第3話 一月八日
 一月五日、ティアンム艦隊が迎撃ポイントに集結する。この迎撃ポイントがどこであったかは戦史には記録されていない。旧世紀の戦場でも、こういう会戦ならば逐一記録されていたモノだが、連邦、ジオンの両軍ともそれを怠っていたのだろう。
 これでは憶測の域を出ないが、戦後の調査と私ユノーラ・イプキスの計算からすると、「アイランド・イフィッシュ」は一月八日の時点で第二衛星軌道上に指しかかろうとしていたようだ。コロニー落下が一月十日であり、地球の軌道を一周して二日以内に落下するには、すでに第二衛星軌道付近に達していなければならない。
 ということで、両軍がコロニー落下を巡って始めての会戦を行った宙域は、サイド6にも近い代に衛星軌道上であったと推測できる。
 さて、両軍の戦力だが、これは大体資料が残っている。連邦軍第四艦隊の戦力はおよそ48隻の三個艦隊。その内訳は、マゼラン級戦艦が十六隻にサラミス級巡洋艦が三十二隻である。その他艦載機及び近隣のコロニーから発進した三百機前後の宇宙戦闘機が艦と艦の隙間を埋める。
 対するジオン軍は、率いる艦隊は二個艦隊。誰が指揮していたかと言う詳細な資料は例の如く存在しないが、おそらくはキシリア少将旗下の佐官であろう。
 艦隊の戦力は、チベ級戦艦が八隻とムサイ級巡洋艦が二十四隻。それに付随するモビルスーツ部隊はおよそ九十六機。見た目どおり、戦力的には連邦軍が圧倒しているように見えだろう。さらに、ジオン軍は落下するコロニーを守らなくてはならない。戦闘参加できる部隊数も当然限られるはずだ。
 両軍は、小隊同士の小競り合いから、一月八日の午前九時三十分に開戦した。
 まず、定石通り両軍のその主砲が火を吹く。火力自体ならば、連邦軍がジオン軍を圧倒している。ミノフスキー粒子下で電子戦力が麻痺し、いつものような精密砲撃ができなかったが、ミノフスキー粒子の影響は連邦軍ばかりではないらしく、両軍の初撃の着弾率は非常に悪かった。それでも、艦船数で勝る連邦軍のアドバンテージであった。
 次に、艦隊の隙間に収まっていた宇宙戦闘機がジオン艦隊に攻撃を開始した。直進に関しては、宇宙戦闘機の右に出る存在はない。ジオン艦隊に急接近したセイバー・フィッシュやトリアーエズは、連携して攻撃を仕掛ける。
 無論、ジオン艦隊が黙って攻撃されるわけがない。艦間を狭め艦隊を集結させ、弾幕を分厚くはる。さすがに戦艦クラスの艦船ががっちりガードを固めてしまっては、宇宙戦闘機では打つ手がない。
「何をしている! 敵の半数はコロニーの護衛だ。まずは敵制宙部隊を撃破しろ!」
 おそらく、まともな指揮官ならこの現状を見てこう叫ぶだろう。ティアンム将軍の艦橋の言葉も戦史には残っていないので想像するしかないが、優秀な連邦軍の将官である彼ならば、ジオン軍の部隊編成の様子も気が付いただろう。
 刻々と迫り来るコロニーに対して、ジオンも万全に警備を固めている。制宙部隊が残存する間に攻撃を仕掛ければ、それだけで挟み撃ちにされるが、逆に敵の戦力は二つに分散されているのだ。火力も、防衛力も通常のそれの半分にも満たない。それに、宇宙戦闘機の攻撃で敵が密集している今こそ砲撃を加えれば、敵艦隊を一網打尽にできる。
 だが、ティアンム将軍が砲撃命令を下命しようとした直前、ジオン軍もついに動きを見せた。艦に搭載していた「ザク」が、一斉に射出さたのだ。ジオン軍が、十年の歳月をかけて磨いてきた新戦術である。
「モビルスーツ」と呼称される新型兵器の真価はいかほどのものか……。
 これが両軍の指揮官の脳裏に浮かんだ率直な感想だろう。連邦軍ばかりではない。ジオン軍にとっても、この戦いの成果如何にすべてがかかっているのだ。この新発想が砕かれるようならば、スペースノイド独立は永く遠退く。
 しかしそれは、ジオン軍指揮官にとっては杞憂に終わった。逆に、ティアンム将軍以下連邦軍の指揮官は、その艦橋で戦況報告を受けるたびに青ざめただろう。いや、もう充分彼らの目にもその姿が捕えられる。
 ついさっきまで、ジオンのモビルスーツが戦場に投入されるまでは、自軍の宇宙戦闘機の部隊が敵艦隊に深々と突き刺さっていたはずだ。だが、それが投入された直後、戦況は大きく一転する。今しがた、一番左翼に控えたサラミスが敵の攻撃で沈んだ。爆発の衝撃が他の艦隊に襲い掛かる。
 なにがどうして、どうそんなに強いのか。
 すべての連邦軍の者が自問していることだろう。だが、これほどマザマザとその戦闘力の違いを見せ付けられると、もはやその原因など分かる訳がない。ただ、宇宙戦闘機よりも遥かに巨大な人型兵器が、まるでハエかトンボを殺虫剤で落としていくかのように、セイバー・フィッシュもトリアーエズもバタバタと落ちていった。
 一機十数万米ドルもする宇宙戦闘機が、落ちていく。長く長くそんな時間が過ぎると、ジオン軍の新兵器は連邦軍艦隊に襲い掛かった。直援のセイバー・フィッシュが迎撃するが無駄である。  見るかぎり、「ザク」の武装がそれほど強力なわけではない。宇宙戦闘機に比べれば若干大口径のバルカンと言えるが、艦載される迎撃火器と比べても大差はない。と言うことは、単純に攻撃力がモビルスーツと宇宙戦闘機の戦闘能力に決定的な差をもたらしている訳ではないのだ。
 接近した「ザク」に向かって、小隊を組んだセイバー・フィッシュが襲い掛かる。飛行機のような流れる挙動でザクの左手から攻撃を仕掛ける。その宇宙戦闘機の速力と比べれば、「ザク」など止まっているかのようだ。「ザク」は、迎撃も出来ず回避もせず、セイバー・フィッシュの攻撃をやり過ごす。
 無論、まともな兵器が一撃で落ちるわけがないから、セイバー・フィッシュは機体を反転させる。機体にかかるGに耐えながら、機首が「ザク」に向いた頃、その「ザク」の銃口はセイバー・フィッシュを捕えていた。
 ドドドドドドッ!
 信じられない旋回能力だ。その場で180°旋回するのに、ただの一秒も要していない。
 正確な射撃がセイバー・フィッシュを射抜く。ロケットエンジンが殺られる。コクピットに鉛弾が降り注ぐ。一個小隊のセイバー・フィッシュは、二撃目を繰り出す前に全滅してしまった。たった一機の「ザク」の前に。
 ティアンム将軍を乗せた第四艦隊の旗艦が、戦場に粘れたの一時間にも満たないだろう。第四艦隊の旗艦は、他の艦の離脱も見届けぬまま、戦場から逃げ去った。後には、逃げ遅れたサラミスやトリアーエズを合わせた百機ほどが、殺戮されるだけであった。
 ジオン軍の新型兵器「モビルスーツ」前に、連邦軍は壊走した。落下するコロニーに対し、連邦軍は為す術を失った。
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第4話 一月十日