第27話 MS戦
起伏の激しい山間の森林地帯。背の高い針葉樹が居並ぶ中、巨大なMSが疾走する。
目指すは、前方の小山を影に銃火を飛ばしているビッグ・トレー三隻。
通常のビッグ・トレーは前面に展開する三門の砲塔以外の武装はない筈である。
が、目前で展開される火線は明らかに対空砲火のそれであった。
ミノフスキー粒子が戦闘濃度で散布された戦場、しかも今は夜。レーダーはあまり頼りにならない。自機の正面ディスプレイが映し出すのは、緑の服を着たノッポの木々だけだ。
それでもハリスは、自分が受け取ったB3タイプのグフを走らせるのだ。
(まだ、気付かれてはいない・・か?)
正直、自信はない。ミノフスキー粒子によるレーダーの無力化、とは言っても全く使い物にならない訳ではないのだ。
それでも、まだこちらに対する攻撃が為されていないところを見ると、気付かれていない様に思えた。
(だが・・・。)
罠の可能性も十分ありえる。
ざっと、周囲に視線を走らせつつも、ハリスは自分が少し神経質になっているのではないかと思えて、可笑しくなった。
「緊張してんのかな?」
今度は声に出してみた。確かに、固くなっていたのかもしれない。戦場に出るのは、記憶にある限りではたったの一度だけなのだから。
でもまぁ、他の人間の言い分だと、既に何回も出撃をしているらしい。ハリスは、我ながら、可笑しい話だと思う。
「ま、今更だけどさ。」
口の中で呟くと、モニタの一部を望遠に切り替えた。
それには理由がある。手前の小山が一瞬、光ったように感じたのだ。
(何だろう、朝からライトもないだろうしなぁ。)
光った、と思った部分を注意深く見ると、それがまた光を発した。
「・・・レンズ!」
日の当たっているそこで、一つだけ輝いているのは朝の低い太陽の光を反射させたレンズだ。
そう気がついた瞬間には、低い姿勢を取っていたグフを思いっきりジャンプさせていた。
空中で左腕を持ち上げる。
スコープを取り出している時間はない。シールドについたガトリングの照準をカンで合わせた。
レンズの持ち主は巨大なライフル、恐らくスナイパー・ライフルと思われるそれを持った迷彩色のMS。その射線上には、黒いドムが存在する筈だ。
(そりゃあ、真っ黒だもん。目立つよなぁ。)
自分が余裕なのに驚きながらも、ガトリング・ガンを連射した。通常弾ではない、七十五mmの巨大な徹甲弾は、ジム・クラスのひ弱な装甲なら簡単に貫くだろう。
「くそっ!」
同時に、高く飛びあがったグフは格好の標的となった。今まで何処に隠れていたのか、連邦軍のMSが次々と弾幕を展開してくる。
それが攻撃の合図となった。東側から一気に展開していた五機のストーム隊のMSも敵機に対して攻撃を開始した。
ハリスは空中にいて、冗談じゃない、と思った。敵のガンダム・タイプと思われるMSが必要にビームを撃ってくるのだ。それも、速くて正確。ライフルの銃口から何とか射線から逃れてはいるが、いつ掴まるか分かったものではない。
ハリスは、自分に向って放たれる敵の弾幕の中で、そのMSのそれだけを注意した。ビームライフルで良くも、と思われる連射である。
地面への着地。同時にステップして、集中砲火をやり過ごす。この神業は、ハリス自身が驚いていた。
「危ない・・・!」
いつのまに接近していたのか。ジムがハリス機にサーベルを振り上げていた。スラスターはまだ冷え切っていない。ハリスは、グフを跳躍させると、近距離から殴り付けた。
相手がふらついたところをすかさずヒートロッドで仕留める。その素早さは流石と言ったところだ。
が、そのジムに対して集中力を使い過ぎていた。周りには二機のMSがハリス機を囲むようにして攻撃を開始していたのだ。
「いつのまに!?」
第一撃を避けたのは、偶然だ。
第二撃は背後から。マシンガンの近距離からのフル・オート連射。同時に、前方のそれはサーベルを大上段に振りかざしていた。
「くっ・・のぉ!」
機体を強引に押し倒し、前方のMSにガトリングを連射する。更に、グフを仰向けにさせるとヒートロッドを射出した。
「避ける!?」
言った次に、ジムは機体を反転させていた。ヒートロッドは辛うじてマシンガンを破壊するが、敵機は次の行動へと移っている。速い!、と感じた。
が、ジムはサーベルを取り出す姿勢のまま爆発した。
「ハリス、何やってる!?」
ノイズが混じりはするが何とか聞き取れる。ゴート少尉のザクがバズーカを構えていた。
返答をしている暇は、無い。調子の悪いレーダーもさっきから警告音を断続的に繰り返している。
(そろそろのはずだ。)
ハリスは機体をジャンプさせつつ、ビッグ・トレーのある咆哮へと視線を転じた。
そこで唐突に爆発が起きたのも、判っている。案の定、ビッグ・トレーが背を向けている山に一機のMSが
存在するのが視認で来た。

マッケイだけが単独でビッグ・トレーの攻撃に出たのは、彼の機体の性能が最も高いからである。
MS−14B高起動型ゲルググ。しかも、マッケイのそれは重力下の戦闘に主眼を置いて設計された、特別仕様なのだ。部隊内で一番効率よく敵の上をとり、かつ大打撃を与える為には、ビームライフルと高起動性が両立されているゲルググでしかできない仕事である。
スピードだけで言えばフォレスト中佐のドムが一番だが、あれでは目立ち過ぎる。緑色のゲルググは、周囲の森林の中では保護色だ。 一番始めに狙ったのは、三角形の様な陣形の頂点にある艦であった。ライフルの照準が合うと同時に引き金を引き絞る。銃口より発射された超高熱のメガ粒子束は見事にブリッジを突き破ってくれた。
第二の心配はクリア。今まで、マッケイはビームライフルを中距離射撃しかした事がない。そのため、今回ほどの距離を置くには射程が分からない状態だったのだ。ちなみに第一の心配は、見付からずにここに辿り着けたか、である。
「調子が良い。これなら殺れる!」
すぐに照準を機関部のあると思われる場所に移す。今度は、三発。
ゴ、ゴォォォォ!ビッグ・トレーが巨体を唸らせながら炎に包まれている様は圧巻だ。
が、即座に敵の十字砲火がマッケイを襲った。山の斜面は木が生い茂ってはいるが、遮蔽物としてのこうかは期待できそうになかった。
「普通、旗艦は真ん中にあるよな。」
そうではなかった。マッケイは見落としていたが、艦の向きはこちら側ではない。いつでも出口に移動できるようにされている為、旗艦であるデロスは彼から見て右側に位置していた。
迎撃のMSがゲルググの方に群がってくると、今度は勢いを付けて侵攻してくる本隊が迫ってくる。艦隊を護衛しているMSのほとんどはヒヨッコなのだ。彼等はゲルググとの戦闘経験がないばかりに、未知のMSに対する恐怖心が攻撃を鈍らせている。
そんな連中は、数があっても勝てるものではない。気持ちで競り負けているジムは、右往左往しながらマッケイに狩られるだけであった。
「マッケイ、援護に来た。必要ないか?」
いつの間にか、ハリスのグフが接近していた。一瞬の混乱に乗じてここまで来たのは、流石と言ったところか。
「うんにゃ、手伝ってくれ。ライフルのエネルギーを無駄遣いしたくない。」
言って、ゲルググはショルダー・アーマーにマウントされている柄を引き抜いた。そこからビーム粒子が収束して、ナギナタを形成する。
(数が多いだけだな。)
正直、拍子抜けした気分だった。自前で戦艦を三隻も揃えている部隊が、こうも呆気なく崩れるとは思いもしなかったのだ。
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第28話 木枯らしのように