第5話 一月十五日
 いよいよ、題名に書いたことを書ける時が来た。さて、どのように書くものか……。
 ルウムに先に到達したのは、ドズル率いるジオン艦隊。単純に考え、まだ当時は完全に軍事要塞化されていなかったソロモンから発進したドズル艦隊が、ルナUから一日遅れて発進したレビル艦隊より先に到着するのは当然である。
 作戦は即時開始される。十一時二十分、ジオン艦隊の一部がサイド5に攻撃を開始する。コロニーに配備されている防衛部隊が必死の抵抗を見せる。粘りに粘って十時間後、コロニー守備隊は全滅する。ジオン艦隊は、サイド5の十一番コロニー「ルウム」に核パルスエンジンの取り付けを始める。
 だが、この時、レビル率いる連邦軍第一連合艦隊がサイド5に到着する。レビルとしては、一日差を縮めたのだから合格だろう。途端に、ルウムに緊張が走る。レビルが即座に艦隊を展開させると、ジオン艦隊はそれまでの作業を止めた。敵前で核パルスエンジンの取り付けをするほど、ジオンの仕官もバカではない。
 第一連合艦隊は艦隊を集結させ、対決姿勢を決める。強行軍であったため、部隊が前後に伸びきっていたのだ。四十分後、連邦艦隊は横に上下二手に分かれた隊形を取る。そして、一番上と下に、宇宙戦闘機隊の第一波が陣取る。
 敵の素早い動きに、ドズルも艦隊を整える。だが、まだ
 緊張の張り詰めた戦端は、レビル旗下のセイバー・フィッシュ隊の発進と、ドズル艦隊の砲撃によって切って落とされた。時刻は、二十二時十四分。宇宙は、途端に無数の輝きに包まれるたのだった。
 さて、歴史家のように語るのはまた後にして、とりあえず私の戦記を書こう。そのほうが、一年戦争で戦い死んでいった者たちの心を見ることができるだろうから。
「ユノーラ・イプキス! 急げ! 俺たちは第二波の先陣なんだぞ!」
 レオグ中尉の怒号が甲板に響く。いや、実際に響いたわけではないのだが、オールラインにされている彼の声は、甲板にいるすべてのヘルメットに響き渡った。格納庫のロックが外される。武装を満載にしたセイバー・フィッシュがゆっくりと甲板に置かれ、カタパルトが開く。
「ハイ! 今すぐ!」
 レオグ中尉が風防を閉じる。セイバー・フィッシュのエンジンが火を吹き、カタパルトから機体が射出される。反対側の甲板でオルドマン少尉の二番機の発進し、次は三番機と四番機だ。
「急いで下さい!」
 ハリス軍曹が言う。すでにギアロックは外され、ロケットエンジンには火を入れられる状態になっている。
 ユノーラはコクピットシートに身体をねじ込む。パイロットの体型に合わせて造られるカスタムシートだから、背中とピッタリフィットする。ハーネスを締めるのはハリス軍曹がいつものように手伝った。弾薬は満載。両翼に備えられるミサイルランチャーにも全弾装填されている。ルナUできっちり補給してあるのだから、当然だ。
「少尉。おれは戦争なんて嫌いです。だけど、ジオンも許せません」
 その時。そばかすの多いハリス軍曹は、初めてユノーラに話し掛けた。
 そうだ。これは戦争なんだ。今までのような哨戒任務の続きではない。もしかしたら、最後に聞く人の言葉がこれになるかも知れないのだ。
「戻ってきてくださいよ。ユノーラ少尉! ジオンなんかにやられないで下さいよ!」
「ああっ。分かってる! 奴らを叩きのめしてやるさ!」
 ボブ少尉の三番機が発進し、ジョン少尉の四番機がそれに続く。ハリス軍曹は風防を閉じる。セイバー・フィッシュが甲板に出る。宇宙が広がる。
「五番機、進路クリア。発進よし!」
「了解! 五番機、発進する!」
 ブリッジの管制塔から声がかかる。今気が付けばこれも人の声だ。いつもは事務的な響きしかしない管制塔のオペレーターだが、もちろん人が指示を出しているのだ。
 右前方にある赤いランプが青く変わる。スロットルを全開にし、機体がカタパルトから放たれる。Gが身体にかかる。艦の前方にいた小隊の一番左端に落ち着く。
 遥か前方の宇宙では、ジオンのザクと連邦軍の宇宙戦闘機が死闘を繰り広げている。だが、ザクの方が優勢だ。いかに五倍でも、セイバー・フィッシュの大軍でも、ザクとは決定的な戦い方の違いがあるのだ。生命で、宇宙が光輝く。
 戦場の一番右翼のほうで、ザクの部隊がルウムに接近する。核パルスエンジンをコロニーに装備させるつもりだ。コロニーが一旦軌道を逸れてしまえば、アイランド・イフィッシュと同じ結末になってしまう。
「各機! ルウムに接近中の敵部隊を攻撃する! 遅れるな!」
 レオグ中尉の命令がヘルメットをつんざく。おそらく、敵の動きを察した司令部が、第二波にその攻撃目標を通達したのだろう。前面の戦場には、連邦艦隊の援護射撃が降り注ぐ。それで時間を稼ぐつもりだろう。当然、第三波の準備が急がれる。
 ユノーラは、レオグ中尉の後に続く。第二波は約六十機。対する敵のザクは十五機ほどだろうか。その後方にはムサイ級巡洋艦も控えている。連邦軍にとっては、さながら死地に近い。だが、これを見過ごすわけにはいかないのだ。コロニー落としをさせないためにも!
 ザクがこちらの接近に気付く。機体を反転させて迎撃に来る。
「全小隊! まとまって攻撃しろよ! 敵は早い!」
 大隊長の声が雑音混じりに届く。ミノフスキー粒子のせいだ。あっという間に距離が縮まる。ミサイルランチャーの射程距離だ。
「全機! 投下!」
 大隊長の命令で、ランチャーのボタンを握り押す。両翼から四発。ミサイルがザクに向かって直進する。だが、ザクはそのほぼ完璧なタイミングで放たれたミサイルを難なく避ける。まだ、ザクには性能的に余力があるのだろうか。
「レオグ中尉!」
 ユノーラは、大隊が放ったそのほとんどのミサイルが回避されて、狼狽した声で叫んだ。大隊長のタイミングならば、普通の宇宙戦闘機に避けられるはずがない。サイドワインダーであるこの中距離ミサイルならば、ミノフスキー粒子下でも敵を追撃できるはずなのだ。
「落ち着け! ユノーラ。訓練どおりだ。敵を越えたら三番機と五番機は俺に続け。四番機は二番機から離れるな! ザクを左右から挟むぞ!」
 もう距離はない。乱戦になれば、小隊以上の指揮などできはしない。ザクとセイバー・フィッシュが交錯する。初撃だけでは、ザクは落ちない。
 レオグ小隊は二手に分かれて、さっきのザクに追撃をかける。ザクは反転し、二番機と四番機に銃口を向ける。その巨大な手に握られたマシンガンが火を吹き、四番機が落ちる。ジョン少尉は脱出しない。爆発に巻き込まれて死んだ。
「喰らえ!」
 レオグ中尉の渾身の一撃がザクに襲い掛かる。だが、先程のミサイルすら余裕で交わしたザクは、その攻撃も上に飛翔し避けてしまう。真下を通り過ぎた一番機が、銃口の下に曝される。
「ああ! レオグ中尉!」
 ロケットエンジンが爆発し、彼の肉体は宇宙に四散する。
「落ち着け、ユノーラ少尉! オルドマン少尉! 小隊の指揮を引き継げ!」
 三番機のボブ少尉が冷静な、鋭い怒声を上げる。オルドマン少尉が、生き残った中では一番年長で、冷静だ。
「もう一度仕掛けるぞ! 俺がオトリになる! 三番機と五番機! 外すなよ!」
 今度は時間差で攻撃をかける。前方を駆けていた二番機が弾丸の直撃を受けて墜ちる。それには目もくれず、三番機と五番機がザクにミサイルを打ち込む。
「仇だァ!!」
 今度は避けれない。避けれるわけがない。オルドマン少尉の生命を捨てて撃ったミサイルが、当たらないはずがない。ザクは、その胴体にある核融合炉をやられて爆発する。その爆炎から逃げるように、戦域から離脱する。
 振り返った戦場では、生命を弾丸としたセイバー・フィッシュのパイロットたちが、ザクに玉砕していく光景だった。大隊長は戦死した。ルウムに向かっていたザク部隊は、およそ四十人の生命の前に全滅した。生き残った十数機のセイバー・フィッシュは、母艦に帰艦していく。ミサイルが尽きたからだし、損害も酷すぎる。
 ジオンは、戦闘中の核パルスエンジンの点火に諦める。ルウムに貼り付けていたムサイとそのザク部隊を、レビル艦隊に目掛けて投入した。汎用性の優れるザクならではの効率的な運用である、
 時刻は深夜となり、日付が変わる。
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第6話 一月十六日