第6話 赤い嵐 (後編)
 外の嵐とは対照的に、ホテルの中は妙に静まり返っていた。
いつもはにぎわっているはずの正面ロビーも、今は人の気配が感じられない。客や従業員は1階のホールに集められ、じっと息を潜めたままである。
そんな中1階の支配人室で、GFEの到着に気づいた人物がいた。
「隊長、招かれざる客人達がいらっしゃったようですな」
 窓際で外を眺めつつ、オペラ歌手のような低い声でつぶやいたのはレジーであった。
「どうしましょう? 外の部隊に指示は」
「いらんだろう。何もできはせんよ」
 そばに控えるランに対して、スコットは顔色を変えることなく答える。どうやらホテルの内部にいるのはこの3人だけのようで、さすがにこの場にウィルの姿はなかった。
その時、ドアをノックする音が響いた。
「どうぞ」
 スコットは支配人の席に座ったまま、落ち着いた声で来客を招いた。窓際にいたレジーも、いつの間にかソファーに腰を下ろしている。
 スコットの呼びかけに対し、こちらも3人の人物が入ってきた。来ている制服からして彼らが連邦の人間だということは一目でわかる。そのうち2人は中年の男で、一人だけ比較的若い男が混じっていた。
「ようこそいらっしゃった。まずは・・」
「余計な話は無しにして頂きたい。単刀直入に話をしよう」
 立ち上がって迎えたスコットに構わずそう言ったのは、最初に部屋に入ってきた白髪まじりの男であった。
「まず、目的を聞きたい」
 肥満気味の体型をしたもう一人の中年男がそう続けると、3人はさっさとレジーの前のソファに座った。
「・・・ずいぶんと急くものだな」
「人質を取っておいて何を言うのか」
 スコットと連邦側の態度はまるで反対だった。突き刺すような視線を投げかける連邦の3人に対し、スコットはタバコに火をつける余裕さえ見せている。それはレジーやランも同様である。
「我々が望むのは、まず同志の解放」
「解放だと?」
「先のMS試験場において捕らえた奴らと、ついでにMSも解放して頂きたいね」
「MSまで解放しろと」
 どこか余裕のレジーの調子に、思わず連邦側の語気も強まる。
「それともう一つ。・・その後、我々を海外に脱出させることを約束して頂こうか」
「海外に・・」
「それだけはできない」
 肥満男は興奮のあまり声を荒げた。しかしスコットは動じない。
「それだけは、とは?」
 その男が思わず口にした言葉を、ランは聞き逃さなかった。
「あなた方のような反政府ゲリラを海外へなど、何としても阻止すべき事態ですから」
 それまで黙っていた眼鏡の若い男が、ここに来てようやく口を開いた。
「そうだ、そんな事は当然だろう」 「ふむ」
 肥満男は明らかに狼狽している。ランはもちろんスコットも気付いていたが、あえてそれを追求はしなかった。
「もしこれらの要求に一つでもNOと言ったら、どうするつもりだ」
「現在このホテルには多くの宿泊客、人質がいる」
 スコットは白髪男の質問に間髪入れず答え、
「そして表には武装したMSが控えている」
 と脅すように言い、わざと具体的に明言することを避けた。
 このようなスコットの言葉には有無を言わせぬ迫力がある。それが今まで、ある意味この男のカリスマとなっている。
 しかし、相手はまるで気後れする様子を見せなかった。
「ふん、脅しには乗らんぞ」
 白髪男は、じっとスコットを睨みつけたまま言った。
「そちらが動けば、表に待機した我々の部隊も動く。控えているのはGFEばかりではない」
「ホテルの客や一般市民を巻き込んで、戦争でも始めるかい」
 珍しく真面目な顔で、横からレジーが口をはさむ。それに対し、眼鏡の男が驚くようなことを口にした。
「戦争をする気はありませんが、手段を選ぶ気もありません」
 眼鏡の男は顔色一つ変えず、淡々した口調で言った。
「ああ、そうかい」
 その様子に、さすがのレジーも眉をひそめる。
「ではそちらの言い分をまとめると、海外への脱出だけは受け入れられないということに?」
 ここでランが、相手の意志を確認した。
「否定はしない」
 これに対し、白髪男は曖昧な返事をする。と、
「もうこの辺で本音を言ったらどうだ」
 スコットが今までと態度を一変し、持っていたタバコも消した。これには連邦側の3人も少し驚いた様子を見せた。
 さらにスコットは続ける。 「我々が預かっているニュータイプが欲しいとな」
「何? 一体何を・・」
 向こうがわざとらしく問い返すのをさえぎって、スコットは続けて言った。
「たった一人の少女のために、貴様等はどれほどの事をしてきたのだ・・・!」
 スコットは目を見開いて、鬼のような顔で語気を強めて言った。真ん中に座っていた肥満男は驚きのあまり、後ろにのけぞってしまった。
「こんな風に我々と対峙するのも一度や二度ではあるまい? 下らん策略を用いて、その度に何人の兵士が無駄死にした? 我々の要求に耳を傾ける事もせず、一体何人の無関係な人間を巻き込んだのだ!?」
 いよいよ荒げるスコットの迫力に、連邦側の3人は閉口してしまった。それはレジーやランも同様だった。
「私は長くSRCにいたが、それでもあのシャア・アズナブルの全てを正しいとは思えなかった。それは今も変わらない。しかし、彼は一つだけ私と同じ考えを持っていた」
 スコットは支配人の椅子から離れると、おもむろにドアの方へと歩みを進めた。やがてソファの隣に来た所で、前を向いたまま言った。
「地球連邦政府のあらゆる権力者に、救う価値のある人間はいないと」
 そのまま歩き、ドアの手前で最後にこう付け加えた。
「交渉は決裂だ。我々の眼前に立ちはだかる部隊は全て沈黙させる。・・・ホテル内の人間の安否は保証できない」
「何を・・・待て!」
 連邦側も思わず立ち上がって制止しようとするが、その声はもはや届いていなかった。
「2人共、それぞれ配置に付け」

 その後間もなくして、GFE側に新たな命令が下った。
「隊長、どうやら交渉は決裂したようです。すぐにもMSに搭乗して臨戦体制に入れと」
「了解、2人とも聞こえたな」
第3小隊にも命令が伝えられ、キャリアにいた3人はレインコートを着込んだ。そして嵐の中に飛び出したわずか数秒後、前方に爆音と共に火柱が立ったのである。
「!? あいつら、何考えてんだよ! くそっ!」
 その爆発をきっかけに、やがて隠れて待機していた連邦のMS部隊が突っ込んできた。その様子にGFE側にも少なからず動揺が走る。
 ホテル周辺は一気に戦場と化した。
「あの部隊は!? ハタさん、どういうことですか!?」
「わからん! とにかく今は、一秒でも早くMSに乗り込むんだ!」
 吹き荒れる風雨に苦労しているにサカキ達を尻目に、第1、第2小隊は先に態勢が整った。しかし無闇に突入するのを避け、第3小隊が準備できるまで待機しているようである。
「指揮車! 第3小隊はどうなってんの!」
 すると第3小隊の指揮車に、アヤセの怒号が飛び込んできた。
「すみません、今すぐ・・」
「アヤセ君、待たせた」
 そこに、ようやくサカキからの通信が入る。
「状況は?」
「現在未確認のMS部隊がSRC側と交戦していますが、おそらく味方と思われます。それと双方ともに本格的な兵器を使用しており、ホテルの宿泊客と周辺にも影響が出ます!」
「こんな場所で」
「早く何とかしないと、大変なことになるわ」
 そこにアヤセが割り込んできた。
「・・・なるほど。なら」
 サカキは何かを決意したようだった。
「うちで人質の救出に向かう。彼らが集められている場所はわかるかい?」
「ちょっと待って、それは無茶よ」
 アヤセからすればさすがにその行為は無謀と言えたが、状況が状況だけに、そのうち最悪の事態が起こるのは目に見えている。しかし、
「それでもね、行かなきゃなんないでしょ」
 サカキは引かなかった。
「・・・わかった。人質は皆1階のホールにいるから、裏口から行けば近いはずよ。それと」
 それはアヤセもわかっていた。
「何?」
「気をつけて。あたしを独身のまま残して逝くんじゃないわよ」
「・・・そっちもね」

 その頃、戦闘は一つの転機を迎えていた。
 隠れて待機していたMS部隊の投入もむなしく、スコットの部隊が次第に優勢に立っていたのである。
 機体の性能だけで言えば連邦のMSの方が上たが、あの赤いガンダムの前に全くなす術がなかった。
 すでにホテルの前は一面、火の海になっている。あれだけあった車両群も今は見る影もない。
「我が部隊の被害拡大! このままでは危険です、指示を!」
 その兵士の声には、明らかに恐怖が混じっている。
「ダメか・・・退却だ!」
 すると隊長機からの指示に、生き残っていた連邦MSは徐々に後ずさりを始め、退却の機会を伺い始めたのである。
 しかし、それを見逃すトゥエルではなかった。敵が退却を始めたと見るや、一気に突撃を開始する。
「こっちに来た! 隊長! うわぁぁぁっ・・」
 やがてジェガンが真っ二つに切り裂かれ、また一つ火柱が上がった。
  「少佐、聞こえますか」
 その時、スコットの元へランから通信が入った。
「ホテルの裏側へ、別の部隊が向かったようです。おそらく人質を・・・」
「放っておけ」
「は?」
「ようやくGFEが動き出したようだ。そちらに戦力をまわしている余裕もなくなるだろう」
 その言葉どおり、連邦の部隊の後方からGFEが反撃を開始し始めたのである。
しかし再び激しい交戦が起こると思われたその時、前方に立っていたトゥエルが一転ホテルの方へと向かっていった。
  「どうしたトゥエル、なぜ後退している!」
「ホテルに誰か向かってる」
「放っておけと言ったはずだ。今は・・・」
「行ってくる」
「待て!」
 やがて赤いガンダムは機体を翻し、味方の間をすり抜けて裏口へと向かっていった。
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第7話 決着