第2話 大気圏突入
「……む、流れが変わりつつあるか。敵に見破られたな……」
 マ・クベは、ビームサーベルをシールドに収めると、残りの二本から一本を引き抜いた。
 そして、戦場の向こうを駆ける十数機のモビルスーツをみとめた。
「FAZZか……。無意味に大火力のハリボテだな……。あんな機体を突出させてどういうつもりか? 放って置いても何とかするだろうが、念には念だ。ハント少佐!」
「ハ! マ・クベ少将でありますか!」
 たった一機だけ戦場を駆けるヤクト・ドーガが、反転し急停止する。ミノフスキー粒子下でも高い通信能力を引き出すマ・クベのギャンには、特別な通信装置が頭部モジュールに内蔵されている。サイコミュとファンネルの技術を応用した代物である。
「うむ。……敵がミネバ様の降下部隊に接近しつつある。護衛部隊でなんとかなろうが、私の小隊は敵を追撃する。ここのモビルスーツ隊の指揮は貴様に任せるぞ」
「ハハッ! よしッ、モビルスーツ隊全機に告ぐ! 死力を尽くせ! 我らの戦いはこれからだッ!」
 ハント少佐がそう叫ぶ頃には、マ・クベ小隊は敵を追撃しつつあった。

「……敵に気付かれたか。……マ・クベか?」
 ノーマルスーツを着込んだばかりのミネバは、戦場を伝った鋭い思念を感じ取った。
「ヤナギ中尉。敵の攻撃部隊が接近してくるようだ。わたしが迎撃する。ビグ・ザム降下の準備を急げッ」
 モビルスーツのコクピットに滑り込んだミネバは、若い女性仕官の名を呼んだ。ビグ・ザムによるジャブロー降下部隊編成の責任者であり、その実マ・クベからミネバに放たれたお目付け役である。ミネバよりも年下で、愛くるしい声が可愛らしい。
「ミネバ様! ギャンUで出撃されるのですか?」
「そう言ったであろう」
 ミネバがパネルを操作すると、モビルスーツは甲高く起動音を上げた。
「しかし、降下作戦はもうすぐ開始されます。今出撃されると……」
「それまでには戻る。心配無用だ、ヤナギ中尉。クィーン・コスモ、発進許可を」
 コクピットに頭を突っ込んだヤナギが、困った顔をミネバに向ける。ヤナギは発進許可を出した艦橋に対して、その可愛らしい声で異議を唱えたが、艦橋もお手上げらしい。
「ミ、ミネバ様! そんな! わたしがマ・クベ少将に怒られます!」
「すぐにもどるさ、ヤナギ中尉。……ミネバ。ギャンU、発進するッ」
 ミネバは、ヤナギ中尉をモビルスーツの手で自機から充分離れさせると、機を発進させた。すでに慣れたGが全身を包み、視界が宇宙へと開ける。眼下の地球が青く眩しい。
 紫紺色のギャンUはミネバ専用機である。
 ギャンUは、旧型機の欠点であった射撃能力を向上させるために、両腕の手甲にビーム砲を内蔵しており、通常機の場合では、シールドの前面に四門のメガ粒子砲を搭載してる。無論、本来のコンセプトである格闘戦能力は衰えることなく、諸性能も、ザクWを遥かに凌駕する機体となっている。
 指揮官クラスの熟練パイロットにはギャンUが支給され、その中でも特にモビルスーツの操縦技術に優れた者には、特別にチューンナップされた専用機がある。この紫紺色のミネバ専用機も、その一つである。性能面において、専用機が一般のギャンUに劣る事はない。
 さらに、ミネバ専用機には彼女の能力を最大限に活かすための装備も搭載されている。
 ミネバは、視界の下方からこちらに接近してくる十数機の機影を見とめた。
「……FAZZか。ハリボテが、わたしの敵になるとでも思っているのか? ……護衛隊長、隊の指揮権わたしが受け持つ! 全機、接近中の敵モビルスーツを迎撃する。作業中の降下部隊を攻撃させるな! 続け!」
 ミネバのギャンUがバーニアを全開にさせる。ザクWの護衛隊が必死にその後ろに喰らいつこうとするが、あっという間に引き離された。
「なにィ! ジオンのエースか!」
「……遅い。落ちろ」
 ギャンUの右手甲からビームが迸る。ビームはFAZZの頭部を直撃し、爆炎が広がる。途端に展開したFAZZ隊がミネバを包囲する。
 迸るハイパーメガカノン。宇宙空間すら振るわせる巨大ビーム砲。何機かはその巨大ビームサーベルで接近戦を挑む。連邦軍の中でもエースを誇る部隊が平和ボケをしていたわけではない。だが、彼らの攻撃は、ミネバのギャンUを捕らえる事はできなかった。
「……フ。ハリボテと思っていたが、若干性能が上がっているな。しかしその程度の強化で、エース機に仕立て上げたつもりか? ……ファンネルよ。行けッ」
 ギャンUのシールドから、数機のファンネルが飛び出す。
「死ね。クズども」
 慌てて回避行動をとるFAZZを鋭くビームが捕える。モビルスーツの急所とも言える背後からコクピットを撃ち抜かれた数機のFAZZは、重力に解き放たれたまま宇宙に散った。
「遅かったな、隊長。……それに、あれはマ・クベか?」
 やっとのことで追いついたザクWが、ミネバ機の周囲に展開した頃には、マ・クベのギャンとその小隊がミネバの下に参じていた。
「……マ・クベ。お前はモビルスーツ隊の総指揮官なのだぞ。勝手に戦場を離れるな」
「それは、ご自身にお言いなさい、ミネバ様! 即刻クィーン・コスモに帰艦なされ! 降下作戦が始まりますぞ!」
「フ。……マ・クベ、そう怒るな。あとは任せたぞ」
 マ・クベの怒り声を両耳に聞いたミネバは、そう言って自機を反転させた。確かに、もう戻らなくてはならないようだ。
「……あの紫色の機体は、ニュータイプが乗っているのか?」
「気にするな! 奴は後退した! 任務を続けるぞ! このザク部隊を突破する!」
 あっという間に六機も撃墜されたFAZZ隊は一瞬浮き足立ったが、再び編隊を整えると、前面に展開するマ・クベ隊に突撃した。
「……逃げないか。フッ。レベルの差が分からんか? それが分からん奴らは、死ぬだけだ! やれっ、者ども! 連邦のバカどもに地獄を味わわせろ!」
 ザクW七機とFAZZ十機が激突した。ギャンに乗るマ・クベは督戦するのみである。
「ぐ、ぐおおおお! 機動性で劣るのか? ザクに!」
「ガ、ガンダムがザク如きに押されている! わあぁあ! こいつら、巧い!」
 クラッカーが破裂し閃光が迸る。その隙に接近したザクWが、FAZZの四肢を切り落とした。
「なぜ当たらん! 敵はザクだぞ!」
「おのれぇっ! このFAZZは、S型を上回るように再設計されてんだぞ! それが、そのガンダムがザクなんかに負けるはずがない!」
 それは、連邦のガンダム乗りの間に生まれた慢心である。
 確かに、新型FAZZは同機種のS型を上回るように設計された機体であり、火力や装甲ではザクWを大きく上回っている。だが、時代の主流は重モビルスーツから小回りの利く汎用機へと再び移行しつつあるのだ。パワーウェイトレシオの非常に優秀なザクWにとって、いかに大型のスラスターを設けようと、これら重モビルスーツのFAZZは怖れるべき敵ではなかった。
「だ、ダメだ! この機では勝てない!」
 FAZZのパイロットたちは自分たちの甘さに気付く。元々自分たちの圧倒的優位であった火力を前面に立てて戦えばよかったものを、相手がザクと侮ったために乱戦に持ち込まれてしまったのだ。この敵味方入り乱れた状況では、自慢のカノンもその本来の威力を発揮できない。
「も、もうダメだ! し、指揮官を殺る! ……覚悟!」
 乱戦を切り抜けた一機のFAZZが、マ・クベの後方に迫った。降下部隊の事ばかりが気になっていたマ・クベは、FAZZの接近に気が付かなかった。
「危険です! マ・クベ少将!」
 FAZZが、ハイパーメガカノンを放った。迸る光のエネルギー弾は渦を巻くように真空を貫き、マ・クベの機体を正確に捉える。
 だが、それは直撃するその寸前に、弾けるように四散した。
「ア、iフィールドか……?」
 FAZZのパイロットは呻く。もはや、彼らに勝機はない。
「……フ。私に参戦してほしかったのかな? よかろう。最期の望みとあらば、この私の剣で葬ってやる……!」
 装甲が溶断される。パイロットの悲鳴が響く。マ・クベは、そのコクピットにもう一撃した。連邦軍のエース部隊FAZZは、全滅した。

「戻ったぞ、ヤナギ中尉。遅れてはいないだろう」
 ミネバは艦隊の位置まで戻ると、ヤナギに通信を繋いだ。
「はい! ですが、着艦している時間はありません。今すぐ降下作戦を開始しないと、上手く降りれなくなってしまいます!」
 ヤナギの声は妙にハラハラしていた。
「分かった。急ごう」
 ミネバは、ビグ・ザムの一番機に機体を定着させた。一機のビグ・ザムに一個小隊。つまり、降下部隊の編成はモビルスーツ四十八機とモビルアーマー十二機によるものである。戦力的には若干ジャブローの守備隊に劣るだろうが、ザンジバラルが到着すれば戦力的にも圧倒できる。
「ミネバ様! わたしもあとのザンジバラルで降下します! 素晴らしい戦果を期待してます!」
「分かった。ヤナギ中尉。よし、クィーン・コスモ。降下部隊の編成は終了した。これより降下作戦を開始する。作戦発動の許可を願う」
「了解! クィーン・ミネバ! ジャブロー降下作戦の発動を許可する! 武運を祈る! グッド・ラック!」
 ビグ・ザムを牽引していたワイヤーが振り解かれ、ビグ・ザムの背部にあるスラスターに火が入った。艦隊から離れ始めたビグ・ザムは、順調に降下を開始した。

「敵モビルアーマー、降下始めました!」
 オペレーターの声が、静まり返るブリッジに響いた。オペレーターが言わずとも、目の前のモニターに、そのモビルアーマーの全影が浮かび上がっているのだ。彼らオスカ・フェインの地球圏防衛艦隊は、その任務を遂げる事が出来なかったのである。
 頼みの新型FAZZ隊は無残にも全滅。しかも、敵のパイロットにはニュータイプまで存在するらしい。モビルスーツ隊は両軍とも死力を尽くし、帰艦を始めている。敵を追える部隊は残っていない。
「……オペレーター。ジャブローには敵降下の緊急信号は送っているな」
 オスカは、ゆっくりとした口調で言った。オペレーターは「はい。戦闘開始直後に送っております」と答える。
「では、モビルスーツと艦隊が収拾した敵の戦力データをラサとジャブローに送れ。あとは地上の方でなんとかするだろう。艦隊に司令を出す」
「オスカ総司令! それはなりません!」
 オスカの落ち着き払った言葉に、ビエラが大声を張り上げた。
「我々は充分任務を果たしました。今はモビルスーツの収容を急ぎ、艦隊を再編させ、宇宙に残った敵の部隊を叩くのです! 彼らとて、モビルスーツの数は決して多くはありません! 我々の戦力を回復させた後、地球降下作戦でその大半を投入している敵に決戦を挑めばいいのです!」
 オスカは、ブライト・ノアが頼りになる艦長と言った意味は分かる。おそらく、長い目で見ればそれで地球連邦軍は勝利する事ができるだろう。だが、それでは軍人の思考に過ぎない。
 もしもスペースノイドであるネオ・ジオンの部隊が地球に降下し、ジャブローで勝利したとなると、それはもはやスウィートウォーターのみの反乱ではなくなり、スペースノイド対地球連邦政府という図式となるのだ。そうなれば、一年戦争以上の大戦になるのは必至である。今、地球連邦軍は負けてはならない所までに立たされているのだ。
「ビエラ艦長。これは私の命令だ。聞いてもらおう!」
「し、しかし……」
「くどいぞ! ビエラ艦長! これを、地上の将軍らに対する私個人の感情と見てもらっても結構! だが同じく、私は黙って敵を地球に降ろさせるつもりはない!」
 オスカの鋭い声がブリッジに響いた。その声に、ビエラは喉元の言葉を飲み込んだ。おそらくこの声は、他の艦のブリッジにも届いているだろう。
「全艦隊に司令! 旗艦ラ・テュールは敵降下部隊に突貫する! 第一、第二そして第三戦隊は、旗艦に続け! 戦闘宙域のモビルスーツ隊は撤収しろ! 第四及び第五戦隊はモビルスーツの収容! その他残存の艦には援護の砲撃を期待する!」
 艦隊が分かれる。旗艦を戦闘に中央の三つの戦隊が前進し、左右の戦隊がモビルスーツの収容と援護砲撃のために艦を左右に展開させる。ジェガン隊の帰艦を受けて、敵のザクW部隊も帰艦を始める。追撃はない。
「二番艦のラ・キエルから通信。『艦隊の先頭を受け持つ。旗艦は後方に引け』との事です!」
「気持ちだけ受け取っておくと言っておけ。これは私の生命を賭けた作戦だ。他の者に前は行かせん!」
 オスカが言う。彼は身に付けたノーマルスーツのヘルメットを脱いだ。彼は、戦場の生の空気を始めて胸一杯に吸い込んだ。
「よし! ラ・テュール、最大戦速! 突撃開始ッ!」
 計十二隻のカイラム級とクラップ級が、機関を噴かせた。鈍重そうに見える戦艦といっても、その最大戦速は侮れる速度ではない。旗艦ラ・テュールを先頭に楔形に展開した突撃艦隊が、猛然と前進を開始した。

「……敵が動き出す? 今さらなにをしようというのだ……。レイル!」
 撤収するザクW部隊の殿軍を務めたマ・クベは、敵艦隊の奇妙な動きに感づいた。
「ハ! マ・クベ少将! 敵が戦隊を分けています。中央に集結する艦と、砲撃位置に付く艦がいます」
「……艦隊戦でもする気なのか? 連邦軍の腰抜けに、そんなマネができるわけが……」
 とマ・クベが嘯いた時、敵艦隊の主砲が光を放った。砲撃はさらに続く。すべての砲塔から撃ち放たれた光の粒子と無数のミサイル弾が、ネオ・ジオン艦隊に襲いかかる。
「なんと! 艦隊で突撃して、降下部隊の足を止めるつもりか! レイル! 敵の前面に艦を出せ! 敵艦隊の攻撃を阻止しろ!」
「はい! 後方のクィーン・コスモ! これよりシルバー・ファング及びマ・クベ先鋒艦隊は敵前面に出る! 援護の砲撃を願う!」
「こちらクィーン・コスモ! 了解した! 援護する! 降下部隊に警告! 突入急げ! 敵の狙いは貴様らなんだぞ!」
 慌しくネオ・ジオン艦隊が動き出す。連邦軍同様、ネオ・ジオン艦隊にももはや余剰のモビルスーツ隊は残っていない。残っているのは、殿軍を務めていたマ・クベ小隊ぐらいである。
「チッ! 小隊続け! 敵艦隊を撃破する!」
 マ・クベ小隊は、スラスターを全開にさせて突撃艦隊に急迫した。
「敵が動き出したぞ! 斉射続けろ! 操舵手、回避運動は任せる!」
 オスカが指揮を出す。気迫のこもった、だが冷静な声だ。
「敵モビルスーツ接近します! その数四機!」
「対空火器! 敵を艦隊に近づけさせるな! 弾幕を分厚くはって、敵を締め出せ!」
 ビエラの指揮が飛ぶ。自身すでに覚悟を決して、なにも恐れる事もないが、おそらくは顔面が緊張のあまりに蒼白になっていることだろう。それに比べ、この状況下で顔色一つ変えずに指揮を出すオスカの度胸のよさと言うものに、正直ビエラは感服した。
「艦隊に指示! ビグ・ザムにはメガ粒子砲は効かないぞ! メガ粒子砲塔は、援護砲撃と連携して接近する敵艦を叩け! 全ミサイル! 五秒後に一斉射! 敵モビルアーマーの九番から叩くぞ! 照準あわせ! ……テェッ!」
 ラ・テュールを始めとして、突撃艦隊のミサイルが全弾発射される。今まさに大気圏突入を開始しようとしたビグ・ザムに向かって、矢のようにミサイルが突き進んでいった。
「ええい! まだ敵は止まらんのかぁ! う、わあ!」
 激しい衝撃がシルバー・ファングを包み、艦が大きく左右に揺れる。キャプテンシートに座したレイルは、頭を目の前の戦術パネルにぶつけた。戦闘ブリッジに、破損したパネルの残骸やノーマルスーツの破片が散り、真っ赤な鮮血が燦と輝く。
「直撃です! 第一砲塔沈黙します! 艦の攻撃力が15%減衰します!」
「砲撃をやめるな! 先鋒艦隊は敵の一番艦に集中砲撃! ……消火班なにをしている! 応急処置急げ!」
「後続のムサカ級! 轟沈しました!」
 一度に数発のメガ粒子砲の直撃を受けたムサカが、宇宙空間で大爆発した。衝撃波がネオ・ジオンの艦隊を襲い、凄まじい光芒が宇宙を真っ白に染めた。
「敵のミサイル攻撃で、ビグ・ザム九番機が撃墜!」
「くそ! 艦を突撃させろ! 接触させてかまわん! 船首を敵先頭の艦橋に叩き込め!」
 思わしくない戦況に歯噛みしたレイルは、至近距離に迫った連邦軍の艦隊に自艦を向けた。
「うあああ!」
 ラ・テュールの操舵手が悲鳴をあげる。突然目の前に張り出した敵艦を、この速度で今から回避する事はできない。
「かまわん! 敵も覚悟の上だ! 艦橋上部を敵に腹に突き刺してやれ! 後続艦! 任せるぞ! 砲火を集中して今の艦を沈めろ!」
 ズズズズッという重苦しい音を立てて両艦が接触したかと思うと、耳が削げるような凄まじい金属音が轟き、弾き飛ばされるような衝撃が艦を襲った。
 その後も、敵の後続艦が次々と突撃艦隊に襲いかかる。ちょうどラ・テュールのすぐ左後方を航行していたラ・キエルの艦橋の根元にムサカが船首が突き立ち、ラ・キエルは大爆発した。艦隊に凄まじい衝撃が襲った。
「く、くうう! 全艦留まるな! ミサイル! 第二斉射! 後続のビグ・ザムを落とすぞ! よーい! 放てェッ!」
 ビグ・ザム十番機に向けてミサイルが放たれたが、今度は、マ・クベの小隊がミサイルを迎撃し、ビグ・ザムが撃墜されるのだけは阻止した。 「シルバー・ファング、及び先鋒艦隊は直ちに全速離脱しろ! ……なにをしている! クィーン・コスモ! このままでは残りのビグ・ザムまでが撃破されるぞ! 降下を止めて、ザクWとビグ・ザムに敵を殲滅させろ!」
 マ・クベは両艦隊に回線を開くと、そう叫んだ。
「しかし、マ・クベ少将! 今残りの二機が降下を止めたら、先発した降下部隊が地上でどんな目に遭うかおわかり……ッ」
「それぐらい分かっておるはッ! 馬鹿者めッ!」
 マ・クベは、口ごたえしたクィーン・コスモの艦長に向かって怒声を張り上げた。
「私が出せと言っているのだ! このままビグ・ザムが殺られるよりはマシだ! 増援部隊はザンジバラルで送ればいい!」
「りょ、了解しましたよッ! ビグ・ザム、降下は中止だ! 行け! 敵艦隊を殲滅させろ!」
 クィーン・コスモの艦長はやけくそになって叫んだ。降下航路から外れたビグ・ザムとザクWは、敵艦隊に向けて前進を開始した。
「オスカ司令! 敵モビルアーマーが降下を止めました。こちらに向かってきます!」
 オペレーターが叫ぶ。それを受けて、オスカはノーマルスーツのヘルメットを深くかぶった。
「よし! よくやった! 私は諸君らの戦いぶりに感謝する! だが同時に、私を含め、諸君らもここで死ぬわけにはいかぬ。敵のモビルアーマーを突破し、戦闘宙域から離脱する! 全艦に告ぐ! 全力で逃げよ! 逃げ切る事が、この戦の勝利だ!」
 今まで隊伍を整えつつ突撃していたオスカの突撃艦隊は、今度は一目散に離脱を始める。背中を丸出しにしたシルバー・ファングにも見向きもしようとしない。
「……敵は逃げる気だな。どうしたものか……」
 マ・クベはひどく迷った。今ビグ・ザムで追撃をかければ、それなりの被害を与えられるが、こちらは降下作戦が成功したわけではない。やはり、ザンジバラルの降下部隊編成を急いだ方が賢明であろう。
「もうよい。ビグ・ザム隊は攻撃中止。ネオ・ジオン艦隊は素早く結集せよ! 至急ザンジバラルの降下準備を開始する。もたもたするなッ」
 マ・クベはそう言いつつ、ギャンのコクピットの中で歯軋りをした。戦闘自体は勝った。モビルスーツ戦も圧勝であったし、敵のエース部隊も全滅した。だが、最後に敵の指揮官の度胸の前に負けた。
 なんとも言えぬ悔しさであったが、マ・クベは同時に敵の指揮官を賞賛した。
「フ。なかなかの用兵。敵ながら天晴れだな。いずれそのそっ首、私が貰いうけよう」
 マ・クベは、逃げゆく敵の艦隊に向かってそう嘯いた。無論本心である。
「さあ! ザンジバラルの降下急げよ! 地上でミネバ様がどうなってもいいのか?」
 マ・クベはそう艦隊に告げると、ギャンを帰投させた。地上に降りゆく十の煌きを追いながら。
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第3話 ジャブロー攻略戦