第28話 木枯らしのように
マシンガンの連射が恐ろしいと思うのはヒヨッコだけだ。ベテランは敵の銃口を注意深く見ているだけの冷静さと、何よりも経験がある。
「ふっ・・!」
息を大きく吐き出すと、フォレストの腕が操縦桿を引き倒し、それに連続してフット・ペダルを大きく踏み込んだ。
同時に、ドム・トローペンのスラスター・ノズルが全開して、その鈍重そうな体躯とは正反対に華麗に宙に舞った。その後を追うようにして巨大な鉛弾が火線をひくが、当の敵機はかなり焦っているようで弾幕が出鱈目だった。
「甘いわ!」
ジムのゴーグル・タイプのカメラがドムの巨躯を捕らえた時には、三百六十mmのバズーカ弾が胴体を吹き飛ばしていた。
「隊長。これなら楽勝ですかね?」
近距離通信で話し掛けて来たのはベテランのカーンズだ。彼は用心深くザクマシンガンを構えつつ、余裕のある声で話し掛けて来た。
「油断は禁物だ。」
その言葉通りだった。唐突にビームの火線が伸びて来たかと思うと、木々から頭だけを出したカーンズのグフはマシンガンを持った右腕が吹き飛ばされていた。
「何っ!?」
敵の正確な狙撃に舌を巻きつつ、コンソールのレーダーに目をやる。何も映していなかったそれが、一瞬後には高速で接近してくる赤い点を補足した。
「言った側から・・・!」
遅れてアラームが敵の接近を知らせて来た。その音を聞きながら、フォレストは内心舌打ちをする。
「カーンズ、大丈夫か!?」
「はい、戦闘は出来ます!」
敵機の軌道を計算に入れつつラケーテン・バズを振り向けつつ、フォレストはグフと背中合わせになるようにした。が、バズーカを打ち込んだ時には既に敵は頭上に移動していた。
「なっ・・・!?」
土色のMSがマシンガンを構えていた。ガンダム・タイプと思われるそいつのツイン・アイが酷く人間的な色を湛えているのが、フォレストには恐ろしかった。
だから、ホバー・クラフトを充分に生かして、バーニアの初速に助けられながらも前方に急激な移動をしたのだ。その御陰で肋骨が悲鳴を上げた。
バババッ、と銃口から悲鳴が漏れた。そう、弾丸が新たな獲物を捉える、歓喜の悲鳴が。
「カーンズ!」
シャワーのような銃弾がグフの巨体を包み込み、身動きの取れない機体を、止めとばかりに迫ったメガ粒子砲が貫いた。
グフの爆発を背に、こちらを振り向いたガンダム。その強圧なプレッシャーに圧されて、フォレストはバズーカを二射した。
パパッ、とバズーカ弾の爆発が光を炎を発した。フォレストは機体を後方に移動させつつ、用心深く周囲を見回した。
「むっ!?」
咄嗟に後方にジャンプしながらバズーカを前方に投げた。すぐ手前でビームの刃が尾をひいてバズーカを両断した。
ちぃっ、と舌打ちしつつ、マニュピレーターにヒート剣を握らせる。下段から大きく振り上げると、機体を突進させた。木々をなぎ倒しながら敵機に迫るヒート剣がビームサーベルに阻まれると、スラスターを吹かして全力で突進する。
その勢いに押されるう用にしてガンダムは二歩、三歩と後退した。それを逃がさず胸部の拡散ビーム砲を照射、さらにドムの太い足で胴体を蹴り上げた。
これには、流石のガンダムでもバランスを崩した。フォレストが止めを刺そうとした時に、ガンダムの外部装甲から異常なプレッシャーを感じて、ゾクッ、とした。
「くうっ・・!」
ガンダムが起き上がる前に、ドムは全力で後退した。言い知れぬ不安がフォレストを襲った為である。自慢のホバー・クラフトは、ガンダムの追随を許さなかった。
「何なのだ!?」
一瞬見た光景が脳裏を過ぎる。ガンダムのツイン・アイが輝いた瞬間にそれが巨大な何かになった、ように見えた。それに圧されるようにして、フォレストは半ば反射的に操縦桿を倒していた。
あれは何だったのか。いっそ、残像であれば良い。そう思いながら、フォレストはディスプレイにガンダムの姿が無いのを確認して、安堵した。
次に会った時は、きっと負ける。それが、彼の脳裏に焼き付けられた現実である。

唐突に出現したMSが振り下ろしたサーベルが、残像を残して襲ってくる。ゲルググはその瞬間にスラスターを点火させて懐に飛び込んだ。
「どうだっ!?」
完璧に不意をついた。相手はそのまま体勢を崩し、この急斜面を真っ逆さまに下っていく事になるだろう。
そう、なる筈だった。が、敵はインパクトの直前にバーニアを全開にして、急旋回。この展開に、真っ逆さまに山を落ちていくのはマッケイになるところだった。
何とかバランスは立て直したものの、目の前にある二つの目がエース級である事を悟って彼は嘆きたくなった。
と、言うよりも実際に嘆いていたのだった。
(今さらそりゃねぇだろ、くそっ!)
ナギナタを正面に構えつつ、じりじりと間合いを詰めていく。先に動いたのは陸戦型ガンダムだった。
中段から横薙ぎに繰り出される斬撃に、振り上げるように刃を上げて対抗する。下の木々が超高熱のビーム粒子によって残らず溶けていくのが見えた。
ギャーン、と派手な音を立ててビーム同士がぶつかり合い、弾き合う。
「これは、やべぇ。」
ふと、コンソールに目をやる。レーダー上に映る光点は、正面のガンダムの他に三機の敵MSが存在する事を示していた。
(囲まれてる?)
その通りだった。警告音がコックピット内を満たし、マッケイがコンソールからモニタへ目を移すのと、ジムが三方向から攻撃を仕掛けてくる差は、僅かに0.3秒程だったろう。
「ちぃっ!」
右から二機、左に一機。正面にはガンダム。まさに、万事休すである。
ガンダムの上段からの斬撃。それを左へのステップで回避。
右側の一機が、その隙を突いて中段から。反射的に動かした操縦桿が左腕に指令を伝え、シールドで相手の手首辺りを押さえてくれた。
カンカンカン、と装甲で弾丸が弾ける。一瞬、そちらに気を取られたマッケイは、左側の最後の一機を失念していた。
(やばっ!)
薙ぐように払われた超高熱の刃ががら空きの背中を襲う。
脚部スラスター解放。全出力で回避しようとしたが、間に合わない。僅かに浮いた機体が右側のジムを弾いただけで、実際に回避運動は完全には間に合わない。
ギャーン!派手な音がして、下段からの斬撃が脚部を襲う。今さっき、限界出力を振り絞った脚部大型バーニアが爆発して、爆音を轟かせる。マッケイは、失敗した、と思った。
右左のバランスが崩れた機体は空中で横転した。御陰でサーベルの直撃は免れたものの、第二撃は完璧に寸断コースだ。
「んな、無茶な!」
言葉通り、下段からサーベルを振り上げたジムはオーバー・アクションを見事にやってのけた。振り上げたサーベルを、今度は無理矢理に刃(?)を返して落として来たのだ。
目の前に来たビーム刃に目を見開きながらも、反射的に背部スラスタを開いてしまう。最後くらい潔く死ねよ、と自分の冷静な部分が告げた。 だが、次の瞬間には更に驚きの事態が起きた。唐突にジムが横に吹き飛び、同時に囲んで来た他のMSが後ろに飛びのいたのだ。
その場所に一瞬遅れて黒い線が走る。逃げそびれた一機が、それに腕をもぎ取られた。
「ハリスか?」
右側のモニタを見る。案の定、ガトリングシールドを捨てたグフがそこに悠然と立っていた。
「大丈夫か?」
ハリスが近距離通信で話し掛けてくる。グフがマッケイ機に手を差し伸べていた。
「何とかな。そっちは?」
「概ね良し。・・・来るぞ!」
「・・・!あの二つ目には気を付けろ、あぶねぇぞ!」
同時に、二機は散開した。マッケイは無理矢理突撃して来た先頭の一機を切り伏せると、その後ろからさっきのガンダムが飛び出して来たのに驚いた。
「おわっ!?」
機体を何とかしゃがませると、その頭上をサーベルの軌跡が追っていく。がら空きのボディにナギナタを叩き付けようとしたが、それよりも早くガンダムはゲルググを蹴り上げた。
「・・・!」
舌を噛まないようにしながら、無茶苦茶に揺れるコックピットに何とか居座る。シートベルトが食い込んで痛かった。
揺れる視界の中で、何とか正面を見据えると、ガンダムが目の前にいた。
「こんのぉ・・!」
スラスター点火。機体を浮き上がらせると、ガンダムはサーベルを切り上げてゲルググの左腕を肩ごと持っていった。
「クソッタレ!」
バチバチと放電する左腕を見ながら、マッケイは呟いた。ライフルに持ち替えると、照準も付けずに撃ちまくる。それを牽制にして、ゲルググを後退させた。
勝てない――その思いがマッケイの心を焦らせる。が、その先には他の機体の姿があった。
「うお!?」
それ――アキラのアースガンダムだが、マッケイは知らない――が銃口を持ち上げるのと、ゲルググが機体を捻らせるのはコンマ何秒かの差であった。
マシンガンの火線が通り過ぎる。ゲルググが速射砲を乱射すると、ガンダムは巧くかわしていった。マッケイは機体を着地させると、ライフルを相手に向けた。その瞬間に、ギャーン!ライフルが光に貫かれた。
「何ぃ!?」
ライフルの爆発。ゲルググは大きく後ろに下がる。それを待っていたかのような、鉛弾の嵐が降り注いだ。それを横にステップしてかわすと、再びナギナタに持ち替える。
一瞬の静寂。次の瞬間には、各々が行動へと移っていた。
ビームガンの銃口を向けようとしたガンダムに対し、真っ正面から飛び掛かるゲルググ。スラスタが焼き切れるのではないのかと言う程の加速は、中にいるマッケイに想像以上の苦痛を強いた。
「うっぐ・・ぐぁぁぁぁ!」
咆哮。下段から一気に持ち上げたビームは、ガンダムの左腕を真っ二つに切り裂いてくれた。
マッケイは、よし、と思う。急速離脱。彼の機体は小山の陰へと滑り込んだ。

グフのヒートロッドが最後のジムの頭部を捉えた時に、マッケイのゲルググが後方へと飛びすさった。
同時に、彼の相手をしていたガンダムのターゲットがハリスへと変化する。電流がジムの機体を駆け巡るのと、ガンダムが自分の所へ飛び込んでくるのはほとんど同時に思えた。
急いでシールドを翳す。機関砲ごと二つに分かれた。
右足を叩き込もうとする。読まれている。唐突に速度を落とすと、ヒートソードで斬りかかった。
相手は少し驚いたようだが、止められた。どうするか?背部スラスターを吹かして跳躍、同時にヒートロッドを飛ばした。
ガンダムは余裕を持って、撓る鞭を切り裂いてくれた。よくもまぁ、とハリスは場違いにも感心してしまった。
(機体性能の差か・・・?)
いや、違う。パイロットの技量だ。と、ハリスは確信した。自分は目の前の二つ目にテクニックで負けている。
ガンダムが再び距離を詰めて来た。グフがヒートソードを振り上げると、相手は背中を反らして避ける。ハリスはグフにオーバーリアクションを強いた。
機体を無理矢理捻っての回し蹴り。刃にばかり気を遣っていたガンダムは、不意をつかれて後方に吹き飛んだ。
「今だ・・・!」
ハリスは機体のバネを伸縮させると、一気に伸ばして跳躍する。そのまま、先程マッケイが隠れた小山のうらへと逃げ込んだ。
「マッケイ、生きてるか?」
接触回線を開くと、マッケイの元気な顔が出迎えてくれた。
「無事のようだな。良かった良かった。」
マッケイは笑顔であった。
「それよりよ、ちょっと頼みたい事あるんだ。」
「何だ?戦闘中は私語は厳禁だぞ。」
「ケチなこと言うなよ。それより、ザンジバルの俺の部屋にさ、その、指輪があるんだよ。」
「へー、指輪ねぇ。」
「それをさ、ソフィアに渡して欲しい。」
「は?」
はにかみながらも言うハリスに向けて、マッケイは疑惑の表情を向けた。ハリスの顔は、真っ赤だった。
「何いってんだ?自分で渡せよ。」
「それが、さ。できそうも無い。ごめんって言っといてくれ。」
「おい、ちょっと待てよ。お前、何いってんの?」
ハリスは、答えない。グフのマニュピレーターをゲルググから離すと、再び膝を曲げた。
「頼んだぞ。お前にしか頼めないんだ。」
そういうと、ハリスは機体を跳躍させた。
「おい、待てよ!お前・・・!」
コックピットに、マッケイの狼狽の声が響く。それでも振り向かない。小山を超えると、すぐそこに先程のガンダムの姿があった。
「まぁ、楽しかったかな。」
ハリスはスラスターを全開にした。目の前のガンダムとの距離がどんどんと縮まっていく。二つの目を持つ人間クサイMSは、顔に驚愕の色を浮かべていた。
(悪いな・・・。)
ヒートソードの刃がガンダムのエンジンを貫いた。同時にグフのスラスターがオーバーヒートを起こし、バーニアが破裂する。コックピットに、鈍い衝撃が響き渡った。
『きゃあああぁぁぁぁぁ!』
同時に、ヘルメットのヘッドホンから女性の叫び声が聞こえた。ハリスは、あぁ、女の人だったのか、と苦笑する。
彼の脳裏に記憶が蘇った。世に言う走馬灯なのだろう、と勝手に解釈する。空白だった記憶も再生されたのに、ハリスは安堵した。
(ごめんな、ソフィア。)
思い浮かべるのは愛しい少女。彼女の笑顔が視界一杯に広がり――。
全てが轟音と共に消えた。

二体の巨人がもつれ合いながら立ち尽くすと、次の瞬間には火が上がった。
小さな爆発。それが瞬時に膨大な光に変化し、戦場全体を照らし出す。光が音と共に弾け、宙を漂った。
『大佐、助けて!・・・アキラ君!!』
アキラの頭の中に直接響いたのは、悲痛な叫びだった。それが伝わって来た瞬間に、全身を貫かれたかのような激痛が走り、痙攣が襲う。眼球が大きく見開かれた。
『約束、忘れるなよ。』
マッケイの目の前で起きた爆発の中から、そんな親友の声が聞こえた。マッケイは絶望の表情を一瞬だけ緩めると、
「この、大馬鹿野郎が。」
その笑顔は、寂しげだった。
他にも、その爆発の中から『声』を聞いたものはいた。フォレストやホスト、メイアなどがそれであった。彼等は、それぞれに悲しみを抱いた。
そうして、閃光が止んだ頃には、そこに戦場は存在しなかった。
――あるのは、静寂のみ。

「・・・ハリス?」
唐突に人の気配がして、少女は振り返った。誰もいない。気のせいだろうか?
「やだなぁ、寂しいのかも。」
ソフィアはそう言いながら、布団を再び叩き始めた。
「良い天気。ハリスも、早く帰ってきたら良いのに。」
少女の、溢れんばかりの金髪が日の光を浴びて輝いている。ソフィアは布団を叩き始めた。それは、愛する青年の分の布団である。バンバンと、威勢の良い音が森林の中を駆け巡った。
バンバンと――。
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