教科書検定問


国際連帯に感謝と希望をかけて 教科書の不採択のお願い 教科書検定合格に憂慮表明
歴史教科書の主な修正個所 めざしたのは常識の確立 最低限の基準 逸脱
修正でより巧妙に 検定は冷静で適切 公民
歴史
日本カトリック司教協議会 正義と平和協議会 

大塚 喜直 司教様


正義と平和のための国際連帯に感謝と希望をかけて

                       

+ 主の平和!

第3千年紀初の御復活祭につき日本の国、そして日本の教会と司教様にも神の愛
と恵みが満ち溢れんことをお祈りいたします。

私達ソウル教区正義と平和委員会のメンバー達は最近の会議を通じ日本の正義と
平和協議会が'日本の歴史教科書問題'に対して問題の核心を見抜きながら積極的
に取り組んで居られることを知り、皆様方に敬意を表しさらに感謝と激励のメッ
セージを送ることに全員合意いたしました。

ご存知のように2002学年度中学生用の8種類歴史教科書が去る4月3日日本
文部科学省の検定を通過することになり色々な問題を提起しております。このよ
うな教科書が製作されさらに検定を通過したことにつき、日本のこころある市民
団体の方々は驚きと憤りを表しておられることを私達も聞いております。

さる3日、日本の12市民団体は東京で合同記者会見を開き、文部省のこの度の
決定では問題とされているたくさんの個所が殆ど修正されることなくそのまま通
過されていると指摘し、このような教科書が登場したことは21世紀の日本を左
右する重大な問題であると憂慮を表明しました。育ち行く若い世代に正しくない
歴史記録をあらわすことは間違った未来を築かせることであり真に重大な結果を
もたらすものであると思います。

そういう中で日本の正義と平和協議会が真理に基づいた国際的な共同善を強調す
ることにより国家間の紛争を防ぎ平和を増進することに大いに寄与されているこ
とは私達に大きな慰めになり、キリストにおける兄弟愛を実感するきっかけにな
っております。

貴協議会が近い中に歴史教科書に関する指針を日本のすべてのカトリック系学校
に送り、この度検定を通過した新しい教科書を採択しない運動を呼びかけていく
と決定されたことに私達は敬意を表するのであります。

このような努力は私達皆が国際共同体の中で平和を渇望するすべての人々ととも
に積極的に協力すること(司牧憲章 90)を勧告する教会の教えを誠実に行っ
ていくことであると思います。

もう一度、私達は大塚司教様と日本正義と平和協議会の皆様のご活動に感謝と連
帯の念を表したいと思います。

2001年4月28日

復活されたキリストの平和の中に、

  
カトリック ソウル大司教区 正義と平和委員会

                
姜 禹一 司教

カトリック中学校

理 事 長様
学 校 長 様
社会科主任教諭様


             
日本カトリック正義と平和協議会
           
担当司教 大塚喜直


「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書の不採択のお願い
     

 文部科学省は4月3日、「新しい歴史教科書をつくる会」(以下「つくる会」)
が中心になって作成した中学歴史、公民教科書を、内外からの多くの批判がある
にもかかわらず検定合格としました。

 偏った歴史認識や皇国史観で書かれた「つくる会」の歴史教科書には、神話が
多く引用され神話と史実とが混在しているばかりでなく、天皇の権威を一貫して
強調し、天皇制軍国主義による侵略戦争と植民地支配がアジアの民衆や沖縄にも
たらした多くの残虐な行為を歪曲、隠蔽し、この戦争を正当化するような記述が
あります。また、教育勅語の全文を掲載して高い評価を与えており、民主主義の
根幹、基本的人権を揺るがすものと思われます。

 また公民教科書では憲法「改正」の立場から個人の基本的人権よりも、国家の
「公益」を優先し、「国家に対する忠誠の義務と国防の義務」を強調しており、
憲法の三つの柱である「戦争放棄」、「主権在民」、「基本的人権」について否
定的な見方がされています。

 このような「つくる会」の教科書によって、将来を担う若者が教育されること
に対して、私どもは深い憂慮を抱いています。それは真の民主主義社会の中で、
歴史の事実を見据え、過ちは再び犯すまいとの決意の上にこそ、世界平和に貢献
する人間を育てることができると確信するからです。

 従って、貴校におかれましては教科書選定にあたって、「つくる会」の歴史と
公民教科書を採択することのないよう切にお願いする次第です。
                                 以 上


添付書類:
5月7日に発表されました、司教有志による「教科書検定合格に関する憂慮表明」
をご参考までに同封いたしました。

2001年5月7日
内閣総理大臣 小泉純一郎様
文部科学大臣 遠山敦子様


教科書検定合格に関する憂慮表明

 さる4月3日「新しい歴史教科書をつくる会」(会長・西尾幹二氏、以下「つ
くる会」)が作成した中学校歴史教科書が文部科学省の教科書用図書検定を通過
しました。

 この「つくる会」の教科書は過去の日本の侵略と植民地支配の歴史を歪曲し、
天皇制支配を賛美するかのような内容をふくんでいます。このような教科書が検
定を通過することは、過去に大日本帝国軍隊が行った侵略と蛮行の歴史を隠蔽し、
戦争の美化、加害の責任の回避を教育することに繋がると思われます。私たちは
これに対し深い憂慮の念を覚えます。

 わたしたちは国家や民族を越えてアジアの連帯を構築することにより、新しい
希望に満ちた21世紀を創りたいと望んでいます。そのために日本の国として、
歴史に対する誠実さをことばと行いで表明し、アジア諸国の信頼を獲得すること
が求められています。そして過去を真摯にみつめて反省し、二度と再びその過ち
を犯さないとの決意と努力の上に、アジアの国々と連帯し協力して平和な世界を
築いていくことが必要です。そのために日本が被害を及ぼしたアジアの国々の側
の視点にたつことが不可欠であると考えます。

 従って、「つくる会」の歴史観は、正義、平和、人権を大切にする社会を共に
創ろうとしているアジアの人々の願いを踏みにじるもので、その歴史観によって
歪曲された教科書が検定を合格したことに対して、私たちは心より憂慮し、遺憾
の意をここに表明いたします。


 
日本カトリック司教協議会
     日韓司教交流担当   東京教区大司教 岡田武夫 
     正義と平和協議会担当 京都教区司教  大塚喜直 

 賛同司教
     浦和教区司教  谷 大二
     横浜教区司教  梅村昌弘
     名古屋教区司教 野村純一
     大阪教区大司教 池長 潤
     大阪教区司教   松浦悟郎
     広島教区司教  三末篤實
     高松教区司教  深堀 敏
     長崎教区大司教 島本 要
     大分教区司教  宮原良治
     那覇教区司教  押川壽夫

歴史教科書の主な修正個所
  修正前 修正後
神武天皇の東征 ( (本文で「神武天皇の東征」の神話を紹介し)い
つの出来事かがはっきりしないし、空想的な話
も出てくる。しかし、九州から近畿地方へ移っ
た勢力が大和朝廷をうち立てたという史実を反
映している可能性は考えられる。
(神話の紹介は「神武天皇の東征伝承」とい
うコラムにして、指摘部分は不掲載)。
【検定意見】「いつの出来事かがはっきりしないし、空想的な話も出て
くる」との記述か ら、おおよそ史実であると誤解のおそれある表現。
教育勅語 これは、父母への孝行や、非常時には国のため
に尽くす姿勢、近代国家の国民としての心得を
説いた教えで、各学校で用いられ、近代日本人
の人格の背骨をなすものとなった。
これは、父母への孝行や、非常時には国のため
に尽くす姿勢、近代国家の国民としての心得を
説いた教えで、1945(昭和20)年の終戦にいたる
まで、各学校で用いられ、近代日本人の人格の
背骨をなすものとなった。
【検定意見】教育勅語が現在も法的に有効で、影響力をもってい
るかのように誤解するおそれのある表現。
韓国併合 (韓国併合は)東アジアを安定させる政策とし
て欧米列強から支持されたものであった。韓
国併合は、日本の安全と満州の権益を防衛す
るには必要であったが、経済的にも政治的に
も、必ずしも利益をもたらさなかった。
(ただ、)それが実行された当時としては、国
際関係の原則にのっとり、合法的に行われた。
しかし韓国の国内には、当然、併合に対する
賛否両論があり、反対派のー部からはげしい
抵抗もおこった。
日本政府は、韓国の併合が、日本の安全と
満州の権益を防衛するために必要であると
考えた。イギリス、アメリカ、ロシアの3国
は(中略)異議を唱えなかった。こうして1910
(明治43)年、日本は韓国内の反対を、武力を
背景におさえて併合を断行した(韓国併合)。
韓国の国内には、一部に併合を受け入れる
声もあったが、民族の独立を失うことへの
はげしい抵抗がおこり、その後も、独立回復
の運動が根強く行われた。
【検定意見】日本の韓国併合時に欧米列強が併合への支持を表明したかのように誤解する
おそれのある表現▽一面的に「必要」性や「利益」が記述されており、併合や統治の実態
について誤解するおそれのある表現▽「国際関係の原則にのっとり、合法的に行われた」
とのみ記述するのは、併合過程の実態について誤解するおそれのある表現▽「はげしい抵
抗」がー部でしかなかったかのように誤解するおそれのある表現。
中国の排日運動 満州では、1929年ごろから中国人による排
日蓮動がひときわはげしくなった。列車妨害、
日本人学童への暴行、日本商品ボイコット、
日本軍人の殺害など、条約違反の違法行為は
300件を超えた。
関東軍が、満州の軍閥・張作霧を爆殺するな
ど、満州への支配を強めようとすると、中国
人による排日運動もはげしくなり、列車妨害
などが頻発した。
【検定意見】日本の満州領有化が、主として中国側の動きによっ
て引き起こされたかのように誤解するおそれのある表現。
神風特攻隊 ついに日本軍は全世界を驚愕させる作戦を
敢行した。レイテ沖海戦で、「神風(しんぷ
う)特別攻撃隊」(特攻)がアメリカ海軍艦船
に組織的な体当たり攻撃を行ったのである。
(中略)
米軍の将兵はこれをスイサイド・アタック
(自殺攻撃)といってパニックに近いおそれを
感じ、のちに尊敬の念すらいだいた。
ついに日本軍は全世界を驚愕させる作戦を
敢行した。レイテ沖海戦で、「神風(しんぷ
う)特別攻撃隊」(特攻)がアメリカ海軍艦船
に組織的な体当たり攻撃を行ったのである。
追いつめられた日本軍は、飛行機や潜航艇
で敵艦に死を覚悟した特攻をくり返してい
った。飛行機だけでも、その数は2500機を
超えた。
【検定意見】「神風特別攻撃隊」について、基礎的、基本的な
内容を習得させる上で適切な事項に厳選されていない。
東京裁判での南京事件 この東京裁判法廷は、日本軍が1937
(昭和12)年の南京攻略戦において、中
国民衆20万人以上を殺害したと認定した。
しかし当時の資料によると、そのとき
の南京の人口は20万人で、しかも日本
軍の攻略の1か月後には、25万人に増え
ている。
そのほかにもこの事件の疑問点は多く、
今も論争が続いている。戦争中だから、
何がしかの殺害があったとしても、ホロ
コーストのような種類のものではない。
(本文の後に小さい文字で)
この東京裁判では、日本軍が1937(昭和
12)年、日中戦争で南京を占領したとき、
多数の中国人民衆を殺害したと認定した
(南京事件)。なお、この事件の実態につ
いては資料の上で疑問点も出され、さま
ざまな見解があり、今日でも論争が続い
ている。
【検定意見】南京事件の実否や犠牲者数についての研究状況
などに照らして、誤解するおそれのある表現。
あと書き (全±で70万人もの市民が殺される
無差別爆撃を受け、原子爆弾を落と
され、)戦後、占領軍に国の歩むべき
方向を限定づけられてから、ずっと
今日まで、この影響下に置かれてきた。
(中略)残念ながら戦争に敗北した傷跡
が50年以上たってもまだ瘉(い)えない。
そのため、日本人は独立心を失いかけ
ている。
全土で70万人もの市民が殺される無
差別爆撃を受け、原子爆弾を落とされ
た。戦後、日本人は、努力して経済復
興を成し遂げ世界有数の地位を築いた
が、どこか自信をもてないでいる。
(中略)残念ながら戦争に敗北した傷跡
がまだ癒えない。
【検定意見】第二次世界大戦後の日本及び日本人について、
一面的な見解を十分な配慮な く取り上げている。
2001.04.04朝日
歴史教科書
めざしたのは常識の確立

西尾幹二


 歴史を学ぶとは、今の時代の基準からみて、過去の不正や不公平を裁いたり、告
発したりすることと同じではない。過去のそれぞれの時代には、それぞれの時代に
特有の善悪があり、特有の幸福があった。私たちの教科打はまえがきで「歴史を裁
判の場にすることはやめよう」と書いた。古代社会では中央集権、皇帝や天皇に権
力をいかに合理的に集中させるかという事が、「公」を意味する。

 それはー般豪族たちに委ねられていた土地や人民を王権が取りあげて国家が公平
に再分配する。唐では均田制、日本では班田制とよばれる公地公民の概念がそれで
ある。これは「国民生活にとって、公正の前進を意味していた」と私たちの数科書
はきちんと書く。従来の教科書は「ひたすら農民は悲惨だった」というー面ばかり
を異常なまでに強調したが、権力は常に悪だだという階級闘争史観の、歴史教科書
にだけ残っている時代遅れの概念である。

 日露戦争といえば幸徳秋水の非戦論を必ず掲げ、与謝野明子の「君死にたまふこ
となかれ」で現代風の反戦平和主義をうたい上げてきた従来の教科書は、明治時代
の歴史になっていない。私たちの教科書は、日露戦争の前に小村寿太郎が書いた
「小村意見書」をまず取り上げる。日本が英国と手を結ぶべきか、ロシアと組むべ
きかの岐路に立たされた検討の書である。アヘン戦争の悲惨を見た伊藤博文らの元
老はロシアとの協調を主張し、小村ら外務省幹部は親英政策を主張した。

 日本の近代がいかに困難な選択の迎縦であったかを、当時の状況に即して、当時
の日本人の身になって子供達に考えてもらう。現代風の反戦平和主義を遠い歴史に
当てはめることは、歴史の教育にならない。韓国併合の背後には大国同士の刀の均
衡政策があった。日露戦争後、日本に接近を図ってきたのは、米国の満州進出を警
戒したロシアだった。日本とロシアは利害がー致し、東北アジアの勢力範囲を互い
に約定した。フランスはインドシナの、米国はフィリピンの植民地支配と引きかえ
に、日本の韓国支配を承認した。

 英国は日英同盟の更新に際し、日本の韓国支配を承認する代わりに、日本にイン
ド防衛の同盟義務を負わせた。日本はこうして大国同士の力の均衡政策という新し
い秩序の中に組みこまれた。韓国併合は日韓二国間の関係だけで説明できるもので
はなく、世界に開かれた理解の仕方を必要とする。これを日本の行動を正当化する
口実だという論難の仕方は、そもそも歴史論にはなり得ない。

 日本語は中国語から文字を借りたが、それに先立つ何千年かの言語の歴史が想定
される。文字のない長い時代に、口承文学が存在し、神話が語り継がれた。私たち
は日本語の起源に関する現代言語学の推理にも触れ、縄文土偶がこわされて出土す
る不思議さから、太平洋南方に由来する民族神話をも考慮に入れる。神話を尊重す
ると、たちまち皇国史観だというようなばかなことを言う非知性的態度こそ、恥ず
べき愚昧である。

 私たちの教科害は自虐の克服だとよくいわれたが、むしろ「非常識」の克服であ
ったと考えている。私たちは自分の歴史観を主張することよりも、日本の歴史教科
書が全体として改善されることに目的を置いている。私たちの影響で、他の教科書
が良くなるのなら、それも目的達成のーつである。私たちはーつのイデオロギーに
囚われるものではなく、イデオロギーに囚われた従来のー切の単調な歴史に反対す
るものである。
2001.04.04
教科書検定

最低限の基準 逸脱
佐藤 学(東大大学院教授・教育学)

 国粋主義的な歴史を書き、国の正史として認めさせようといる意図に驚きを感じ
る。また、申請段階の教科書では縄文文化を「縄文文明」として四大文明に先行す
ると評価するなど、史実とその意味について独善性と初歩的な間違いが散見できる。
個別の修正に驚くほど従順に応じて表面的な装いは繕っているが、本質的な歴史観
は変わってないし、全体として粗い作りの教科書だ。検定意見によって修正した部
分は原形をとどめておらず、執筆者の無節操な姿勢に疑問を感じる。

 教科為は多種多様なものがあっていい。しかし国際的に見ても、特定の政治や宗
教、民族を攻撃したり、べっ視したりしないといる最低限の基準がある。特にアジ
ア諸国に対する侵略事実を認めないこの教科書は、この基準に照らしても問題があ
る。またこの教科作は極端なナショナリズムを前提にして、歴史を学ぶ上で不必要
な事柄が詳細に縦介され、的要な事柄はー面的な見方しか示していない。

 現在の日本人が標準的に持っている歴史認機とは異なる歴史が書かれていて、現
場の教師と生徒は扱いにくいだろう。教師が手引にする指導書は検定がないので、
申請段階の教科書にあった偏った考え方がそのまま反映されて出てくる可能性があ
る。指導書の方も注意して見ていかなければいけないと思う。

 イデオロギー色の強い教科書が現場に持ち込まれることで、教師や保護者、生従
からは問題視したり反発したりする動きも出るだろう。教室の場にイデオロギーや
政治的な対立による混乱が持ち込まれることを憂慮している。
2001.04.04
教科書検定

修正でより巧妙に
坂野 潤治(千葉大教授・日本近代史)

 この歴史教科書の執筆陣は、戦前の日本は正しかったと言いたいのだろう。検定
後も、侵略肯定的な意図は残っている。こうした教科書が出てきたことには、それ
なりの理由がある。江華島事件から日清・日露戦争に至り、韓国併合、満州事変、
日中戦争…と続く歴史を従来通り学べば、アジアに対する加害一色になる。

 硬直した「侵略史観」に基づく授業についていけないという子どもたちも実際に
いた。そこで登場したのが、藤岡信勝・東大教授が主宰し、「つくる会」の母体の
ーつにもなった「自由主義史観研究会」だ。同会は当初、日本近現代史に埋もれて
いる明るい側面を掘り起こす趣旨だと受け止められたが、いつの間にか復古調に引
きずられ、暗い面を正当化するだけになった。それでは問題外だ。

 この教科書の根本も「満州事変は間違っていなかった、日中戦争も太平洋戦争も
正しい面があった」となっている。誤りや強引すぎる解釈は正されたが、かえって
巧妙な記述になった観がある。日本の近現代史を丁寧に見れば、吉野作造や美濃部
達吉らがいた。政府や軍の上層部にも、韓国併合の失敗に気づいていた者や、満州
事変に反対し国際連盟脱退をくい止めようとする勢力があった。

 そこに光をあてれぱ暗い側面だけではなくなり、かえって戦前の日本の行為の不
当性もはっきりする。そうならなかったのが残念だ。最近の若者はひところに比べ
てりベラルな考え方を持っていると感じる。この教科書が使われることはあっても、
教師や子どもたちには受け入れられないだろう。
2001.04.04
教科書検定

検定は冷静で適切
秦 郁彦(日大教授・日本近代史)


 教科書定に当たった調査官は、扶桑社の白表紙本(検定前の原稿本)の内容によく
目を通し、冷静で適切な検定作業をしていると感じた。検定意見におおむね私も賛
成である。我が国の場合は、国定教科書ではなく、執筆者と教科書会社の裁量に任
せるー方で、検定制度によって最小限の枠がはめられ、基準からはみ出した部分を
修正する方式だ。

 検定意見のついた部分は、執筆者や出版社が教科書づくりに慣れていないため、
勇み足や舌たらずで、アマチュア的な表現になってしまった部分を直したものが多
い。検定で合格した以上、教科書の内容は、国である文部科学省と出版した扶桑社、
執筆した「つくる会」の三者が共同で貴任を負うことになる。内容を分解して、だ
れが恐いとかどこが腕題だとか安直に批判すべきではないと思う。この教科書はほ
かの教科書に比べてナショナリズムの色合いがやや強いが、修正後も全体の流れは
執筆者の意図がほぼ実現したと考えてよいのではないか。

 扶桑社版の教科書を現場で使うかどうかは、教育関係者の自由な選択にゆだねら
れる。悪い教科書なら消えていくはずだ。中国や彰国のしつこい介入と国内の同調
派の動きに対する反発と同情が高まりつつある。検定済みの教科善に対する外圧に
は日本政府がき然とした態度で立ち向かうべきだ。

 家永教科善は200力所以上の検定意見をつけるれたことで裁判にまでなった。
「つくる会」が検定恵見を全面的に受け入れたのは、ほぼ妥当だと考えたからだろう。
2001.04.04朝日
「新しい歴史教科書をつくる会」が主導して編集した02年度版の中学歴史・公民
教科書は、そこに編みこまれた歴史認識などをめぐり、国内外に議論を巻き起こし
た。文部科学省の検定意見を全面的に受け入れて修正し、合格したこの2冊の教科
書の中身について、歴史学者らに読みこんでもらった



「公民」
すべての人間の権利を同時に守ることはかんたんなことではない。人権を自由権と
平等権に限ったとしても、これらの権利を万人に保障することはむずかしい。
(法のもとにおける自由と平等)

制限的人権観に立つ
山本 武彦 (早稲田大教授・国際政治学)

 この記述は、20世紀に人類の努力の積み重ねとして生まれた世界人権宣言や
子どもの権利条約など人権規定の精神を、部分的にせよ否定するものだ。生徒に、
人権について消極的な考え方を植え付ける恐れがある。
また、人権を守るために法が必要と説き、法が守られるためには「自分の自由を
ある程度までは犠牲にしてもやむをえないという心がまえが人々にあらかじめ備
わっていなければならない」としている。これは、制限的人権観だ。

 選挙については「選挙に行かない人は、政治の現状や将来に不満をいう資格は
ないであろう」としているが、このような断定的、一方的な書き方は容認できる
ものではない。
国家主義を奨励する傾向も非常に強い。「各国の憲法に記載された国防の義務」
と題した欄で中国、スイス、インド、フィリピンなどの例を挙げ、「これらの国
の憲法では国民の崇高な義務として国防の義務が定められている」と記述してい
る。日本の憲法にも盛り込むべきだとのニュアンスが強く感じられる。

 巻頭グラビアの「国境と周辺有事」では、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)
へのテポドンを扱ったポスターや、尖閣諸島に代議士が上陸した際の写真などを
掲載しているが、こでも国防意識を高めようとの狙いが明らかに読み取れる。
教科書全体として、市民意識を下位に置き、国家意識を最優先に涵養しようとす
る意図が明々白々だ。教科再検定のー目的は左右両翼に偏しない公教育の実現と
いうことであるはずだが、この教科書を合格とする検定基準は、従来に比べ右傾
化していると言わざるを得ないだろう。

****************
 「公民」とは、ただ「私」の利益や「私」の好き嫌いの世界に安住するのでは
なく、その「私」が属している国の歴史と文化を踏まえて、「私」の属する国の
未来への展望をもとうとする「市民」のことをさす。(現代社会の病理)
(民主主義は)「私」の事がらよりも民がいて初めて実現されるのである(民主主
義のむつかしさ)

国家を無条件に容認
飯坂 良明 (聖学院大学長・政治思想)

「公民」と「市民」の勝手な区別をしている。市民を私的利益しか考えない「ブ
ルジョア」と同ー視するのはへ−ゲルやマルクス流の特殊なとらえ方。学界では通
用しない。国の概念もあいまいで、国家を公的なものとして無条件に受け入れてい
る。民主主義についても「公」を強調しすぎで、せめて「必要な場合には公を優先
させる」と書き換えるべきだ。これでは「滅私奉公」になりかねない。

 近代を理解しているとは思えず、近代を乗り越えて昔に帰るという発想がちらつ
く。復古的なナショナリズムを強調したい人たちが、従来の説に対抗したいために
無理に作った教科書という印象だ。

 高校の教科甫に比べても、世界主義(グローバリズム)などの部分ではるかに細
かい内容も載っており、何を本質的なこととして子どもに教えるか、配慮が足りな
いのではないか。

 口絵にも自衛隊の写真が目立ち、「日本の役割は私的な感情ではなく、公的な国
益から考えられなければならない」とあるが、その「国益」も自国しか考えない極
めて私的なものになりうる。現にそれが戦争の原因にもなってきた。
国際関係でも「国際主義」(インターナショナリズム)を提起しているが、国家と世
界しか想定しておらず、アジア地域などの視点や、NGO(非政府組織)や自治体
レベルの交流など市民社会的な視点が欠けている。日本を立憲君主制とする記述は
修正でなくなったが、天皇制的な統治構造が今も同じだといいたげだ。

*****************
天皇は、古くから国家の平穏と国民の幸福を祈る民族の祭り主として、国民の敬愛
の対象こされてきた。わが国の歴史には、天皇を精神的な中心として国民がー致団
結して、国家的な危機を乗りこえた時期が何度もあった
日本国憲法と象徴天皇制度


学界の通説おきえず
横田 耕一 (憲法学)

 憲法の説明は、「それなりに客観的」にとらえておくべきだ。さしあたり学界の
通説を基調とすべきところ、この教科書は、初めからも者の独自の議論を展開して
いる。日本があたかも天皇中心であるかのような記述は、日本国憲法の基本理念の
ーつ、国民主権をないがしろにしている。
天皇中心の歴史観が反映しているようだ。日本憲法史にかんする記述は、修正され
てある程度良くなったが、聖徳太子の十七条憲法から始めるなど、きわめて問題だ。
修正されてもなお、筆者の大日本帝国憲法への「親和性」は、文脈の至る所に残っ
ている。大正時代の普通選挙制度の実施についての記述では、有権者が男性に限定
されていた事実を書いていない。まるで無条件であったかのようで、乱暴すぎるの
ではないか。

 事実を恣意的にピックアップしていると思われる個所も散見できる。たとえば憲
法制定過程のくだりだ。修正前では、大日本帝国態法をつくる際、「民間の草案も
参考に」したとの記述があった。これは誤りであり、削除されたが、逆に日本国憲
法の制定では、明らかに連合国軍総司令[(GHQ)が民間草案を参考にしていた事実
があるにもかかわらず、それに一言も触れていない。ここでこそ民間草案に触れる
べきで、意図的だと思う。

 人権の説明でも、かつて拷問があった、言いたいことが言えなかった時代があっ
た、といった歴史的背景を盛り込んでおらず、人権が日本で内在的に必要とされた
経緯について触れていない。
歴史

大陸の農耕、牧畜に支えられた四大文明はいすれも、砂漠と大河の地域に発展した。
それに対し、日本列島では、森林と岩清水に恵まれた地域に、ー万年以上の長朗に
わたる生活文化が続いていた(縄文文化)


学問的な裏打ち弱い

直木 孝次郎
大阪市立大名誉教授
(日本古代史)

「森林と岩清水の文明」と位置づけていた原文よりは、だいぶましになった。
国家が成立する以前の縄文期を四大文明とは比較できない。その意味で検定意見は
正しい。しかしまだ不十分だ。岩清水でこの時代を代表させるのは無理がある。
東日本に縄文遺跡が多いのは、住民がサケ・マスを栄養源にしていたからという有
力学説があり、むしろ「森林と河川の時代」なのだ。この文の直前には「日本列島
の住人は、すぐには大規模な農耕を開始する必要がなかった。それほど、食料に恵
まれていた」とある。

だが、骨の研究から平均寿命は30歳ほどと考えられ、人口増も多くはない。
そもそも1万年以上も農耕以前の状態が続くのは後進的ということだ。学問に裏打
ちされていない文学的な表現が全体的に目立つ。神話や伝承が多いのは、この教科
書のーつの個性として受け入れてもいい。
ただ、神武天皇の東征伝承に1頁、日本武尊に2頁で、古事記神話に4頁と紙面を
取りすぎており、バランスが悪い。肝心の歴史的事実が、説明不足になる傾向が見
られた。

 修正後も「570年以降…新羅と百済が日本に朝貢した」という記述が残った。
贈り物をしたことは日本書紀にあるが、上下関係とは言い難い。古代の朝鮮と日本
は片方が優勢になる時期はあるが、おおむね対等と見た方がいい。この教科書はど
うも、日本を良く見せるために近隣諸国を低くみようとしたがり、ともすれば事実
から逸脱しそうになったりしている。現在の基準で歴史を評価しないという考え方
には一理あるが、偏狭な愛国心を植え付けかねず、教育的と言えるのだろうか。

 検定で改良されたが、なお見逃された誤りも多い。100点満点で原文は40点、
検定後55点。合格の60点に達しない。

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朝貢
幕府はその後も、朝廷を国の仕組みの頂点こする形式は変更しなかった。幕府が実
力を伸ばしても、国家統治の正統性を保つために、朝廷をないがしろにできなかっ
たからである (鎌倉幕府)

天皇優位の主張一貫

木村 茂光(東京学芸大教授・日本中世史)


 鎌倉代の人々の支配は、御家人制や守護・地頭を通じて鎌倉幕府が担っていたの
に、源頼朝が朝廷から征夷大将軍に任命されたという形式的なことだけが強調され
すぎている。

 モンゴルからの服属の要求や元寇にも、「朝廷と幕府はー致して、これをはねつ
けた」「朝廷と幕府が協力して対処し」と記し、朝廷と幕府を同等に位置づけて戦
ったように描いている。坂上田村麻呂は天皇から征夷大将軍に任命され、「天皇の
軍隊」の長として蝦夷と戦ったが、頼朝は御家人制を基盤に幕府という独自の政治
・軍事組織をつくりあげたうえで、自らの地位を明らかにするために征夷大将軍と
いう称号を得たという、両者の腕史的意味の違いがあいまいにされている。

 室町時代でも「将軍が天皇から任命されてその地位につくという原則に、変更は
なかった」と記し、この時代でも天皇の権力が優位であったとー貫して主張してい
る。また、土一揆や山城・加賀の国一揆は語句として登場するが、一揆が全国的に
広まった背景や、一揆の展開が統一政権の成立に果たした役割は記されていない。
織田信長から江戸幕府に至る政権統一への流れは、戦国大名同士の戦いから出てき
たとともに、拡大した一揆勢力を抑えられるのはだれかということも重要な要因だ
った。そういう歴史のダイナミックな流れが撒かれておらず、底が浅い。中世史で
は全般に社会を規定した根底的な要因を描こうとしていないのが特徴といえる。

 百何十カ所を修正しても「つくる会」が書きたいことの中での訂正に過ぎず、こ
の教科書を貫く天皇を中心とする国家観や歴史観はまったく修正されていない。

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 韓国併合のあと、日本は植民地にした朝鮮で鉄道・灌漑の施設を整えるなどの開
発を行い、土地調査を開始した。しかし、この土地調査事業によって、それまでの
耕作地から追われた農民も少なくなく… (世界列強の仲間入りをした日本)

 (百済観音像の説明として)飛鳥時代を代表する優美な仏像。クスノキを素材と
する像は中国、朝鮮では見られないことから、日本の像であることが分かる
(巻頭の写真の説明)

日本の行為高く評価
高崎 宗司(津田塾大学教授・日韓関係史)


 検定意見に従って修正した結果、私の採点では100点満点で20点だったのが
30点になったが、「不合格」には変わりない。修正後の記述や検定意見がつかな
かった部分にも問題が多い。朝鮮や中国、米国などは否定的にとらえ、日本は良い
ことをしてきたという印象を与えようとしている。
 例えば、韓国併合後の朝鮮半島で日本が開発を行ったのは事実だが、日本のため
に行ったのであり、評価できるようなことではない。百済観音については、日本独
自の美術だと強調したいのだろうが、「宮済」という名前が示す通り、朝鮮半島の
影響が色濃い。

 ぺりー来航は武力で脅す砲艦外交だとしているが、日本も江華島事件では朝鮮に
対して同じことをしており、日米間以上に不平等な条約を強いた。満州事変後、リ
ットン調査団は「満州における日本の権益を承認した」とまず書いているが、満州
事変と満州国を認めなかったのが本筋だ。第一次大戦後のパリ講和会議では、日本
が人種差別撤廃案を提案したのに米大統領が不採決にした、と米国を批判的に書い
ているが、このとき、日本も朝鮮などに差別をしていると批判されたことは書いて
いない。

 日本の歴史を中心に学習するのは当然だが、国際化の時代には、近隣の国々との
相互理解を目指して正面から向き合うことが必要だ。この教科書は、80年代以降
に各地の教育現場で進められてきた国際理解教育に逆行している。このような歴史
認識では外国人との対話は成立しないだろう。
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 満州事変は、日本政府の方針とは無関係に、日本陸軍の出先の部隊である関東軍
がおこした戦争だった。政府と軍部中央は不拡大方針を取ったが、関東軍はこれを
無視して戦線を拡大し、全満州を占領した。これは国家の秩序を破壊する行動だっ
た (日本の運命を変えた満州事変)

バランス欠ける記述
鹿野 政直 早稲田大元教授・日本思想近代史


 戦線拡大を関東軍だけの貴任とするのは謝りだ。当時の内閣は確かに不拡大方針
を決めたが、ー方で戦闘の既成事実を追認し、経費支出は承認していたからだ。
満州事変の記述からは、日本は「国家」としては悪くない、と読み取れる。戦争を
矮小化している。国家を正当化する記述は全体的な特徴だろう。

 日清戦争後の下関条約では、「清は(中路)遼東半島と台湾などを日本に割譲した」
と清を主語にして記述したが、「清に割譲させた」というのが適切だ。一方で、
「三国干渉」を受けての半島返還の記述では「やむをえず、一定額の賠償金と引き
かえに遼東半島を行手放さねばならなかった」と被害者意識を強くにじませた。
奪った事実は記憶の外に排除したような記述だ。 こうしたバランスを欠く記述は多
い。関東大震災後に社会主義者や朝鮮人・中国人らの殺害事件を起こしたのは「住
民の自警団など」としているが、軍隊や警察も起こした例は書いていない。ハワイ
・真珠湾攻撃については、不意打ちだったことが記述されていない。

 また女性についての記述が極端に少ない側面からは、女性を家に閉じこめるよう
な史観がうかがえる。コラムで取り上げた与謝野晶子については、「(歌人であるー
方で)主婦として、妻や母としてのつとめを果たし続けた」として、「良妻賢母」的
な面を強調した。女性解放への思いを軽視するー面的な紹介の仕方だ。
全編にわたる基本的性格は、意識を国家にー体化させるための誘導と、社会運動や
思想弾圧に関する記述が少ないことなどに表れる民衆の歴史の黙殺だ。「国体」中
心の「自己陶酔史観」が貫かれていると言ってよい。