第7話 決着
「二人とも大変です! ガンダムがそっちへ向かいました!」
 ホテルの裏側で周りを見張っていたシュンとハタの元へ、最悪のニュースが飛び込んできた。
「マジかよ・・・まだ人質と隊長が中にいるんだぞ」
 サカキは先程、人質を誘導するために中に入っていったままである。当然まだ戻っていない。
「相手は1機です。なんとか食い止めて下さい、お願いします!」
「簡単に言ってくれるな」
 ハタから苦笑いがこぼれた。
「ハタさん」
「・・・まさか上からは来ないだろうからな・・お前はそっちの方を見張ってくれ」
「それで」
「奴が現れたら、接近して死ぬ気で止めるんだ。そのスキにもう一方が一発で決める」
「一発で・・・そりゃそうだ」
程なくして二人は高まる不安と緊張を抑えつつ、互いに背を向けた。少し離れたかと思うと、じりじりと距離をとり始めた。
おそらく敵は左右どちらかから来るだろう。被害を最小限に抑えるには奇襲でもかけるしかない。相手がガンダムならなおさらである。
 数歩、歩いた時だった。
 ハタの視界前方に、突如赤いガンダムが飛び込んできた。
「来た」
ハタのジェガンは飛沫を上げ、猛烈な勢いで突進するとそのまま体当たりで激突、両機とも転倒した。シュン機もすでに後ろに迫ってきている。
「この・・・!」
 トゥエルは必死に態勢を立て直そうとするが、いかんせんハタ機が邪魔をしている。相手がイラついていると見たはハタは、ここぞという時に叫んだ。
「シュン!」
シュンはハタがそう叫ぶと同時に機体をジャンプさせ、そのままガンダムの脚部に特殊警棒を突き立てた。
「やっば・・・もう・・・!!」
「大人しくしろ! ・・・・お願いだから」
 なおも逃れようともがくガンダムに、シュンもまた足に何度も警棒を突き立てる。やがてガンダムの左足の動きが目に見えて悪くなった。
「っしゃあ!」
いよいよ止めという所であったが、突然一筋の閃光がシュン機の腕部をかすめていったのである。ガンダムに馬乗りになっていたシュン機だが、これにはたまらず後退せざるをえなかった。
「なんだよ! 1機だけじゃないのかよ」
 そこにいたのは、かつて第一次ネオジオン抗争時に活躍したAMX−009ドライセンの改造機であった。

「少佐」
 トゥエルは安堵したような声で、ドライセンに乗り込むパイロットへ呼びかけた。
「そこから離れろ!」
 スコットはさらにビームカノンの掃射を浴びせ、ジェガン2機が後退させる。ガンダムもすぐに態勢を立て直した。
「お前は退け。ここは私が引き受ける」
「大丈夫だって!」
「これからの我々にはお前の力が必要なんだ。・・・わかるな」
「こんな奴ら簡単に・・・」
「行くんだ」
 少しためらった後、ガンダムはきびすを返し走り去っていった。これにはシュン達も黙って見ている訳にはいかず、一斉にハンドガンを浴びせ始める。だがガンダムには届くはずもなく、ドライセンの重装甲にも歯が立たない。
「彼女を地面に這わせるとはな」
 弾丸が飛び交う中、ドライセンが持つ巨大な斧が赤く燃え始めた。
「久しぶりの戦場のようだ」
 モノアイにもゆっくりと、不気味に光が灯る。そして、
「ダメだ、奴も接近戦で・・・ !」
「ハタさん、来るぞ!」
 スコットはシュン達が武器を換える暇も与えず、一瞬で間を詰めヒートホークを振り下ろした。そのままハタ機の左腕部を切り落とすと、返す刀でシュン機をハンドガンもろとも弾き飛ばした。
「くそっ!」
 それでも片腕のジェガンはためらうことなく、ドライセンに全身を預けていく。だが地面の状態が悪いせいか、そのままバランスを崩して転倒してしまった。
「ハタさん!」
 それを見たシュン機はようやく特殊警棒を手に、背を向けたドライセンに突っかかっていくが、
「この程度・・・!」
 惜しい所でヒートホークに阻まれてしまった。そのまま2撃目を与えようとするものの、今度は蹴りで後ろに飛ばされてしまう。
スコットは邪魔者を片付けると、機体の頭部だけをハタの方を見下ろし、コクピットでつぶやいた。
「諸君等に罪はない。ただ運が悪かっ・・・何!?」
 そして止めを刺さんとした瞬間、今度はスコットの方が遮られてしまった。

それと時を同じくして、一度退却したと思われたトゥエルはその足で表の戦場へと身を投じていた。
それまでやや優勢に戦闘を進めていたSRC側であったが、主力のトゥエルが一時戦列を離れたことや脚部のダメージのこともあり、いつの間にか劣勢に立たされていた。
「このガキ、どこ行ってやがった!」
ウィルは本来接近戦を得意としているだけに、このような集団での撃ち合いではいつも不機嫌である。無視しているのか、トゥエルからの返事はない。
「トゥエル、少佐は? 向こうの様子はどうなっているの」
 さらにランからも通信が入る。今回は珍しく、彼女も後方で戦闘に参加している。
「今ジェガンを2機相手にしてるよ。そのうち終わるんじゃない」
 そう不機嫌に答えると、トゥエルは一方的に通信を切ってしまった。
「ちょっと、トゥエル! 返事しなさい!」
「ムダだ隊長。ヘソ曲げちまった。今は戦闘に集中するんだな」
 こんな時でもレジーはどこか余裕である。
 
「命中して良かった」
「隊長!」
 そうハタが呼びかけた相手は、他ならぬサカキであった。
 サカキはそのまま戦闘に参加すると思われたが、なぜかそのまま動こうとはしない。またスコットの方も、じっとサカキの方を見つめたままである。
「面白そうな奴が来たな」
  スコットはわずかに笑みを浮かべた。
「・・・あいつ」
 サカキもまた同じような表情でつぶやいた後、バーニアを全開にして飛び込んでいった。ドライセンもまたそれに合わせたように、ほぼ同時に迎撃に打って出ていく。
 それからは特殊警棒とヒートホークが激突する音を合図に、すさまじい白兵戦が展開されていった。そのMS同士の格闘とは思えないほどの両者の動きに、戦闘不能状態のシュン達は思わず見入ってしまう程である。
 力と体格で押すドライセンを機動力とスピードでさばいていくジェガン。自分達はこの先、このような戦いをもう二度と見ることは無いのではないだろうか。
シュンはその様子をどこか感傷的な気持ちで見ていた。美しいとさえ感じられた。もしかしたら、二人が戦うのはこれが初めてではないのかもしれない。特に根拠もないが、そう思えてならない。
しばらくやりあった後2機は互いに距離をとり、そこでシュン達も我に帰った。
その時、スコットの元に通信が入ってきた。
「少佐、連邦の勢力はほぼ沈黙しましたが、GFEの部隊が大分残っており苦戦しています。指示を」
それを息を切らせじっと聞いていたスコットだが、しばらくして口を開いた。
「ならばこれ以上戦う理由もない。各機に退却命令を出せ」
 そう伝えると、再びサカキのジェガンへ視線を向ける。
「・・・・・」
しばらく物憂げな顔で見つめた後、退却の態勢に入った。しかしこれをシュンが黙って見ていない。
「アイツが逃げる!」
 ハンドガンで必死に追いすがるが動きを止めるには至らず、ドライセンはそのまま嵐の中へ走り去ってしまった。
ちょうどそこに、サカキの元へ通信が入った。
「隊長、敵が退却を始めましたが・・・」
「深追いは避けよう。人質も地下に移動させてあるから無事だ」
「え?」
「終わったよ。全部終わった」
 その顔は、どこか寂しげに見えた。

 やがて戦いの喧騒が去り、ホテル周辺の様子もいつもの通りに戻っていった。あれだけ吹き荒れた嵐も今は影を潜め、時々雲の切れ間から明るくなり始めた空が顔を覗かせている。
 水たまりが朝日を写し、反射する光を感じながらサカキ達は表側のGFE本隊へと合流した。そこは雨上がりの美しさとは対照的に、集中して攻撃を受け大破した連邦軍の残骸が転がっている。
「・・・・」
 その惨状を見たシュンは閉口してしまった。連邦側は隠れて待機していた部隊はもちろん、一般車両なども残らず標的にされたようである。
「被害は?」
 指揮車から降り出迎えたミズキ達に、さっそくハタが状況を聞いた。
「まず・・・連邦関係者は全滅したようです。敵は明らかに彼らを標的にしていましたから・・・」
「ウチの被害は軽くて済みましたよ。機体がずいぶん汚れましたけど」
「こっちは結構やられたよ。ハタさんの機体は片腕もってかれたし、俺のはバランサーやら細かい所がイカレちまった」
 そこで、ミズキが一人いないことに気付いた。
「隊長は? 一緒じゃないの?」
「あそこにいるよ。ほら」
 そう言ってシュンが指差した先で、サカキはいつの間にかタバコをふかしながらぼうっと戦いの跡を眺めていた。近くでアヤセやムロタなどが話し込んでいるのも構わず、一人で考え事をしているようにも見える。
「あんな所でどうしたんだろ」
「知らねぇよ・・・終わってっからずっとあんな調子だよ」
「もしかしたらさ、例の知り合いに会っちゃったとか」
「アホかお前、敵のMSに誰が乗ってるかなんてわかんねぇだろ。確かにSRCには知ってる奴がいるって言ってたけどさ」
「でもたまにあるよ。相手の通信が聞こえちゃったりさ」
「・・・・」
「結局やられたのは、連邦関係者だけか」
 ハタはさっきから顔の汗を拭き、不快な顔付きのままである。
「そうらしいです」
「人質に被害がなかっただけ救いだな。・・・連邦のやつらには悪いが」
「俺らが戦ったドライセンの奴も、人質を盾にしたりしなかったっすね。接近戦できたおかげでホテルは無事だったし」
「それこっちもですよ」
 そこへ、急にカツラギが割り込んできた。
「脅迫とかもしないし、うちらにもそれほど激しい攻撃じゃなかったし・・・足止め程度ですね」
「足止め程度か・・・」
 そんな風に話し込んでいるうちに、段々と人の出入りが激しくなってきた。辺りには再び騒がしさが戻り始め、一日の始りを予感させている。
 しばらくして、GFE全部隊に引き上げの命令が下った。
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第8話 友