第14話 カシス・ホウ
「カシス、ゾック。出ます!」
カタパルトにゾックの巨体を預けると、一気に外へと発進する。
カシスはこの爽快感が堪らなく好きだった。
それも、今回は新しい相棒の力を見る事が出来る。
早くその性能を試してみたくてうずうずしていた。
ハッチを通り過ぎて爆音が轟く戦場へと飛び出す。
すぐ近くにハリスのザクが見えた。
「よう、ハリス。ゾックの力、見せてやるぜ。」
自慢げに話し掛ける。
すると、ノイズで聞き取りにくいが「大事なゾックだ。壊すなよ。」という返事が来た。
「へへっ。」
分かってる、といいたげに笑うと前進に加速をかけた。
「いいねぇ、これがホバーか。」
ヒュー、と思わず口笛が鳴る。
最高の気分だった。
ピピッ、とレーダーがなった。
「近くにいるな・・・。」
瞬時に気を引き締めて周囲に目を走らせる。
普段おちゃらけていてもこういう所はさすが軍人だ。頭の切り替えは早い。
息をゆっくり吐いて気を落ち着かせると、建物ごしからメガ粒子砲を発射した。
メガ粒子がコンクリートを突き抜けその奥にいるであろう敵を貫く。
カシスの耳に反対側でした爆発音が届いた。
「すげー威力だ・・・。」
コンクリートに空いた四つの穴を見て、思わず感嘆の声が出て来た。
ミノフスキー粒子の御陰でレーダーは頼りにならない。
カシスはゾックを走らせると反対側に回り込んでメガ粒子を放った。
そこで彼が見た物は、MSのダミー・風船だった。
「やられた・・・。」
四つのダミーがそこにはあった。
その内の三つがメガ粒子の直撃により爆発する。
空いた隙間からこちらに向って一直線にマシンガンの弾丸が向ってくる。
「こっのぉ・・。」
機体を水平に横に移動させる。
何発かは直撃したがゾックの頑強な装甲の前では歯が立たないのが現実だ。
それでもカシスは屈辱を感じていた。
「・・っおらぁ!」
外見と相俟って不良さながらの気合の入れ方をしてメガ粒子砲を弾の飛んで来た方向に発射する。
メガ粒子は弾丸の飛んで来た方向に一直線に飛んで行き、まだ残っていたダミーを吹き飛ばしてその奥にいた陸戦型ジムに突き刺さり爆破させた。
レーダーが自機の左側にMS反応を示した。
それと同時にその方向にいた陸戦型ジムが攻撃を仕掛けてくる。
ビシューン、という甲高い音と共にゾックにビームが向って来た。
撃たれる直前に後退していたカシスの足元にビームが突き刺さり、ビームの粒子が散る。
「何ぃ!」
ゾックのレーダーは後ろにもMS反応を示していた。
横にステップすると、そこに砲弾が飛んでくる。
モノアイを後ろに向けて標準を合わせると、ガンキャノンがこちらに砲台の標準を合わせている。
そこに向ってメガ粒子砲を撃つ。
ガンキャノンはその四つのビームに貫かれて爆発した。
今度は先程ビームをお見舞いしてくれたジムにメガ粒子砲の標準を合わせてレバーについているスイッチを押そうとするが、その前に横から体当たりをして来た陸戦型ガンダムに吹き飛ばされた。
「っ誰だぁ!」
叫ぶのと同時にゾックのマニュピレーターに付いているクローを振り回すがそのガンダムは後ろに退いて回避していた。
そのガンダムの後ろでザクがマシンガンを連射している。
その弾をガンダムは避けながら、尚こちらに攻撃を仕掛けていている。
こちらに向けて振られるビームサーベルを寸前でかわすとメガ粒子砲を放つ。
それさえも、まるで見透かしているかのような動きで回避してくる。
「くっそ!嘗めてやがんのか!!」
その余りにも華麗で、滑るかのような動きがカシスには挑発にしか見えなかった。
しかし、当のガンダムのパイロット、ミリィ・ニクス大尉は
「あのサーベルをかわすなんて、凄いなぁ。」
などと、目の前の巨大なMS、ゾックのパイロットに尊敬の眼差しを向けていた。
更に近距離で放たれるメガ粒子砲をぎりぎりのタイミングで左側をかわすと、残りの右側のメガ粒子をサーベルで受け流した。
更に、ガンダムは上に飛ぶと、後ろでマシンガンを乱射していたザクの頭にビームサーベルを突き刺して戦闘不能にさせた。
カシスも負けじと今まで遠距離からライフルを撃っていたジムに接近して真近からメガ粒子砲の餌食にした。
さらに視線をガンダムに移すと、目の端にドムが写った。
今、ミリィの陸戦型ガンダムはそのドムと戦闘中のようだ。
「今の内に・・・。」
カシスは機体を反対方向に向けて加速する。
今の自分ではあのガンダムには勝てない、そう判断したのだ。
「俺はまだ死ぬ訳には行かないんだよ!」
コックピット内で彼はそう叫んでいた。

「きゃっ!」
ザクを破壊したミリィのガンダムの目の前でバズーカの弾が爆発した。
「危ないなぁ、もう。」
サーベルをしまってマニュピレーターにビームライフルを握らせると、まだ百メートルは先のドムに向けた。
と、後ろで何かが爆発した。
その爆風に前屈みになるがなんとか持ちこたえて上にジャンプした。
先程の爆発は右斜め横にいたザクの脚部に付いているミサイルポッドから発射されたミサイルのようだ。
「このぅ!」
気合の入れ方もどことなく可愛く聞こえてしまうが、ライフルから放たれたビームはザクを貫いて爆破させていた。
次に高度を変えてバズーカの弾を回避し、ドムに向けてビームライフルを撃った。
しかし、ドムはそれをいとも簡単に避けて再度攻撃を仕掛けてくる。
それを空中で機体を回転させて避けた後、勢い良く前進させる。
また放たれるバズーカの砲弾をライフルのビームで貫き、シールドの爪で殴り掛かった。
その爪はバズーカを弾いて、銃口をへこませた。
ドムはガンダムが近くに来たところを、チャンスとばかりに拡散ビーム砲を放とうとした。
しかし、ミリィは再度バーニアを吹かして飛び上がりドムの頭を左のマニュピレーターに掴ませると、近距離からビームをバックパックに浴びせて撃破した。
大きく息を吐くと先程までゾックのいた方向に視点を変える。
「ごめんなさい。待たせちゃったかな。」
コックピット内でミリィはそう呟いていた。
しかし、既にそこにはゾックの巨体はなかった。
「・・・あれぇ?」
ミリィは首をかしげて頬に人差し指を当てると目を点にしながらモニタを見つめていた。

ミリィの陸戦型ガンダムから何とか逃げ果せたカシスは、町の西側に出た。
そこでも戦闘が行われており、見る限りではジオン側が不利のようだ。
「待ってろよぉ。」
カシスはゾックを走らせると、メガ粒子砲を連射した。
勢い良く飛んでいったメガ粒子は二体のMSを貫いて爆発させる。
何事かと振り向いたジムが一機、ザクのマシンガンの餌食になった。
「っよぉし!」
コックピット内でガッツポーズを取ってゾックを前進させるカシス。
連邦のパイロット達は突然現れた巨大なMS、ゾックにただ慌てるばかり。
カシスが現れた御陰で形勢は逆転した。
しかし、その中でも歴戦の勇士、小隊長のカイラ・スピン中尉は冷静さを失う事はなかった。
「ふんっ。」
彼の愛機、ジムコマンドを走らせると勇敢にゾックに向っていった。
飛んでくるメガ粒子砲をジグザグに避けて確実に近づいていく。
ビームサーベルを握らせると空中に飛んで真上から斬り付けていった。
「なんだ!?」
その勢いに押されそうになるが、ここは頭のリーゼントにかけても退く訳には行かない。
足りない脳味噌で必死に考えると、ゾックの頭部にはフォノンメーザーが付いているのを思い出した。
「この野郎!」
急いで照準を合わせると、撃つ。
一直線に伸びていくメーザーの先にはカイラのジムコマンド。
しかし、カイラは冷静にその攻撃をサーベルで弾き、そのサーベルを振り下ろした。
「っくう!」
ギリギリで機体を後ろに下げてそのサーベルを避ける。
その後に機体を前に押し出してクローを振る。
カイラはそれを後ろに避けようとした。
彼の誤算は、ゾックのメガ粒子砲を計算に入れてなかったところだ。
彼はうっかりする事がよくある。
アキラにもそれでよく注意されているのだが、今回はそれが命取りだった。
ゾックが直線状に位置したジムコマンドに向けてメガ粒子を放とうとする。
その一刹那、ゾックの左マニュピレーターをビームがもぎ取った。
ゾックの大柄な機体が揺さぶられ、照準が狂う。
ギリギリでジムコマンドは直撃は避けて、代わりに肘から先を奪われた。
「・・・っ何ぃ!?」
横からゾックのマニュピレーターを奪い去った相手を見ると、カシスは絶叫に近い声を上げた。
左側のビルの上でビームライフルを構えた陸戦型ガンダム。
その機体が放つ生理的なプレッシャーは正しく間一髪で逃げ果せたと思ったミリィのガンダムだった。
その機体はカイラのジムコマンドのディスプレイにも映し出されている。
彼は思わず唇から呟きが漏れた。
「・・へへ。死の女神様のお出ましだ。」
死の女神。
それは、普段の姿が女神の様な可憐さとちょっとしたお茶目さを持ち、そのくせ戦闘時の死神の様な強さのギャップから付けられたミリィのあだ名だった。
「これは死ぬ気で守らなきゃな・・・。」
カイラはそういうと、唇を湿らせてゾックに躍り掛かった。
ミリィも負けじと機体をゾックの巨大な機影へと向けて飛び立たせる。
そんな慌てんぼな二人に挟まれたカシスは、大きく息を吐き出すとコックピット内に飾っておいた一枚の写真を見つめた。
「ごめんな、フィリア。約束守れないかもしれない。」
その写真の中では、肩より少し長いくらいの蜂蜜の様に奇麗な金色の髪を風にたなびかせてこちらに輝くような笑顔を向けている女性、フィリア・ホストが写っている。
目を閉じると一瞬だけ、カシスの脳裏には今までの彼の人生で一番嬉しかった情景が蘇る。
幼なじみだったカシスとフィリア。
長年の友達以上恋人未満というこそばゆい兼もどかしい関係に終止符を打った男カシス人生で唯一の告白の日。
雰囲気と髪型に似合わず真っ赤な顔をしながら自分の思いを伝えるカシスと、それを笑顔でOKしてくれたフィリア。
微笑ましい青春の一ページ。
今でもカシスの脳裏に深く焼き付いて離れない、もとい離したくない思い出。
ほんの一瞬の幸せを噛み締めた後、目の前の現実に向き直って全神経に戦闘命令を出した。
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第15話 フィリア・ホスト