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 風に吹かれて、桜の花びらが舞う。
 春、四月。
 部室の窓から満開になった桜の花をぼうっとと眺めながら、聖華高校文芸部部長・藤根みやは物思いにふけっていた。
 次の文集のこと、後輩のこと、これから臨むことになる大学受験のことなど、様々な悩みのタネが、頭の中に浮かんでは消え、また浮かんでは消えていく。
 「やっぱり、偉大だったんだなぁ、秋津センパイ――」
 受験に部活に恋煩い。
 バラ色のセイシュンをダイナミックに駆け抜け、見事に第一希望の大学に合格して見せた、先代部長の顔がふっと脳裏をよぎり、みやは大きくため息をつく。
 先代部長こと秋津文子とは、一年間同じ文芸部の部員として活動したが、その間の彼女の奮戦ぶりといったら、ものすごいものがあった。
 担任を始めとする教員達の渋い顔には目もくれず、「私がやんなきゃ他に誰がやるのよ!」と、三年になってからも常に第一線で活動を続け、夏休みにはかわいがっていた後輩の片思いにケリをつけるために京都へと繰り出した。そして、秋には受験直前だというのに二泊三日のF−1日本GP観戦を敢行し、卒業間際には高校入学以来三年間一途に思い続けてきた相手の心を射止め、今では『らぶらぶ』の学生生活を送っている。
 そんな文子が三年に上がったときと似たような境遇に置かれているのに、彼女とはまったく正反対の状況に追い込まれていく自分に、みやはいらだちを抑えるができないでいた。
 「はぁ……」
 何度めかのため息とともに目をやった先で、彼女は妙なモノを見つけた。
 「……何……あれ………」
 そこにいたのは、自分と瓜二つの姿かたちをした、モノ。
 その手には血に濡れたナイフが握られ、身につけた制服、そしていつもなら曇り一つないはずの眼鏡にも、べっとりと血がこびりついている。
 ガタン!
 突然現れた、異様なモノに、みやは我知らず、腰を浮かせる。
 そして、その瞬間。
 目があったかと思うと、それは妖しい笑みを浮かべる。
 みやの悲鳴があたりに響き渡ったのは、それから数瞬の後のことだった。


 聖華高校のトラブルバスターこと榊刃が親友の織姫真の家を訪れたのは、それから二、三日後のことだった。
 どうもみやの様子がおかしいので、何かトラブルでも起きているのではないか、と、刃は文芸部の部員達に調査を依頼されたのである。
 「……とまぁ、こういうわけさ」
 依頼の経緯と、みやからじかに聴いた話とをすべて真に話し終え、刃は大きくため息をつく。
 「で、どうだ」
 出されたお茶を一口飲んだところで、刃はじっと押し黙っている真のほうに身を乗り出す。
 「どうだ、といいますと?」
 「何とかならねぇか? こいつはどうも俺の手に余る。こういう方面のことなら、お前を頼ったほうが、話は早い」
 「北側、といいましたね」
 「何がだ?」
 「藤根先輩が見ていた、桜林です。部室の北側の窓から、見ていたんでしょう?」
 「あ、あぁ……。文芸部の部室には、北側にしか窓がないからな。部室の窓っていったら、北側の窓しかないだろうよ」
 「そう、ですか……」
 「……何か、都合の悪いことでもあるのか?」
 わずかに眉根を寄せた真に、刃は尋ねる。
 「出るんですよ、あそこは」
 「出る?」
 「ええ。ごくたまに、なんですけどね……。明らかに人外のモノが、出るんです」
 「『出るんです』って、確かあの辺りには糺宮神社ただすのみやじんじゃがあったはずだぜ? 糺宮神社は魔除・封魔を目的としたモノだって言ってたのは、確かお前だっただろう?」
 「それはウチの裏手にある本社の方ですよ。聖華高校にあるのは分社で、本社とは違った意味で建てられてるんですよ」
 「はぁ? なんだ、そりゃ?」
 間の抜けた声で聞き返した刃に、真は机の上から紙と鉛筆を引き寄せ、
 「いいですか? これから書くのは聖華高校の略図ですよ」
 と、聖華高校の校舎配置図を描いていく。
 「この建物が部室棟です。その上にあるのが例の桜林。そして、この小さな建物が、あなたの言った糺宮神社です」
 「それで?」
 「いいですか、よく見てください? この聖華高校には大きく言って二つの桜林があります。一つはさっきの部室棟北側の桜林。そして、もう一つが正門脇にある桜林です」
 「それくらい、見りゃわかるさ」
 「では、この聖華高校の敷地内の中心は、どれですか?」
 「それは……」
 尋ねられて、刃は配置図のほぼ中央にある建物を指差す。
 「これさ。この特別棟だろう? 職員室やら、校長室やらが入ってるぜ」
 「では、その特別棟から見て、二つの桜林はそれぞれどの方角にあたりますか?」
 「どの方角って……部室棟北側の奴は北東、正門脇の奴は、南西………って、おい、これって……?」
 刃の言葉に、真はゆっくりとうなずく。
 「桜の下には死人が眠る――」
 「何、不吉なこと言ってんだ!」
 ボソリ、とつぶやいた真に、刃が怒鳴り散らす。
 「この梶井基次郎の一節がもし本当だとすれば、どうします?」
 「どうするったって……それこそ俺の手に余る。俺一人じゃぁどうしようもないさ」
 ため息をつきながら答えた刃に、ふふ、と真は小さく笑みをもらす。
 「……笑ってる場合じゃないだろう?」
 恨めしそうにねめつけた刃を無視するかのように、真はスッと立ち上がる。
 「行ってみますか……」
 「行くって……例の場所にか?」
 「ええ。私も、以前から気にはなっていたところですから」
 「そう言ってくれると、俺も助かる」
 「……高いですよ」
 ほっとしたように立ち上がった刃に、真はボソリと、つぶやいた。
this page: written by Hikawa Ryou.
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