第3話 平穏を裂いたもの
アムロ達がWBRで宇宙に出てから既に二週間がたとうとしていた。
みんなすることがなくて、ものすごい暇だった。
パイロット達は戦闘がなければ存在している意味がない。
もちろん戦闘がないというのは順調にいっている証拠なので異存はないのだが、 やはりなにか物足りないのは事実だった。


パイロット達は皆ロビー兼食堂で、「カウボーイ○バップ」を見つつカフェラティでも飲んで過ごしていた。
ランバ・ラルはジェットって俺にどことなく似ているな、などと手鏡を眺めている。アムロはアムロであのモサモサ頭……僕に似てる!?と考えていた。
部屋でスパイクのジークンドーを真似をしていたら、ラルに「ニュータイプといえど体を使う運動は訓練しなければな!」など嫌味をいわれたが。
他にもマシュマーがディアナと優雅に語らっていたり、それをチラチラ見ているロランをカイが何かそそのかしていたり、ジュドーがハロとプルに追いまわされていたり、シャクティがフォウと真面目に話し合っていたりしている。
全体的に、みんなのんびりとしていた。
今思えば油断しすぎていたのかもしれない。敵などいないのではないかと。
平穏という名の怠惰が充満していたのは否定できない。とにかく、この時皆が散漫であったことはいえる。
そんな中、ウッソは一人ドックで作業を手伝っていた。
もちろんモビルスーツは出航前に完全に整備されていたが、メカニック達は毎日機体を点検している。彼は度々アストナージにつき、ずっと作業を手伝っていた。どの機体も良く整備されている。
良く整備されてはいるが、ほとんどがザクを筆頭とする一年戦争時代に活躍したジオン軍のMSであった。

厳密に言うと、それらに「よく似た」MSである。
初日にMSを整備した時、ラルを除くパイロット達からは猛然と抗議の声が上がった。なんなんだこれは?
しかし機動性、火力、武装オプションの豊富さや汎用性の高さ等中身は別物、どんな機体にもひけをとりませんよ!という整備クルーらの訴えにより、パイロット達はしぶしぶ納得したのである。
ちなみに名前はそれぞれの元になったMSの名前を取り、それにR(リベンジ)を足す形に決まっていたらしい。
もちろん、ブライトの指示である。

ウッソはアムロ専用ザクR(リベンジ)のコクピットを覗き込むと、声をかけた。
「アストナージさん、八番のボルトってこれですか?」
「あぁ、それだそれ。悪いな」
そういってアストナージはオイルまみれの手を作業着で拭くとボルトを受け取った。
そしてまたコクピットの調整に入る。今は改良したサイコフレームを更にコクピットにつけているところだった。
ウッソはそこに入り、そんなアストナージの背中に話し掛ける。
「それにしてもメカニックの方って大変ですね。一日位点検なんかしなくたってよさそうなものなのに」
そう言って、自分のポーチから水を取り出して飲む。
先程フォウにもらったミネラルウォーターは、喉が渇いていたウッソにはとても美味かった。袖で口を拭うと、また蓋をする。
「そんなこというもんじゃないな」
アストナージが作業を中断して言う。ウッソはその声の響きに硬質なものを感じた。
さらにこちらを見る。鋭い目だ。
「いいか?戦闘というのはいつ起こるかわからない。今すぐにでもだ。戦闘がおきればパイロットは出撃しなければならない。 そんな時パイロットが整備不十分の機体に乗るのを喜ぶメカニックはいない、そんな馬鹿はな。 しかし整備ができてなければそれにのるしかない。そうだろ?出なけりゃ皆死ぬからな。 そして彼らは自分の身近な人たちを守るために戦う。そして戦場で………ドカン、さ。あっさりとな」
「……」
 ウッソはじっと黙ってそれを聞いた。
「なぁ、メカニックが一番悲しいことはわかるか?」
「・・・いいえ。」
アストナージの質問に、そう答えた。彼は完全に作業を中断している。
「それはな。自分の整備した機体に乗ったパイロットが戦闘後に帰ってこないことだ。……もちろんそれはメカニックの所為じゃないかもしれない。 敵の最新鋭のモビルスーツにやられたかもしれない。純粋なパイロットの操作ミスかもしれない。作戦ミスかもしれない、そんなことはわからない。だが、そこに自分の整備不良によってパイロットが命を落としたのかも知れない可能性があるのならば」
アストナージはそこで一つ大きく呼吸をすると、ウッソの持っているミネラルウォーターをもらって一口飲んだ。
「それは・・自分が死んだのと同じ事だ。もちろん現に命を落としたのはパイロットだ。密室のコクピットでな。でも、俺らもなにかを損なってるんだよ。一人帰ってこなくなる度に、なにかを……ひどく」
彼はそう言うと再び作業に取り掛かった。
ウッソは、そのアストナージの後姿を見て震えていた。自分は戦場で戦っている時、いつも孤独だと感じていた。一人ぽっちだ思っていた。けれどそれは違った。
自分は誰かと繋がっている。少なくてもここの人たちとは……そう思うと少し涙が出てきた。
「ほら、何してる!次は5番のネジと金槌を一つもってこい!」
「は、はい!」
ウッソは慌ててコクピットから降りると材料を取りに向かった。 まだ幼さを残すその後姿を見ながら、アストナージはケーラの事を少し思い出した。
ケーラ、俺は間違ってないよな?
そう心の中で、戦場で散った彼女に語りかける。
あんな少年に頼らざるを得ないことをどうおもう? そうも問い掛ける。
しかしケーラがその問いに答えることはない。
その時、第一次戦闘配備の音が艦内に響き渡った。アストナージにはそれはなにかの予兆のように思えた。
何か、悪い予感がする。
それは間違いではなかった。


「どうしてもっと早く発見できなかったんだ! 索敵、何をしていた!」
ホワイトベース艦内では既に、ブライトが戦闘ブリッジで指揮を執っていた。
「急いでアムロ達を出撃させろ!」
クルーに命令を出し、オペレーターであるセイラの声が響く。
「敵モビルスーツ、数はおよそ10体、ミサイル射程距離に突入します」
「敵艦はどこだ? …かなり遠いな。これは偵察か?」
「早い!? 艦長!」
 思わずクルーが叫ぶ。
「対電波粒子! ミノフスキー粒子散布いそげ!」
ブライトの声も大きくなった。ホワイトベース舷側のミノフスキー粒子散布の機器が開いて、音もなく散布が開始された。
「有視界戦闘用意! 対空監視を厳にせよ!」
「ミサイル第一波、発射!」
そして、ホワイトベースの舷側から数発のミサイルが発射された。
いずれも正確に相手のモビルスーツ隊の中向かって消えていった。相手のモビルスーツ隊が散開してこれをかわす。
「モビルスーツ部隊、順次出撃! 出撃後30秒援護射撃を行なう! 当たるなよ!」
ブライトの声がブリッジに響き渡った。
ずいぶん突然だな……ブライトは舌打ちした。


ウッソがドムRで出撃すると、戦闘空域に9機のギラ・ドーガの姿が見えた。
散開しているが、統率は取れていてうまくミサイルをかわして近づいてくる。すでに、アムロがザクRで応戦していた。
この距離から見ていても、さすがに動きが違う。
「それにしても、こんな近くまで接近を許していたなんて!」
そう叫ぶと、ウッソは目の前にいたギラ・ドーガにバズーカを撃った。光球が放たれ、一直線に飛んでいく。
相手はテール部分に被弾したらしく、慌てて後退し始めた。それを見逃すことなくウッソは一気に加速をかける。
「!? ウッソ止まれ! 深追いするんじゃない!」
アムロがそれに気付き、相手のビームマシンガンをかわしながら叫んだ。かわしつつもライフルで反撃し、派手な光が正確に2体を打ち抜いた。
しかしウッソの機体はアムロの静止の声を聞かず、遠くに消えていった。
「ウッソ戻るんだ! くそ、聞こえないのか?」
「アムロ君、ここは私がひきうけた。行って来い!」
 そこへ、ゲルググRを駆るランバ・ラルから通信が入った。
「お願いします」
アムロはそう言って、ウッソの機体の後を追った。バーニアから炎が吐き出されたかと思うと、ザクは驚異的な速さで宇宙の闇に消えていった。
「え、アムロさん? ちょっと!」
思わず、ドムRのジュドーが焦って言った。まだこの空間には6体ほどギラドーガが残っている。
ディスプレー上に敵の機影が見えた。ビーム・マシンガンをホワイトベースに向けている。
「だめだ、行っちゃった」
 同じ機体のロランもそれに気付き、少し動揺する。そこへ、
「小僧共! 余所見をするな!」
 ランバ・ラルの怒鳴り声が飛び込んできた。
 真っ青なザクがビームソードを携え、たちまち一機斬り裂いた。その機体は、まるでグフのように似せてある。
「ラ、ラル小父さん!」
「ここは我々だけでなんとかするのだ! いいな!」
「はっ、はい!」
 

「ウッソ……強いプレッシャーが一つだけ存在していることに気付いてないのか」
アムロは強いプレッシャーを戦闘が始まってからずっと感じていた。だからウッソがその方向にギラドーガを追いかけていった時、嫌な予感がしたのだ。
ラルがああ言った時、すぐにウッソを追いかけたのもその所為だった。
アムロはプレッシャーのある正確な場所を感知し、そこにザクを近づけた。視界に巨大な機体が見える。あれがプレッシャーの正体だろう。
ウッソのドムが苦戦している様子が見えた。千切れかけた右腕がダラリと下がっている。
「やはりな!」
ウッソに近づきながらアムロは、その機体にビームライフルを構える。次の瞬間、
「!?」
 わずかにその場から動いたザクに、ビームがかすめた。
「後ろから? どうやって?」
振り返ってみると触手があった。触手……触手だと?
なんとかウッソに近づいてみると相手の機体の全貌がよく判った。この機体には触手がついている。とにかくでかい。圧倒的だ。
これは…モビルアーマーじゃないか、乗ってるのは……アムロは驚愕した。 このプレッシャー……覚えがある。
「このプレッシャーは………誰だ? 誰なんだ……!」

アムロは最悪の状況を冷静に考える。
未知のモビルスーツ、兵器、そしてウッソ……どのみち今は勝負する時ではない。この場は相手を見極め、ウッソを連れてこの場を離脱するのが最善だ。
アムロは瞬時に判断するとザクを止めて、ディスプレーを拡大する。 そこにはラフレシアという名前のモビルスーツが映し出されていた。
もちろん、アムロには名前はわからないのだが。
ラフレシアのパイロットには鉄の仮面が被されていて顔がわからない。

「聞こえるかウッソ! 君はホワイトベースに戻れ!」
ウッソを庇って前に出て、ライフルを連射する。だが壁のようなものに阻まれ消えてしまった。
「こいつはIフィールドがあるのか!」
ビームライフルが全く効いていないのを確認して悟った。厄介だ。
ラフレシアは、触手を次々と伸ばしてくる。
「くっ!」
優秀な機動性もあり対応できていたアムロだが、焦りを感じていた。このままではまずい。
 そう思った瞬間、死角から触手が出てきた。
「しまっ……!」
「アムロさん危ない!」
まだ離脱していなかったウッソのドムが、ザクを突き飛ばした。
ビームはぎりぎりでザクの足をかすめ、消えていった。脚部は無事のようだ。
「!……何?」
アムロ達の動きは一瞬完全に止まったが、ラフレシアの攻撃も止んだ。
「ウッソ、今のうちに後退だ」
「はい……!」
その隙にザクをホワイトベースに帰還するべく後退させた。二機共に可能な限り全速力で飛ばしていった。
もしあのモビルアーマーが追ってきたら……
そう戦慄するアムロだが、ラフレシアに反応はなく、追撃の意思はなさそうである。
他に追ってくる機体がないのを確認すると、一息ついた。
「ウッソ、大丈夫か?」
「は、はい、なんとか」
 その声が震えている。彼もあのようなのMAを見たのは初めてだろう。
 二人を、どんよりとした何かが包んでいた。


「アムロ!無事だったか!」
「あぁ……なんとかね。なんとか生きてる」
ザクがホワイトベースに着艦しようとすると、ブライトから無線が入った。
気だるく答えると、今頃冷や汗が出てきたことに気付く。その不快な感覚が、彼をひどく不機嫌にさせた。
「そうか。こちらも片付いた。ラル大尉がずいぶんと踏ん張ってくれたようだ」
 その言葉はアムロに届いていなかった。彼の心は、無力感のような思いに支配されていた。
 この艦に乗ってから、自分はまるで伝説のように扱われてきた。ウッソをはじめとした若いパイロットからは、なおさら特別な存在のように。だがそれは仕方がないことであろう。
まいったな……
そう自嘲気味に呟くと、機体をブリッジにつけた。
「アムロ! ウッソはやっぱり……駄目だったのか!?」
チーフ・メカニックマンのアストナージの声には、多少の失望の色が含まれていた。
ザクをカタパルトデッキに収容するために上がってきたのだ。
「大丈夫、後から来るよ」
そういうとアムロはブリッジのハッチに入っていった。
アストナージはホッとした様子で、その後姿を見送った。姿が見えなくなると、脱力したように地面に座り込んだ。
「ケーラ……嫌な予感は外れたよ」






コクピット内にはミネラルウォーターが静かにひっそりと置かれている。
ボトル内に半分ほど残っている水は、もう酷く生ぬるかった。
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第4話 邂逅