第24話 約束
「そっか・・。」
マッケイは、溜息混じりでそう答えただけだった。
「うん・・。」
ハリスもまた沈んでいた。
あの後、ストーム隊の一部の人間はハリスに導かれるままにジェストの家へと向った。
ジェストもよもや、二人がジオン軍の兵士を大量に連れてくるとは思ってはいなかったらしい。その時の顔は面白い物であった。
ハリスとマッケイは現在、ハリスの部屋にいる。
そこで、ハリスの話を聞いていたのだ。
そう、自分が記憶喪失だ、と言う事である。ハリスはそこが不安でならなかった。
自分の記憶が欠けている、それは人に大きな不安を与えるであろう。ハリスはそれを実感していた。
だから、自分の記憶を求めたし、同時に恐れもしたのだ。
人は、形の分からない物に恐怖を感じる生き物である。だから、人は神や悪魔を創造し、また恐怖するのだ。
「マッケイ・・?」
ハリスは、マッケイがどう思っているのか気になった。
「ん・・・、どうするか?」
マッケイは逆に問い返して来た。ハリスにその問いの意味は伝わらない。
「お前はこれからどうする、て事だよ。」
「分からないよ、そんな急に・・。」
「そうだな・・。」
ハリスは溜息を吐かざるを得ない。
「とりあえず、何か聞きたい事は?」
マッケイのこの問いにハリスは、
「全部だよ。全部知りたい・・・。」
「ん・・。」
マッケイは、語り始めた。ハリスはそれを聞くしかないだろう、と思えた。

「お茶、もってくるね。」
ソフィアが、そういって席を立つ音を聞きながら、ジェストは正面のフォレスト・ハス中佐を見つめた。
フォレスト中佐もまた、ジェストの瞳を見つめ返していた。
二人はこの奇妙な巡り合わせに動揺しているのだ。少なくともジェストはそうだった。
かつて、一流の飛行機乗りとして地球連邦軍航空隊に所属していたジェスト。勿論彼はこの大戦初期にフライ・マンタ爆撃機を駆って参加した。
彼の自慢は、ザクを五機以上撃墜した事であった。自分の左腕がそのせいで無くなっても、彼はそれを誇りに思っていたのである。
それがどうだ。今は、あれ程殺してやりたいと思ったジオン兵の、しかも「漆黒の嵐」と呼ばれるエースパイロットと対面しているのだ。運命というのは不思議な物だ、と感じた。
ジェストは二人だけが残ったリビングをこれほど広く感じたのは始めてだ、と思う。さき程までいた連中は皆ここにいない。
「貴方は・・。」
フォレスト中佐が口を開いた。
「何故、ハリスをかくまっていたのですか?」
「は・・?」
ジェストは思わず吹き出しそうになるのを堪えた。フォレスト中佐の言っている事の意味がわから無かった。
「貴方は連邦に属していた人間なのでしょう?ならば何故昔の敵であったジオン兵をかくまうのです?」
どうやらフォレスト中佐は本気で言っているようだ。ジェストは自分も真剣に答えようと思った。
「人がすぐそこで死に掛けてるのを見て、ほっとけって言うんですか?私はそれが出来なかったまでです。」
「ほう・・。」
「まぁ、しいて上げるのならば、娘の目に耐えられなくて。何かを訴えているんですよ。それに弱くてね。」
ジェストは、話していて顔に笑みがっている事に気付かない。
「親ばか、と言うんですかね。こういうのを。」
「分かりますよ。」
ジェストは、フォレスト中佐も親なんだな、と思った。彼はメイアの事を知らない。
どうやら、自分はフォレスト・ハスと言う男を好きになったらしい。ジェストはそう感じるのだ。
彼は、この人の話も聞いてみたいと感じた。

午前一時。 ハリスは、マッケイから聞いた話について考えていた。気が付いたら翌日になっていたのを知る。
それでも眠れないだろう、と思う。ハリスは起きているのに夢の中にいる感覚に捕らわれていた。現実感がまるでないのだ。
ハリスが聞いた話。それは、彼が最も求めていた事であった筈だ。彼の、これまでの経緯である。
それを聞いた時、しかしハリスはピンと来なかった。何故なのかは理解できない。
話を聞いた直後も同じ反応だった。それを見たマッケイは、彼に一言だけ。
”戻ってこい!”
本来ならそうするべきであろう、と頭では分かってはいるのだが、彼は迷っていた。
いや、結論は出ていたのだ。だが、名残惜しいのである。
コンコン。部屋のドアがノックされる音。その音にハリスの意識は現実に戻された。
戻された所で、これでは寝ているのと同じではないか、と思い、苦笑した。
「誰?」
ドアに歩み寄りながら聞いてみる。だが、ハリスはそこにいる人物が誰かを想像していた。
「入って良い?」
ソフィアだった。ハリスは、自分の想像が当たっていたのと、質問の答えになっていない事に気付き、再度苦笑した。ドアを開けた。
「入りな。」
「・・・うん。」
ドアを閉め、ハリスは改めてソフィアを見つめた。彼女は、俯いて立っている。
沈黙と言うのは息苦しいものだ、とハリスは思った。唯、ソフィアの気持ちも分かっているつもりだった。
だから、何も言わない、否、言えないのである。
「あの・・。」
そんな事を考えていると、ソフィアが口を開いた。
ハリスはゆっくりと、焦点をソフィアに合わせる。
「あのね・・・・。」
ソフィアはまだ、言うか否かを迷っているようだ。だが、やがて決心したように顔を上げた。
「・・・行っちゃうの?」
ドスッ、と、ハリスは鉛を落とされたような衝撃を感じた。
ソフィアがこれを言うのではないか、とは思っていたが、実際の言われると衝撃がある。ハリスは苦いものを感じた。
「うん・・。行こうと思ってる。」 ソフィアの顔が、苦痛に歪んだかに見えた。その顔もすぐに俯けてしまう。肩が震えていた。
「そう・・。」
絞り出すような声が聞こえた。蚊の鳴くような声、というのはこういう物なのかな、と思った。
俯いて、涙を堪えようとしているソフィアを見るのは、ハリスには耐え難いものがある。
「でも・・・。」
ソフィアのそんな姿の見るのは辛い。そんな思いがハリスに口を開かせた。
「でも?」
ソフィアも顔を上げた。その目は、涙を一杯に湛えて震えている。ハリスは言葉を継いだ。
「でも、帰ってくる。絶対だ。」
自分でも陳腐な文句だな、と思っていた。だが、彼にはこんな言葉しか思い浮かばないのである。
「ふえっ・・・!」
ソフィアの顔が、くしゃっ、となった。次の瞬間、彼女は溜めていた涙を溢れさせていた。
「帰ってくるよ。」
もう一度、ハリスは優しく言って、ソフィアの肩に手をまわした。
「うえぇぇ・・!」
ソフィアはハリスの胸に倒れ込む様に、飛び込んで来た。
「約束、して・・・。」
ソフィアが鼻声で訴えてくる。ハリスは、彼女の顔に手を伸ばした。
「うん・・。」
ソフィアの目に溜まった涙を拭う。
「約束、な。」
そういって、二人は唇を重ねた。
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第25話 再出撃