きっかけは些細なことでございました。いつものように、パルミアの街中でモンスター召喚の魔法を連続詠唱した三代目ちゃん。いつもと違っていたのは、加速の魔法が切れているのを放置していたこと。そのため、召喚されたレッドドラゴンには狩られる前にブレスを吐く時間が残されていたのでございます。

放たれた炎のブレスは、先に召喚されたまま放置されていた中立モンスターや低級モンスターを直撃し、広範囲を炎上させました。消し止めることはできたでしょう。蜘蛛の巣の魔法はうなるほどストックが余っています。しかし……。「面倒くさいわね」

放火をおこなったのはあくまでもレッドドラゴン。火災を放置したところで三代目ちゃんは罪に問われません。もとより人の少ない場所でもあります。ネフィア内では火柱が生じてもすぐに消えることも、放置したところで大した問題はないだろうという楽観を後押ししました。

結局、狩りを終えた三代目ちゃんは火柱を無視して釣りを始めることにしたのでした。

釣りの途中、誰かが闇に蝕まれて死亡したログが流れ、狩り残したモンスターの存在を示唆しましたが無視します。ショートテレポートで飛び回っているやつを探し出すのは面倒ですし、そのうち遭遇したときに処理すればいいでしょう。誰かが焼け死んだことを伝えるログも流れましたが無視します。たぶん召喚したまま放置していた中立モンスターでしょう。

しかし、自分が炎に飲みこまれて釣りが中断されるに至っては、さすがの三代目ちゃんも無視を続けることはできませんでした。

[画像] 炎に包まれるパルミア

「こ、これはネタになるわね……じゃなかった、たいへんなことになったわ!」

うっかり本音を漏らしながらも、三代目ちゃんは被害状況の確認に走ります。しかし、時すでに遅く、パルミアの三分の一が炎に飲みこまれていたのでした。

大したことにはなるまいと高をくくっていた火種が驚くほど広範囲を炎上させたことに、三代目ちゃんは愕然とします。そうしているあいだにも、市民やガード、あるいはその所持品の宝石や魔法書が焼失するログが流れてきました。阿鼻叫喚です。「な、なんてもったいない……どうせなら盗んでおけばよかったわ」

あまりの衝撃に、もはや本音がただ漏れとなっている三代目ちゃん。ペットたちも炎に包まれて嫌な顔をしています。

これまでは先人の教えを胸に刻み、火の始末を怠らなかった三代目ちゃんや先代、先々代は過去に一度もこのような惨状を目にしたことはありませんでした。やはり先人の教えは偉大です。もしこれが序盤、それも火災の発生源が自分だったらと考えると戦慄を禁じえません。

いまなお刻々と燃え広がる炎を前にして、三代目ちゃんはついに決断します。「……見なかったことにしましょう」

幸いにしてパルミアには水場があります。火災現場とのあいだに水を挟んでいれば、そうそう炎に巻かれることもないでしょう。これぞまさしく対岸の火事。

[画像] 対岸の火事を無視して釣りを楽しむ三代目ちゃん

……なんだかどこかの暴君の伝説が脳裏を過ります。まあ火災を前にしてのんきに眠ったり酒を飲み干したりしているのは他の住人も同じですから、三代目ちゃんだけが非難されることもないでしょう。火災の元凶だと気づかれなければですが。

ところでクミロミ様、「…これが…君の望んでいた結果?」などと呟かないでください。三代目ちゃんは望んでこんな結果を招いたわけではないのです。……いえ、あるいは未必の故意というものがなかったかと問われれば、ないと断言は致しかねるのですが。

それにしても、火勢は一向に衰える気配がありません。一時は対岸に見えた炎も消え、そろそろ収束に向かっているかとも思えたのですが、引いては寄せる波のように炎は燃え続けます。この様子では雨が降らないかぎり火災が収まることはないのかもしれません。しかし所詮は対岸の火事……そう思っていた時期が三代目ちゃんにもありました。

[画像] 炎に焼かれて釣りを中断する三代目ちゃん

うきゃー! 背後の壁によって視界を遮られ、側面から忍び寄る炎に気づいていなかった三代目ちゃんは、いきなり炎に包まれます。他者の不幸を対岸の火事と見過ごしていては、いずれ自分も痛い目を見ることになる……そんな教訓を身をもって示した三代目ちゃんなのでした。

改めて被害状況を確認してみると、すでにパルミアの大部分は炎に包まれ、建物が原形を保っているのは火元から遠かった街の東端付近だけです。

「逃げましょう。パルミアはもう終わりよ」

焼け死んだ住人や冒険者の遺品を漁りつつ、三代目ちゃんはシリアスに告げます。こうしてパルミアは、「赤い花」事件に続いて二度までも、三代目ちゃんによって壊滅に追いやられたのでした。……この子、指名手配とかされないんでしょうか。