第3話 ジャブロー攻略戦
 真っ赤な炎に包まれる。地球が、宇宙からの来訪者を拒んでいるのだ。
 視界が開ける。真っ青な天空が瞳を潤した。はるか眼下に、南米大陸が広がっている。
「よし。作戦通り、左前方に見える山岳地帯に降下。敵地上軍の迎撃に備える。また、敵の航空部隊及びモビルスーツ隊の迎撃が予想される。第一小隊、眼下からの高射砲に注意しつつ、降下ポイントを確保せよッ」
 ミネバはそう指揮すると、ギャンUをビグ・ザムの背中から離した。分厚い空気の流れが、紫紺色の機体を揺さぶらせた。
「ミネバさま! 直下より敵のモビルスーツ隊が迎撃してきます!」
「……視認した。敵の迎撃モビルスーツはわたしが引きつける。第一小隊はその隙に降下ポイントを押さえろ。そなたたちの働きがこの戦のカギだッ。気を引き締めてかかれッ」
「了解!」
 ザクW小隊とビグ・ザムが左手の方角へ降下していく。それに合わせて敵の迎撃部隊も移動していく。ミネバはギャンUを加速させると、敵迎撃部隊の前面に踊り出た。
「我が名はミネバ。……諸君らの相手はわたしが務めよう。死にたい者からかかって来るがいい」
 ベースジャバーを飛び立ったジェガンがミネバに襲いかかった。猛然と振り下ろされたビームサーベルをかわすと、ミネバは背後からビームを浴びせた。失速したジェガンが急降下していき、大地に激突する。
「甘いッ。次、後ろかッ」
 斬りかかるビームサーベルを抜き放ったサーベルで弾いた。ジェガンはさらにサーベルを振るう。ミネバは、その攻撃を受け止めながら、機体を後方に滑らせる。
「腕はいいッ。だが、わたしの敵ではないッ」
 ギャンUがフレアをかける。敵機が一瞬硬直したのを見極めたジェガンは、距離を詰めてサーベルを突き出した。だが、胴体のコクピットを狙った鋭い突きは虚空を貫いた。瞬時に上昇したギャンが、真上からジェガンを切り裂く。爆発が、真っ青な空を包む。
 モビルスーツ隊は浮き足立つ。陸上戦用に改良されたジェガンをもってしても、部隊内で一、ニを争うエースを擁しても、一太刀すら浴びせられなかったのである。恐怖に取り付かれたジェガンは、ベースジャバーの上からライフルを撃ちまくった。
「貴様ら……。わたしにそのような攻撃があたると思うかッ。生命張ってかかって来いッ。ファンネルよ。彼奴らを貫けッ」  重力下でも優れた敏捷性を引き出せるように改良されたファンネルは、あっという間にジェガンを撃ち落としてく。まさにハエのように墜ちていった。
「来たか、ビグ・ザム。……第一小隊、降下ポイントは確保したか? 後続が降りてきたぞッ」
 大気との摩擦による炎を振り払ったビグ・ザムの巨体が、澄みきった青い上空から現れる。背負ったザクWを吐き出すと、自由落下を続けるビグ・ザムはその両足を地上の方へと伸ばした。
「第一小隊よりクィーン・ミネバ! すでに降下ポイントは確保しております! ビグ・ザムの降下確認した! 地上の防衛は任させてもらいます!」
「了解。上空はこちらでなんとかしよう。第二小隊は私に続け。敵の迎撃部隊を撃破し、制空権を得るぞ。ビグ・ザムは早急に降下して、地上を援護してやれ」

「モビルスーツ隊に告げる! あの紫のモビルスーツには近づくな! あれはニュータイプだ! 相手にならんぞ!」
 戦闘の状況を見てとったジャブロー司令は、モビルスーツ隊に通信を入れる。
「敵は補給路のない孤軍だ! 一気にケリを付けようとすれば、敵の思う壺だぞ。敵の消耗を待て。弱ってきたところを叩けばいい。地の利はこちらにあることを忘れるな! ……中尉。近辺の基地には援護の要請をしているな?」
 ジャブロー司令は、落ち着いた口調でそう言うと、左手の士官を呼んだ。
「はい。すでに北のギアナ基地、南のサンパウロ基地、西のエクアドル基地から二個小隊ずつがこちらに発進しております。それに、先程通信があったのですが、ラサからも数部隊が援軍に来るそうであります」
「ほう。ラサの部隊も動いてくれたか……」
 ジャブロー司令の眉根が動く。誰かは分からないが、うまい事ラサの古狸どもを言い包めた者がいるようだ。よほどの戦争好きか? 援軍に感謝はするが、ラサからの援軍など本心から言わせればありがた迷惑である。ジャブローの総司令官を、随分と過小評価したものだな。
「よし。まず近隣基地の援軍が到着したら、連携して敵を挟撃する。それでも持ちこたえるのなら、ラサからの援軍を当てにしよう。なにしろ敵は超高性能のザクと、性能も計り知れないビグ・ザムだからな。我々が気負って打って出る必要はない」  十数年前のティターンズとエゥーゴの派閥闘争に巻き込まれたジャブローは、核の洗礼を受けた。派閥闘争の中で、ティターンズがジャブローの地下基地内に核爆弾を仕掛けたと言うことになっているが、実際のところ、真相は分からない。情報というものは、常に勝利者の捏造を受ける物である。
 大きく三つに分けられるジャブローの地下構造のうち、爆発が起こった爆心地区は完全に崩落したが、その他の機構は壊滅をまぬがれた。地下の面積が減ったために、それまでのような巨大基地というわけにはいかなかったが、南米では随一の防衛力を誇ることにはなんら変わりがない。
 ジャブロー司令にとって、二個大隊に相当するモビルスーツ戦力があるこのジャブローが、高々四十機程度のモビルスーツに落とされるはずがないと確信していたのだ。
 まして敵は強行軍。敵の増援が送られるのは、早くとも半日かかるだろう。こちらの増援は、もう三時間ほどで到着する。今は敵の弾薬やモビルスーツのエネルギーを消耗させておき、増援部隊と共に反撃に転じれば勝利は間違いないのだ。
「正面から当たろうとするな。距離を保ちながら応戦しろ。第三中隊、出撃! 友軍が到着したら、第一中隊は基地に帰投しろ。第四中隊、基地の守備を怠るなよ」
 ジャブロー司令は淡々と命じると、椅子に腰を降ろした。淹れたてコーヒーを手にとる。その南米産コーヒー豆の香りは、強く芳しい。ジャブロー司令には、そんな香りを楽しむ余裕さえあった。

 積極的に出てこない敵に、ミネバは苛立ちを感じた。地上のジェガンも、ベースジャバーのジェガンもやたらにビームライフルを撃つだけで、まともに攻めてこようとはしなかった。ビームの嵐に、前進もままならない。
「ええい! 人の弱みに付け込みおって!」
 明らかにこちらの消耗を待っている敵の動き。敵は部隊を交替させながらも、攻撃の手を緩めようとはしない。こちらは回避行動だけで推進剤が少しずつ減っていく。
 よく訓練された連邦のパイロットは自分たちの作戦を理解し、しきりと回避運動に入る。これでは、よほど狙いを定めないとビームも当たらない。推進剤の消耗やパワーダウンを気にかけなくてはならないこちらとは違って、彼らにはすぐ後ろに巨大基地のある。補給は容易い事だ。
 ビグ・ザムの巨砲が火を噴いた。三機のジェガンが一瞬で蒸発したが、それでは採算が取れていない。エネルギーの消費が甚大な主砲を連射するだけで、ビグ・ザムは数十分で戦闘不能に陥ってしまう。
「無駄な攻撃をするなッ。ザクWは接近した敵だけを落とせ。ビグ・ザムは前進しろ。自分の機体がiフィールドを装備している事を忘れるなッ」
 これは有効な手であった。ジェガンの装備ではiフィールドを破れないし、実弾武装も脆弱なものだ。接近戦を挑もうとしても、ジェガンではその周囲を囲うザクWを倒す事が出来ない。ビグ・ザムの巨体が徘徊する事で、戦場ははからずも膠着状態に陥った。
「各機へ。消費を抑えつつ敵の増援を待つ。そうすれば敵は出てくるはずだッ。その時に一気に殲滅させる。挟撃を受ける事になるが、その時しかチャンスはない。それまで焦ってエネルギーを損耗するな」

 ネオ・ジオン艦隊は、地球の赤道上空に集結、待機している。先程交戦した地球軌道上の連邦軍艦隊も、三手に分かれて撤収していった。どこか親地球連邦を表明したコロニーにでも逃げ込むつもりだろう。今しがた戦場であったこの宙域は、驚くほどに静まり返っている。
 遅れてグラナダを発進していたザンジバラル隊も、すでにここ地球上空に到着している。今の艦隊の仕事は、ザンジバラル隊の降下準備と損傷艦の補修である。中でも、敵艦隊に突貫したマ・クベ先鋒艦隊の損傷は大きく、戦闘を後続できないと判断された艦は、シルバー・ファングを除いてすべてグラナダに帰投することが決定された。
 シルバー・ファング自体損傷はひどい物であったが、他に艦隊の旗艦になりうる艦がない以上、戦場に残らなくてはならない。
 マ・クベは、ひどい有り様の自分の艦にギャンを着艦させた。艦橋上部がなくなっているし、第一砲塔は大破していて使い物にならない。
「レイル! ザンジバラルの準備はどうだ?」
 マ・クベは、艦橋に入るやいなやレイルの名を呼んだ。
「はい。順調に進んでおりますが、降下のタイミングの関係で、早くとも十二時間はかかります。……ご無事のお戻り、お待ちしておりました」
 レイルはマ・クベの声に振り返り、敬礼しながら言った。まだノーマルスーツを来たままで、どこかに頭でも打ったのか額の生え際あたりに小さな傷があった。
「……なんだ。傷の手当てはまだだったのか? よし、後は私が替わる。君は休んでいろ」
「たいした怪我ではありません。それに、休んでいる場合ではありませんから……」
 艦橋の最上部、第一ブリッジがない。戦闘ブリッジが一番上にあるようになってしまっている。応急処置を施された天井は、継接ぎだらけである。
「……フッ。クィーン・コスモが言っているぞ。この艦隊は「先鋒艦隊」ではなく、「突撃艦隊」だとな」
「それは名誉なことでしょう? それとも、クィーン・コスモの皮肉ですか? だとしたら、わたしたちシルバー・ファングの働きに嫉妬しているのですよ」
 もうすでに五十歳になるマ・クベには、ミネバより年上といってもまだ二十歳台のレイルは子供にしか見えない。長身の、よく伸びた四肢とうなじまでの金色の髪が、大人びた若々しさを感じさせた。
「だがな。戦場であまり無理をするとそのまま死ぬぞ。……君は、こんな戦場は初めてなのだから、慣れないうちは無理をしないほうがいい」
「でしたら、早く慣れなくてはならないでしょう? 今休んだら、いつどうやって慣れるんですか?」
 小生意気な口振りである。だが、レイル自身にそのような認識はない。ただ、もっと働きたいと思ってそう言っているだけなのだ。或いは、自分を大人びて見させようとする彼女の無意識が、そのような言動を生んでいるとも言えた。
「フッ。君を説得するのは、私では無理のようだな。……確か、ザンジバラルが強化人間を連れてきていると聞いたが、あれはどうなっている。どっちの方だ?」
 マ・クベは、手を焼き果てたとばかりに肩をすくめると、中央デッキの方へと流れた。その後ろを、消毒薬の付いたガーゼを受け取ったレイルが追いかける。
「ハッ。強化人間αの調整が先に終了したとのことで、ザンジバラルでジャブローに降下させるそうです」
「……ふむ。αの方が先に強化が終わったか……。レイル! クィーン・コスモにいるヤナギ中尉をザンジバラルに呼べ。私もザンジバラルに行く」
 そう言いながら、マ・クベは中央デッキの連絡艇に飛び乗った。
「少将は、こういう厄介事をなんでもすぐに彼女に押し付けられるのですね……」
 連絡艇のハッチにくっ付いていたレイルが、どこか遠くを見るような感じで小さく言った。
「それは、どういう意味だ?」
「いえ。深い意味はありませんが?」
 目敏く聞き返したマ・クベに対し、レイルは短くそう答えると、ヘルメットのバイザーを下ろして抵抗した。ハッチを閉めると、レイルは無言のまま連絡艇から離れた。肩を項垂れながら流れていくレイルを尻目に、連絡艇は艦を発進していく。
「……誰か! クィーン・コスモのヤナギ中尉を呼び出して、ザンジバラルに行くように指示して下さい!」
 レイルはそうして、少しの間漂っていた。消毒薬が効き始めたのか、額の傷がズクズクと鈍く痛み始めた。

 真っ白いノーマルスーツを着ている。今までよく寝ていた若者が、気持ちよく目覚めた感じの顔をしていた。
 ……当然だな。いや、ある意味寝すぎだな……。
 宇宙移民の過程で人種の混血が進んだとはいえ、旧世紀の地球の人種分布はまだまだ意味を持つ。彼の顔は、丁度北欧系の顔立ちをしている。先天的なものを受けたその肌は、あまり日に焼けるのを好まないのか、男にしては白すぎる。プラチナブロンドの髪は男の形だが、細身の身体つきと相まっていつもナヨナヨとした感じを与えた。
「……聞いたぞ、α。強化の最終調整が終わったそうだな。まずはおめでとうとでも言っておこう」
「ありがとうございます」
 マ・クベはおもむろに口を開くと、そう言った。αと呼ばれたその若者は、抑揚のない声で短く答えた。
 と、気配が近づき、扉が開いた。一人の女性が現れる。
「ヤナギ・ヨウ中尉。入ります。お呼びでしょうか? マ・クベ少将」
 ……女性というよりは、まだ少女だな。
 αと呼ばれた若者の、ヤナギに対する第一印象はそんなものであった。
 学徒出陣か……。二十年経っても、事情は変わらないのか……。
「ああ、呼んだ。紹介しておく。この若者が強化人間のαだ。今度のザンジバラルでジャブローに降下する。向こうでミネバさまに部隊に編入させておいてくれ。……階級は、中尉だったな?」
「えッ? 中尉?」
 突然、ヤナギが声を上げた。マ・クベがヤナギの方を振り返る。
「どうした? ヤナギ中尉?」
「……強化人間が、なぜいきなり中尉なのかと、彼女は疑問に思っているのです。マ・クベ少将」
 ヤナギは、事実機嫌が悪くなった。強化人間だかなんだか知らないが、人の感情を勝手に読んで告げ口するなんて、何様のつもりなんだ!
「ああ、そうだったな。ヤナギ中尉は知らないのだな。……彼は元々一年戦争のエースだ。中尉も知っていようが、強化人間の開発は一年戦争当時から始まっていたのだよ。……で、誰が思いついたかは分からんが、一年戦争でア・バオア・クーが陥落する直前に、実戦経験のある者を強化させてコールドスリープを施し、ジオン再起の折りには即戦力としようとした計画があったのだ」
 一年戦争当初、ニュータイプの戦闘能力に目を付けたデギン公王の長女キシリア・ザビの提言によって、人工的にニュータイプを作り出そうと言う計画が上がっていた。第一次、第二次ネオ・ジオン抗争で活躍した、強化人間開発の始まりがそれである。
 開発の対象は、幼少の者から軍人にまで多岐にわたった。実験の結果としては幼少の者の方が優秀であったため、その後連邦やネオ・ジオンでの強化人間の開発の主流はそちらに移行していったが、それらの強化人間には大きな問題が含まれていた。
 必然的に年少の者ばかりが戦場に投入されるため、感情のコントロールが上手くいかない。さらに、単機での戦闘能力は非常に高いものを示していたが、部隊行動をとる軍という組織において、強化人間という異色の存在が非効率を生み出すという事例も数多くあった。そういう意味で、先のプルシリーズは大きな問題点を含んでいたのだ。
 結局、それら二度の抗争によって経験ある軍人の強化が再認識され始めたが、連邦と違い負けの込むジオンにはそんな都合のいい人材はない。そんな折に見つかったのが、このコールドスリープが施された一年戦争時のエースだったのである。
「今までの強化人間は、実戦経験のない者を強化し戦場に送り込んでいたために、作戦行動に支障をきたす事があったが、この者たちはそもそもが軍人だ。強力な即戦力というだけではなく、指揮官としても優秀な人材になるだろう。どうだ、ヤナギ中尉。これまでの話にないか問題があるか?」
 マ・クベはそう言うと、ヤナギを見た。彼女は口を開けたままであったが、マ・クベの視線に我を取り戻すと、唾を飲み込んで言う。
「い、いえ。う、噂は聞いた事がありますが、まさか本当にそんな実験が行われていたとは知りませんでした……」
 とは言ったものの、ヤナギにはまだ頭の中で整理できていない。暗記するためか、マ・クベの前にも関わらずしきりとこめかみに指を当てて唸っていた。
「ゴホン! ああ。とにかく、そういう事だ。α、記憶の方は大丈夫なのか?」
 マ・クベが咳払いをする。ヤナギはやっと顔を上げた。
「ハッ。連邦軍の現状、敗戦から今日に至るまでの歴史は、すべて記憶しております。作戦に支障はありません」
「よし。それでいい。あとはヤナギ中尉に任せるぞ。私はシルバー・ファングの補修を急がねばならん。ザンジバラルの降下と強化人間のおもりを頼む」
「ええッ? そんな! ま、待ってください! マ・クベ少将!」
 ヤナギは突然の展開にびっくりして大声を張り上げたが、マ・クベは逃げるように連絡艇の方へと流れていった。
「ヤナギ中尉。よろしく頼むぞ!」
「おもりって、なんでわたしがそんな事しなくちゃいけないんですかァッ!」
 ヤナギの怒声はザンジバラルを揺るがすほどだったが、マ・クベは角の向こうへ消えていった。こういう雑用ばかり押し付けられるんだ。
 ヤナギは鼻息荒くため息を付くと、振り返って言った。
「……あなた、マ・クベ少将に信用されてないみたいね」
「そういう物だ、強化人間なんてものはな。マ・クベ少将ぐらい実績がないと、監視されてなきゃいけないものさ」
 強化人間αと呼ばれたその若者は、肩をすくめてみせた。フランクな口調に明るい声であったが、その雰囲気はなんだか自嘲的なところがあった。
「あなた。記憶があるんだったら、ちゃんとした名前ぐらいあるんでしょう? そんなコードネームみたいなの、呼びにくくて仕方がないわ!」
「強化人間α。それでいい。中尉が不満なら、オレに階級をつける必要もないさ」  ヤナギがそう聞くと、αはどうにも事務的な口調でそう言った。声は明るかったが、言葉の最後の部分が自嘲的に聞こえるのが、ヤナギには何故か癇に障った。
「ところで、中尉はいくつだ?」
「……十九ですッ。なにかいけませんかッ?」
 突然αがそう質問したので、さっきの当てつけだなっと思ったヤナギは、少しムッとして鋭い口調で言い返した。確かに、十九で中尉だと若すぎるかもしれないが、αだってそれほど年齢が違うようには見えなかった。
「いや……。寒い時代に変わりはないという事か……」
 ヤナギには理解できない。ヤナギには、彼がどこから来たかなど、想像がつかないのだった。αは、そのまま自室の方へと流れていった。

「ミネバさま! 敵の増援部隊が後方に出現しました! モビルスーツその数約四十八機!」
「ジャブローの部隊も動きはじめています! 実体弾に換装している模様です! ビグ・ザムを後退させてください!」
 降下ポイントの周囲を哨戒していた部隊から通信が入った。目の前のパネルに、拡大された数機のジェガンの映像が送られてきた。慌しく地下格納庫を開いたジャブローからも、バズーカに換装したジェガンがアリのように溢れ出てきた。ビグ・ザムに対するためにわざわざ換装させるとは、敵の司令も芸が細かい。
「よし。皆の者、待つ戦はこれで終わりだ。まずをビグ・ザム六機をもって敵の援軍を叩く。残りのビグ・ザムと第三中隊はジャブローの敵を抑えろッ。ここが正念場。全機、死力を尽くせッ」
 ミネバは、シールド内に収めていたビームサーベルを抜き放った。機体に残った推進剤とエネルギーもまだ充分ある。ファンネルも補充されている。部隊によってそれぞれ差があるだろうが、あと一時間ならば戦闘行動ができるはずだ。
「ミネバさま! ジェブローからの敵は一個大隊を超えました! 十分が限界であります!」
 第三中隊の隊長が通信を繋いでくる。一個大隊以上の戦力を投入させるのならば、敵はこれで勝負を決めるつもりに他ならない。予想通りではあったが、やはりジャブローの戦力は凄まじいものである。
「分かった。充分だ。第一、第二中隊はわたしに続けッ。ビグ・ザム、もう消費を気にする事はないぞッ。その力、存分に見せつけよッ」
「ハッ! お任せください、ミネバさま! この新型ビグ・ザムの真価というものを連邦の奴らに示してみせます!」
 ビグ・ザムがその歩行脚を機体内に格納する。甲高い駆動音が鳴り響くと、その巨体に搭載されたミノフスキークラフトが斥力を生じさる。地上から百十メートル程の高さに浮上したビグ・ザムの背部スラスターに火が入った。円盤状に変形したビグ・ザムは、驚異的な速力で連邦のジェガン部隊に襲い掛かっていった。

「司令! 大変です! 援軍が、援軍が全滅しました!」
 ジャブローの戦術オペレーターが、顔面を蒼白にさせてそう言った。今まで彼が見つめていた戦術級パネルから味方援軍機のマークが、すべて消えてしまったのである。
「なにッ! 戦闘開始からたったの八分でかッ? バカな! 新型とはいえ、敵のモビルスーツがそれほどまでに強力なはずがない!」
 ジャブロー司令が戦術オペレーターの背に走り寄る。確かに味方機のマークはない。敵機を表す赤い印が高速で移動しているだけだ。通信も通じない。作戦発動時にはなんとか通じたが、こうミノフスキー粒子が濃くなっていては通じるはずもない。
 ジャブロー司令は頭を悩ませた。情報が途切れている瞬間があることに、彼は怖れを感じる。案の定、経験則から出たその怖れは、素早く実現した。
「司令! 接近する飛来物体を捕捉! 大型のモビルアーマーのようです!」
「バカな! 速すぎる! 陸上をこんな速度で航行できるモビルアーマーなどあるはずが……」
「映像出ます!」
 スクリーンに飛び出したのは、奇怪な円盤型のモビルアーマーであった。理解が及ばなかった。つい四時間前に上空の地球圏防衛艦隊から送られたデータと合致したが、凄まじい速度で飛び回るそれが、まさかあのビグ・ザムとは思えなかった。
 司令を始め、基地のすべての者が、一年戦争からの固定観念としてビグ・ザムは動きが遅いものだと勝手に思い込んでいたのである。
「敵モビルアーマーなおも接近します! ジェガン部隊第一陣破られました! 第二陣も突破されます!」
「なんと……。ジェガン直援部隊も全部出せ! 基地砲門、敵の進攻を止めろ! 一体なんなんだ……。うわああぁ!」
 基地が振動した。激しく揺れた床に、司令は身体を投げ出された。
「どおした! なにがあった! 報告急げッ!」
「第三ハッチが破られました! 敵モビルスーツが侵入してきます! ああ! メイン電力ダウン! 補助発電開始します!」
 一瞬真っ暗になった基地に再び明かりが灯る。立ち上がった司令の目には、スクリーンに映ったビグ・ザムの姿が大きく広がっていた。巨大な主砲が再び基地を揺るがす。抵抗したジェガンが、水あめのように溶けてしまった。
 今度は基地の補助発電システムまで破壊されてしまったようだ。言い知れない緊張に包まれた暗闇と、息の根をころすような沈黙が司令室を包んだ。
 全員が動きを止めたその中で、一つため息が洩れた。最後の灯りとなった警告色の非常灯の下で、一人の影が静かに動いた。
「もういい……。降伏すると、敵の司令官に伝えろ。ジャブローは落ちた……」
 司令は、左右の者にそう告げると、自分の席に腰を下ろした。右手の肘掛けに、コーヒーのカップが乗っていた。司令は、おもむろに冷え切ったそれを飲み干した。極上のその豆の苦みを、静かに噛みしめた。
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第4話 蒼の翼