第4話 それぞれの夜
「今日の午後零時をもって、MS運用試験場における非常警備体制は解除された。残念ながら試作MS一機が奪われたものの、人的被害がなかったことは幸いである」
 昼過ぎ、所長室でGFEの任務終了が告げられた。
 今回の事件では犯人を数人捕らえことに成功し、身柄はその日のうちに連邦側に引き渡されている。だが捕らえたのは幹部ではなく組織の末端の構成員であったため、有力な情報を得るのは期待できそうもなかった。
「今後も各員一層の活躍を期待する。以上、解散」
一年前の宇宙世紀0098年、この年の9月14日に実はジオン独立宣言40周年を迎え、この時からジオニスト達による活動が活発化し始めていた。事実、今年は今までになく出動の回数が多い。
「そういえば」
 待機室に戻る中、シュンはふと思い出した。
「女の子」
 昨日奪われた、あの白いガンダムを追っていた時のことだった。ムダだと思ったが外部スピーカーで呼びかけると、通信で反応が返ってきたのである。
「また来るよ」
 その声は、確かに女の子だった。それも十代そこそこの少女の声。その年齢であれだけの動きができるのは、シュンにはどうしてもニュータイプか強化人間しか考えられなかった。
 色々迷ったが、シュンはこのことを報告することはしなかった。サカキ隊長を除いては。
「これで終わりますかね」
 シュンはトイレで、視線を前に向けたまま隣で用を足しているサカキに声をかけた。
「また来るよって言ったんだろ?」
 サカキも同じく前を向いたまま、そのままの姿勢で答えた。
「でも、ガキってだいたい嘘つき多いですよ。あの子だって」
「俺は正直な子だと思うけどね」
 そして二人同時に、用を足し終える。
待機室に戻ると、他の3人が何やら話し込んでいる。シュンは自分のデスクに着きつつ聞き耳をたてた。
「あれってガンダムでしょ? 塗装はしてなかったけどさ」
「でもなんで日本に」
 どうやら、強奪されたガンダムが気になっているらしい。
 大きな戦いが終わった今、どうして新たなガンダムが作られる必要があるのか。なぜそれが日本にあるのか。あの少女は誰なのか。そしてSRCは何をするつもりなのか、謎は多く残っている。
 わかっているのはSRCの活動が日本に限られてきたこと、そして戦うことだけが、自分達の任務であるということだけだった。

 あれだけ照りつけていた日差しも弱まり、いつの間にか夏も終わりを迎えていた。
 この頃はSRCの活動が影を潜め、不気味に沈黙を守っている。そのせいか出動の回数も減ってきていた。
 そんな平穏な時のある日の正午、食堂のTVが衝撃的なニュースを伝えた。
「衝撃的なニュースが入ってまいりました。昨日、ジオン共和国においてクーデターと思われる事件が発生し、全国民に向け国家非常事態宣言が発令された模様です。詳しい情報は入ってきていませんが、おそらく被害者も出ていると思われます」
 わずかな沈黙の後、食堂は一気に喧騒に包まれた。
「皆、ニュース見たか?」
 待機室に、興奮した様子でハタが入って来た。
「えらいことになりましたね」
 どうやら他の隊員も知っている様子で、個々の仕事も忘れこの話題で持ちきりとなっている。
 そんな騒がしい隊員たちをよそに、サカキは一人SRC、ひいては他の組織の活動再開が気に掛っていた。
過去を知るジオン残党にとって、一年戦争以来のジオン共和国に対する忠誠は無いに等しいと言える。彼らが忠誠を誓っているのはあくまでギレンを筆頭とするザビ家であり、また赤い彗星と謳われネオジオンを率いたシャア・アズナブル等であった。
いずれにしろ、今回のクーデターにより彼らが刺激されたのは確かに思えた。今後は大きな組織だけでなく、熱烈なジオン支持者による個人の犯罪増加も予想される。
だがそれでも、サカキ達にとってはSRCの行動が最も気になる所である。もし彼らが再び行動を起こしたら、今度は間違いなく苦戦が予想されるだろう。
そう不安に感じさせる原因は、やはりあの少女にあった。おそらくニュータイプであろう彼女の力、それだけならまだ勝ち目はある。今までのSRCならば、優秀を誇るGFEのジェガンによって多少強引にでも制圧できるだろう。いくらパイロットが良くても、乗るMSが旧式ならば付け入る隙はある。
しかし、現実はあの少女がNT用と思われる新型MSを手に入れてしまっている。これでもしその新型にサイコミュ兵器が搭載されていたら、極めて困難な状況になる。
その理由は、オールドタイプではサイコミュ兵器を見切ることができない、この点にあった。過去様々な戦いにおいて、サイコミュ兵器を装備したMSが単体で鬼神の如き活躍をしてきたことは誰もが認めるところである。
  全ては奪われた純白のガンダム、そしてあの少女にかかっていた。

 当初の予感通り、それからは出動の連続だった。熱烈なジオン支持者による昼夜を問わないデモや集会、個人による犯罪、武装ゲリラの規模拡大などそれらの対応に連日のように出動させられたのである。
 このような激務の日々は今までになく隊員の疲労を蓄積させ、悩みのタネとなっていた。そしてさらに、ここに来て思わぬ問題点が浮上してきたのである。
 ある日、詰め所にはこの日も家に帰れない第3小隊が泊まっていた。まだそんなに遅い時間ではないが隊員は全員とも眠りにつき、詰め所は静けさの中にある。
そんな中、疲れた体を引きずりふとトイレに立ったシュンが部屋に戻ろうとすると、格納庫に珍しく明かりが灯っているのを見つけた。
「ヒトミさん」
「あら」
 そっと中に入り込むと、そこにはヒトミがいた。
「何してんだよ、こんな時間に」
「いや、ちょっとね」
 彼女は目の前のジェガンを見上げながら、そのままの状態で話を続ける。
「最近さ、機体の整備が間に合ってないのよ。人間と同じで、MSも疲れがたまっちゃって」
 彼女が言うには、連日のように起きる事件で整備が完全にできてないということだった。整備班の連中も最近は疲れ気味で、現場では小さなミスも目立ち始めたという。整備不良による戦場でのトラブルは命に関わるため、無視できない問題ではある。それに加え、最近目に見えてゲリラの武装が強化され始めていた。
「現場では口やかましく注意してるんだけどね」
「まあ仕事熱心なのはわかるけどさ、もう休めよ。送ってくから」
「ありがと、でも一人でいいよ。同じ隊の彼女に悪いしね」
ヒトミはそう言うと、さっさと明かりを消しに行ってしまった。シュンもやれやれ、と思わず苦笑いをする。
やがて真っ暗になり、ヒトミはおやすみとだけ告げ、そのまま出て行ってしまった。一方シュンはその後も立ち去ろうとせず、暗闇の中でしばらく目の前のジェガンを見つめていた。
思えばついこの間まで扱いに苦労させられたものだが、今では愛着すら湧いてきている。よく使用武器の火力不足を問題視する声があるが、十分戦えると信じてきた。
事実、今まで十分対応できている実績がある。弱い火力もチームワークと得意の格闘でカバーできているはずだ。
これからだって上手くやれる、シュンはそう自分に言い聞かせ、格納庫を後にした。

 静けさの中にある詰め所とは対照的に、歓楽街はこれから盛りを迎えようとしていた。治安の悪化と合わせ、このような所は妙な発展を見せている。  喧騒と雑踏が交差する中、とある雑居ビルの一室だけは張り詰めた空気が流れていた。
「本気ですか、少佐」
「ああ」
 少佐と呼ばれた髭の男を囲むようにして、数人の人間が立っている。人種や性別もバラバラだが、全員が同じ眼の鋭さを持っていた。
そしてその中には、あの3人組の姿もある。
「はっきり言おう。今回の事件で、私は二度とジオンの名が歴史の表舞台に立つことはないと確信した」
「しかし、それはあまりにも」
「私はジオンの人間としてではなく、あくまで一個人の意志で連邦を叩く道を選ぶ。あの赤い彗星もそうだったように」
 そのどこか悲しげな瞳が、彼の決意が本物であることを伝えている。
 今、彼ら日本駐留のSRCメンバーは岐路に立たされていた。MS運用試験場の一件で新型の強奪に成功した後、本部からは一度日本を出るように指示が下っていたのである。しかしその準備を進めている途中、あのクーデターが起きてしまった。
 以外にもその事件は、結果的に彼らとSRCを決別させるきっかけとなった。
「確かに、今回の私の行動は軍人としては失格だろう。皆にも申しわけのしようがない。だが」
「自分にウソはつけない、でしょ」
 言葉をさえぎって、後ろの方にいたランが口をはさんだ。
「私もスコット少佐と同じ考えです。私がSRCに入ったのも、ジオンのためじゃない、自分の意志だから。少なくとも、ここにいる2人はそうだと思います」
「その通りだぜ」
「さすが隊長、よくわかってらっしゃる」
 他の隊員も同じように頷く。その様子を見て、スコットは一瞬微笑んだように見えた。
「しかし、この子はどうしましょう?」
 ランは隣のソファで座っている、あの少女を見た。
「・・・トゥエルのことか」
 スコットが呼んだトゥエルという変わった名前、それがこの少女の名前だった。彼女はさっきから一言もしゃべらず、ただじっとスコットを見つめている。
「トゥエル」
 スコットは穏やかな口調で、彼女に話し掛けた。
「例えお前がニュータイプだとしても、これ以上無理に我々に付き合わせることはしないつもりだ」
「・・・」
「本部に戻り、この事を伝えるならそれでいい。途中まで送らせよう」
「あたしは」
 何か思いつめた顔で、トゥエルはスコットの方に向きなおった。
「正直、どうしたらいいかわからない。ジオンにも連邦にも別に何の思い入れもないし、今まではただMSに乗るのが楽しくて、記憶なくしたあたしを引き取ってくれた義理もあったし、組織の言う事聞いてきたけど」
 そこまで言いかけて、トゥエルは少しうつむいた。
「今は正直言って、このままSRCにはいたくない。でも・・・普通の暮らしができるなんて思っちゃいない。あたしって兵器なんだって、わかったから」
 まるで仲のいい友達にグチを言うかのようにトゥエルは話した。顔はいくらか明るい表情を浮かべていたが、それが本心ではないことをこの場の誰もがわかっている。
 元々、彼女はどこかのニュータイプ研究所にいた人間だったのだろう。そこにSRCが襲撃をかけ、連れ去ったに違いなさそうだった。
 ニュータイプの研究対象にされている人間の中には、国籍など個人のアイデンティティーを消されている人物も少なくない。何某かの権力が難民や孤児などから適当な人材を選び、秘密裏に研究対象としている場合があるためである。
 例え自由になったとしても、彼女が帰る場所はどこにもなさそうだった。
「お前も一緒に来るか」
 今のスコットには、こう言うしかなかった。
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第5話 赤い嵐 (前編)