第6話 追撃の白い矢
 「ヤナギ! ザンジバラル離陸急げ。敵が戻ってくるぞ!」
 αは、まだ始動できない自分のギャンのコクピットの中で叫んだ。当然、モビルスーツはエレカと違ってイグニッションキーを回すだけで動き出せるような代物ではない。まだ核融合炉の熱が上がらないうちは動き出せない。焦燥感からか、αの口調はいつもより荒い。
「焦らないで、α! 私に任せて! 各機、発進できた者から侵入する敵モビルスーツの迎撃に当たれ。哨戒部隊は早く敵の正面に出なさい! ザンジバラルはここに固定。全砲門開け。味方機の発進まで時間を稼ぐのよ!」
 ヤナギの鋭い声がザンジバラルのブリッジに響く。攻撃を受けた当初は基地の東方にあった哨戒部隊も、ジャンプフライトを駆使しやっとの思いで基地に復帰する。今即刻稼動可能な部隊はこれだけだ。ヤナギの指示を受けた四機のザクWは、ザンジバラルの主砲弾の軌跡に向かって再びスラスターを全開にさせた。

「ヘッ! いつまでお休み中なんだい!」
 エクアドル基地の上空に辿り着いたカインは、ザクWの迎撃をすり抜けると、モビルスーツ形態に変形し地上に降り立った。すぐ近くの区画では、まだ補給パイプにまきつけられたままのザクWがある。カインはビームライフルを放つと、二機のザクWを撃破した。
 と、分厚い装甲で覆われた基地からネオ・ジオンのパイロットが駆け出す。カインの隙をついて、反対側の区画にある補給中のザクWに駆け寄ろうとしているのだ。
 カインは、ザクWに駆け寄っていくパイロットに向かってバルカンを放った。モビルスーツならば生産さえ滞らなければ新しく賄う事はできるが、パイロットはそういうわけにはいかない。特に幾多の実戦を戦って経験を積んだパイロットは、モビルスーツ単機よりも遥かに重要だ。
「へへ。パイロットがモビルスーツより安いはずがないだろう!」
 パイロットたちの阿鼻と叫喚が、バルカンの轟音の中から聞こえてくる。頭蓋がザクロのように砕ける。四肢が飛び散り、腸が朝日に曝された。カインは、その光景を眺めつつ若干の高揚感を覚える。動く物がなくなった地面は、鮮血で真っ赤に染まった。
「ついでにザクもだ!」
 そう叫んでライフルを構えたとき、背後からメガ粒子砲が飛来した。ヤナギのザンジバラルから放たれたものだ。カインは素早くスティックを引くと、Zプラスを旋回させた。
「そんな主砲如きが当たるほど……ザクかッ!」
 カインがそう嘯いた時、上空から四機のザクWが襲い掛かる。一機はビームホークを振りかざし、左右のザクWがマシンガンを撃ち放つ。カインは迎撃もできずにビームの嵐を回避した。
「マジかよッ!」
 ビームホークを握ったザクWは、着地するとその頑強そうな機体からは信じられないような運動性でカインに襲い掛かった。相変わらず左右からはビームが降り注ぎ、最後の一機は無言のまま背後に回り込もうとしている。
 振り下ろされるビームホークに、左手で抜き放ったサーベルを突き出す。ザクWの重い一撃に、カインはZプラスの動きを封じられる。背後に回りこんでいたザクWがビームホークを抜き放ち、カインに迫る。最初からこれが狙いだったのだ。
「ううッ!」
 カインは降って沸いたような恐怖に悲鳴を上げた。モニター一杯に浮かび上がったザクWの形相が、これほど恐ろしいものだとは思っていなかった。真っ赤に輝くモノアイが不気味に映えると、ザクWはビームホークを振り下ろした。  やたらゆっくりと見えるビームホーク。カインは恐怖とどこでミスったのかという疑問をない交ぜにして歯を食いしばった。だが、一瞬何かが視界を通り過ぎたかと思うと、真後ろのザクWは吹き飛んだ。
「生きてるか! カイン!」
 鋭い呼びかけに恐怖が払いのけられる。思考が戻った。アランのZプラスだ。自分と同じ機体色なのに、まったく鮮明さが違う。なんて蒼い。
「チッ! なんで来やがったんだ!」
「黙れ! 退路を断たれつつあるのが分からんのか。逃げるぞ、遅れるな」
 そう鋭く叫んだアランの真っ青なZプラスが、ザクW三機を相手に躍動する。
 敵はアラン一機に的を絞る。乱射されるビームマシンガン。徹底された連携攻撃。およそ百戦錬磨を誇るネオ・ジオンのモビルスーツ戦術。だが、カインには分かった。所詮そんなものは無駄であると。
 蒼い。なんという蒼さだろうか。あれが目の前に現われると、ほかのあらゆるものが白く通り過ぎる。色彩は失われ、聴覚が消える。ただ一機だけ蒼いこの翼が視界を制する。そして、無音の世界に視覚から伝わった音だけが響く。屈強なザクWが、燃え盛る炎の音が、ありとあらゆるものが、そして自分までが、この蒼の翼の前に消えていく。ただ音もない無基調のモノクロの世界で、蒼の翼だけが静かに、そして艶やかに躍動する。
 目にも冴える真っ青なZプラスは、さながら猛禽が獲物を狩る時のようなしなやかさで一機、また一機とザクWを斬り払う。爆炎をまとい直上に舞い上がった蒼の翼。あまりの凄まじさに愕然とするザクW。アランの蒼が朝の新鮮な陽光をキラリと弾く。そして、最後の一機は一刀の下に両断された。  あれが、「蒼の翼」だ……! 「蒼の翼」だ!
 カインは、声になく呟く。アランの「続け」という声がヘルメットに響く。言葉の意味を解しないまま、カインはアランの蒼い機体に追いすがった。

「よし! α。ギャンUカスタム、発進する。ヤナギ、状況報告」
 やっとαのギャンUが動き出した。小気味いい甲高い起動音。横たえられたギャンUは、両の足で大地を捉え立ち上がる。傍にある兵器庫から左手にシールドを構え、右手にはエネルギー満タンのビームサーベルを握る。そして、最後にαがコクピットを閉ざすと、ギャンUのモノアイが真っ赤に輝いた。
「すでにザクWが七機やられたわ。基地中央に後退していく敵機が二機! それから基地の北東に侵入してくる二機よ! 逃がさないで!」
「わかった。生き残ったザクの指揮はそちらに任せる。オレが敵のモビルスーツに当たる。味方にこれ以上の損害を出させるな」
 αは、レーダーに捕えた二機を確認すると、ヤナギにそう告げた。ヤナギが「任せるわ」と言った頃には、αのギャンUカスタム強襲型は「ホワイト・アロー」と化していた。

 ザクWが立ちはだかった。三番機に搭乗したナオに向かって、ザクWはビームマシンガンを乱射する。ナオは乗機をモビルスーツ形態に変形させビームの嵐を回避すると、ザクWに反撃した。だが、ザクWの運動性は地上でも充分高いようである。
「そんな! 当たらない?」
 それなりに自信のあったナオの射撃も、ザクWは全弾回避する。なおも追撃を加えようとしたナオに向かって、ザクWは突進した。
「なんで!」
 敵の予想外の動きに、ナオは反応が遅れる。ザクWのスパイクアーマーが咄嗟に突き出したシールドを抉る。強烈な突進力にZプラスが軋む。
「きゃあ!?」
 間髪を置かず金属的な衝撃がリニアシートに走る。ザクWはビームホークを抜かぬまま、Zプラスの頭部を殴りつけた。ナオの全天周囲モニターが明滅する。敵のどの動きもナオの予想を越えていた。ナオには、まだ訓練と同じ教科書どおりのやり方しか分からなかったのだ。自分がそうなのだから敵もそうだと思い込んでいた。
 右腿にあるサーベルポッドからビームサーベルを引き抜こうとしたが、ザクWはその手を蹴りつける。クルクル舞ったサーベルが地面に落ちる。
「このォ!」
 ナオはガラ悪く叫ぶとストレートを繰り出す。だが、ザクWはZプラスの右手を握りとめる。反対の腕から繰り出したフックも、ザクWは受け止めてしまった。ザクWが押す。ナオもジェネレータを吹かすとザクWを押し返した。
「ああ! わたしのZがぁッ!」
 Z系のマニピュレーターは案外モロイ。ザクWのパワーの前にZプラスの手が壊れた。パワーが上がらない。グギギと手首を下に捻られたZプラスは腕をキメられる。動けなくなったナオのZプラスの頭に向かって、驚異の無手勝流を誇るザクWは角付きヘッドモジュールを叩きつけた。
 思いっきりザクWの頭突きを喰らったZプラスは、ドオとばかりに地面に倒れた。舗装されたコンクリートの地面は固く冷たい衝撃を伝える。メインカメラは生きていたが、頭部がひしゃげてセンサー系はズタズタになっている。
 だが、自分でも不思議な事に、ナオは冷静だった。自分がよくも冷静だなという風に思うほど、冷静だった。四番機のリーは三機のザクW相手に悪戦苦闘中。助けてもらおうなんて考えるだけでバチが当たる。周りを確認し終えたナオは、静かな気持ちでザクWを眺めた。
 立ち上がったナオのZプラスに、ザクWが襲い掛かる。だが、今のナオはさっきのナオとは違う。余裕がないのは、ナオではなくザクWのパイロットの方だ。補給中だったザクWには、もうビーム兵器を使えるだけのエネルギーがないのだ。ザクWのパイロットも好んで無手勝流などしていない。
「ハアアァアッ!」
 ナオは壊れた拳を振りかざすと、ザクWに突進した。だが、ザクWと交錯したかと思った刹那、ナオは思いっきりZプラスに逆噴射をかけた。ザクWが、標的を見失って地面に転がる。コンクリートとザクWの装甲が擦れて火花が散った。
 ナオはトリガーを引く。頭部のバルカンが火を噴き、曳光弾がザクWの背部に雨のように注がれる。ナオは静かな呼吸のまま、トリガーから指を離した。エンジンを射抜かれたザクWは、間もなく爆発するだろう。
「逃げるぞ、ミカハラ少尉! リー、苦労をかけた」
 上空を青の翼が過ぎる。リーとしぶとく戦っていた三機のザクWは、新手の参入に壊滅する。アラン、カイン、リーの三人が、一機ずつ仕留める。
「変形できるか、ミカハラ少尉」
「できます。ですが、機体が破損して速力が……」
 ナオがZプラスをジャンプさせウェブライダーに変形する。変形自体は問題なかったが、ウィングやノーズが損傷していて、このままでは第一小隊の退避速度が落ちてしまう。
「充分だ。気にするな。全機、グリフィン・クロウに帰投する。リー、先行してくれ」
 損傷したナオの機体を中心に編隊が組まれる。最後尾にアランのZプラスがつけて、敵の追撃に備える。先頭のリーは、ナオのZプラスに気をかけながら、機首をグリフィン・クロウの待つ北へと向けた。

 基地の北東で大きな爆発が起こる。ザクWが核融合炉をやられたのだろう。
 αは、ギャンUカスタム強襲型を加速させる。その圧倒的な推力で強引に地上すれすれを飛行する白亜色のギャンUは、ウェブライダー形態で基地から逃げる四機の蒼いZプラスを捕える。
「α! 敵は退却していく。もういいわ」
 ヤナギの声がヘルメットに響く。だが、αはその声を無視する。
 モニターに映る一機は損傷しているようだ。このまま追えば、確実に追いつく。
「α! もういいの! 帰投して!」
 逃げるだと。このオレから? 奇襲の上に、逃げるだと?
 αの脳裏に、そんな言葉だけ木霊する。彼は、モニターに映る四機の蒼いZプラスを凝視する。被害は、ザクWが十機。虎の子のビグ・ザムが無事だった事は不幸中の幸いだが、まさかこのまま敵を逃がすわけにはいなかい。当然逃がす気はない。
 許さん! オレをコケにした借りは今すぐ返させてもらおう!
「返事なさいッ! αァッ!」
「黙れッ、ヤナギ! これはオレの戦いだ! 口を挟むなッ!」
 やかましく叫ぶヤナギに対して、αはとうとう怒声を上げた。αがヤナギに怒声を上げたのは初めてだ。一瞬、ヤナギの方が沈黙する。だが、それも一瞬。途端ヤナギが反撃する。
「ちょ、ふざけないでッ! 黙れですッテ! 何様のつも……ッ!」
 あまりにもうるさいヤナギに嫌気の刺したαは、ザンジバラルとの回線を切った。そしてαは、前方を逃げる四機のうち、最後尾の一機が急旋回するのを視認した。

「二番機と四番機は三番機を連れて帰艦しろ。追っ手は私が引き受ける」
 アランは、そう告げると機首を反転させた。真後ろから、たった一機だけ追っ手がかかる。白亜色のギャンU。敵のエースだ。
「一番機へ。了解した。敵はギャンUの新型だ。用心しろ」
 先頭を駆ける四番機のリーから冷静な返事が返ってくる。リーは、そもそもアランの実力と言うものを誰よりも信じている。相手がどれほどのエースだろうと、アランが負けるはずがないと確信しているのだ。
 それに、損傷したナオの三番機を抱えたまま迎撃するよりは、アラン単機の方が都合がいいのだろう。いかにアランでも損傷機まで守りきれるとは限らないし、先に帰艦し、直援に残っている第二小隊に支援を要請した方がいい。
 リーは、アランが敵の白亜色のギャンUと交戦したのを見届けると、ナオが付いてこれるギリギリまで増速した。

「ハ! たった一機でオレが止められるかッ!」
 ホワイト・アローが右の手甲からビームを放つ。だが、急旋回した蒼の翼は、ホワイト・アローの放つビームの奔流を回避してしまう。
「チッ! チョコマカと逃げ回って……うっ!」
 いきなり蒼の翼がZプラスのウェブライダー形態を解き、ライフルをホワイト・アローに撃ち放つ。咄嗟に回避したホワイト・アローに、蒼の翼がサーベルを繰り出す。ニ、三撃。サーベル同士火花を散らす。だが、圧倒的なサーベルの出力を誇るギャンUとの接近戦を嫌った蒼の翼が、バルカンを乱射しながら間合いを取る。追い討ちできない。
「やるな! 連邦のエースめ! だが、これで落ちろッ!」
 ホワイト・アローは左手のシールドから四基のファンネルを放つ。
「う! ファンネルか!」
 蒼の翼に、潜在的な恐怖が蘇る。かつて味わった死の恐怖だ。だが、今さら恐怖など相手にしていられない。蒼の翼は、ZプラスS‐1の可変機能と空戦能力を駆使し、敵のファンネルを狙撃する。重力下なら、宇宙よりもファンネルの敏捷性は若干落ちる。
「これで終わりだッ!!」
 ホワイト・アローがサーべルを振りかざし、死角から蒼の翼に肉薄する。蒼の翼は左手のサーベルで攻撃に対応すると、ライフルを放つ。だが、宙に浮いた状態のホワイト・アローは、さらにバーニアを噴かし攻撃を回避してしまう。
「クッ! 可変機でもないくせに、あのモビルスーツ!」
 白亜色のギャンUの驚異的な推力に、蒼の翼は舌打ちをした。空中戦ならば圧倒的に可変機であるZプラスのアドバンテージだが、そんな事さえ関係ないようにギャンUは空を飛行する。
「海に落ちろ!」
 機体の推力だけで空に浮いているホワイト・アローにとって、すでにメキシコ湾上に達しているのは予想外だ。遥かに格下の相手ならなんとかなるが、今ホワイト・アローが戦っているのは連邦軍のエース。余裕などない。
「させるかァ!」
 上空から乱射される蒼の翼のビームを回避し、ホワイト・アローは残りの二基のファンネルを放つ。蒼の翼とホワイト・アローのサーベルが交錯する。蒼の翼の背後に回りこんだファンネルが、狙いすましてメガ粒子砲を撃った。
「チッ! まだあるか」
「逃がすか!」
 蒼の翼が、Zプラスをウェブライダーに変形させ加速する。ホワイト・アローは背後に回りこんだ蒼の翼に向かって両腕のビームガンを放つが、旋回するZプラスにはファンネルもビームガンも当たらない。
「いつまで逃げ回るつもりだ! 連邦のエース!」
 ファンネルの一基がライフルに狙撃され、ホワイト・アローは苛立つ。サーベルを振りかざし一気に決着を着けようとしたが、その瞬間両者の間にビームが迸る。
「なに! 新手か!」
 最後のファンネルが撃破される。北東からさらに四機の蒼いZプラスが現われる。ヨハン・セバンナが率いる蒼の翼第二小隊である。ホワイト・アローは、正確な四機の射撃を回避するだけで精一杯になる。
 どれも、今まで戦っていた蒼の翼ほどではないにしろ、パイロットとしては一級のエースぞろいだ。五対一で、ファンネルなしでは反撃できない。
「ヨハンか。助かる」
 蒼の翼が、小隊に組みいる。いかにホワイト・アローも、こうなっては攻撃する事はできない。ファンネルも撃ち尽くしたし、パワーも下がってきてる。補給は万全ではない。この上は、一旦諦めるのが肝心だ。
「潮時か……」
「第二小隊、引き上げるぞ。敵も引く」
 蒼の翼がZプラスを旋回させる。同じタイミングでホワイト・アローも反転した。ヨハンの第二小隊がそれを見届けてから蒼の翼に続く。
 撤退するギャンUカスタムの中で、ホワイト・アローは呼吸を思い出した。今まで、どの連邦のパイロットと戦っても、これほどの圧迫感を感じた事はない。さっきの、同じ蒼いZプラスの援軍相手でも、感じる事はなかった。
 ホワイト・アローは、一瞬ほくそ笑む。そして、ヘルメットを脱ぐと、ヤナギと回線を繋いだ。たっぷりと説教を浴びる事になるだろう。五機の蒼い機体は、もう遥か後方へ過ぎ去ってしまっていた。

 ワグナーの鉄拳が飛んだ。モビルスーツデッキに、カインが倒れ伏す。
 日頃温厚そうな顔をしていて、ワグナーは甘くない。かつてアランはワグナーに三発の鉄拳制裁を受けたし、ナオも一発喰らっている。規律に厳しい男だ。
「キサマ! よその部隊ではどうだか知らんが! オレは甘くはないぞ……!」
 カインの体格もモビルスーツパイロットらしくないが、およそワグナーの体格も空軍のモノではない。そのドスの利いた口調も眼光の鋭さも、そこらの二流艦長のモノではない。
「艦長。すまない。あとは私に任せてくれないか」
 着艦したばかりのZプラスから出てきたアランが、ワグナーに言った。ワグナーは、アランに視線をくれると、無言のまま艦内に入っていった。
 静かな足取りでタラップを降りるアラン。カンカンという冷ややかな音が、モビルスーツデッキに響く。
「……立て。カイン。ついでに血も拭え。見苦しい」
 言われて立ち上がるカイン。口の端を切ったのか、鮮血が伝っている。と、立ち上がったばかりのカインの胸倉をアランが掴み揚げる。ドンッとカインの背中が壁に当たった。
「……お前がなにをどう考えるかは知らないが、今後私の命令を無視し隊を乱すのならば、私がお前を撃ち落とす。忘れるな……」
 アランは、それだけ言うと腕から力を抜く。カインの足がやっと床についた。そして、艦内へ帰っていこうとするアランに向かって、カインは口を開く。
「……あんたに、そんな事ができるのかい? やったら、軍法会議だぜ」
「ふっ。お前の口から軍法会議なんて言葉を聞くとはな。……似合わんぞ」
 アランは立ち止まると、振り返らぬままそれだけ言った。蒼の翼の面々もそれに続き、モビルスーツデッキには整備クルーたちとカインだけが残される。
 忙しそうな整備士は、モビルスーツの方が気になってカインどころではない。そんな中、たった一人のカインは、あの輝くように蒼い機体を見やり、ペッと唾を吐いた。確かに、こうする方が自分には似合っていると、カインは実感した。
 グリフィン・クロウは、進路を北米へと向ける。南米の連邦軍は、ミネバ率いるネオ・ジオンの本隊に海へと追いやられ、地上の戦場は北へと移る。
 鮮やかな速攻戦のネオ・ジオン軍に対して、連邦軍は、ここに至ってやっと組織的な抵抗を行えるようになっていた。キャリフォルニア・ベースを拠点とした中米地域に、地上軍を主力とした防衛ラインを築き上げたのである。ラサを拠点とする「蒼の翼」も、そのまま中米の防衛ラインに駆り出された。彼らも当面はラサには帰れないようだ。
 そして、地上の戦場が着々と移行している間に、宇宙も新たな局面を迎えつつあった。戦力を回復させた「地球圏防衛艦隊」が、サイド1のロンデニオンを発進したのだ。それを受けて、ネオ・ジオンのマ・クベ艦隊もルナUを出撃する。両軍は、お互いを捜し求めるように、ラサの上空で遭遇した。
 宇宙世紀0098十二月二十九日。再び、宇宙が光に染まろうとしている。
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第7話 光の落ちる日