第17話 マクロア・フレイン
戦闘も終りに近づこうとしていた。それもジオン側、つまりプロケル隊の劣勢のためだ。
既に大部分のパイロットは自分のMSと共に戦場に消えた。
そして勿論戦艦だって例外ではない。ザンジバルも攻撃を受けている。
今も砲塔が一つ破壊されたところだ。
「救援要請はまだか!!」
その艦長の声はかなり大きな声だった。しかし、回りの騒音でやっとオペレーターに届くぐらいにまで掻き消されてしまった。
そんな艦長の声に答えたオペレーターは、しかし残酷な現実をただ知らせる事しか出来ない。
「駄目です!さっきの攻撃で通信機が破壊された模様です!!」
これもかなり大きな声だ。
確かに騒音で掻き消されている。が、それでも管制室にいるもの達にははっきりと聞き取る事が出来た。否、入ってきてしまったのだ。
一瞬、室内全てが静寂に包まれた。皆、青い顔をして固まっている。
「何と言う事だ・・・!」
一瞬とも永遠ともつかない時間の果てに、震える唇でそれだけ言ったのは他ならぬ艦長自身だ。
次の瞬間、室内にいるものたちはパニックに陥った。
あるものは泣き叫び、又あるものは膝を突いてすすり泣いている。
絶望。
その言葉が艦長の頭でこだましていた。
それでも「空色の流星」マクロア・フレインと長い間付き合いつづけた歴戦の勇士であることに変わりはない。
一番早く意識を取り戻したのは艦長だった。
「全員、緊急避難!!艦内にいるものを直ちに外に出させろ!!」
マイクを握り有りっ丈の声で、半ば叫ぶように口にした。
「お前達も早く行け!」
管制室に残っている者に言うと、絶望の色を濃く写した顔が次々と出ていった。最初は半ば呆然と、それから全速力で出て行く。
「ふぅっ。」
一息ついて椅子に座り直す。彼は逃げるつもりなど毛頭無いのだ。
それは不自然な物じゃない。この戦艦の艦長をまかされた時からこの船とは運命共同体なのだ。
自分の艦と一緒に運命を共にしようとするのは彼にとって全く不思議な物ではない。
それは全ての「艦長」という立場の人間が感じる事だ。少なくとも彼はそう考えていた。
ただ、自分の部下がそれに巻き込まれるのが嫌だっただけだ。だからこそ全員が避難してくれたこの部屋でこうも落ち着いていられるのだろう。
突然、管制室のドアが開いた。中から飛び出して来たのはまだ若い青年の下士官だった。
艦長は不思議そうに話し掛けた。
「どうした、何故ここに戻って来た?」
その青年は艦長を見ると、こういった。
「艦長、早く脱出しましょう!!」
半分泣き声だった。
それが艦長には不思議でならなかった。そもそも質問の答えになっていない。
「艦長!どうしたんです!?まさか残るとか言わないでくださいよ!!」
「だから、どうしたと言うのだ?早く脱出しろ。」
それは艦長にとって当然の言葉だった。しかし青年の顔には怒りの色が伺えた。
「何を言ってるんですか!艦長も我々とこなければ何の意味も無いじゃないですか!!」
ここでようやく艦長は青年の言っている事の理由が理解できた。
「・・・つまりお前は私も逃げろと言いたいんだな?」
「さっきからそう言っているじゃありませんか!!」
青年が真っ赤な顔をして怒鳴る。
それでも艦長は自分の意見を変えるつもりなど無い。
「それは駄目だ。」
艦長は言い切った。
「なっ・・・。」
艦長の顔を青年は驚愕の表情で見詰める。しかし、すぐに表情を戻して怒鳴り始める。
「馬鹿な事をおっしゃらないでください!!早く行きましょう!」
「・・・頼む。これは私のわがままだ。これだけは聞き入れてくれ。」
「ならば私もここに残ります!!」
そういって近づいてくる青年を艦長は手を前に出して制する。
「お前は逃げろ。これは命令だ。」
真剣な、いつもの彼の表情に戻り、そう告げた。
青年は諦めた。最後まで艦長としての責務を果たそうとするのならば、命令は絶対だからだ。
「・・・分かりました。」
青年はそういって背を向けた。
その青年に艦長は声をかけて、自分の認識票を彼の方に投げた。
「これだけでも持っていてくれ。」
そして艦長は深々と椅子に座り直した。
青年は足元に落ちた認識票を拾うと、一礼して廊下へと走り出した。
青年、ヘェリク・ジンの目には涙が溜まっていた。しかし、それを流す事は彼には出来なかった。
しばらく時間が経ち、青年が艦から出ていったであろう時間が経った時、それは突然やって来た。
ぐぉぉ、という低い唸り声の様なものが艦長に近づいてくる。どうやらエンジンを破壊され、燃料に引火したようだ。
その後、彼の体は灼熱の炎に包まれた。その瞬間でも、艦長の顔は穏やかだった。

「これからは若い連中が後を継がねばならんだろうな・・・。」
マクロア大尉は自分から離れていくエレカーを見送りながらぼやいてみた。
ピピッ、とレーダーが反応を示す。
「古株はもう用済みだ。」
ゆっくりと。レーダーが示す場所、つまり自分の後方を振り返る。
そこには緑色をした陸戦型ガンダム、つまりアキラのアースガンダムがこちらを睨んでいる。
「・・・さて、野暮用を片づけるとするか。」
マクロア大尉は改めて操縦桿を握り直した。掌が汗ばんでいるのが分かる。
機体カラーからしてこのMSは隊長機である事が伺える。
これを破壊できればそれだけ他の部隊の者がこの部隊を殲滅するのに有利になるだろうと考えた。
つまり、彼は生き残るつもりがなのだ。かといってハリスに言った事が嘘だと言うと、そうではない。
事実、生き残れたら彼と合流しようと思っている。しかしながらそれが無理な事はマクロア大尉も重々承知している。
さらに、このMSを倒せばと言ったがそれもできるかどうかは分からなかった。
それはアースガンダムが放つ一種のプレッシャーが与える印象だった。伊達にこんな大部隊の隊長を務めているわけではなさそうだ。
突然、左側で閃光が煌いた。それと同時に爆発音が周囲に撒き散らされる。
それはザンジバルがある方角だった。遂に沈められてしまったのだろう。
それを合図にしたかのようにアースガンダムが右腕を上げた。そこには試験用に装備されたビームガンがある。
マクロア大尉はほとんど反射的に機体を前屈みに縮めていた。その頭上をビームの粒子がが通り過ぎて行く。
御返しとばかりに今度はマクロア大尉がグフの左上を上げた。そこにはガトリングガンの冷たい銃口があった。
周囲に計り知れない程の火薬の破裂音が響く。それと共に銃口から無数の弾丸が飛び出してくる。
ガンダムは機体を横に移動させてその弾を回避していく。その先を狙って両腕を交差させるようにして右腕を進行方向に向けた。そこには機関砲が装備されている。
それでもガンダムは避けた。
さらにガンダムはマシンガンを持ち、撃って来た。
それを避けると今度はビームが襲ってくる。
かなりの腕を持っているそのパイロットは厄介だった。
更にその火力のせいで接近戦ができない。その為にガトリング砲があるのだとは分かっていてもグフの性能はまだ発揮できていないのだ。
相手も慎重だった。ここまで数々の戦場を経験して来たのは明らかだ。その証拠にそれはヒートロッドの射程外で戦闘を仕掛けてくる。
さらに相手の弾幕は凄まじい物があった。
マシンガンを避ければ二つのビームが追ってくる。それを避けたら真っ正面でバルカン砲を放たれるのだ。
その関係でマクロア大尉は後退しながら尚も敵の隙を伺うほか無かった。
逆にこちらが隙を見せればそれこそ命取りだ。
だが、目的も有った。敵の輸送機がこの先に一つ在るのだ。それは間違いなくこの部隊の持ち物だろう。
既に二機の輸送機は撃破している。ここでもう一機破壊する事は少なくともこちらがわには優位に働くはずだ。
何だかんだいっている間に開けた場所に出た。そこのやや西よりの場所には敵の輸送機がエンジンを吹かして飛び立とうとしている。
彼はその輸送機に向けてガトリング砲の照準を合わせた。それはまだガンダムが遠方、ビル群の中にいるからだ。
ボタンを押して、銃口から灼熱の砲弾が飛び出して行く。
それは輸送機の腹を撃った。
離陸の準備に在った巨大な輸送機はこれでここから逃げられなくなるはずだ。事実、その弾丸はエンジンに傷を付けていた。
上からビームが降って来た。
アースガンダムが上に飛んで攻撃してきたのだ。
それを見てマクロア大尉は驚愕を隠せなかった。
「何!?飛んだだと!!」
後ろに下がって回避する。
相手が着地したところをガトリングの弾丸を叩き込んだ。
アキラもそれを避けてマシンガンを取り出そうとする。しかし、砲弾がマシンガンに命中し、破壊された。
「おのれぇ!!」
ブーストをかけてダッシュし、銃弾を振り払う。
今まで厚い装甲を傷付けて来た弾丸はガンダムを追うような形になった。
突然銃口から弾が消えた。カチ、カチ、と音がするだけだ。
「弾切れか・・・。」
マクロア大尉は左腕のガトリングを切り離し、右腕部分の機関砲を向けた。
その直後、ビームがグフに襲い掛かって来た。恐らく大尉が後一秒気付くのが遅れたら、彼はあの世に逝くことになっただろう。
しかしながら右にステップしたグフの左腕をビームは貫いた。
爆発した。
「くそ!」
爆発の影響で振動が襲うコックピットの中でヘルメットのバイザーにひびが入った。
アキラはチャンスとばかりにビームガンの銃口を被弾したグフに向ける。しかし銃口は沈黙したままだった。
「・・・こんな時にエネルギー切れか!」
腕の肘部分に装着されているエネルギーパックを外し、予備のパックを取り出した。
それを装着した時、グフは目の前まで迫っていた。
「くっ・・・。」
なんとか機体を後ろに下がらせるが、ガンダムの左腕はヒートロットで奪われた。
「接近戦か・・・。」
今まで保って来た距離をここで詰められた。そこにアキラはいささかの不安を感じた。
「接近戦でグフに勝てるか・・・?」
ビームサーベルを取り出して構える。
マクロア大尉もヒートソードを取り出した。
先に出たのはグフだった。
ヒートソードを横に振って斬りかかる。
ガンダムはそれを正面で受け止めた。
その後バルカンを連射する。
近距離にいたグフは避けられずに全弾命中する。
「ぬおおおおおお!!」
マクロア大尉がコックピット内で吠えた。それと同時にショルダータックルでボディバルカンにスパイクを当てる。
「ぐわっ!」
ガンダムは吹き飛ばされた。
ミデア輸送機の前で尻餅を搗く形となる。
「くそ!」
バルカンの銃口が拉げ、弾丸が出ない。
そこにグフの機関砲の弾が降り注いだ。
「ぐわぁ・・・。」
反射的にバーニアを吹かして後ろに飛びのく。
機体を立たせて体勢を立て直し、今度はガンダムの方から突撃していった。
「・・ぬん!」
突撃してくるガンダムに負けじとマクロア大尉も機体を走らせた。
ガンダムがビームサーベルを振り上げる。
しかし、それでも構わずマクロア大尉はグフのスピードを加速させた。
「何!?・・・ぐわっ!」
グフが体当たりを仕掛けた格好になった。機体同士が接触してガンダムが吹きとばされそうになる。
グフがガンダムの肩を押さえて膝をコックピットに押し付けようとする。
そこにはヒートナイフの熱い刃が不気味な輝きを放っていた。
「うっ・・わぁぁぁぁ!!」
ガンダムが機体を回転させる。そのせいでナイフはコックピットの横部分にめり込んだ。
次の瞬間ガンダムのコックピット内が暗闇に包まれる。
どうやらナイフがアースガンダムの回線か何かを切断したようだ。
ずん、とガンダムが倒れたらしい衝撃がアキラの体に伝わる。
「うわぁぁぁ!」
アキラはパニック状態に陥りかけた。
暗闇の中で一人だけ。さらに自分の命を狙う敵がすぐ側にいるのだ。
何が何だか分からず辺りを手探りで触りまくる。
突然、モニタがついた。電源が回復したのだ。
そして、モニタの中央には空色のグフがヒートソードを向けて立っていた。
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第18話 全滅