エピローグ
始めに立ち直ったのはどちらであったろうか。
いや、そんなことはどうでも良い事なのかもしれない。双方が戦いを起こす事は有り得なかった。ただ、先程までの騒音飛び交う空間が突如として沈黙に支配された瞬間から、そこは戦場ではなかったのだから。
ストーム隊のザンジバルに帰還したのは、僅か三機ほどだった。それぞれの機体が大なり小なり破損しているのだが、パイロットは全員が死人のようであったという。各々が沈痛の面持ちでコックピットから這い出して来たが、生気は感じられなかった。
同じく、デロスに帰還したMS隊の面々は暗かった。特にアキラは、機体の損傷が殆ど無いのに対して本人は意識が飛んでいた。連邦側は戦艦二隻と十機ものMSを消耗している。それだけでこの戦闘が如何に激しかったかを簡単に想像する事は出来た。
この二つの部隊に共通する事は、報告を聞いた乗組員のほとんどが泣き崩れたと言う事だった。
悲しみの中にあって、戦士達の絶望は言い知れないものがある。
ハリス・クルンプとミリィ・ニクスの二人の死亡を信じた者はいなかった。

ベルヒテスガーデンは、落ちた。
U,C0079年十二月二十三日、地球連邦軍によるソロモン戦の前日の事であった。
ベルヒテスガーデン攻略の先陣を切ったのはアキラ大佐率いるビックトレー一隻。話に寄れば、フィリップ少尉が隊長となった第三特務部隊も戦線に加わったと言う。アキラ大佐とフィリップ少尉の二人は、鬼人のような強さで基地を陥落させた。後に、アキラの親友と言われるホスト大尉は、
「何かに取り憑かれてたんだよ。じゃなきゃ、あんな風になる訳が無い。」
と、語ったと言う。
その前日に、同基地でストーム隊のザンジバルが宇宙へと向けて大気圏を突破していった。そのままソロモンへ急行したが、間に合ったかどうかは定かではないと言う。その後、ザンジバルは終戦までの短い期間サイドVのジオン本国を護衛していた。
宇宙へと発射する三日前に、ザンジバルはフランスの田舎にあった。マッケイ中尉は親友であるハリス大尉の死と、彼の残した指輪をソフィア嬢へと手渡した。それを受け取った少女は、その場で呆然と立ち尽くし、涙を溢れさせていた。ザンジバルのクルーは全員、すぐにその場を後にした。

その後の彼等の動向は、実に呆気なかった。
ストーム隊を率いて、その名を轟かせたフォレスト・ハス中佐は二年後、ガンを患い死んでいった。享年五十五、その死に顔が穏やかであったのは、終戦後に故郷で式を挙げた愛娘のメイアと、息子となったマッケイの晴れ姿を見る事が出来たからだろうか。何れにしても、大戦後のこの人の生活は幸せであったのだろう。彼の死後すぐに、メイアは女の子を出産した。
連邦軍大佐にして、大戦中に『悪魔』とまで言われたアキラ大佐はその後、ジオン軍残党の掃討に全力を注ぎ込んだ。後にフィリップ少尉と共にティターンズに入隊。その名声を何処までも轟かせていく。
ハリスの死を知ったソフィアはその後、三日三晩泣き崩れた。それでも気丈に立ち直って、御粗末ながらも彼の墓を建てる。彼女は幾人もの求婚者を押しのけ、生涯独身を貫き通した。その指にはハリスから貰った指輪が常に輝いていた。
当のハリス・クルンプは死後、ジオン軍よりジオン十字勲章を授けられると同時に二階級特進し、大尉となる。それに対してマッケイ中尉は、
「最後の最後に追い抜かれちまったなぁ・・・。」
と、嬉しそうに目を細めていた。彼等は敬意を表してハリスの事を『蒼い疾風』と呼んだが、同時期に連邦軍内ではミリィ少尉を葬ったグフの事を『木枯らしの風』と呼んだ事を知るものは少ない。

かくして、U,C0080年一月一日、長かった大戦が終了した。後に人々はこのジオン独立戦争の事を『一年戦争』と呼ぶようになるが、その後も宇宙に住まう人々の間に争いは絶えなかった。その有事の中に、何時しか大戦は一つにまとめられ、次第に小事は消えていく。まるで、小さな小さな雲のかけらがやがて一つの大きな雲に取り込まれていくかのように――全てが一つにまとめられていく。それが、世の摂理と言うべきものなのかもしれない。
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後書き