第3話 トラブル・メイカー
 ここ第2中隊詰め所の中には、隊員用の食堂があり、主に昼食時に多くの人物が利用している。
 第3小隊の人間もよく利用しており、昼時になれば広い食堂が人ですぐに埋まってしまう程の盛況ぶりである。
 今日もサカキとムロタがラーメンをすすっていた。
「で、もう隊員には話したのか?」
「話したさ。ムロタ君はまだなの? ・・あ、コショウとって」
「話したよ。やはり皆、内心複雑だったろうな。俺だって正直良い気分はしないよ。・・ホイ」
「ウチの若いのも同じこと言ってたなぁ・・サンキュ」
「サカキ、お前はどうなんだ?・・コショウかけすぎじゃないか」
「俺?俺はもう割り切ってるよ。気持ちはわかるけどねぇ・・・かけすぎかな」
「そうか・・・コショウ浮いてるぞ」
「まあ、うだうだ言ってもしょうがないからね・・結構いけるよ」
 二人は額の汗もふかず、ズルズルと麺をすすりながら話を続けた。
「3日前に連邦の人が来たけどさ、どんな人だった?」
「その事なんだが・・どうも軍関係者らしい」
 ムロタは普段から、このように同僚から質問を受けることが多くあった。本人も様々な事情を知っていたためもあり、このようなやりとりは良く見られる。
「軍関係者って、こういう時って州政府の人間が来るんじゃないの?」
 ムロタは箸を止め、コップの水を飲み干した。
「どうやら問題のSRCって組織には、連邦軍が乗り出す程の事情があるらしいな」
 サカキはずっと横目でムロタを見ていたが、やがて視線を窓の方に向けた。
「今連邦がゲリラやテロ以外に気にしてるもの・・・」
 とひとり言のようにつぶやくと、しばらく一点を見つめたまま黙ってしまった。ムロタも考えごとをするように箸を置き、腕を組む。そして、
「・・ニュータイプかな」
 その言葉に、ムロタはギョッとしたような顔をする。

その頃MS格納庫では、昼食抜きで作業員が仕事に追われていた。
「モタモタすんな!」
  「早くしろ!」
 など、各所で怒号が飛んでいる。
 実はこの日、午前中にジェガンの新しい武器が納入される予定であったのだが、その運搬車が途中で事故に巻き込まれ、大幅に遅れてしまったのである。
「そこ! 口より手を動かしな! 全くしょうがないね・・どいつもこいつも」
 そう作業員に檄を飛ばしているのは、整備班の「女帝」と言われるヒトミ・サザーランドである。若くして整備班を率い、ベテランの整備士も一目置いている。
「ずいぶん忙しそうじゃない。まだ終わりそうもないの?」
 ヒトミの後ろから、アヤセが声をかけてきた。
「うん、色々トラブル続きだったけど、もうすぐ終わり」
「そう・・ところでさ、今度きた新兵器ってどんなの?」
 その質問に、ヒトミは得意げに答えた。
「盾」
「・・盾?」
 あっけに取られるアヤセに構わず、ヒトミは言葉を続けた。
「盾って、あたし達が思うより有効なのよ。こういう街中の戦闘ではなおさらね。それにウチのジェガン、前から耐久性が問題だったし・・今まで装備されなかったのがおかしいのよ」
「そう・・なんだ」
「そのうちわかる時が来るよ。何も強力な火器だけが武器じゃないわ」
 アヤセは未だ、納得がいかない様子である。
「まあ、楽しみにしてなさい」
 そんな彼女を見て、ヒトミは少し微笑んだ。

市内では、見慣れない数台の車両群が例のMS運用試験場に向かい、車を走らせている。SRCである。襲撃予定時間を間近に控え、メンバーを緊張が支配していた。
今回の作戦のため本部からは相当数の戦力が合流し、3個小隊9機編成の一個中隊規模となっていた。
「各小隊に告ぐ。襲撃後、奴らは短時間でかけつけるはずだ。今回はなんとしても失敗は許されない、いかなる手段を用いても作戦を遂行するように」
 この指示を受け、改めてメンバー内に緊張が走る。それは一番後ろを走る車両の3人も同じであった。
「そろそろ着くわね・・・三人とも、頼んだわよ」
「任せときな! 思い切り暴れてやるぜ」
「大丈夫、プランは完璧さ」
「トイレ行きたい」
 気合の入る三人とは対照的な様子で、その少女は口を開いた。顔はアジア系で、日本人に良く似ている。ただ、瞳の色がかなり薄い。
「お、、お前なぁ!」
「もういいかげんにしなさい? ・・ニュータイプってみんなこうなのかしら」
ランとウィルは、そろそろ我慢の限界と言った様子である。だが、レジーは以外と落ち着いていた。
「まあまあ、まだ12の子供なんだ、二人とも大人気ないぜ」
「13歳」
「これは失礼」
 そうこうしているうちに、目的地が見えてきた。再び各車両に指示が飛ぶ。
「各機、準備はいいか! 打ち合わせの通り、合図が出たら突入しろ!」
「了解!」
「トイレ・・・」
 そして数分後、目的地に着いたトラックの荷台からカバーがはずされ、赤いMS部隊が姿を表した。

 その知らせが飛び込んできたのは、もうすぐ2時をまわろうかという時であった。
「各MS小隊へ告ぐ! 市内の国営MS運用試験場にて、ゲリラによる襲撃事件発生、ついては速やかに現場へ急行し、敵の掃討に当たれ!繰り返す・・」
 けたたましいサイレンと共に、所内全体に放送が流れる。さすがに特殊部隊だけあって、この放送が流れた数分後にはすでに出動の準備が整っていた。
「おい、まだ盾が来てから訓練してないんだぜ? 姐さん、大丈夫か?」
「普段の訓練ちゃんとやってたら問題ないよ! さっさと行ってきな!」
 ジェガンに乗り込む直前、シュンとヒトミが一言二言言葉をかわす。
「今日はキャリア無しだ。 サカキ隊出るぞ!」
 今日はサカキもMSに乗り込んでいる。これが本来のスタイルである。

 詰め所と試験場はすぐ近所ということもあり、MSはいずれもそのまま歩いて来た。試験場に着いた時にはすでに戦いが始まっており、広い場内の各所で激しい銃撃戦が展開されている。
 戦場での作戦行動において、彼らGFEは各小隊間でつぶさに連絡を交わし、必要最低限の命令を除き各自の判断で行動する方法が一般的であった。いちいち上官の指示に従う軍のやり方とは違い、刻々と変わる状況において効率的という考えに基づいている。
「やってるな・・ミズキ、状況は?」
「ちょっと待って・・・隊長、どうやらテスト中だったMSが一機奪われたみたいです」
「やつら、それが目的か」
「なら、我々は奪われた新型を探そう。まだ敷地内にいるはずだ。カツラギ、場所は特定できないか?」
「待ってください、今他の部隊に・・・」
 目の前の予想以上に激しい戦闘に、隊員達にあせりが募る。
「わかりました! 裏口の方で他の部隊と交戦中です」
「すぐに急行しよう。指揮車はここで待て」
 それから余計な交戦を避け、サカキの部隊は裏口にまわっていった。現場に到着すると、赤いザク2機がジェガン1機を追い込んでいる。
「ありがたい・・気をつけろ! あのザク只者じゃないぞ」
 そのパイロットからの通信に、第3小隊はやっと我に返った。
「よし行こう! 彼を援護する!」
 サカキの指示をきっかけに、ジェガン3機は一斉にハンドガンによる攻撃を開始した。
「おい、増援が来たぜ! どうするレジー?」
「このままやるしかないでしょう」
 偶然にも、ザクに乗っていたのはあの二人であった。増援にもマシンガンで応戦するが、状況は悪化し始めた。
「くっそ! きつくなってきやがった!」
 多くの戦力が集まったと言えども、さすがに物量では相手の方が上であった。
「よし・・シュン、スキを見て突っ込んで。 ここは俺とハタが援護する」
「了解! ようやく新兵器の出番だぜ」
 機体の身長の3分の2はあろうかという盾を前方に構え、シュン機は一気に突撃を開始した。
「ん?一機向かって・・ウィル、狙われてるぞ!」
「おうっ・・て盾が邪魔だ、畜生!」
「くらえっ・・」
 ザクに特殊警棒が突き刺さろうとしたまさにその時、見慣れない機体が一機、2機の間に飛び込んできた。
「うわっ!」
そして警棒を払い、シュン機に強烈な当て身をかけたのである。だが盾を構えていたせいか、目立った被害を与えることはなかった。一瞬の出来事であった。
「このガキ、ようやく来たか・・なっ!」  ジェガンを見下ろすかのように仁王立ちする純白のMS――その姿には誰もが見覚えがあった。
「あれは・・」  伝説と言われた、あのガンダムである。 「おい、日本にガンダムがあるなんて聞いてないぜ!」
「どうやら複雑な事情がありそうだな。嬢ちゃん、会いたかったぜ」
 パイロットからの反応はない。乗っているのはおそらく、あの少女である。
「くそっ!」
シュンは倒れた状態でハンドガンを連射するが、その白いボディーに傷一つ付くことはない。しかし、ガンダムから再び攻撃される事もなかった。
「おいおい、どうしたガキンチョ!」
「・・やっぱやめた」
「何?」
 少女がそう言った後、ガンダムはあらぬ方向へと走り出し、そしてそのまま走り去ってしまった。
「シュン、ガンダムを追え! ここは我々が引き受ける」
「了解!」
 すぐにジェガンは立ち上がり、ガンダムの去った方向へと走り出した。
「ちょっと待てよ! んなにやってんだアイツ!」
 予想外の事態に、ウィルはすでに半狂乱になっている。
「これは・・参ったな・・スコット少佐、緊急事態です」
「どうした」
 レジーの呼びかけに、野太い声が返答する。さすがのレジーもあせった様子で、現在の状況を述べた。
「なんだと?」
   少しの間の後、
「やむをえん・・撤退だ! お前達は全機に撤退命令が出るのまで待て」
「・・・わかりました。ウィル、聞いてたな。撤退だ」
「くそっ、くそっ!」
 やがて、ザクは2機とも後退し始めた。すると、これを好機とばかりにサカキ達が追い込みをかける。
「ここがチャンスだ。ハタ」
「了解であります!」
 さらに攻撃の手が緩んだ相手の動きに合わせ、確実に追い詰めていく。しかし数分の後、敵は本格的に撤退を開始し始めたのである。
「各機に告ぐ、作戦は中止だ! 後は各自の判断で撤退しろ! 合流場所は・・」
やがて撃破された者を除き、SRC全部隊は試験場の敷地外へ向かい出した。GFE部隊はある程度追撃をしたが、全部隊に攻撃中止の命令が下り、実質の作戦終了となった。
「ハタ、もういいだろう。町中で戦闘するわけにはいかない」
「はい」
 しばらくして飛び交っていた銃声もやみ、ようやく静けさが戻ってきた。
 あれだけの戦いの後だと、静かすぎるくらいの様子である。
「隊長、聞こえますか? サカキ隊長」
 一息ついた所で、指揮車からの通信が入った。
「聞こえてるよ。それより、シュンを探してやってくれないか。強奪された新型を追って行ったが、市内に出て交戦している可能性もある。あいつならありえるから」
「了解しました」
 そう指示を出すと、サカキは大きなため息をついた。
「日本でガンダムとはね・・・見なかった方がよかったかな」
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第4話 それぞれの夜