第6話 一月十六日
 三番機のボブ少尉と五番機のユノーラは、母艦サラミス級「キプロス」に着艦する。出撃した五機のうち、三機はその撃墜が確認されてある。未帰投なのではないのだ。確実に、パイロットの三人が死んだ。
 一番機の小隊長レオグ中尉。二番機の隊の親父さんオルドマン少尉。まだ若い、今度結婚すると言っていたジョン少尉。三人は、もうこの艦には戻らない。宇宙のどこかにあるパイロットの墓場に逝ったのだ。
 巡洋艦の底のほうは静まり返る。ボブ少尉とユノーラは待機室にこもり、出てこない。出されたコーヒーを感情のない顔で飲んでいるだけだ。整備士たちにも、かける言葉すらない。ただ、なくなったミサイルと弾丸を補充し、燃料を補給してやるしか出来ないのだ。
 ドオオン!
 メガ粒子砲がキプロスに着弾した。艦隊が揺れる。まだザクがこのあたりに着てない分だけマシである。戦艦と巡洋艦の性能はこちらが上だ。メガ粒子砲ぐらいを浴びたぐらいでは、そう簡単には落ちない。キプロスが応酬の砲撃を行う。音がスゴイ。
 だが、敗色が濃厚なのは外の状況が分からないここからでも分かる。初めはメガ粒子砲の着弾率も悪かったし、キプロスの応酬も他の艦との斉射であったが、今はキプロス単艦で砲撃を行っている。左右の第四サラミス戦隊の艦はもう沈んでいるのだろう。
 セイバー・フィッシュの補給が終わる。パイロットが待機室から出てきた。もう小隊とは呼べないから、分隊として行動するしかない。ボブ少尉が一番機として、ユノーラが二番機となって出撃する。
 ハーネスを締めるハリス軍曹は、いつもの表情より固い。
「大丈夫だ。任せておけ。この艦は落とさせないさ」
「よろしく頼みます、ユノーラ少尉」
「ああ。お互い死にたくないだろう?」
 発進準備が終わる。順番が早いし、いつもとは反対側の甲板だ。三人は死んだということを、改めてユノーラに認識させる。ハリス軍曹がセイバー・フィッシュから離れる。管制塔から指示が出る。
「進路クリア。発進許可する」
「了解。出撃する」
 出撃したそばから、メガ粒子砲が襲い掛かった。さすがに、遠距離メガ粒子砲が当たるほどヤキは回っていない。だが、避けた粒子砲はキプロスに着弾する。良くない。
 悪いことに、ザク部隊が接近する。年貢の納め時だろう。前面の戦場で、第四波まで投入して支えていた宇宙戦闘機は全滅した。ザクが一気に艦隊に襲い掛かる。艦隊はその艦と艦の間隔を狭めて対空火器を逆さまの雨のように降らせる。
「ユノーラ少尉。キプロスの直援にあたるぞ!」
 ザクがキプロスを含んだ艦の群に向かってくる。数は三十機。自軍の直援に当たれる宇宙戦闘機は五十機にも満たないし、指揮官もいない。対空火器の援護を若干受けれると言っても、凄まじく分が悪い。
 その時、戦場に驚異が訪れる。
 ザクが来た! 赤いザクだ!
 ユノーラは、後で知ることになるが、この赤いザクこそ、一年戦争中、いやそれ以降も連邦軍を震撼させる「赤い彗星」のシャア・アズナブルの愛機である。
「来るぞ! ユノーラ少尉! 敵のエースだ! 艦隊に近づけるな!」
 すでに両翼は他のザクとの戦闘で乱戦状態だ。宇宙戦闘機並みの高速で接近するその赤いザクに対応できるのは、中央にいたボブ少尉とユノーラだけである。
「喰らえ!」
 一番機がミサイルの発射ボタンをねじ込む。赤いザクは左下方の流れて、それを避ける。一番機との連携攻撃を行う二番機は、下方に逃げる赤いザクにバルカンとミサイルを放つ。だが、それさえも圧倒的な運動能力で避けてられてしまった。
 二番機は、全速でザクから離れる。後ろを取られても、全速で逃げればザクとて追いつかないことに気付いていたからだ。攻撃なら、大きく迂回してから反転すればいいのだ。
 だが、振り返ると、急旋回した一番機がすでに赤いザクに第二撃を加えようとしている。撃ち放ったミサイルは全弾回避される。それでも、一番機は赤いザクに突撃していく。
「ダメだ! 退け! 一番機! 一旦離脱しろ!」
「うおおおおおっ!」
 雄叫びと共に、ボブ少尉がバルカンを乱射する。そのすべてを恐ろしい運動性で回避した赤いザクは、一号機に急接近すると、腰の巨大な大斧を振り下ろした。両断されたセイバー・フィッシュが、宇宙に散る。
 もはや赤いザクを止められるものはない。対空火器がうるさく吠えたが、まさか敵のエースにそんな攻撃が当たるわけがなかった。艦隊に赤いザクが急接近する。マゼランやサラミスが、艦橋や機関を打ち抜かれ轟沈する。
「キプロスが!」
 赤いザクは一瞬の内に、そこにあった五隻の戦艦や巡洋艦を撃沈した。爆炎に包まれる母艦。死んでいく戦友。貫禄のある艦長も死んだだろうし、。ハリス軍曹も死んだだろう。戦争になって初めて人の温もりと言うものを感じた母艦も、沈む。もう、これでは帰る所がないではないか。
 残された艦は、レビル将軍の乗る旗艦「アナンケ」とその周囲を護衛する十隻ほどの艦船だけである。帰艦する艦を求めるためにも、残された宇宙戦闘機は旗艦「アナンケ」に向かった。それは、決して艦隊司令のレビル将軍を守ろうと思ったわけではない。戦闘機が守るのは、己の母艦だけで充分なのだ。
 凄まじい戦場だ。ジオン軍も、残る全戦力をここに投入してくる。生き残った宇宙戦闘機は、着艦するためにも艦を全滅させられるわけにはいかない。必死の防衛が続く。
 だが、敵には充分な砲力が残されている。ザク部隊がセイバー・フィッシュ隊を相手にしている間に、ムサイやチベの砲撃が確実に旗艦「アナンケ」の防御力を削いでいく。ついに耐え切れなくなったレビル将軍が、艦底に備えられているカプセルで脱出を図る。
 考えてみれば、それだけで指揮官の戦線離脱である。自らの無策をモビルスーツと宇宙戦闘機との性能差に擦り付け、自分だけ生き残ろうとする浅ましい姿だ! おそらく、必死の防衛で旗艦を守りつづけていた宇宙戦闘機隊にとってみれば、裏切られる形である。最期を共にすることに決めたのに、指揮官はいそいそと逃げ出すのだ。他の艦も同じ感情だろう。
 レビルの乗ったカプセルは、一部の危篤なパイロットたちの護衛のお陰で、もちろん、そのパイロットたちが生き残ったわけではない。何様のつもりか知らないが、彼にとって、パイロットの生命なぞ考慮する必要ないコマに過ぎないのだろう。
 艦隊は、旗艦「アナンケ」の撃沈と、総司令官の背信的な逃走を目の当たりにして、戦場を逃げ去った。ジオンの追撃もそこまでは及ばず、生き残ったパイロットたちは、せめてもの救いと生き残った艦に飛び降りた。
 それから数時間後、脱出を図っていたレビルのカプセルが敵の特殊部隊に捕えられたらしい。人呼んで「黒い三連星」と呼ばれる三機のザクに捕えられたレビルは、生き恥を曝しジオンに投降し、さらに連邦とジオンの終戦交渉のコマになる。これが、その後一年戦争を導いてきたように見える男の、真の姿だ。
 とにもかくにも、指揮官は敵軍に捕えられ、自殺を図らず投降し、その艦隊は全滅したのだ。ジオン軍は、圧倒的な勝利を収める。そうして、「ルウム戦役」は幕を閉じた。二日がかりなった大会戦は、片方の指揮官の逃亡によって、幕を閉じる事になった。
 そして、指揮官レビルの存在はともかく、その生命を捨てて戦った多くのパイロットたちのお陰で、ジオン軍は「ブリティッシュ作戦」の続行を断念する。ルウム戦役の連邦側の戦果といえば、軍人の生命を山ほど払い、再び人類全体への厄災を阻止したことだけだ。だが、これがもっとも大切な戦果のはずであろう。

 ルウム戦役はジオン軍側の大勝利で終わった。連邦にはもはやジオン軍に抗う力はなく、サイド6を仲介されて持ち出された講和条件を跳ね除ける事はできなかった。ルウムでの敗北は軍事面的にあまりも痛かったが、その総指揮官まで捕縛されていては、連邦に立つ瀬がない。
 これが、レビルが死んでいれば跳ね除ける事もできた。コロニーを潰して、地球に落とそうとするジオンが相手ならば、情報を操作し、国民感情に訴え、コロニーに恐怖心を煽れば、連合してジオンに立ち向かう事もできたのだ。
 だが、レビルは死なずに捕えられた。しかも、逃げたにもかかわらず。連邦軍の大将ともなれば、その身柄は重い。ジオンは、レビルを殺すかもしれないと脅しをかけ、その実連邦がレビルを殺して欲しいのを知りながら、決して手を出したりはしないのだ。交渉の条件を良くするためのコマなのだから。
 さらに、逃げたにも関わらず敵に捕縛され、生き恥をさらすレビルがいては、コロニーにも同調姿勢を促す事はできないし、国民だって納得しない。彼らの父や兄弟は、レビルに率いられ死んだのだ。その指揮官を生かしておくにはならない。だが、連邦が起った風を見せてレビルを殺してもらうように仕向けても、ジオンはレビルを殺さない。
 とにかく、こうしてこのまま講和条約が結ばれれば、戦争は終わるのだ。政治の肩書きが連邦からジオンに変わろうと、市民生活になんの影響もない。宇宙移民が、地球指導から宇宙指導に変わるだけなのだから。そして、人は、何十億という犠牲を払って、やっと平和を手に入れられるのだ。誰もが、充分に血を流したと実感していた。
 だが、そのジオンの姿勢が、非常に狡猾なジオンの強かな姿勢が、もっとも大きな悲劇を生んだ。
 生き恥を曝したレビルが、生きて帰艦したのだ。
 そして、彼は演説を行う。「ジオンに兵なし」と……。
 まさしく悲劇だ。いや、喜劇やもしれない。
 ジオンに兵はないかもしれないが、連邦に将はない。
 ルウムで大敗を喫したレビルが、連邦軍を導く立場になるのだから。この愚劣なる男は、ただ単に自らを捕虜としたジオンへの復讐のために、戦争の再起を訴えた。彼には、ギレン・ザビのような理想はない。ただ、自らの顔に泥を塗り、そのプライドをズタズタにしたジオン公国に復讐がしたいがために戦争を継続させたのだ。
 理想も夢もない者に導かれる政治は、なによりも悲劇である。再び戦争状態に陥ったジオンと連邦軍は、血で血を洗う。さらに多くの血が流される。戦争は、一週間戦争とルウム戦役で充分であったのに。神に捧げる血はそれで充分であったのに、たった一人のボケ老人の腐った思考のために、若い生命が何百万、何千万と散った。
 それは、ジオン、連邦に関わらず、人類を正しい方向に導くための人材だったはずである。このコロニー落としから、人類にもっとも大切な事を学んだ若者である。その多くの生命が、レビル一人の下等な心のために散っていったのだ。
 一年戦争の後、今でも宇宙や地球の至るところで戦争が起る。すべては、人類を導くはずであった多くの若者が、一年戦争で絶えたためである。レビル一人があの一月二十九日に生還しなければ、人はまっとうな道を歩めたはずであったろう。
 だが、歴史はそうはならなかった。
 これこそ、悲劇にしかあるまい。
 一年戦争は、0079十二月三十一日に終戦を迎える。高々と理想を掲げたギレン・ザビは死に、ジオンは破れた。人を導くはずだった大きな理想は、無謀な権力を握った無知な男のために、血に塗れた。
 0095年。先頃は、隕石が落ちた。物騒な世の中になったものだ。
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第7話 十月五日