第15話 フィリア・ホスト
猛烈な勢いで迫り来る陸戦型ガンダムとジムコマンド。
その二機をディスプレイ越しに見つめながらタイミングを計るカシス。
何時の間にか他のMSはいなくなっていた。
ただ、そこら中に散らばる残骸だけがそこで他にも戦闘があった事を記している。
先にゾックに到達したのはカイラのジムだった。
右の腕を精一杯振り上げ、斬りかかってくる。
一歩後ろに下がりサーベルを避けると、横からミリィのガンダムも斬りつけてくる。
攻撃する余裕が全く無い。
「ちぃっ!」
舌打ちを一つしてから後ろにステップして間隔を広げようとする。
それすらも襲いかかってくる二機には通じず、すぐに幅を狭めてくる。
極限状態の時、人は潜在している能力以上の力を発揮できるというが、正にそれが今のカシスだった。
どんな角度からの攻撃も避ける。
だが、攻撃をする隙が無いのでは意味も無い。
無意味に焦るのが落ちだ。
それはカイラも同じだった。
なぜ、攻撃が当たらないのか。それを自問してみるが答えが見付からない。
それにより苛つきが出てくる。
苛つきは人の思考能力を低下させる。
それにより思わぬ隙を生み出してしまう物だ。
普段からマイペースなミリィはとにかく、気の短いカイラには我慢が出来ない。
「この野郎ぉぉぉ!!」
一気に片を付けようと飛び出す。
ビームサーベルを振り下ろすが、極限状態から異様なほどの集中力を手に入れたカシスには、それをかわすのは容易な事だった。
機体を横に傾けると、振り下ろされるサーベルをかわしてメガ粒子砲の発射準備に入る。
それをギリギリでバーニアをフルに使ってかわす事が出来たのも百戦錬磨のカイラだからであり、ひよっこの新兵では出来ない芸当だろう。
が、いくらバーニアを全快にしても真近に迫ったゾックのメガ粒子を全て回避する事はどんなエースパイロットでも出来ないはずだ。
なんとか直撃は避けたものの、バックパックの一部を破損して右の脚部も膝の関節からもぎ取られた。
「ぐわぁぁぁ!」
右側のモニタにひびが入る。一部、破損した場所もある。
ヘルメットのバイザーもわれて、破片が顔の皮膚に突き刺さる。それでも眼球を傷つけなかったのは、かなり運がよかった。
バックパックに被弾した御陰でエネルギーが足りなくなり、サーベルのビームが消えていった。
だが、それでもまだ動けるしバルカンの残弾もある。
充分に戦える訳ではないが、ミリィの援護なら出来るだろう。
「見殺しにしたらアキラに殺されちまう・・・。」
そう呟いて、苦笑いを浮かべた。
まだ破損していないディスプレイの向こう側には、陸戦型ガンダムとゾックが戦っているのが目に入った。

自分に振り下ろされようとしているガンダムの右腕、ビームサーベルの握られているそれの手首に当たる部分をマニュピレーターで受け止める。
「おらぁ!」
反撃しようとしたその時、サイド・モニタに女性の顔が映った。
とても柔和な表情と優しそうな瞳。
その女性が放つ、神々しさから、カシスは女神でも見ているかのような妙な錯覚に陥った。
「こんにちは。貴方がそのMSのパイロットですか?」
その「女神」が話し掛けてくる。
雰囲気と同じでとても優しそうな声。彼女の背景がコックピットのそれでなければ、本当の女神と間違えていたかもしれない。
そんな声につられるように、ゆっくりと首を縦に振る。
「そうですか。私はミリィ。ミリィ・ニクスです。貴方のお名前は?」
にっこり、と笑顔を浮かべてそう尋ねてくるミリィ。
その笑顔は、女神というより可愛らしい天使を思わせる物だった。
「俺はカシス、カシス・ホウだ。」
「カシスさんですね。分かりました。」
そういって、やはり笑顔で回線を閉じるミリィ。
目の前の戦闘に意識を集中させる。
ガンダムが後ろに下がった。
「んっ、待てよ・・・。」
ふと、疑問が頭を通り過ぎた。
「あんな美人があれを操縦してるんだよな・・・。」
もはや、あんな美人でお茶目な女性が異様なまでの強さを見せ付けていたガンダムのパイロット。
流石にそんな事は思い浮かばなかった。
「まっ、フィリアの方が美人だけどな・・・。」
そう呟いて写真を見る。
完全なのろけである。
これをアキラが聞いたら、今すぐにでも斬りかかっていただろう。
カシスがゾックの機体をガンダムに向けて、メガ粒子砲の発射準備をする。
一方のミリィもガンダムにビームライフルを握らせるといつでも攻撃できるようにした。
カイラもなんとか出力の落ちたバーニアで機体を支えながら近くまで移動してくる。
ガンダムがゾックに向けて一直線に突っ込んで来たところを、メガ粒子を放つ。
一瞬で目の前まで来たメガ粒子をギリギリでかわして、ライフルを構えた。
しかし、カシスはその動きを読み、既に第二撃を放っていた。
ものすごい勢いで近づいていくメガ粒子。
もうだめだと、ミリィが目を閉じるのと、ガンダムがカイラのジムに吹き飛ばされるのはほぼ一緒だった。
「あんたを死なせたら、アキラに殺されちまうもんでね。」
ガンダムのコックピット内のスピーカーからはカイラがそう言ったのが聞こえた。
「きゃんっ!」
小犬みたいな悲鳴を上げて、ガンダムが倒れる。
一泊おいて、ジムが爆発する。
その様を見て、カシスは溜息を吐いた。
「ごめんフィリア。俺、死んだ。」
そう呟くのと、ディスプレイの中でガンダムがこちらにライフルを向けるのが見えたのは、同時だった。
ライフルからビームが放たれる。
その一瞬の間に、カシスの頭の中に色々な思い出が蘇る。
こうして振り返ってみると、皆フィリアとの思い出ばっかりだ、とカシスは思った。
これが走馬灯というやつなのかもしれない。
視界一杯に、光が広がる。
その光はカシスの全身を包んで、ゆっくりと蒸発させていった。
最後の最後で、カシスの顔は幸せそうだった。

地球からもっとも離れたコロニー群、サイド3。
地球とはもっとも離れた場所にあるサイド3のとあるコロニーは、プロケル隊のいる欧州とは正反対のため、今は夜。
暗闇にポツポツと小さな明かりを灯している星達。
辺りを優しく包み込む、少し頼りない光を放つ月。今日は三日月なので、更に弱々しい。
黒一色のキャンバスに点々と白い、小さな絵の具と、三日月の絵を描いたようなそんな夜空をふっ、と流れ星が切り裂いた。
「あっ、流れ星。」
その様子を見たフィリアの胸に幸福感が広がった。
思わず頬が緩む。
窓枠においた肘、その先の掌で支えている頭。
その頭を横に動かして、写真立ての中で自分の隣にいる、最愛の人が帰るのを待っている。いつものように。
「はやく、帰ってきてね。」
思わず口に出して写真のなかのカシスに話し掛ける。
それからおもむろに部屋全体を見回した。
カシスの唯一の帰り場所。
フィリアの父が猛反対した挙げ句に駆け落ちして、見つけたのがこの家だった。
帰ってきたら結婚しよう。そういってはめてくれた薬指の指輪。
それを見て、また優しく微笑んでしまう。
まるで指輪の向うにカシスがいるかのように。
「ん〜っ。」
思い切り伸びをして立ち上がる。
窓を閉めようとして、その奥で、微かに見える地球を見つめた。
口の端に微笑を浮かべて、窓を閉める。ついでにカーテンも。
部屋の電気を消して、床に就く。
こうして彼女は、彼を待つ。
明日も多分、待ちつづける。
もう帰ってくる事の無い、最愛の人を。
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第16話 ハリス・クルンプ