第21話 交錯
「勝手な奴・・・。」
メイア・スウリはストーム隊のザンジバルの格納庫内でそう呟いていた。
その言葉は、マッケイ・フレン中尉に対していった言葉だった。
マッケイは、親友の配属されていた部隊が全滅したのを聞いて三日間自室に閉じこもった。
その痛みが分かるからこそ、彼女を始め部隊長のフォレスト・ハス中佐も好きなようにさせたのだ。
情報では全滅の知らせと共に生存者もまた、確認されていないとあった。
絶望的な状況である。
彼の親友、ハリス・クルンプ少尉の大破した愛機が見付かったとも知らされたのだから。
だから、彼女は世界で唯一好きになった男であるマッケイを気遣っていた。
そんなごたごたの中でストーム隊が連邦軍の中隊と遭遇したのはついさっきの事だった。
それは当然ながら戦闘となる。
その時、三日ぶりにマッケイが出て来たのだ。
その最初の言葉は、
「ハリスの仇を取るんだ・・・。」
だった。
その後、彼は物凄い形相でMSに乗り込み、出撃していった。
マッケイとハリスがどれだけお互いを信頼していた仲かは、分かる。
しかし、自分には目もくれずに戦地へと繰り出していった彼の姿を見て、彼女は複雑な気分にになった。
それは嫉妬だと、自分でも認識しているつもりだ。
それと共に自分が彼にとってどういう存在なのかが分からなくなりもした。
男と女がお互いに引かれ在っているのならば、それは誰にも経験のある心境だった。
しかし、彼女が男と付き合ったのはこれが始めてだった。
分からないのだ。若いのである。
人とは、こういう生き物なのだろうか?
自問してみるが、分からない。人を語る事が出来るほど彼女は人生経験豊富ではなかった。
ふっ、と小さく溜息を吐いた。最近悩みはマッケイについての事ばかりだな、と思う。
勿論今も、彼を心配している。
今のマッケイの心理状態は危ないのは、素人目に見ても分かるのだ。
下手な事をして命を落とす危険性が高いのだ。
最悪の瞬間が、頭を過ぎる。
マッケイの操縦するMSのコックピットが、大口径の銃弾に貫かれる。
その巨大な鉛の塊に押しつぶされて、彼の肉体がバラバラに砕け散る。
そんなシーンがリアルに写し出され、繰り返される。
背中に寒気が走った。そんなのは嫌だ、と思う。
そんな所に、半壊したザクが収容されて来た。パイロットは無事のようだ。
メイアは、それがマッケイの機体でないのでホッとして、ザクの整備に取り掛かった。
今は、仕事に励む事で悩みを少しでも頭から振り払おうと思ったからだ。

「もう傷の具合は良いのか?」
ハリスが廊下を歩いていたら、唐突にジェストがそう聞いて来た。。
「ええ、お蔭様で。」
事実、あれだけ酷かった腕の痛みは消え掛けている。
それは若いからこその回復力であった。
「そうか。なら、手伝ってくれないか?」
「何をですか?」
ハリスが既に歩き始めていたジェストに聞いた。
「ついてくれば分かる。」
そういってさっさと歩き始めたジェストを、ハリスは慌てて追った。

外の空気は思った以上に冷たかった。
もう、暦の上では十二月に入っているのだ。
しかしながらその冷たい空気とは裏腹に、太陽が明るく照っている。
良い天気だった。
「こっちだ。」
そう言う声が左側から聞こえて来た。
そちらに首を回して、ジェストの姿を確認する。
「何をするんですか?」
近づきながらそう聞いた。
「薪割だよ。やり方ぐらいは知ってるだろう?」
ジェストが斧を渡して来た。
知らないではないが、やった事も無い。
少し不安がある。
そんなハリスにはお構い無しに、ジェストは薪を手近な切株に乗せる。
「最近腰が痛くなってきてな。丁度若い者が欲しかったんだ。」
断わるわけにはいかない。こちらは居候の身なのだ。
心を決めて斧を振り下ろす。結構重い。
勢い良く振り下ろされた斧は、薪の脇を通過して切株に突き刺さった。
「あ、あれ?」
勢いが良すぎたせいか、抜けない。
「わははははっ。」
ジェストが笑い声を上げた。
ザクのヒートホークなら巧く出来るのにと思いながら、ようやく抜けた斧を見つめる。
「ほら、もう一回。」
そう催促するジェストの声は、笑っていた。
「よっ、と。」
そんな掛け声をかけて斧を振り下ろすと、次は薪の端を吹き飛ばした。
「・・・あれ?」
不思議そうに斧を見つめるハリスに、
「どうした?そんな事じゃあ日が暮れてしまうぞ?」
そう、冗談半分に言って来たので、ハリスは少しむっ、とした。
そんな調子でやっていると、要領がつかめた頃にはもう夕方だった。
「まっ、最初はこんな物だろう。」
そういってジェストが立ち上がった。
ジェストは一日中笑っていたのだ。
一方のハリスは全身汗だくだった。
よもや薪を割るのがこんなに重労働だとは考えてもいなかった。
「・・・終りですか?」
「ああ、そうだ。」
ようやく終わった事に安堵の溜息を吐いたハリスの耳に、ソフィアの声が聞こえて来た。
「お父さん、お買物付き合って!」
その彼女は五十メートル程離れたところで怒鳴っていた。
「御指名ですよ。」
ハリスが笑いながらジェストを見た。少しぐらいなら反撃をしても良いだろう。
しかし、ジェストの答えはハリスの予想外の物だった。
「悪いんだが、お前が行ってくれ。」
「へっ?」
微妙に理解できなかったハリスは、気の抜けた声を出してしまった。
「私には少しきついんだ。荷物持ちは腰に来るからな。」
「・・・それでやっぱり若いのが欲しかったと。」
「その通り。」
ジェストが笑いながら答えた。
ハリスはもうジェストに反論する気はなかった。出来る立場でもない。
「じゃぁ、行ってきますよ。」
それだけ言い残してソフィアの方に向った。
「あれ、お父さんじゃないの?」
ソフィアに近づいて来たのがジェストではなくハリスなので、彼女はそう聞いていた。
「選手交代だと。・・・さっ、行こう。」
短く答えて出発を促す。
「でも、お買物付き合ってくれるって言ってたのに・・・。」
ソフィアがハリスに並んでそう呟いたのを聞いて、ハリスはいささか呆れていた。
(最初からこうするつもりだったのか・・・。)
そう思った。
「それじゃ、車だしてきて。」
「何でだ?」
ハリスのこの質問は、愚問だった。
「だって、私運転できないもん。」
ソフィアがそんなことも分からないの?と言いたげに喋った。
「悪かったよ。」
そう言いながら、ハリスはしょうがなく車庫に向った。
戦争中にこんな事をしていて良いのだろうか?という疑問が浮かんだが、すぐに消えた。
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第21話 ベリアル