第18話 全滅
目の前に写る鋼鉄の巨人、グフのモノアイが光った。
恐怖に押しつぶされそうになりながらも、アキラは心のどこかで獲物を狩る時の光だ、と思った。
とにかく、アースガンダムは機能を回復させたのだ。
汗ばむ手で慌てて操縦桿を握り直した。
「モニタが写ったんだ・・・。」
操縦系も大丈夫なはず・・・。
アキラは自分にそう言い聞かせていた。
焦っていたから口から出た事までは気が付いていない。
操縦桿を目一杯引いてアースガンダムの機体を起こそうとした。
「・・・?な、どうしたんだ!?」
嘘だろ・・・。
微かな希望が砕かれた瞬間だった。
再び絶望に突き落とされたのが解る。
解りたくなかった。なぜならそれは自分の負けを認める事になるから・・・。
グフが右腕を出したのが見えた。そこには機関砲の冷たい銃口。
死の恐怖が襲いかかって来た。背筋にひんやりした物が駆け抜けていく。
「・・・っ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
アキラは半狂乱になって叫んだ。
死にたくないと心の中で幾度と無く繰り返す。
無我夢中で操縦桿を動かしたが、だから回路が回復して起き上がるわけでもない。
機体の中で辛うじて繋がっているのはカメラ・アイだけだから。
それは突然の事だった。
グフが右側にジャンプする。
一拍おいてビームの粒子が飛んで来た。
(・・・何だ!?)
ビームの飛んで来た方向に視線を向けた。
ディスプレイの左端ギリギリに陸戦型ガンダムがいた。
アキラにはなぜかそれがミリィだと分かった。
ミリィが物凄い速さで近づいてくる。
神風が吹いた、アキラはそう思った。
それはミリィ機が風のように速いからだった。

「大佐をいじめないで!!」
ミリィはコックピット内で空色のグフに向って叫んでいた。
泣き声だった。
自分が放ったビームは閃光の如く吸い込まれていく。
当たった。そう確信した程だったが、それでもグフはミリィがライフルを構える時の微妙な殺気を感じ取ったみたいに浮いた。
「このっ・・。」
目に涙を滲ませてガンダムをそこに向わせる。
今はとにかくアキラの安否が心配だった。
「大佐!大佐ぁ!返事をして下さい!!」
半ば怒鳴るように話し掛ける。
だが、聞こえて来るのは無情なノイズの音だけだ。
耳障りだった。
「よくも大佐を・・・。」
それ以上は続けられなかった。それを認めたくなかったから。
実際にはアキラのアースガンダムは通信機が故障した関係で応答が出来ないだけだが、無論彼女はそれを知らない。
また、彼女はガンダムのカメラ・アイが生きている事を確認するほど冷静ではなかった。
怒りが全身を包む。無意識にグフを睨み付けていた。
その顔は普段のおっとりした、それでいて可憐な彼女ではなかった。
ライフルを構える。引き金を引こうとした時、ガンダムの腕がおかしいのに気が付いた。
(ヒートロットが・・・。)
後ろはライフルの先端から、前はガンダムの肘までヒートロットが巻き付いている。
まるで蛇のようだと思った。あるいは育ちのよいミミズか・・。
どっちにしろ気持ち悪かった。
それから電流が流れてくる。
「きゃああぁぁぁぁ!」
悔しかった。ただ悔しいだけだった。
それ以外に何か在るとすれば、さしずめ不安感だろう。
目の前でビームライフルが爆発した。

「何ぃ!新手か!!」
アースガンダムを仕留めそこなって、邪魔をしたガンダムを片づけようとして、また邪魔が入った。
ガンダムの腕に巻きついたヒートロットが閃光と共に焼き切れたのだ。
敵のライフルもろとも右腕は仕留めたが、致命傷には至っていない。
ジムコマンドが、一機。こちらにビームガンを向けていた。
マクロア大尉は焦った。
レーダーには更なるMS反応が三つ。
アースガンダムの動きは封じたが、連邦の高性能MSが五機も相手では流石の空色の流星といえども勝ち目はないからだ。
後ろからガンキャノンが現れる。
上に飛んで先程のジムコマンドの後ろに回り込み、敵の攻撃を一瞬封じた。
すぐ後にヒートソードを突き刺してまた飛ぶ。
遅れて爆発が来た。
コックピット内の振動は激しかったが今はそれ所ではない。
爆風を煙幕にミノフスキー粒子の御陰で半分役目を果たさないレーダーにしたがって敵のいる方向に接近した。
ヒートロットを飛ばし、遅れて本体が煙の中を抜ける。
そこにはジムがヒートロットに巻き付かれていた。
後ろで何かが爆発したのが分かった。
多分さっきのキャノンを積んだMSだろう、と思った。
「ふっ。」
マクロア大尉は笑った。
それが何故かは分からない。
その後、何故か悲しい気分になった。
「ついこの間MSに乗ったようなヒヨッコにやられるとはな・・・。」
改めて、彼はここで死ぬんだという事を実感した。
もう、戻れないし逃げられない。
ヒートロットを横に振る。それと同時に巻き付かれたジムも宙を待った。
爆発音がして、鉛の塊の様な砲弾が飛んでくる。
それがマクロア大尉に当たる事はなかった。
ジムが仲間の砲弾で吹き飛ぶ姿が映し出される。
「まだまだ甘いな・・・。」
機体を砲弾が飛んで来た方向に向ける。ガンキャノンの近くに着地して、砲身を分解する。
膝のヒートナイフを出して右腕の肘を切り裂いた。
「悪いな・・・。」
ヒートソ−ドを横に振り、ガンキャノンを真っ二つにした。
突如襲って来た巨大な鉛弾により、グフの左肩が消失した。
「っぐぅぅ・・・。」
激震が体を襲う。
コックピットが歪んで左足が挟まれた。
「ぐわぁぁぁ!」
激痛に顔を歪ませる。苦悶の呻き声が口から溢れ出た。
「タンク型、か・・。」
肩で息をしながら、そのMSを見る。
巨大な砲塔を持ったタンク型MSがそこにいた。
尚もこちらを狙っている砲台を機関砲から出る閃光の様な鉛弾で黙らせた。
肩の砲塔が火を噴いているのが見える。しかしそれは歪んでいた。
「目が使い物になら無くなりそうだな・・・。」
冷静に口に出した自分が可笑しくてならなかった。
先程のガンダムがビームサーベルを持って走り寄って来た。
「ふふ、これからは若い者の時代だ・・。」
呟く声にも元気はなかった。
「受けて立つ。」
ヒートソードを構え直して迎え撃つ。
その時、故郷の家にゼリーがあるのを思い出した。
こんな時にそんな事を考える自分が可笑しく、また笑った。
「さぁ来い!そして私を殺せ!!」
マクロア大尉の網膜には、激しい閃光が焼きついた。

「そんな・・・。」
ミリィは絶句した。
ほとんどボロボロのグフが突き出して来たヒートソードがガンダムのカメラ・アイを破壊したからだ。
最後にガンダムが写した光景はグフの腹にビームサーベルが突き刺さった様子だった。
そこまで思い出し、ようやく危ないと気付いた。
きっとサーベルは動力炉に達している。速く後退しなければ。
暗闇の中でほとんど感だけで後ろにジャンプさせた。
それが冷静に出来たのは、なぜかまだ大丈夫だというのが分かったからだろう。
ブオッ、と機体が揺れた。
爆発したんだな、と思った。
爆風で機体が吹き飛ばされ、尻餅を搗く。
「きゃんっ・・!」
振動が体中に伝わって来た。体の節々が痛む。
「いたたた・・・。」
ハッチを開けて外に顔を出した。
大きなクレーターがそこに出来ていた。
「大佐・・・、仇は取りました。」
愛する人が戦場に消えた。
その悲しみを抑えて勇ましく呟いたのは、アキラがそういうのを嫌ったからだろう。
しかし、そんな気分も後ろからした声で吹き飛ばされた。
「勝手に殺すな・・・。」
怒気を通り越して呆れた感じがその言葉には含まれていた。
「えっ・・・?」
当惑した表情で振り返る。
果たしてそこにはいた。彼女が捜し求めていた人が。
「よくやった、ミリィ。」
「・・・っ、大佐ぁ!」
・・・無事だったんですね。
抱き着いて耳元で、掠れた声でそう囁く。
彼女には見えなかったが、この時アキラは赤面していた。

エレカを走らせるハリスの耳に爆音が響いて来た。
振り向いちゃいけない。
そう思っても首が勝手に動いた。
随分遠くまで来ていた。それでもMSの巨体は視認できた。
タンクタイプのMSが左肩を炎上させている。
その前方で陸戦型ガンダムが空色のグフの腹にサーベルを突き刺していた。
「あっ・・・。」
グフのヒートソードはガンダムの顔面を貫いていた。
一瞬遅れてガンダムが後ろに飛びのく。
次にグフが爆発した。
「くぅっ・・・。」
それ以上は見ていられなかった。
閃光が輝く中、しかしハリスの目には涙が光っていた。
それが零れないように上を向く。
霞んだ視界の中、尚見上げた空は青かった。
その青さが、今は悲しかった。

〜五時間後〜
フランス東部に小さな村にある野原。
無邪気な笑い声が響いていた。
小高い丘を少女が駆け上っていく。
「お父さん、速く。」
妙に急かせた。
ジェスト・エメスは元気な自分の娘が今は恨めしかった。
「・・・そろそろ歳か・・?」
呟く声はしかしながら息が切れていた。
・・・情けない物だな。ガキ大将だった頃が懐かしく感じる。
柄にも無くそんな事を思ってみるのもやはり歳だからだろうか。
「お父さん・・・!」
少女がうめくように呟いた。その響きに、何か危険な物が感じられる。
「・・っ、待っていろ!そこを動くんじゃないぞ!!」
彼も親だった。娘の危機とあらばすぐにでも駆けつける。
これを人は火事場の馬鹿力という事を彼は知らない。
少女がいたのは丘の頂上だった。
生意気盛りの年頃の娘が青い顔をして一点を見詰めていた。
それは一台のエレカ。
中には青年がぐったりと気を失っていた。
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第19話 夢