第4話 邂逅
「失礼します、よぉっと」
そう言ってカイは作戦室に入った。
薄暗い作戦室には、既に他のパイロット達が椅子に座って待っていた。
適当に空いている席に座り、置かれていた水を一口、口に含む。
「遅いぞカイ。……では全員揃った所で、これよりアムロから皆に昨日の戦闘に着いて状況を説明してもらう」
そういうとブライトも椅子に座る。アムロが前に出、モニターの明かりをつける。同時に部屋も明かりが消えて暗くなった。
「まずこれを見て欲しい。これは敵MAと交戦した時の映像記録だ」
そういうとモニターがつく。巨大なモビルアーマーの姿が表れ、触手が動いている。
宇宙に浮かぶそれはかなり異質なものに見える、少なくともスレッガーには。その触手がこちらめがけて襲ってくる。
不規則な動きで、数十本の攻撃用触手がうごめいている。
その光景に皆、息を飲んだ。
「気持ち悪ぃ……なんだこりゃ?」
誰もが、このように言うカイと同じ感想だったに違いない。
モニターの映像は三分ほどで終わった。アムロがモニターの電源を切り、室内に明かりがともる。
「……以上が交戦の状況だ。この巨大なモビルアーマーはラフレシアと呼ばれているらしい。メカニックの一人が、月のアナハイムの工場でそれらしいものが作られていたことを記憶していた」
アムロはそういうと皆を見渡した。
「一ついいか? パイロットについてだが……このモビルアーマーを動かしているということは、サイコタイプと考えていいのだな?」
ブライトはそう尋ねた。
「ああ……誰かはわからないが、かなり優秀なパイロットであることは間違いない」
アムロはそう答えた。
「とすると、こちらも強力な機体でなければな」
ブライトはそういうと資料を読み出した。おそらく艦内にあるモビルスーツの確認だろう。
「ふむ……」
そう独り言をいった。
「付け加えると、こいつにはIフィールドが装備されているようだ。従って、一切のビーム兵器効かないと考えていいだろう」
「じゃあ、今度こいつと遭ったらどうすればいいんでしょうか? ビームはやっぱり基本ですし……」
 ロランがもっともなことを言った。隣のジュドーも頷いている。
「近くまで接近して打ち込むか、ビーム以外で攻撃するか……それでもダメなら特攻かけるしかないな」
 スレッガーが真面目な顔で呟く。
「特攻はともかく、接近戦が効果的なのは間違いなさそうだな。しかしあの触手は……」
「ふむ。この私でも苦戦するかもしれんな」
 ラルやマシュマーも、未知のMAには脅威を感じているらしい。
「でも……今度はやられない。絶対に」
「……」
 そう、ウッソは聞きとれない程の小声で呟いた。アムロだけはそれを聞いていた。
「とにかくだ。今はまだ敵の正体がわからず、更にまたいつ襲ってくるかさえ不明である。我々は今後、常に敵襲を警戒して行動しなければならん」
 響く、良く通る声で全員に言った。
「パイロットはいつでも出撃できるようにしておくことだ、肝に銘じて置け! それでは解散!」
 ブライトの声が作戦室に響き渡り、それを合図に皆、席をたった。




「失礼します」  ウッソが静かにドアを開け、D-3のアムロの部屋に入ってきた。
 中にはアムロとスレッガー、さらにランバ・ラルがおり、神妙な面持ちでウッソを見ている。
「適当に座ってくれ」
 アムロは彼を座らせるのを見ると、ゆっくりと口を開いた。
「ウッソ、ここに呼ばれた理由はわかるな」
「……はい」
 うつむいたままウッソが答え、アムロはそれをじっと見つめている。
横からラルが言った。
「ここは軍隊ではない。私もお前の上官ではない。だが、我々は戦場で戦う兵士であることは間違いない。そして私は、我々は戦場というものをお前よりはわかっているつもりでいる」
「はい」
「つまり、もう少し俺達を信用してくれってこった。ねぇ大尉?」
「うむ……まぁそういうことだ」
 ウッソはラルやスレッガーの言葉にじっと耳を傾けているが、膝の上の拳は堅く握られている。
 正面のアムロは彼を見つめつつ、ラフレシアとの交戦を思い出していた。
 確かに、ウッソの単独行動は改められるべき、あってはならない失敗だった。だが自分はどうなのだろう?俺だって………
「わかりました……アムロさん、申しわけありませんでした」
「あ、ああ、いや、いいんだ」
「お疲れさん! お説教、思ったより短かったな」
 ウッソが部屋に戻ると、ジュドーが明るく出迎えた。ロランも心配そうにこちらを見ている。
「お説教だなんて……今回は、僕の完全なミスですよ」
 言いつつ、ウッソはベッドに滑り込んだ。
「でもあの化け物、僕らに倒せるのかどうか……今度遭ったら……」
 膝を抱えてロランが言う。
「大丈夫だって、俺達にはアムロさんやラルさんがいるんだぜ?」
 確かに……そうだ。僕らには彼らがついていてくれる。ここにいる2人だって、歴戦をくぐり抜けた優秀なパイロットには間違いない。
 自分は誰かと繋がっている―――ウッソは、アストナージとの会話を思い出していた。
「そうだよね。あのマシュマーって人だって……」
「マシュマーは……どうかな……」

その頃、オペレーターのセイラはある異変に気付いていた。
「これは……何かしら? 移動物質を補足しました」
「なんだと?」
 ブライトが慌てて確認すると、確かにそれらしき反応がある。
「敵か?」
「この距離ではまだ確認できません。でも敵艦の可能性はあります」
「うむ……クルーに知らせろ、第2戦闘配備のまま待機!」
 館内にそれを知らせるサイレンが鳴り響き、パイロットは皆素早く格納庫へと直行した。
そこで、アムロは機体に乗り込もうとするウッソを呼び止めた。
「ウッソ」
「アムロさん……大丈夫です。今度は」
「いや、俺の方も君に助けられた。頼りにしてる」
「!……はい!」
 ウッソは一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに笑顔に戻りそのまま走っていった。
「おいアムロ、何話してたんだよ?」
 そこに、カイが声をかけてきた。
「いや、なんでもない」
「ふぅん……ま、お前も根詰めすぎんなよ? 一人でやってんじゃないんだからさ」
 カイにしては珍しく、親切な言葉である。
……そうだよな。そうだったよな。
アムロはそう呟くと、赤いザクRに乗り込んでいった。


 その頃、ブリッジでは事態が変っていた。
「先程発見した移動物質を再補足! やはり敵艦に違いありません。こちらに向かってきます」
「確かなんだな? ディスプレーに拡大表示急いで!」
オペレーターの言葉を聞いて、ブライトは焦りを募らせた。
現在この艦にむけて、敵艦らしきものが接近している。あの化け物を出した母艦かもしれない。今度はある程度の情報がパイロット達に伝わっているが……
オペレーター達は、じっとディスプレーを眺める。
ホワイトベースの戦闘ブリッジのディスプレー上に、CGによって自艦と敵艦のおおまかな位置が映し出された。
ミノフスキー粒子散布の状態ではこの方法、精度が限界である。
モニター上の映像、敵艦が拡大される。確かに戦艦であった。
「これは……」
 そこに写し出されたのは、今まで見たこともないような艦であった。大きなドクロのマーク……一言で言えば海賊船である。
「……クロスボーン・バンガードか」
噂通り……デザインがイマイチだ。
そう、人のことを言えないブライトは思った。どうやら知らないわけではないらしい。
それからしばらく、奇妙な時間が流れた。
 敵艦と思われた艦はWBRとの距離を縮めてはきたが、それから何の反応も示さない。MSが展開するでもなく、ミサイルが発射されるでもなく、奇妙としか言い様がないにらみあいが続いたのである。
「敵艦、ミサイル射程距離圏に進入、さらにMSの展開を確認しました」
 オペレーターが状況の変化を伝えた。こちらもクロスボーン・バンガードを知っているらしく、言葉に落ち着きが戻っている。
「第2戦闘配備を第1にシフト、こちらもMS隊を出撃させろ。ただし、こちらが攻撃されるまで手出しはするな」
 ブライトは素早く、冷静に指示を出した。 
 

「WBRからMS展開、確認しました」
「迎撃は?」
「見られません。様子を見ているだけのようです」
「そう……やり合う気はなさそうね」
その頃、『海賊船』のブリッジに立つキャプテン、ベラ・ロナも冷静に状況を見つめていた。赤毛の、気品を備えた艦長で、数少ない女性クルーの一人でもある。
彼らもまた木馬海賊団と同じ目的を持った集団である。それだけに、相手の正体はすでに把握済みらしい。
 旗艦マザー・バンガードのわずかに前方には、10数機ほどのMSの遊撃部隊が散開している。
「バニング中尉、MS隊に退却命令を出して下さい。この宙域から撤退します」
 相手に交戦する意思がないと見ると、彼女はあっさりと退却命令を出した。
「了解。各機に告ぐ、退却命令が出た。皆マザー・バンガードに帰艦しろ」
 それを受け、リ・ガズィに乗るバニングがさっそく指示を出す。
「了解です」
「……了解した」
「なんだ、結局退却すんのかよ?」
「そう言うなよ、さっさと帰ろうぜ」
「ええ、余計な戦闘は避けたいですからね」
「………」
「みんな、おしゃべりは後にしろよ」
 命令が出てすぐ、展開していた部隊は吸い込まれるように艦に戻っていった。
出撃していたのはトビア、ヒイロ、ガロード、デュオ、カトル、ドモン、キンケドゥ、というメンツであり、バニング以外全てガンダム系統の機体で揃えている。
退却命令が出て、彼らは安心したように口々に言葉を交わした。
(……奴等は一体……)
その中でドモンは一人、相手のただならぬプレッシャーを感じていた。幾多のガンダムファイトで経験してきた、強者への確かな直感とも言うべきものである。
「ドモン、退却だ」
「あ、おう」
 そんな彼に、珍しくヒイロが声をかけてきた。
ドモンは我に返ったように、上ずった声で答える。
「……」
 ヒイロはドモン機が戻っていったのを確認すると、一瞬WBRの方を振り返り、しばらく虚空を見つめた。
 額には、わずかに汗が滲んでいた。
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第5話 クイーンローズ・ハマーン(前編)