彼は今回陸戦型ゲルググのテストをするためプロケル隊に配属されたパイロットである。
旧世紀にシグ・ザウエルという拳銃が存在した。
青年はその拳銃と同じ名前を持つ事からP230のコードネームをつけられた。
拳銃、シグ・ザウエルP230はP228の発展型で九mmの口径を持つ小型の自動拳銃だ。
彼を拾った男は武器マニアでその旧世紀のその拳銃が特に好きだった。
だが、ジオン公国軍のほとんどの人間はそのコードネームについての理由を知らない。
そういうシグ本人もこのコードネームについてはわからないでいた。
「ふう。」
ようやくきりの良い所まで読み終わった本を閉じて溜息を吐く。
それから思いっきり伸びをして体をねじった。
束の間の平穏。
戦果を上げる事だけを考えて出撃する時とは違うこの雰囲気が彼は大好きだった。
この部隊に配属されてまだ一日と経っていないが今までの所と余り変わらないだろうと思っている。
それまでシグの居た部隊はとにかく自分勝手な輩の多いはぐれものの部隊だった。
それは通常の部隊とは全然違うのだが彼は勝手に軍とはこういう物なのだと感じ取った。
その部隊が壊滅した事からわざわざ宇宙から降りて来て、この部隊に配属された。
(とんだ厄介事を引き受けちまったな・・・。)
そんな思いが今もシグの心の中を満たしている。
今まで宇宙戦しかした事が無い彼が地上に降ろされ、いきなり開発されたばかりの陸戦型ゲルググのパイロットをやらされる事になった時は酷く驚いたのを覚えている。
他にもパイロットはたくさんいるだろうと抗議したが、この部隊にはゲルググを操縦した事のある者が一人もいなかった。
それで、宇宙用といえど今までゲルググを操縦していたシグの方がしっくり来るだろうという事で彼に半ば押し付けられた。
「ったく、冗談じゃねえ。俺は地上戦に慣れてないってのに・・・。」
心底そう思っているのだが言葉となって出て来たのは気付かなかった。
「散歩でもしてくるか・・・。」
椅子からたって部屋を出る。
今では癖になっている溜息を漏らしながら整然とする廊下を歩き始めた。

たまたま散歩をしていたシグと格納庫から戻る途中のハリス達は鉢合わせになった。
「よう、P230。何してんだ?」
カシスである。
「散歩だよ。気分転換にね。」
「その割にはまだ不満顔だぜ。あんな贅沢なMSを預けられたんだ。もっと喜べよ。」
ハリスも会話に加わって来た。
これから数十分間、この廊下の一角は三人の物になるのだ。
「いくら贅沢だからって陸戦慣れしてない俺にあんな代物が使いこなせると思うか?」
「何言ってんだ。結構前の宇宙での戦闘で唯一の生き残りが。」
「そうだぜ。あんた戦闘のプロフェッショナルだろが。」
「だけどなぁ。地上での戦闘なんていままでやった事無いんだけでな。」
「大丈夫だって、すぐに慣れるさ。感覚さえ掴めばこっちのもんよ。」
「そうそ。ハリスなんてついこの間エースになったばっかなんだぜ。」
カシスが笑いながらベルヒテスガーデンでの戦闘を話そうとする。
だが、その余りにもいい加減な言いようにハリスも反撃せざるをえない。
「おいカシス。お前はまだエースになってないだろ。なんだよ、その口の利き方は。」
落着いた、冷静な声を装ってカシスの肩を掴み、力を入れる。
「痛い痛い!。悪かったよ!だから手を離してくれ。」
「ふふ、途中から話が繋がってないぞ。」
二人の漫才ぶりにシグが笑いながら突っ込んでくる。
「そうだ。話は変わるけど、この部隊の名前の由来、知ってるか?」
シグがいきなり話題を変えて来た。
「・・・いや。」
「全く知らん。」
素直に答える二人に満足げに笑みを見せると、自分から振った話題について説明していく。
「ギリシャ神話って知ってるか?」
「ああ。大昔の神話だろ?」
シグの質問にハリスが答える。その横ではさっきまで首を振っていたカシスが驚いた顔でハリスを見つめている。
「そうだ。あくまで聞いた話なんだけどな。その神話でプロケルは狂暴なる水の天使として伝えられてるんだ。噂では数学の天使でもあるそうなんだけど、そこら辺はよく分からん。」
「へぇ。」
カシスが興味無さげに聞いている。
「それで、もう一つ。旧世紀のカードゲームではユニークにもプロケルを水と氷を司る魔王として使ってるんだよ。」
「なんで知ってんだよ。」
旧世紀といったらもう、かれこれ八十年程前になる。
そんな昔の事を悠々と口に出すシグに、ハリスはつい、呆れたような声を出してしまった。
「ははっ、気にすんなよ。」
そんなハリスの言葉を笑いながら受け流そうとした。
と、その時。艦内に緊急放送が流れた。
「連邦軍の物らしき戦艦をキャッチ。総員、戦闘配置につけ!繰り返す・・・。」
三人はすぐに顔を見合わせ、MSデッキへと走っていった。
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第12話 フランス戦