第25話 再出撃
チチチッ、と小鳥の囀りの中、ハリスは伸びをしながら階段を下っていた。
「良い天気だねぇ。」
ふうっ、と落ち着いて振り返った。
「そうだね。」
そこには、ソフィアが同じく清々しい顔つきでハリスの後に従っている。
「ほらほら、早く行って!」
「急かすなって。」
互いに笑顔で階段を降りて、リビングに向った。
「コーヒーでも飲む?」
かちゃっ、とドアを開けながら、ソフィアが聞いて来た。
「ん、飲む。」
「砂糖は?」
「いらない。」
とりあえず椅子に座って、欠伸を一つ。その後でエアコンの電源を入れた。
ソフィアは湯を沸かしている所だった。
実は、まだ夜が明けてそんなに時間が経っている訳ではなかった。
それでも、二人はこうして起き上がって来たのは、これで、二人が一緒に朝を過ごす事が無いかもしれないという、強迫観念であった。
それと、もう一つは、最後になるかもしれないのなら、夫婦の真似事をやってみたい、と思ったからだ。
ハリスは、何をするでもなく、幸福を感じている自分を嬉しく思った。
すぐに、コーヒーの良い匂いがリビングに漂って来たので、ハリスは満足した。
ソフィアは、ハリスがここに来た時に、コーヒーを入れるのが苦手だったのだ。
でも、手際良くなったな、と思えて、何だか可笑しくなったのである。
「はい。・・・いつもブラックで飲んでたっけ?」
「ん?今日はそういう気分でな。」
ソフィアが向かい側の椅子に座るのを見ながら、コーヒーを一口。喉に、少々熱すぎる位のコーヒーが通り過ぎていくが、冬の、寒い朝にはそれすらも気持ちいい気がする。
「美味しいでしょ?」
ソフィアが反対側から覗き込んで来た。
「まぁまぁかな。最初に比べれば進歩したと思うけど。」
「偉そうー!」
ずずっ、と啜って、コーヒーの苦みを舌で感じながらもハリスは、惜しいと思っていた。
ようやくこういう事が自然に出来る様になったのに・・。と言う思いである。
(もうちょっと早くしてればなぁ・・・。)
そんな事を思ってしまうのだが、過ぎた事はしょうがないと割り切る事にした。
とにかく、今、こうしていられる事が重要なのである。それを分かっているから、ソフィアも何も言わないのだろう、と思った。
(これを最後にはしたくないものな・・・。)
そう思いながら、カップに口を付ける。暖房が効いてきて、部屋はほのかに暖かかった。
「さっ、御飯作るね。」
がたっ、と席を立ったソフィアに、
「早くな。腹減ったもん。」
「はいはい。」
ハリスは、エプロンを着ながらキッチンへと入っていくソフィアの後ろ姿を、見つめながら、ああ、良いな、と思った。
その後、湯気の立つコーヒーをもう一口、啜るのである。

ハリスは、村に身を置いていた短い時間でも、結構人々とは打ち解けたと思っている。
本当に少しの間だが、ここはのどかだな、と思えたから、人と接触をするのも楽しかったのだ。
だから、村を離れると思うと少し悲しくなった。
「ほら、しっかりして!」
ソフィアがそう言いながら、ハリスの体を叩いたのは、新しくマッケイが持ってきてくれた制服に少し馴染めない、ハリスの態度に頼りなさを感じたからだ。
「これで良いよな?」
「髪の毛ついてる。埃も・・・。どうしてこんなに汚れてるのよ!」
ハリスはその、ソフィアの言葉が、高校生のお母さんのようだな、と感じながら、
「冬だからな。静電気って奴だよ。」
「もう・・・!」
ソフィアはまだ納得できていないようだが、ハリスはもう良いと思ったから、部屋を出ていこうとした。
「まって、もう少し!」
「もう良いだろ?」
「でもさ・・・。」
そういうソフィアに微笑を見せてドアを開けると、階段を降りていった。
新品、と言うのは中々馴染めないもんだな、と思う。
そのままリビングに行くと、ジェストがソファに座りながら、新聞を読んでいた。
「お世話になりました。」
ハリスはそうジェストに声をかけると、
「死ななかったら、また来い。茶ぐらいなら出してやるぞ。」
そう、返事が来た。
「その時は、ソフィアも貰っていきますね。」
「生きてたらな。」
それだけで充分だと思ったハリスは、一礼してそこを出ると、今度は玄関に向った。
「遅いぞ!」
マッケイだ。
「そうか?」
返事を返しながらも、ブーツを履いて、家の中を振り返った。
(もう一度、帰ってきたいな・・・。)
そう思って、視線を転じると、階段の所でソフィアが手を振っていた。ハリスも振り替えすと、
「行きます!」
祖国で両親にやったように敬礼して、家を出た。
その後で振り返り、木造のそれを網膜に焼き付けると、エレカの方に向って歩いていった。
「早く行こうぜ。」
「慌てるなって。」
それでもマッケイは走って、自分のエレカの方に向った。その助手席に座っているのはメイアだ。
ハリスも自分のエレカに乗ってエンジンをかけると、マッケイの後に続いて発射させた。
山を下って、その美しい自然をゆっくりと見回しながら、ハリスは森の中に鹿の影が映ったのを見た。
そして、麓の方まで行くと、道行く人は会釈してくれた。
知り合いに慣れた人だ。ハリスは感謝しながら、会釈を返した。
人の繋がりは大切だな、と改めて思う。
そうして、ザンジバルまで辿り着いた。その巨大な戦艦は、威圧感がある。
エレカでハッチへと入ると、クルーが迎えてくれた。
「遅かったな。」
そういうフォレスト中佐の心遣いは、嬉しいものだ。
「すみませんでした。」
ハリスは、そういって、笑った。
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第26話 プロポーズ