第5話 赤い嵐 (前編)
 ジオン共和国内におけるクーデター勃発後、一週間が経っていた。
 発生直後の人々の混乱は相当なものだった。マスコミが大仰に騒いだせいもあるが、先の大戦の余韻が未だ人々の間に残っていたのが大きい。
 それに対し、連邦軍の反応は以外にも冷静だった。すぐに犯行グループの特定と戦力の判定を行い、ちょうど一週間後のこの日のうちに在留邦人の保護を名目に軍の派遣を決定、即日鎮圧してしまったのである。
 このようなあっけない幕切れに、地球でも盛り上がっていたジオニスト運動は徐々に小規模化、ゲリラ活動も影を潜めていった。SRCも同様で、例外なく勢力の弱体化を免れなかった。海外では連邦軍のマークも一層厳しく、もはや組織自体の存続も危うくなってきていたのである。
 一方、これらの事は連邦やGFEも確認していたものの、SRC内でスコット達による裏切りがあったことは誰にも伝わっていなかった。スコットはMS運用試験場での作戦後本部に一切の連絡を取らず、その後で全滅したように工作したのである。結果彼らは切り捨てられた形となり、完全なノーマークとなることに成功した。

 一連の騒ぎが収まったことで、サカキ達第3小隊はようやく激務続きの日々から解放されようとしていた。特に休暇が与えられるわけでもないが、普段通りになるだけでも大きいものである。
 再び「日常」が戻ってきたはずだった。
「やまないな・・・なかなか」
 騒ぎも落ち着いたこの日、ヒロシマには記録的な大雨が降っていた。建物に打ち付ける雨は全ての生活音を打ち消し、町ではそこら中で小さな川ができている。沖では高波も発生し、とても出歩くことができない状況になっていた。
 詰め所はすでに定時を過ぎ辺りは夜になっていたが、誰も帰ろうとする者はいない。雨粒もろとも吹きつける風と時おり鳴り響く雷鳴が、彼らの家路を阻んでいる。
 それは第3小隊も同じであった。
「天気予報は何て?」
「明日まで続くって言ってますよ。全く」
 さっきから、サカキがしきりに天気予報を気にしている。
こう季節はずれの大雨に降られては、じっと過ごすしかやることがない。待機室には、第3小隊の隊員がそれぞれ時間をもてあましていた。
ふと、ミズキが隊員達にコーヒーを入れ始める。
「ハタさん」
「ん」
 ぼんやり外を眺めながら、カツラギが隣に話しかけた。
「もし今出動命令出たら、かなりまずいですよね。これじゃ相当滑りますよ。車もMSも」
「滑るどころか流されるぞ」
 そう真顔で返し、ハタはコーヒーを受け取った。前に一度悪天候下での任務をこなした事があるためか、その恐ろしさを知っているように見える。
サカキも珍しく、マジメな顔つきをしている。
「あのさ」
 そんな表情のまま、コーヒーを手渡す彼女に話しかけた。
「なんですか」
「SRC、最近大人しくなったじゃない」
「喜ばしいことじゃないですか」
サカキは砂糖とミルクをたっぷりと入れると、少しコーヒーを口に含んだ。
「そうなんだけどさ」
「気になるんですか」
 ミズキはいつの間にか自分の席に戻っていた。
「まあね」
 サカキはどこか怪しい含み笑いを浮かべ、窓の方に視線を向けた。はたから見ると何か企んでいるように見えるが、本人は何も考えていない場合が多い。
「奪われたMSのことがあるし・・・それに一人、やっかいな男を知ってるんでね」
「女じゃなくてですか?」
 そこに、ちょうどトイレから戻ってきたシュンが後ろから口をはさんだ。だがそれに答えることなく、彼は再び怪しい笑みを浮かべる。
 出動を命ずるサイレンが鳴り響いたのは、そんな時だった。

格納庫では整備班によるMSの格納作業の真っ最中であった。そんな修羅場のような状況で出動命令が下ったために、現場はさらに混乱の度合いを増した。
「自力じゃムリだろう! パイロットにムリさせるな!」
「車両より機体優先だ、こっちに人まわせ! 早くキャリアに乗せろ!」
 その場にいる誰もがせわしなく動いているが、季節はずれの大雨に加え、次第に強まる風が作業を遅らせている。機体をキャリアに乗せるのも一苦労である。
しかし、それでも短時間で出動の準備が整い、先に態勢が整った第1、第2小隊が次々と出発していき、第3小隊の番となった。
「準備が整ったみたいだ。うちの整備の連中もやるな」
 最後にキャリアに乗り込んできたハタが、ドアを閉めつつ同乗するパイロット二人に告げた。
「そうでないと困るんですけどね」
 そう返答するシュンだが、その顔は冗談とも本音ともつかない表情をしている。そんな時、サカキが珍しく二人にアドバイスを出した。
「今日はとにかく離れないように。常に互いをフォローできる距離で」
「はい」
 二人とも、威勢良く返事をする。
「それと、今回は現場に着いても勝手な行動はせず、じっと待機との命令だ」
「ちょっと、待って下さいよ」
「俺もわからないんだよ。妙なんだが、出動を要請した側から詳しい事は何一つ聞かされなかったらしい。現場に行けばわかるってさ」
 GFEが出動する場合は警察と違い、一般の人間から直接通報を受けることはない。まず警察が事件の対応にあたり、彼らの要請で初めてGFE出動となる。
ともかく、サカキのあいまいな返事の後間もなくして、第3小隊は嵐の中へと走り出した。

 現場となったホテルは詰め所からかなり離れた所にあり、GFE到着までにかなりの時間を要してしまった。
ここは各国VIPや連邦の関係者が多く宿泊する名門で知られるものの、警備体制は決して充実したものとは言えず、何よりMSによる襲撃が全く想定されていなかった。このために、長い間テロやゲリラのターゲットになることが危惧されてきた問題の多いホテルである。
第3小隊が到着してみると、悪天候にもかかわらず現場周辺は騒然としていた。
「おいおい・・・なんだこれ」
 フロントガラスから見える光景に3人は驚いた。すでに連邦のものと思われる何台もの軍車両が敷地内に陣取り、目の前にそびえるMS数体と睨み合いをしている。
 ものものしい雰囲気は感じられたが、未だ交戦した様子はない。しばらくして、指揮車から通信が入った。
「3人聞こえますか? たった今連絡が入ったんですが、前の車両群は例の連邦の人達と軍関係者のようです。それと、中にはまだ宿泊客が大勢取り残されている様子です」
「あいつらか・・・」
「それで」
「それが・・・もうすぐホテルの一室で、連邦側と犯人グループで話し合いが行われると」
「話し合いだと?」
 一体何なんだ、とばかりにシュンはいよいよ事態が飲み込めなくなってきた。ハタも同じようである。
「我々に対してはなんて言ってる?」
 サカキは一人、落ち着いた表情を見せている。というより、もともと顔がそのように見えるだけかもしれない。
「とにかく、待機するようにとしか命令は出ていません。相手を刺激しないよう、MSには搭乗するなと・・詳しい事は何も」
「ちょっと待てよ、それだけか? ろくな説明もなしに俺らを呼んだのかよ」
「あたしに言っても仕方ないでしょう? とにかく言うこと聞いて、しばらく待機するしかないの」
 さらに噛み付こうとするシュンをハタがなだめ、なんとか落ち着かせた。だがハタとしても、憮然とした表情を崩していない。
 落ち着いた所で、ミズキは再び話を戻した。
「それと犯人グループのことなんですが」
「みりゃわかるさ。あいつらだろ」
 そう言うシュンの言うとおり、相手の正体は一目瞭然だった。視界が非常に悪いが、MSが赤く塗装されていることは何とか確認できた。赤いカラーリングで統一された機体を駆っている部隊など、二つ三つといるものではない。SRCである。
「しかし・・・おかしいと思わないか」
「え?」
ハタは首をかしげてつぶやいた。
「連邦の奴らだよ。このような事件が起きた場合、まず警察や我々が出向くのが普通だろう。それが」
 どうだ、とばかりに周囲を見回してみせる。確かに、GFEより先に彼らが現場にいるのはおかしいと言える。しかも軍関係者も引き連れて。
「わからんことだらけだな。我々も、連邦側にいいように使われている気もしてきた」
「奴らも敵だったりしてね」
 そんなことを言っているうちに、さらに雨足が強くなってきた。3人はとにかく命令に従うしかなく、納得せざるをえなかった。
「ちょっ、大変です、3人ともあのMS見て下さい」
 そんな時、カツラギが何かに気づいたらしく、慌てた様子で呼びかけてきた。
「落ちつくんだ、何かあったのか」
「あの、ホテルの前のMSいるでしょう? その一番はじに立ってる・・・ここからじゃ見えにくいですけど、その機体が大変なんです。確認できますか」
 3人は言われたままに、目を凝らして嵐の中を見た。やがて、一機の異様なMSが視界に飛び込んできたのである。
「・・・なんだあれは?」
 それは、MS運用試験場の時とはまるで別物になっていた。
「ずいぶん・・・見違えたな」
塗装だけでここまで違うものかと、サカキは思い知らされるようだった。
独特な頭部アンテナやデュアルセンサーを見れば、それがあのMSである事は間違いない。
しかし、真紅に彩られたその機体は、まるで違う系統のMSである。
「まさに赤い悪魔って感じだな」
 大雨の中、全身に流れる水滴がまるで血のようにも見える。ガンダムがジオン系統のMSを従えているその光景は、奇妙としか言いようがなかった。
 嵐は、まだまだ激しさを増すばかりである。
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第6話 赤い嵐 (後編)