第一節 『夢』
赤々と燃える炎。 肌を焦がす炎。 全てを焼き尽くす炎。 その炎を前に少年は立ち尽くしていた。 現実を受け止め、対処するにはあまりにも若すぎ、ただ呆然と炎を見つめる事しか出来なかった。
ふと背後で人の気配がした。 少年が振り向くと、そこには紅蓮の鎧を身にまとった騎士が立っていた。 少年の顔は一瞬喜びに溢れたが、その騎士の目を見て絶望の顔へと変わった。 そこには幼い子供を見る目ではなく、探していた獲物を見つけた時の、歓喜に満ち溢れた輝きがあった。
紅蓮の騎士は腰に携えた剣をゆっくりと抜き、まるでこの狩を楽しむかの様に大きく振りかざした。 と、同時に背後から少年の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
「アレス!!」 しかし少年には成す術はなかった。
「アレス!!」 ただ炎の光を映す剣を見つめること以外には。
「アレス!!」 剣は少年めがけて容赦無く振り下ろされた。
「アレス!!」 目覚めぬ息子に、父は更に大声で怒鳴りつける。
「アレス!!」 5度目の呼び声でアレスは眠い目をうっすらと開けた。
目には眩しい朝日と父の顔が飛び込んでくる。 いやな夢だった。 時々見る夢。 その度に必ずこうして父に起こされる。
「また同じ夢を見たのか。ひどくうなされていたぞ。」父の声が頭に響く。
「ああ。大丈夫。」まだ覚醒していないアレスは気だるそうにそう答える。
「今日は成人の儀だろう。ほら、早く起きた起きた。」
成人の儀。 ミレイ村に古くから伝わる習慣。 18になった若者がうける儀式。 そう言えば今日だった様な気がする。 少し寝過ごしてしまったようだが、まだ時間には間に合うだろう。
眠い目をこすりながら、アレスはベッドから起き上がった。 目覚めが悪いせいか、まだ体がフラフラと揺れてしまう。 あと1、2分もすれば大丈夫。 アレスはそう思いながら顔を洗いに桶へと近づいた。
「俺はもう出かけるからな。朝飯は用意しておいたから食ってから行けよ。それから遅れない様にな。」そう言うと、父は斧を手に取り仕事に出かけて行った。
父の名はバッツ・ランバート。木を刈り、それを炭にして生計を立てている。 いつもはアレスも一緒に行くのだが、今日は幸い成人の儀で助かった。 と言うのも、前に寝坊して父に懇々と説教された事があるのだ。 あの日はひどい一日だった。 悪夢の後に悪夢のような説教。 三十分くらいは直立不動の状態で話を聞いていたような気がする。 その時の事を思えば、今日はあの悪夢の後でも、爽やかな目覚めだったと思う事が出来る。
顔を洗い終わったアレスはテーブルにつき、父の用意してくれた朝食 ― といってもパンにミルクとサラダくらいなのだが ― に手をつける。 いつもながらの素朴な朝食だが、父は母を亡くして以来、ずっとこうして俺を育ててくれた。 そう思うと父の背中がとても大きく感じられ、また誇らしげにも思えてくる。 アレスは自分でも気づかぬうちに顔に微笑みを浮かべていた。