第1話 ファースト・コンタクト
 かつて、悲劇があった。
日本という国に、「原爆」という名のもう一つの太陽が降ってきたこと。信じられない程の命が失われたこと。永久に消えることのない傷を残したこと。
その悲劇から幾星霜―――再び歴史は繰り返されてしまった。
「今日で二十年か」
MSキャリアの運転席でシュンがつぶやいた。
「何が?」
 隣に座るハタがチラッと視線を向ける。
「初めてコロニーが落ちてからですよ」
「覚えてるか?」
「・・・少しね」

ジオン公国が地球連邦に対して行った、円筒形スペースコロニーを落とすブリティッシュ作戦。
 地球連邦軍の必死の抵抗によりコロニーは地球を目の前にして分散され、二つの固まりのなって地球へと落下した。一つは大気圏中で粉々となり分散、アメリカ大陸の広範囲とそしてもう一方はオーストラリア大陸の南東へと向かい、史上最大の爆弾となったのである。この時日本は、ほぼ全土が焦土と化した。
 その後一年戦争やグリプス戦役、第一次、第二次ネオジオン抗争などと呼ばれる宇宙規模の大きな戦争を経て、宇宙世紀0100年地球連邦軍は正式に戦乱の終結を宣言したが、日本の状況は相変わらずであった。国内の都市などは難民あふれるスラムと化し、世界一と言われた治安は見る影もなくなっていた。あまりの被害に、政府による復興は遅々として遅れていたのである。
 このような状況を打開するため、政府は様々な治安対策を打ち出した。その中でMSによるテロやゲリラ対策として、同じくMSで構成された特殊部隊の設立が国会で提案され、審議の末採用されたのである。
 やがて連邦や日本のMS企業の協力もあり、特殊治安維持部隊「ガーディアンF.E.」、通称GFEが誕生した。「極東の守護者」という意味を持つGFEは、都市部など各地の拠点にその支部が置かれていった。

「えー現在、犯人グループが軍用のMS―6の陸戦型2機とトラック1台により、兵器工場で立てこもっているという状況。人数は3、4人と思われ、機体はいずれもマシンガン等の武器は装備しておらず、MSの色を赤く染めているもよう」
 無線の声は、少し慌てた声で飛び込んできた。
「シュン、ハタさん、もうすぐ現場に着くから。準備はいい?」
 指揮車のホバートラックから、ミズキが呼びかける。
「了解」
 二人は同時に返事をした。
 彼らシュン・ヨシイとシンジ・ハタは、比較的被害が少なかったヒロシマ市のGFE支部、アサノ大佐指揮のもと特殊機動1課第3小隊に所属しており、他にカエ・ミズキや他の隊員を含めた5人で構成されている。
「ザクって・・また古い機体っすね」
「だからと言って油断はならんぞ。場所が場所だ。改造もされているだろう」
 この言葉にシュンの表情もこわばった。軍用のMSは一般に普及している機体よりも大きく、使用する武器も強力なために、このような街中で暴れるような事態になれば被害は計り知れない。さらに倒したとしても、旧型の場合大爆発を起こす危険性がある。さらに場所が兵器工場となれば、危険は増すばかりである。
 例えこの時代のザクでも、十分危険なのだ。
今まで軍用MSと戦った経験が無いわけではないが、それは訓練での話である。
「赤いMS・・またSRCか」
 最近よく耳にするSRCとは、世界的な反連邦ゲリラである。かつての英雄を信棒する者達や、ジオン軍人の末裔によって結成された。「SRC」とは「SPIRIT OF RED COMET」の略である。
SRCは地球連邦に対し、度々「制裁」と自称するテロを起こしている。それらはいずれも赤いザクで行われており、この所、日本での事件が多発するようになってきていた。
「でも最近、似たような事件続いているな」
「・・・」
シュンは無言のままだ。構わずハタは続ける。
「何もなければいいのだが」
 その願いは、見事に砕かれる事になる。

「あぁもう野次馬が増えてきやがった、畜生!」
 サウナのようなコクピットの中で、甲高い声の男がわめいている。
「気にするなウィル。どうせならTVでも来りゃはりきるんだけどな」
 この状況を楽しんでいるかのように、もう一人がなだめた。
「レジーも余計な事しゃべってないで、ここから離脱する事を考えて」
 赤く染め抜かれた2体のザク、そして何かを積み込んでいるトラックの眼前には次第に増えてきた人ごみと、それを整理する警官が押し問答をしている。この工場唯一の出入り口を塞がれた彼等は、大量の弾薬が置かれている建物を背に抗戦の構えをとっていた。
「隊長! もう強引に出ちまおうぜ! どうせ正体バレてるんだし弾薬なんかとっくにきれちまってるし挙句の果てに逃げ道が・・・」
「まぁまぁ待てよ。いいプランってのは落ち着いて初めて出るもんだ」
「そのセリフは何百回も聞いたってんだよ!」
「お前は急ぎすぎだ。たまには力を抜いて・・」
「いいか! 俺たちゃ追い込まれてんの!窮地に立たされて・・」
「2人ともそこまで、お客さんが来たみたい」
 人の群れが真っ二つに別れ、車両が数台、そしてMSが2体入ってきた。第3小隊である。
「ザクか・・・2機ともかなり改造されてるな・・シュン、油断するなよ」
「了解。モノアイなんて初めて見たぜ」
やがて独自にチューンアップされたジェガン2機が前に出、後方に指揮車が控えるいつもの体制をとった。
「シュン、ハタさん、聞こえる?」
 ミズキと同乗しているカツラギが声をかけた。
「聞こえてるよ」
「大丈夫だ」
「見ての通り、犯人は2体とも軍用のザク。はっきり言ってこちらの分が悪い」
「いきなり何言ってんだよ」
「それとこうやって窮地に立たされた犯人は、何をしでかすかわからない。だから短期決戦でいこう。万が一逃しても、他の小隊に任せればいいからさ」
「うむ。わかった」
 そこにミズキが口をはさんだ。
「二人ともいい?これから隊長が説得を開始するから、あたしが合図したら一気に突っ込んで。ザクのヒートホーク位なら、当たっても平気だから」
「平気ねぇ」
「大丈夫だよ!なんたって隊長のお墨付きだし」
「だから安心できんのだが」
「とにかく、隊長の説得に期待しよ」
そうこうしているうちに、後ろにいた指揮車が前に出てきた。そしてザクの手前10数メートルの所まで出て立ち止まる。
ついに、拡声器を手にした第3小隊長のサカキが指揮車の上によじ登り、一つ二つせきをして話し始めた。
「ゴホン、・・あ、あ、」
「隊長! なんか出てきたぜ!」
「犯人諸君、聞こえますか?」
  「私たちを説得するつもりだわ」
「え〜、君たちは現在包囲されています。無駄な抵抗はやめ、おとなしく投降して下さい。繰り返します、・・」
 もはやドラマでも用いられそうにないセリフに、犯人側と第3小隊にしばし沈黙が訪れた。
「・・今時こんな説得をする人間がいたとは・・一本取られちまったな」
「あ、あいつら俺達をバカにしてんのか? なめやがって!」
 やがて1機のザクのモノアイに灯がともり、その次の瞬間、説得中のサカキに向かって突進を開始したのである。
 これには誰もが驚いた。
「ちょっとウィル待っ、待ちなさい!」
「・・無駄な抵抗はやめ・・あららら」
「まずい、2人とも!」
「もう動いてるよ!」
 ザクの突進に対し、シュンのジェガンがいち早く反応した。自慢の機動力でなんとか指揮車の前に滑り込み、盾でヒートホークを受け止める。
「ミズキ! 早く車出せ!」
 その間に、指揮車はなんとか後方に逃れた。しかし、
「くっ・・レジー!」
「わかってますよ」
 もう一体が、身動きの取れないシュン機に襲い掛かる。だがこれをハタは見逃さなかった。
「フン!」
 特殊警棒でヒートホークを弾き、ザクの右足、付け根の部分に深々と突き刺さった。
「くっ・・さすがに動きがいいねぇ・・隊長! 今のうちに逃げちゃって!」
「何をバカな・・そんなこと」
「いいから逃げちまってくれよ! あんたがやられちまったら意味ねぇだろが!」
「・・後で必ず追いついて」
 ザクの後ろに控えていたトラックが、スキに乗じMSの間を縫って疾走した。
「あっ・・逃げる」
「二人とも、あのトラックは無視していいから、そっちのザクをなんとかして! 隊長は無事だから」
「了解!日本のMSを・・・」
 盾を左手一本に持ち替えると、シュン機は器用に腰部からハンドガンを取り出した。
「なめんな!」
 闇を裂くような銃声と共に、弾丸はザクの胸部を貫いた。たまらずウィル機は後退し、レジー機もそれに続く。
「くうぅ・・やられちまったよ! くそっ!」
「ウィル、俺らもそろそろ帰ろうぜ? まだバーニアの燃料は残ってるかい?」
「当たり前だ! 早く合図を出しな!」
「上出来だ。1、2の3で行くぞ? 1、2の・・」
「3!」
 合図と共に、ザクの脚部に付いたバーニアが一気に炎を吐き出す。それに合わせ、機体は驚異的なスピードで入り口脇の壁に向かっていった。
「ヒャアァァァッホウ!」
「どいたどいた! モタモタしてたら知らないぜ」
「待てコラ!」
 シュン機は腰部からハンドガンを取り出し、両手で構える。しかし、
「待って!」
 ミズキが、すんでの所でシュンを止めた。
 野次馬を横目にザクは壁を壊し逃走、トラックも続いて夜の闇に消えていった。
「シュン、あとは他の小隊に任せて。あたしたちの仕事は終わり」
「何言ってんだよ、あいつらまだ・・」
 まだシュンは興奮が収まらない。
「いつまでのぼせあがってんの? カツラギ君、今うちらにできることは?」
「ないです。何一つ」
「そういうこと。わかった?」
「・・・」
「ヨシイ」
「・・・了解しましたよ」
憮然とした表情で返事をしたところで、サカキが各機に告げる。
「さあ、我々も他の小隊と合流しよう」
「・・・・」
  こうして一人のケガ人も出すことなく、真夜中の騒ぎは幕を閉じた。
その後、犯行に使われたと思われるトラックが発見されたものの、犯人グループや赤いザクを捕らえたという知らせが入ってくることは無かった。
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第2話 予感