第9話 部隊移動
角にちらっ、と見えた人影。その影を追い、ハリスは走った。
陰に隠れて腰のホルスターから拳銃を抜き取り、構える。
頭だけを出して辺りを伺うと、連邦の兵士らしき男が一人いた。
屈んで、爆弾か何かをセットしているように思える。
時々辺りを伺うように見て、また作業に移る。
(行くか・・・。)
ハリスは一気に男に近づくと、それに気付き、銃を構えた敵の右腕を思いっきり蹴り上げた。
「あぐぅっ!」
敵兵が嗚咽を漏らす。が、そんなのをいちいち気にしていられない。
「手を挙げろ。そしたらそのまま手を後ろに組め。」
「わかった。」
男は黙って言う事にしたがった。
ハリスは他に武器をもっていないか確かめるためその男に近づいた。その時、
ひゅっ、という風切り音と共にナイフに冷たい刃がハリスの目の前を通った。
「なっ・・・。」
反射的に後ろに下がろうとしたハリスの拳銃が握られている右腕を、兵士は蹴りつけた。
「あうっ。」
その反動で手から転げ落ちた拳銃を兵士は蹴り、今ハリスがいる所では手の届かない所に転がっていった。
さらに兵士はナイフをハリスに向けて振るう。
「うわっ!」
後ろに下がりそれを回避するが、すぐに第二撃が飛んで来た。
それを屈んで避け、腰に下げておいたナイフを取って応戦する。
キン、という甲高い音と共に刃が擦れあった。
「ちいっ!」
ハリスは身を低くして相手の懐に飛び込むと、左の拳を鳩尾に食い込ませようとする。
相手もそれに気付き、体を捻って急所は避ける。
「くっ、なかなかやるな。」
相手が始めて口を開いた。少し高い声だが、そんなに違和感を感じる訳ではない。
「来いよ。」
ハリスも少し挑発する。
「いいだろう!」
相手が突撃してくる。
それをぎりぎりの所でかわし、後ろに回って、首もとを狙い一気にナイフを振り下ろした。
ドスッ、という鈍い音。自分の腕に伝わってくる鈍い感触。
ナイフは見事に相手の背骨辺りに埋まっている。
敵兵が崩れ落ち、それと共にナイフが抜ける。
傷口からは血が湧き出て、さっきまで人間だった者は物言わぬ死体に変わっていた。
「うっ・・・。」
目眩にも似た感覚がハリスを襲った。
「生の死体・・見るの初めてだな・・・。」
少し気分が悪くなった。
敵兵がセットしていた物に近づいた。
やはり爆弾だ。
それを解体してから、ハリスは敵の持っていた物であろうライフルを拾い、自分の拳銃も拾って他の侵入者を探すために歩き始めた。

しばらく進むと、すぐ近くで銃声がした。
火薬の破裂音が連発している。
急いでそちらに向い、角に隠れて様子を見る。
そこでは、味方と敵で銃撃戦が繰り広げられているようだった。
味方の背中が見える。
「戦況は?」
近くにいた兵士に尋ねた。
「死亡者三名、負傷者二名。どちらも軽傷だ。」
「なるほど。」
「こんな時になんだが、あんたは誰だい?俺はスリカだ。」
「ストームのハリス。おしゃべりはここまでにしよう。」
「たのんだ。」
そういったスリカの右腕にも血が滲んでいる。
「任せろ。」
敵のいる方面に銃を構え、撃つ。
ガガガガ、というものすごい火薬の破裂音。腕から全身にくまなく伝わっていく振動。
目の前にも熱い鉛弾が飛んでいくのがわかる。
戦場で自分は銃を撃っている。そう思うだけで背筋に電流に似た物が走っていく。
コン、と、緑色の球体が転がって来た。
「逃げろ!」
ハリスは反射的にそう叫び、近くにいた手の届く範囲にいる者を連れて、反対側に飛び込んだ。
後ろで手榴弾が爆発したのだろう。轟音と爆風がハリスの体を襲う。
「無事か!?」
顔を上げ、側にいた者全員に話し掛けた。
「ああ、全員無事のようだぜ。」
スリカが周りの状況を判断し、答える。
その答えにハリスは胸を撫で下ろし、また銃を構えた。
「ほら、仕返しだ!」
誰かが手榴弾をあちらがわに投げ込み、再び爆音が響いた。
悲鳴が聞こえてくる。
「今だ!」
ハリスは廊下を全速力で走りながらライフルを撃つ。
「ぐわぁぁぁ!」
敵の数人が断末魔の叫びを上げる中、何人かの男は撃ち返して来た。
「ぐぅ!」
熱い鉛弾がハリスの右肩にめり込む。
その衝撃で、ハリスは後ろの仰け反った。
後ろに続いた何人かの兵士がハリスのかわりに銃を撃ち、敵を追いつめる。
その中で、流れ弾がハリスの脇腹に当たり、その激痛でハリスの意識は薄れた。
「おい、大丈夫か!?ハリス!!」
闇の中に落ちていく意識の中で、ハリスはスリカの声を聞いた。

「うおおおおおおお!!」
フィリップは陸戦型ガンダムのビームサーベルを思いっきり漆黒のドムに突撃させる。
それを迎え撃つフォレスト少佐はヒート剣を構えたままガンダムに近づいていく。
ガンダムが斬りつけてくるのをある時は避け、またある時は受けて対応する。
「くそぉ!」
それでもフィリップは諦めずにサーベルを振る。
「なかなか良い太刀だな。」
フォレスト少佐はそれをしばらく受けながら眺めていた。
ひとしきり眺めた後に機体を下げて、相手がバランスを崩した所に突撃する。
そんなドムの目の前に、ビームが横切った。
「ぬおっ!?」
それを間一髪で避け、ビームの飛んで来た方向を見やる。
そこには、ビームライフルを構えた陸戦型ガンダムが一機、こちらを向いていた。
「あれは、ロック・・・?」
フィリップがコックピット内で呟いた。
それは紛れも無い第三特務隊の隊長、ロック・エビルの機体だった。
「あれは・・・漆黒の嵐・・?それとフィリップ・・・?」
コックピット内でそう呟き、ロックはガンダムにもう一回ビームを放たせた。
「フィリップが押されてるのか。やばいな、俺も勝てるか分からん。」
自分に向ってくるドムの圧倒的な威圧感に押されそうになりながら、ロックはライフルを連射した。
それを避けたドムがヒート剣で斬りかかってくる。
それを回避しようとすると、ヒート剣軌道を変えて追ってくる。
ロックはライフルをなげて盾にすると、二、三歩下がり、ビームサーベルを抜いて構える。
フィリップが近づいてきて、接触回線を使って話し掛けてきた。
「ロック、勝てるのか?」
「さあな。それより、お前は退け。」
「・・・なぜだ?」
「作戦は失敗だ。たった今破壊工作班が全滅したとの連絡が入った。」
「なに!?」
「これ以上戦っても意味はない。早く艦に戻り、撤退させろ。」
「お前はどうすんだよ!」
「こいつを食い止める。その隙に速やかに撤退させるんだ。」
「嫌だといったら・・・?」
「隊長としての命令だ。背く事は許さん。」
「だけど・・・。」
「くどい!早く行け!!行ってシューンを安心させてやれ!」
(シューンを・・・。)
フィリップの脳裏に、先ほどの事がうかんだ。
(約束、だもんな。)
「・・・分かった。ありがとう。」
そういってフィリップは機体を反対側に向け、去っていった。
「フィリップ、待て!」
その後をフォレスト少佐が追おうとするが、ロックのガンダムが行く手を阻んだ。
「悪いね。あんたは俺が止めにゃならないんだ。」
そういってドムに斬りかかる。
「この!」
サーベルとヒート剣をぶつけ合い、弾き、またぶつけ合う。
それを繰り返している内に徐々にガンダムが押され始めた。
「これが、ジオンのエースか。」
コックピット内でうめくように呟き、サーベルを振る。
ドムが横に避けて、ヒート剣を振り下ろす。
ぎりぎりで直撃は避けたが、右肩から下を失った。
「ちくしょう!」
もう一本のビームサーベルを抜こうとすると、ドムが横にヒート剣を振り、ガンダムを真っ二つにする。
「ぐおおおぉぉぉぉ!」
そう叫んだ後に爆発が起き、ロックの目の前を眩いばかりの光が満たした。
それが、彼が最後に見たこの世の景色になった。
「フィリップは・・・?」
フォレスト少佐が辺りを見回すが、そこにはすでにフィリップのガンダムの姿はなかった。

「艦長、作戦は失敗した。艦を発進させてくれ。」
何とか着艦したフィリップは、艦長にそう伝えてから残った隊員を調べた。
そこにはホロウ准尉しかいなかった。
「・・・?、シューンは?」
准尉は沈痛な面持ちでそこに立つだけだった。
「・・まさか・・・そんな・・。」
「少尉・・・。」
「うそだろ?おい!嘘だろ!?」
フィリップはホロウ准尉の胸座を掴み、強引に揺する。
しかし、准尉の答えは残酷だった。
「真実です。生き残ったのは私たち二人だけです。」
その答えに、フィリップは床に膝を突いて泣いた。
人の前で涙を見せるのは、シューン以外では始めてだった。
艦内にはフィリップの鳴咽だけが響いていた。

翌日、地球連邦軍第三特殊部隊壊滅の知らせがレビル将軍のもとにも届いた。
「そうか・・・。」
将軍はそれだけ言うと、石になったかのように前を見詰めるだけだった。
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第10話 部隊移動