第16話 ハリス・クルンプ
同時刻、ストーム部隊ザンジバル戦艦にて。
格納庫に一人、ボーッとしながら壁に寄りかかる影がある。
その影自体は不自然でも何でもない。
それは影の正体が部隊のメンバーであるマッケイ・フレン中尉だからだ。
あえて不自然な点を上げるのなら、それは彼の表情だろう。
明るい訳ではないが、特に暗い訳ではない。それでもどこか微妙な表情だ。
ボーッとした表情と言われればどうしようもないが、とにかく微妙だった。
そんな彼の目の前にひょっこりと別の影があらわれた。
彼の恋人でこの部隊の主任整備員のメイア・スウリだった。
「どしたの?景気の悪い顔して。」
問い掛けても返事は無い。
二・三度顔の前で手を振ってみる。それでも応答はない。
ちょっとむっとした表情で、マッケイの頬を抓る。
「痛っ・・ででででででで!」
ようやくまともな反応が返って来た。
メイアは満足そうな顔で手を離す。
「痛ったぁ〜。何すんだよ・・ったく。」
余程痛かったのだろう。そこだけ赤くなった頬をさすりながら文句を言う。
「応答しなかったあんたが悪いの!それよりどうしたの?どこか具合でも悪いの?」
がさつに見えるが中身は繊細な辺がしっかり女だ。それがかよわいのは付き合い始めてすぐにマッケイにも分かった。
わがままな部分も合わせて、彼女の心は少女みたいなのだ。
それ自身はマッケイも悪いとは思っていない。むしろ可愛いからと喜んでいたりする。
だからこそ彼女には心配させたくないと思っている。
「いや、大丈夫。ただ少し前を思い出してただけさ。」
「どれくらい前の事?」
「士官学校時代。ハリスと会ったばかりの時だよ。」
「えっ!?」
この言葉にメイアは驚いたような表情をして、大きな声を上げる。
大きな格納庫全体に聞こえるかもしれないような大きな声。
それを間近で耳にしたマッケイは、今現在耳鳴りに頭を数秒間停止させているのだろう。ぴくりとも動かない。
「・・・?」
メイアがさも不思議そうに覗いてくる。
その愛くるしい瞳と時間が、ようやく彼の脳味噌を活動させ始めた。
「・・・った〜。何だよ。どうしたんだよ、一体・・・。」
それでもまだ痛いのか、マッケイは耳を押さえながら疑問をぶつけた。
「だって、さ。マッケイとハリスってもっと長い付き合いだと思ってたんだもん。」
「皆、そうやって驚くんだよな。」
いまだに耳を押さえているのが情けないが、それでも彼は半ば呆れながら返答した。
「俺達は士官学校でたまたま気が合ったからいまでも生涯の親友と言ってられんだよ。」
「どんな風に気が合ったのよ・・・。」
実際的には彼等の共通点はバスケットボールにあった。
マッケイ自身は高等学校時代。つまり士官学校前にはこのスポーツで「ポイントガード」のポジションでサイド3のMVPプレイヤーになった男である。
その後、士官学校に興味本意で入りたまたまそこが息抜きとして校内のクラブ活動を認めていた事から、バスケットボール部に入った。
それ自体は休暇の日にしか活動できないのだが、それでも部員は汗を流してプレイするのを楽しんだ。
そんな中、彼と一緒に新入部員として入ったハリスとは随分気が合ったのを今でも覚えている。
マッケイがポイントガード、つまりコート上の監督と言われるポジションでボール運びをしていたのに対してハリスはそのシュートセンスを充分に生かしてシューティングガードを担当していた。
そのポジション関係から二人の息が合ったコンビプレイは定評が合った。
マッケにしてみれば、高校時代にハリスと同じチームになれなかったのがとても残念な事だった。
そんなこんなで何時の間にかここまで来たのだが、マッケイはそれをメイアに説明する気はなかった。
「へへっ、秘密だよ。」
「ずるい!」
メイアはそう言って胸を叩こうとするが、マッケイはメイアの両腕を掴んで防ぐ。
次の瞬間には彼女の体を抱きしめていた。
「もう。こんな所他の人達に見られたら大変だよ。」
「うちの娘に手を出すとはいい度胸だな。マッケイ。」
マッケイがそれに答える前に、彼の後ろで他の声がした。
「・・・!?」
その声に、とっさにメイアを引き剥がして後ろを勢い良く振り向く。
マッケイの目には、恐い顔をしたフォレスト中佐が彼を睨んでいる様子が映し出された。
「むっ・・娘?・・・へっ?」
大きく眼を見開いたまま中佐とメイアの顔を交互に見る。
「言ってなかったっけ?」
不思議そうに首を傾げる姿はとても可愛らしいのだが、今のマッケイにはそれにときめく余裕はない。
「正確には義理の娘だがな・・・。」
以前恐い顔で中佐は一言だけ言った。
「だから名字は違うの。」
にこり、と微笑みながらメイアが付け加える。それも可愛らしいがマッケイはそれ所ではない。
「ええっ・・と・・・。」
恐る恐る振り返るがやはりそこには恐い顔をしたフォレスト中佐がいるだけだ。
「さて、覚悟は出来ているかな?マッケイ・フレン中尉。」
戦場では「漆黒の嵐」として恐れられているフォレスト中佐も人の親だ。
そこには予に言う「頑固親父」のオーラが滲み出ていた。
「わぁぁぁぁぁ!・・ゆ、許して下さい〜〜!!」
平和な日常。それが成せるマッケイの悲痛な叫びが青空の下で鳴り響いた。

同時刻、フランス東部の戦場にて。
はぁはぁと荒い息を吐いたハリスがゆっくりと、袖で額に浮かんだ大粒の汗を拭った。
これでも幾分落ち着いた方だ。
ずっとうずくまっていたハリスも、町の西の方からしたと思われる轟音がスピーカーから聞こえた時、ようやく意識を現実に戻せた。
何故西の方と思ったかと言うと、 モニタにその方向から一際大きな光が射し込んで来たからだ。
それはカシスのゾックが爆発した時の物なのだが、それをハリスが知っている訳ではない。
第一、何十分も意識が混乱していたのにもかかわらず敵から攻撃を受けなかったのさえ奇跡的なのだ。
まだ震える手で操縦桿を握り、機体を立たせる。
レーダーを見て、回りを索敵する。
見にくいながらも左、やや遠くに敵MS反応があった。コックピット内に警報が鳴り響く。
その方向に機体を走らせて、ザクマシンガンを構える。
入り組んだ場所からジムが飛び出して来た。
そのジムは空中に飛び、ミサイルランチャーを向けていた。
ハリスは機体を前に傾けてブーストをかけると、相手の後ろに回り込んだ。
この辺の判断は、学生時代にやったバスケットボ−ルの賜物である。
これに限らず球技系統は相手の一歩先を読む事が自分のファインプレーに繋がる。
それにより一瞬の判断力とそれを実行する瞬発力が養われるのだ。
相手の不意を付くのもまた、これに結び付くのだ。
頭上から降って来たミサイルを全弾振り切るとマシンガンの照準を合わせた。
操縦桿についているスイッチを押すと、ザクUのマニュピレーターがマシンガンのトリガーを引いた。
銃口から迸る熱い鉛がジムのバックパックを貫いて中の燃料を爆発させていく。
眩いばかりの光がハリスの目に飛び込んで来た。
少し目が痛い。
ピピッ、とレーダーにMSが引っかかった時の警報が鳴った。
その三秒ほど後に、ジムが三機現れて、マシンガンの弾を乱射して来た。
「こっのぉ!」
直撃寸前で避けると左側のジムのカメラ・アイに向けて引き金を絞った。
放たれた弾丸は次々とジムの頭部に当たり、砕いて行く。
原形が分からないほど弾丸を埋め込まれたジムは重力に任せるままに後ろに倒れ込んだ。
コックピット内にものすごい衝撃が伝わり、それと共にハリスの体も左側に吹き飛ばされそうになる。
右側のジムが体当たりをして来たのだ。
「ぐわっ!」
そのまま横に倒されるが、それでも黙っている訳ではない。
自分でもなぜ出来たのかは分からないが、倒れる寸前に体当たりをして来たジムを蹴っていた。
相手も尻餅を搗く。
「痛ってぇ。」
頭は幸いヘルメットがあったため無事だったが、その代わりからだの節々が痛む。
目を開けると先程まで真っ正面でマシンガンを撃って来た、恐らく隊長機だと思われるジムコマンドがビームサーベルを構えて仁王立ちしていた。
「うわぁっ!」
慌ててバーニアを吹かして後ろに下がる。
何とかコックピットに突き刺さるのは免れたが右足をビーム粒子が焼いた。
刺された部分が爆発した。
何とか近くのビルに掴まってバランスを取る。それでも不安定なのは仕方が無い。
それでも相手は軍人だ。呑気にハリスを休ませてくれるわけはなかった。
「ちくしょう・・・。」
こちらに向って飛んでくるマシンガンの弾をブーストをかけてなんとかかわす。
マニュピレーターに持たせていたザクマシンガンを捨てさせ、移動しながらヒートホークを取り出す。
一番手前の、多分体当たりを仕掛けて来たと思われるジムにその熱せられた刃を突き立てた。
ヒートホークはジムの胸部に食い込んだ。それを力尽くでコックピットごと寸断する。
オーバーヒート寸前で耐えているバーニアに感謝しながら残ったジムコマンドに斬りかかった。
相手もビームサーベルを構えている。
ハリスはザクのバーニアを最大まで吹かてスピードを加速させた。
こうする事で相手の意表を付こうと思ったのだ。
もうすぐでサーベルが届くと言うところでタイミングを失ったジムはサーベルを振り上げた姿勢のままザクの巨体を懐で受け止めた。
肩のスパイクがコックピットの上辺りに突き刺さっている。
二機が倒れ込んだ。それとほぼ同時にザクのエンジンがオーバーヒートをおこして足やバックパックのバーニアが吹き飛ぶ。
「うわぁっ!!」
ハリスは急いでコックピットから飛び降りた。そのまま全速力で機体から離れる。
後ろで物凄い爆発が起きた。爆風で体が吹き飛ぶ。
体を強打して地面を転がる。ザクが覆い被さっていたので下にいたジムも巻き込まれて誘爆したようだ。
MS二機分の爆風を間近で受けて死ななかったのが奇跡だ。
「いったぁ・・・。」
起き上がろうと体を起こした。すると、左腕に一際激しい痛みが襲った。
「痛ぅ、っぐぅぅぅ・・!」
左腕を押さえて必死に苦痛に耐える。最悪骨が折れているか、よくてもひびぐらいは入っているかもしれない。
それでも耐えて立ち上がった。動くたびに左腕に激痛が走る。
だがそれでもハリスは運が良いようだ。近くにエレカがあるのを視認できた。
「ハリスか?」
突然、後ろから声がした。それもかなり大きな声だ。
声からするにマクロア大尉のようだ。
ハリスが振り返ると、案の定、そこには空色にグフが立っていた。
先程の大きな声はMSの外部のスピーカーから話し掛けたのだろう。
「いいか。ハリス、逃げろ。残念ながら私たちが勝つ確率が無くなってしまった。」
マクロア大尉は一方的に話し始めた。
「既にほとんどのパイロットが戦死した。戦闘を続けても無意味だ。ザンジバルも持ちそうも無い。」
「しかし大尉は・・・?」
ハリスは携帯用の無線機に話し掛けた。
「私は野暮用を片づけてから行かせてもらう。大丈夫だ。すぐに後を追わせてもらうよ。」
マクロア大尉は安心させるようにそう言い聞かせた。しかしそれが下手な嘘であるのはハリスにも分かった。
「・・・分かりました。」
それだけ言うと、エレカの運転席に座ってエンジンをかけた。不用心な事にキーは刺さったままだった。
後ろを見ると、そこには緑色のガンダムと対峙した空色のグフが見えた。
「くそぉ!!」
大声で叫ぶと、ザンジバルのある方で爆発が起きた。
その光はエレカの中を照らし、ハリスの頬を伝う悔し涙を光らせた。
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第17話 マクロア・フレイン