第20話 地獄の狩人
アキラ・タカイという名は偽名である。
本名はフェイン・フロスト。
ジオン・ズム・ダイクンからソロモン統轄を任されていたフロスト家の嫡男である。
しかし、11年前にジオン・ズム・ダイクンが暗殺され、その翌年にザビ家に追放されることになる。
その時父は暗殺され、彼は母と共に地球に逃れるはめになった。
タカイとは母方の姓であった。
更に今までの経歴を偽造しなければならず、苦労した。
それを何とかやり遂げ、彼らは地球で暮らす事になった。
アキラは二十歳のなると連邦軍に身を投じることになる。
父が昔は戦闘機のパイロットだった事が幸いした。
今は色々な知識を授けてくれた事に感謝するばかりである。
そして2年前、母は病死した。
その悲しみを吹っ切るために仕事に従事したためにまた昇進も早かった。
その後にこの大戦が勃発した。
始めは彼も宇宙に飛び出して戦果を上げる事ができたので、頭でっかちの高官も彼を大佐にしてくれた。
そして数ヶ月前に地球連邦もようやくMSを使うようになった。
これで忌々しかったジオンのMSを排除できると思うと飛び跳ねたくなった物だ。
パイロットとしての適性も良かった。
それが彼に一大隊を指揮させるまでになったのだが、同時に新任パイロットの教育係もやらねばならなかった。
これは思った以上に大変だった。ようやく彼は何とか今のレベルまでに兵士を育てる事ができた。
対ジオン戦での活躍は目覚しい物があり、仲間内から「地獄の狩人」との異名まで付けられた。
が、この間の戦闘で大量のパイロットを失い、ジオンのエースの力を見せ付けられたのは痛かった。
更に、マクロア・フレインといえばかつてジオン・ダイクンに仕えた軍人であった事が彼の頭を悩ませたのである。
現在はその戦闘で大半の戦力を失い、頼みのミデア輸送機も攻撃を受けたため、補給を待つ事になった。

「隊長、補給部隊が来ました!」
そう叫んで飛び込んで来たのはサウジ少尉だった。
「・・・そうか。分かった。」
アキラはそういって椅子から腰を上げた。
遅い、と思う。
自軍のミデアから信号があったはずなのに、彼らは思った以上に遅れて来た。
「何をやっていたんだ・・・?」
罵りながら、唯一残ったミデア輸送機に歩いていった。
「通信機は?」
「ん・・・。使えるぞ。」
艦長はそう答えてくれた。
「そうか。・・通信室、借りるぞ。」
そういって歩き出す。
「味方の輸送隊はあと三十分ほどで着くはずだぞ。」
その声が耳に入った時は、アキラは通信室のドアを開けていた。
ここは、このミデアに搭載された、一部の人間が使用する通信室である。
主に艦長か、アキラの様な隊長クラスが次に任務について聞くのだが、今回アキラは輸送隊との連絡を取ろうとした。
少し怒っていたためだ。
救援信号を出したのは、五日以上前だ。
普通なら、これを受け取った時に早急に補給部隊が着くはずだった。最低でも三日あればいいと思っていたのがアキラだ。
なぜここまで遅れたのかを知りたかった。
「こちら地上防衛部隊のアキラ大佐だ。応答願いたい。」
冷静に言ったつもりだった。
「はっ、こちら第十補給艦隊であります。」
すぐに下士官からの応答があった。その緊張ぶりから新人だと分かる。
「部隊長をお願いできるか?」
「暫くお待ち下さい。」
続いて画面が切り替わる。現れたのはやや頼りない中年の顔だった。
「私が部隊長のコース大尉です。」
「アキラ大佐だ。なぜ遅れた?」
いきなり本題に入ったのは、アキラの頭に大分血が上っていたからだろう。
「申し訳ございません。もうすぐそちらに着く予定ですので・・・。」
「質問の答えになっていない。」
アキラの言葉に、コース大尉は額に脂汗を浮かべた。
「いやっ、あの・・、それが・・・。」
何とも曖昧な言葉が、アキラの神経を苛立たせる。
「もういい、詳しい話しはこちらに来てからだ。」
乱暴に言い捨てた。
「は、はいぃ・・・。」
慌てて通信を切る大尉を見て、どこも人手不足なんだな、と思う。
通信室を出てから艦長に礼を言った。
「どうだった?」
「全然だめだ。あれじゃ話にならない。」
軽く会話を交わして、外に出る。
と、ミリィが腕を振り上げてこちらに迫って来た。
「大佐、どこにいたんですか?探したんですよ。」
目の前にちょこん、と立って頬を膨らませる少女を見て、アキラは苦笑した。
その後で、「ここだよ。」と、後ろのミデアを指差した。
その後で、
「メカニック・クルーが全滅しちまったからな。補給部隊はいつ来るのかと苦情を言ったところだ。」
そう付け加えた。
大分頭が冷えたと思う。
「そうですね。殆どのMSがダメージを受けてるのに、ろくに整備もできませんものね。」
ミリィは笑顔だったが、それはアキラにとっては痛かった。
それは、どこかで整備班に任せればいいと思っていた自分の不甲斐なさだろう。
要するに、いざという時に自分では何もできないからである。
少々の知識なら持っていたが、それで満足していた自分に気付いてしまったのが今回の一件だった。
MSという人型の機械は、とてつもなく複雑だった訳だ。
だから、少しは勉強したつもりだったが、彼のアースガンダムの切れた配線は分からなかった。
更に、実験機だった事が災いした。
腕部のビームガンの構造が分からないのだ。
アースガンダムについてのデータその他諸々は全て撃墜されたミデアに在ったために、皆が灰になって消えた。
だから、補給部隊の救援を待っているのだ。
パイロットの中にはMSに詳しい者も居たが、やはり所詮は素人だ。数も少なかった。
だから、動けるには奇跡的に損傷が少ないジムだけだった。
やはりそれも完全とは言えないが、多少の整備は詳しい者がやってくれた。
「おっ・・。」
アキラがそう呟いたのは、目の端に小さく写った点が見えたからだ。
「ようやく来たようだな。」
やれやれ、と溜息を吐いた。
「本当だ。」
ミリィがアキラの横に肩が触れ合う様に並んだのを感じて、彼は多少こそばゆい感じに囚われながらも大きくなるミデアを見つめていた。

その夜、アキラは整備班に呼び出された。
どんな用件か見当も付かない事のなので、首を傾げながら格納庫に向う事になった。
だから、格納庫に付いて開口一番に、
「何だ?」
と言ってしまうのも仕様が無い事だろう。
そこに、待ってましたと言わんばかりに新任メカニック・チーフのファル・ケインが近づいて来た。
「大佐。他のMSの整備状況は遅れながらも順調です。」
「経過報告の為に俺を呼び出したのか?」
わざわざ呼び出してこれか、と苦笑しつつそう質問してしまうのはまだ疲れが残っていたからだろう。
次の言葉を繋ごうとしていた矢先に質問を入れていたからだが、それには気付かない。
「い、いえ。ただ、アースガンダムに付きましては・・・。」
少しビクビクしながらそう答えたメカニック・チーフの様子は、間違いなく新人のそれだと感づいた。
今は、連邦もジオンも人手不足が悩みの種なのだ。
「・・・アースガンダムがどうしたって?」
アキラのこの質問は、自分の愛機の名が出た意外さゆえだった。
「あの、アースガンダムは元々このチームがオリジナルで造ったMSですよね?」
「ああ、そうだが。それが何か?」
「あの、それでですね。他のMSは実習などで扱った事が有るのですが、オリジナルのMSはちょっと・・・。」
「なぜだ?」
「データが無いんです。」
その言葉で、ようやく気が付いた。
アースガンダムの整備班がいたミデア輸送機は、そのデータごと消し飛んだのだ。
その事が頭に無かったのは、空色の流星のようなジオンのエースパイロットとの戦闘による疲れが残っていた為だろう。
しかも、それでアキラは敗北したのだ。あそこでミリィが助けてくれなければ今、彼はここにはいない 「悪い。もう消え失せた。」
それだけ言うのがやっとだった。
大事な事を忘れていたその責任の重みで、今にも潰されてしまいそうだった。
「そっ、そんなぁ・・・。」
そのファルの情けない声も、今はアキラの胸にずしり、と来る。
「出来るだけ使えるようにしといてもらえるか?」
無責任だとは分かっている。
それでもそれしか言えないのだ。
「・・・分かりました。なるべく努力をします。」
そんなアキラの気持を察したのか、ファルがそんな言葉をかけてくれる。
「頼んだぞ。」
今のアキラには、それ以外の言葉は見付からなかった。
後ろを向いて格納庫を出て行く。
溜息が自然と口から出てしまう。気分が沈んでいた。
「た〜いさ♪」
だからだろうか。その声と共にミリィが横からいきなり抱き着いて来たのに気付くのが遅れた。
運悪く、ミリィは全体重を乗せて地面から飛んでいたので、受け止められなかったアキラと共に床に激突する羽目になる。
「痛っぅぅぅ・・・。」
不幸中の幸いとはこういう事を言うのだろう。
腰が痛んだが、頭は打たなかった様だ。
ふと、横を振り返ると目を回したミリィの横顔。
「うわぁぁぁ!!」
この叫び声は余りにも顔が近かったからでたものでもあった。
「ミリィ・・・。」
落ち着いたところでようやく誰かが認識できた。
「しょうがないな・・・。」
そう呟き、頭に漫画で見かけるような大きなたんこぶを作って失神したミリィを抱きかかえた。
腕に心地よい重みが圧し掛かり、胸にミリィの体温が伝わってくる。
「何しに来たんだか・・・。」
その温もりを心地良いと思いながらつい、そんな言葉が口をついて出てしまう。
先程まで沈んでいた気持が空高く舞い上がったような気分になったのには、気付かない。
今はとりあえずミリィを運んでやらなければならないと思い、アキラは廊下を歩き出した。
途中、ミリィが
「はらひれぇ〜。」
と、意味不明な寝言を漏らすのを聞いたような気がした。
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第21話 交錯