暗く静かなこの森は、太陽の照りつける昼間でさえも薄暗く、夜にもなると闇の世界となることから、この森を知るものからは「漆黒の森」とも呼ばれている。 当然このような森のため、自ら好んで森に入り込む者など、木こり、もしくはこの森のことを知らない不幸な冒険者くらいであった。
フードの付いた黒色のマントで全身を包み、その男は「漆黒の森」の中をゆっくりと歩いていた。 正確には「歩いていると思われる」という表現のほうが正しいかもしれない。 少なくとも、この男が足の無い生物でない限り、物音一つ立てず、森の静寂をこれほどまでに保ちながら歩くのは不可能と言えるからだ。 しかし、この男には足が2本あり、今もしっかりとその両足で歩いている。 その歩調と同期して、男が灯しているランタンの明かりがゆらゆらと辺りを照らしている。
唯一の光源であるランタンの明かりをたよりに、まるで我が家の中を歩いているかのごとく歩を進めている。 しかも不思議なことに、木々や雑草などは、まるで男に道を示すかの様にその身をくねりねじらせ、道無き道を自ら形成している。 さらに男が通った後は、まるで何事も無かったかのように再びこの森の一員として生い茂っている。 しかし特に男が何かしたようには見えない。 まるで、森が彼を奥へ奥へと導いているかのようである。
もうどれくらい歩いたのだろうか。 夜もすっかりふけ込んだ頃、背丈1メートルほどの石版を目の前にし、男は立ち止まりしゃがみこんだ。 石版には古代文字で文章が記されており、男は文字を指でなぞりながその文章を読み始めた。
男の指が文章の最後の文字に辿り着く頃には、男の顔にはうっすらとではあるが笑みが浮かんでいた。
「間違いない。」
男は歓喜の声を上げて立ちあがり、続けて両手を石版に向け、呪文のような言葉をつぶやいた。 次の瞬間石版は小さな石塊となりあたりに散らばり、その下からは赤々とした光を発する小さな空洞があらわれた。 光は銀製の台座の上に置かれた赤色の球状の物体から発せられており、ランタンの明かりとは比べ物にならないが、この闇の中では充分な明るさであった。男は眩しさのため ― いや喜びのためかもしれない ― 一瞬ひるんでしまったが、直ぐに我に返り、その物体をすくい上げる様に台座から取り上げた。 そして準備していた袋の中にそれをしまうと、再び森の闇へと紛れていった。
この森が「死者の森」と呼ばれるようになったのは、それから間もなくのことであった…。