第1話 衛星軌道戦
 星々の瞬きがこれほどに美しいものであったとは思っていなかった。
 もはや数度のコロニー落としや隕石落としの影響で、大気が濁ってしまった地球では、これほど美しい宇宙を見ることはできない。
 オスカ・フェインは、シャトルの舷窓から宇宙を見て思った。
 左右のパイロットが事務的な声で作業を続ける。レーダーロックを受けたシャトルは、滑るようにして戦艦のデッキに着艦した。
「……君か。ビエラ・バレンタイン少佐というのは」
 オスカは、ブリッジに入るとそう言った。流れるという動作がいまいち巧くいかないが、彼は靴のウラを床に押し付けて、右手を出した。
「ハ! カイラム級のラ・テュールの艦長、ビエラ・バレンタインであります。お待ちしておりました、オスカ・フェイン大佐」
 オスカとビエラは握手を交わす。
「うむ。私が、地球圏防衛艦隊総司令に着任したオスカである」
 すでにこの宙域には、ニ十隻の艦船が集結している。さすがは、将軍どもの力というものである。日頃はやること為すこと全部馬鹿げていて、頭の中身も完全に腐りきっているくせに、こういう人間を集める事だけは異常に得意らしい。
 艦隊は、敵ネオ・ジオン艦隊の動きを察知していた。その敵の動きからすれば、おおよそジャブローに降下しようとしている事ぐらい手に取るように分かった。
「よし、全艦に回線繋げ! 所信表明演説だ」

 敵連邦軍の艦隊が前方に展開しているのを察知したネオ・ジオン艦隊は、慌しくモビルスーツの出撃準備が始まった。
「我がマ・クベ先鋒艦隊は、ミネバ様の降下部隊が戦場に投入される前に敵の攻撃を抑えなくてはならん!」
 艦隊の先鋒を務めるマ・クベは、先鋒艦隊の全クルーに映像通信で呼び掛ける。
「およそ敵の数は、我が隊のニ倍。しかし、諸君らの力を以ってすれば覆す事のできぬ数ではないと確信している! 我がネオ・ジオンのため、ミネバ様の宿願成就のために諸君らにはさらなる活躍を期待する! ……ジーク・ジオンッ!」
 久々に立つ艦橋の、戦闘開始前の空気というものは、格別の美酒であろう。すでに自身のノーマルスーツを着込んだマ・クベは、鼻腔から両の肺へと広がる戦場の空気というものを噛みしめた。
「……よし、レイル! 私はギャンで出撃、モビルスーツ隊を指揮する。あとの先鋒艦隊の指揮は任せるぞ」
「ハッ! モビルスーツの出撃ごとに援護のミサイル攻撃をします。ご武運を……!」
 レイル・カラート。三年間にスウィートウォーターでマ・クベと出会い、元々あった長いブロンズの髪を切ってまで艦隊に入隊してきた女性である。マ・クベとは丁度父娘の歳ぐらい離れているが、ミネバよりは年上である。切り揃えたブロンドの髪が、彼女をよけいに大人びた様子に見せていた。
「ああ、レイル。君に任せる。……マッケイ! 私のギャンの調整はどうなっている!」
 マ・クベは、そう言って艦橋から流れ出ると、艦内回線でモビルスーツデッキを呼び出した。
「ハ! 小型iフィールド発生装置を内蔵した新型シールドの調子は順調です。すでに実戦テストも済ませたものですので、充分性能を発揮できます!」
 映像に表れたのは、マ・クベの艦のメカニックチーフのマッケイである。オイル塗れののっぺりした顔と円らな瞳。まだ三十そこそこの若いチーフだが、腕もセンスも、部下の指導も一流である。
「よし、よく間に合わせた。感謝するそ、マッケイ!」
 そう言いつつモビルスーツデッキに出たマ・クベは、愛機の前に立った。
 騎士を思わせるヘッドモジュール。左腕の大きな丸いシールドと、その楯内の三振りのビームサーベルが特徴である。ギャン・カスタムである。
 元々ギャンは、一年戦争の次期主力機の座をかけてゲルググと争い、破れたモビルスーツである。格闘戦がメインに設計され、射撃武器の少ない機体であったため、使いにくい機体だったからである。
 ギャン・カスタムは、そんなギャンのS型にあたる。元々戦力として期待できない射撃武器ならばいっそ無くしてしまい、より格闘戦に特化させた異例の機体である。そのため、ネオ・ジオンにおいて新たに開発計画が提案された時から、iフィールド発生シールドの構想が盛り込まれていた。
「マ・クベ少将。静止状態ならば背後のビーム攻撃も阻止できますが、高速で移動している最中は背後のiフィールドが安定しません。お気を付けてください」
 コクピットの中に頭を突っ込んだマッケイがそう言う。全天周モニターが作動し、デッキの全ての光景がモニターに映し出された。
「ああ。わかった、マッケイ。だが、私の後ろに来れる者はほとんどおらんよ」
「ハハ。そうでしたなっ」
 そう言ってマッケイはコクピットを閉じた。機体を組成するサイコフレームが、マ・クベの脳波に共振をし始める。目を閉じれば、広大な宇宙が頭の中に広がっていった。
「よし! マ・クベ隊、出撃する!」
 白銀色の機体が、漆黒の宇宙に射出される。そして、マ・クベのレウル―ラ級「シルバー・ファング」は、一間髪をおいてミサイルを発射させた。

「兵士諸君。よく見るがいい。我々の故郷、地球だ!」
 オスカの言葉に、艦隊のクルー達は一旦作業を止めて、眼下の地球を見た。その漆黒の宇宙の中で美しい輝く星を見た時、彼らの心に去来するのは一つきりの感情である。
「……美しいな。我々はあの青き水の星に育まれ、そして宇宙へと旅立ったのだ。それは何故だ! なんのために我々はこの素晴らしい水の星を離れ、過酷な宇宙に住むようになったのだ! ……それは、すでにこの水の星が病んでいるからである。そのために、我々は宇宙へと旅立ち、この星を再生させようとしているのだ。これは、地球に生まれ育った我々人類すべてに背負わされた役目である!」
 語気が強まる。兵士たちの心が、凄まじい力に圧迫される。
「だが、それが人類すべての宿命であるにも関わらず、宇宙に上がったジオンの一党は自らの生きる権利を求め、順調にかつ適切な速度で宇宙への移住を行う地球連邦に対し叛旗を翻したのだ! 彼奴らは、人類が背負う役目を忘れ、自らの権利だけを求めた傲慢なる輩である! そのために、円滑に行われていた宇宙移住は頓挫し、病むこの水の星はさらに穢れ、先のシャアの反乱においては、巨大隕石までが地球に落ちる結果となった! これはすべて、自らの権利を傲慢に追い求め、正統なる人類の役目を執行する地球連邦に反逆したジオン・ダイクンとザビ家一党の責任に他ならない!」
 彼らの心を圧迫するのは、地球の生命と宇宙の生命である。あらゆる生命が彼らの心を圧し潰す。
「今再びジオンは決起した! これは、地球に対する反逆である! 我々、病めるこの星を再生させようという崇高な人類への挑戦である! 我々は、必ずやこの地球を蝕もうとするガン細胞を排除しなければならない! 今、彼奴らの根を刈らねば、病める地球は再生しない! 青きこの水の星は、どす黒く枯れ果てるのである! 兵士諸君よ! これは、人類の明日を賭ける戦いである! 人類の存亡を賭けた闘いである! 死を恐れずに行け! これは、地球のための聖戦なのだァッ!」
 オスカの怒声が、兵士の心を支配した。彼らの心は地球に縛り付けられる。やがて地球へと墜ちていくその生命は、地球に魅入られた生命である。出撃するモビルスーツの真っ白な光芒は、消える生命の閃光の如き最期の瞬きである。

「敵がモビルスーツ隊を出撃させた! 両翼をはれ! 中央は我が隊が受け持つ! 敵をミネバ様の降下部隊に接近させるな!」
 モビルスーツ隊の第一陣が散開する。両翼を大きく展開させたネオ・ジオン軍は、その中心部へと連邦のモビルスーツ隊を追い込んでいった。
「フフフ。貴様らをこれ以上通すわけにはいかぬのだよ。さあ、かかって来い。私の剣の贄としてやろう……」
 マ・クベがギャン・カスタムを突進させた。
 前方のジェガン隊がマ・クベに気付きライフルを放つ。だが当たらない。急接近したギャンのビームサーベルによって瞬時に三機のジェガンが消し飛ぶ。閃光が輝き、宇宙を染める。
「うおぉおッ?」
 連邦のエースは、恐ろしい速度で襲いかかるギャンの突撃を間一髪かわした。だが逃げる敵をマ・クベは追おうとはしなかった。
「フッ。退くか? だが、それでは貴様の負けだ!」
 ジェガンの背後からビームの嵐が降り注ぐ。マ・クベのギャンに衛星的に展開する彼の小隊の援護攻撃であった。
「ザ、ザクだとぉ! し、新型機か……ぐわあぁッ!」
 数発のビームが直撃して、ジェガンは四散した。撃墜したのは、まさしくザク。ネオ・ジオンの新型主力機、ザクWである。展開式の右肩のシールド。改良されたビームマシンガンにザクバズーカ改。そして格闘戦用のビームホークと多種のオプション兵器。新型機の汎用性は、往年の名機に勝るとも劣らない。
「フフフ。戦争とは、一人一人の殺し合いではないのだよ。その事実を身をもって味わうことだな!」
 マ・クベがそう嘯く頃には、両翼に攻め上げられた連邦のモビルスーツ隊が、一箇所に追いつめられ始めている。
「よし。上手くやっているな、ハント少佐め。……小隊! 私を援護しろ! 敵の中軸を貫く! 敵部隊を寸断させるのだ!」
 マ・クベはギャン・カスタムのスラスターを噴出させた。その後ろを三機のザクWが追随する。彼を先頭にしたマ・クベ小隊は、密集した連邦のモビルスーツ隊の中心に深々と突き刺さった。

「ええい! バカ者が!」
 オスカは戦闘ブリッジで怒声を上げた。
「なにをしている! モビルスーツ隊! 機数は我が軍の方が上なのだ! 押し潰せ! 数で押し潰すのだ!」
「無理です! 司令! 敵のモビルスーツの性能はジェガンよりかなり上です! ああ! 左翼が破られます! 早く援護を!」
 モビルスーツ隊の隊長が悲鳴をあげる。オスカ自身、敵のモビルスーツの性能は未知数であったが、約三倍のジェガンが押されるほどの性能差だとは思っていなかった。
「くそ! ビエラ艦長! メガ粒子砲を斉射! モビルスーツ隊を援護しろ!」
「しかし司令! 今撃てば自軍にも被害が……」
「味方のメガ粒子砲も避けれんようなら、結局敵にやられるだけだ! 早く撃て! このままではものの数分で味方が全滅するぞ! 味方がやられるのをぼやぼや眺めるな!」
 前衛を駆る数隻のカイラム級とクラップ級が砲門を開いた。幾条もの閃光が爆炎の広がる戦場へと流れていく。
「斉射続けよ! 続けてミサイル発射! 第二波のモビルスーツ隊はミサイル群に続いて発進! さらにミサイル発射! ……中隊長。味方のモビルスーツ隊が苦戦中だ。全機をもって味方の左翼を援護、攻勢に回ったらそのまま敵の右翼を突き崩せ!」
 ビエラは、すぐ左に腰掛けたオスカ・フェインの手腕を眺める。確かに、先ほどは血気にはやった発言が見られたが、これが初戦とは思えぬほど落ち着いている。出す手も悪くない。逆に言えば、この男は理路整然と戦争ができる男なのだろう。
「オペレーター! 敵は全部出てきているのか? いくらこちらが多くても、ネオ・ジオンがこんなに少ないはずがない。よく探せ! 見落とすといきなり敵が襲ってくるぞ!」
 オスカが左右の戦術オペレーターに怒声をかけた。彼にとって、ネオ・ジオンの機数はまだまだ足りない気がしたのだ。
「司令! 敵艦隊の最後尾に牽引されるモビルアーマーを発見しました! 総数十二機!」
「なに! 機種は!」
 オペレーターの声にビエラが答える。オスカは、それに耳を傾けながらも艦隊の指揮をとっている。
「分かりません! かなり大型です! ……今までの機種には合致するものがありません!」
「チッ。また新型機か! ネオ・ジオンはそれほどまでに軍備を整えていたのか!」
 オスカが呻く。これはもはや彼の予想外だ。スウィートウォーターに潜入している僅かなスパイだけでは、これだけ多量の情報は得られないに決まっている。
「映像出します!」
 頭上のスクリーンが光り、ヴィジョンが現れる。数機のムサカ級巡洋艦にそれぞれ一機ずつ牽引されている。円盤型の胴体。これだけ遠方からの映像でもしっかりと確認できる巨大な主砲。腕はなく、折りたたまれた両足が胴の部分に収められている。
 そして、そのモビルアーマーの周りでは、数機のモビルスーツが戦闘中にも関わらずなにやら作業を行っていた。
「……こ、これは、ジオンのビグ・ザムではないか! ……どういうつもりだ?」
 ビエラ艦長が理解できずに言葉を漏らした。だが、そのビグ・ザムと言う言葉を聞くと、オスカ大佐はコマンドシートの肘掛けに拳を叩きつけた。
「おのれッ、そういう事か! 奴らはビグ・ザムでジャブローに降下する気だ!」
「なんですと! では、敵はこのままあのビグ・ザムで降下するのですか?」
 オスカの怒声の意図をビエラも察した。敵は、一年戦争時に実行されなかったビグ・ザムによるジャブロー降下作戦を行うつもりなのである。
「そういう事だ、ビエラ艦長。奴らめ! 我らを抜く必要がないと踏んだのだな! その甘さを後悔させてやる! FAZZ隊! 敵降下部隊に攻撃を開始しろ! 敵の降下を阻止するのだ!」
 遊撃部隊として編成されたエース部隊、FAZZ十六機が、戦場へと投入されていった。
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第2話 大気圏突入