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 時間はそれより、少し遡る。


 「ちょっ、ちょっとまった。そ、それは多分、何て言うか、あの、その……」
 今まではっきりしていた口調がいきなりどもり出す。
 「どうしたんだ? 思いっきりどもってるぞ」
 急変した刃の様子を見て突っ込みを入れてしまう。
 すると、頭を掻きながら刃が答える。
 「何て言うか、多分それ、俺達の事みたいなんだけど……」
 しばし呆然とする。
 「……は?」
 頭が混乱しているのが自分でも分かる。まさかこんなに早く見つかるとは思ってもいない事であった。
 「ほら、校門でぶつかった奴いたじゃないっすか。あいつ、車に乗ってますよ」
 刃がそう説明をしてくる。先ほど世の中思ったよか狭いと思っていたが、実はかなり狭いようだ。
 「でも、明らかに高校生だったぞ」
 自分で言っといてなんだが、やはり自分の頭は混乱している。
 「いや、今さっき自分で言ったじゃないですか」
 困惑顔の刃が聞き返してくる。
 「あぁ、いやそうなんだが、俺はてっきり留年でもした奴かなんかかと思ってたんでな」
 少し冷静になってきた頭で、刃を見る。
 「で、何ですか? 探してたって事はなんか用事があるんでしょう?」
 刃がそう言ってくる。
 「あぁ、実は俺、出版社でバイトしてるんだけど……」
 と言いつつ、藤色のジャケットの内側の名刺入れから取り出した名刺を差し出す。
 「ああ、『ひうらpress』の……」
 そう言いつつ刃は余計にわからないという顔をしながら、名刺を受け取る。
 そんな刃の様子を見ながら夢人は苦笑しつつ、こう言う。
 「あー突然でなんだかわかんないよな」
 そして、おもむろにバックの中に手を突っ込んで10枚ほどの紙を取り出す
 「ちょっと見てくれるかな? 実は俺ウチの雑誌の中で<Hiura便利屋日記>っての担当してるんだけど、そのコーナー宛にそーゆーe-mailが届いてさ……」
 「はぁ……」
 と差し出してきた紙束を受け取りながら、目を通し始める。
 どの紙にも「バイクと車に乗ってるカッコイイ男の子を捜してください。聖華学園の高等部に通ってる二人組らしいです。」等の事が書いてあり、「その背の高い方の男の子が乗っているバイクにはZZRという文字が書いてありました」等のことまで書いてある。
 「ほう、刃、結構な人気なんだな」
 急に後ろから声を掛けられびくりとしながら手の中の紙から目を上げる刃。後ろには心底楽しそうににやけている店長の顔がある。刃は心底嫌そうにこう口を開いた。
 「店長、頼むから店の宣伝とかに使おうとか思わないで下さいよ。」
 店長と呼ばれた男性は『なぜわかった』とでも言いそうな顔をし、直後苦笑いを浮かべながら
 「わかってるわかってる、お前を宣伝に使わなくてもウチは経営安定してんだから大丈夫だよ。しかし、刃が『カッコイイ男の子』ねえ」
 そう言いつつ、肩を震わせながらカウンターの方へ戻っていく。
 「わりぃ、なんかからかわれる原因作っちゃったみたいだな」
 二人のやりとりを見ながら夢人がそう刃に声をかけ
 「それで、どうかな? 実名とかは出さないでも良いから取材に協力してくれないかな?」
 と改めて刃に向かって頭を下げる。刃はその様子を見てちょっと困惑した様子で
 「いや、俺はかまわないんですけどね。真は取材に応じるかどうかわかりませんよ?」
 そしてちょっと重い浮べるような表情を浮かべ
 「うん、あいつそういうの嫌がると思うし。それに……その、大体高校生で車のってるってばれたら結構大変じゃないっすか」
 そう弁解を加えながら、考え考えに刃は自分の考えを話す。
 「ああ、それは気にしなくて良いよ。彼……織姫、真君で良いんだっけ? に引き逢わせてくれるか、彼が何処に住んでるか教えてくれれば俺が交渉に行くから」
 夢人は話しながら、ふと何かが頭にひっかっかった気がして聞いてみた
 「あのさ、もしかして彼って今年の『桜祭り』の山車にのってなかった?」
 刃はさも当然といわんばかりに頷きながら
 「だってこの辺で『織姫』って言ったら結構有名じゃなっすか? 糺宮神社遠野別宮の山車に16歳の高校生が乗ったって、しかも去年は糺宮神社遠野別宮の山車の復活って話題になったでしょ?」
 それを聞き、夢人は納得したとばかりに深く頷く
 「なるほどね、どこかで見たと思ったらあの取材の時に写真撮り損ねた奴だ」
 笑いながらその時の話をしだす夢人。刃も夢人の話に耳を傾ける。いつの間にか店長もうずうずしていたのだろう。傍の椅子に座って話を聞く体勢になっている。


 夢人はその日、早朝(深夜4時)から祭りの事前取材を断られた全ての山車を取材しようと、愛機のオートフォーカスカメラ一台とレンズを数本それにフィルムをダース単位で5つ準備し、小型のカメラバックにレンズとフィルムを放り込んで、愛車であるS13シルビアに乗って氷浦市を縦横無尽に駆け回っていた。
 この早朝4時という時間に起きて動き出しているのは事前に全く取材できなかった、と言うか高校生が宮司として山車に乗るとしかわかってない『糺宮神社遠野別宮』をなんとしても取材したいがためであった。夢人が『糺宮神社遠野別宮』通称『別宮』に着いた時は5時前であり『別宮』の山車が今にもでそうな雰囲気の時であった。
 山車の周りには、威勢の良さそうな男女老若男女が集まっていた。それこそ下は高校生位から上はオイオイ50代だろ? この人と思うような人間でひしめいていた。山車は基本的に担ぎ手には男性しかつけないため山車の周囲の内側に男性がその外側に女性が集まっているという風に見えた。出発を前に女性たちが清めの水であろう水を山車の周囲に居る男性たちにかけると山車は動き出した。
 同じような取材の人間は居なかったためもあり、またこれは『神事』という事で氏子などしか担ぎ手が参加していないためか厳粛な雰囲気の中、夢人は『別宮』の山車を見送った。写真をとり、取材の記事にするつもりだったのだがこの『神事』を荒らしてはいけないと頭のどこかで判断していたのだろう。山車が出た後の別宮を1、2枚写真に収めると早々に別宮を立ち去る。報道関係の人間は全く居ないか、もしくは夢人と同様に考えているのか山車を追って行く車などはなかった。
 夢人もその『神事』を見たい気持ちにかられたが、氏子である友人に「出発の時間とかは教えてやれるけど、神事が行われる場所までは来るなよな? これは本当に頼むぜ? 大体何時に出るとかもあんまり教えちゃいけないんだからな」
 と困った顔で言われたのが引っかかっていたのもあり、山車が日中使うメインストリートの夜明けなどを撮影しながら朝を待っていた。
 朝も10時を回りだして来るとメインストリートには屋台がズラリと建ち並び、祭りの様相を見せ始めて山車が徐々に氷浦市役所周辺に集まり始めている。それから午前11時から午後2時までの「競り囃子」中の絵は地元のTV局が放送するため撮っても面白くない。その祭りの最中は山車や囃子を無視して街の人たちの楽しんでる姿を捉えろ!!!! という編集長の言葉どうり夢人はその『桜祭り』を楽しんでいる人々の写真を撮って行き、山車が各神社に帰還していく所を一つの神社に絞って狙おうと『別宮』の先回りをして早朝スタンバイした所に車を回そうと愛車のS13をとりに駐車スペースに向かうと、何やら騒々しい……不審に思って駆け出してみると、愛車のボンネット部分にワンボックスカーがめり込んでいる。人を掻き分け愛車を眼前に見ると再起不能であることが一目でわかる。
 インタークーラーどころかエンジンまでひしゃげているようだ。近くに居る警官にその車の持ち主である事を伝えると、心底同情した様子で「あーどうやら相手の飲酒の上の事故らしくってね、それで相手側は示談で済ませたいらしいんだ。どうかな? 事故を起こした相手と話してみてくれないかな?」
 それを聞きちょっと腹を立てた夢人は
 「一体なぜそんな言葉が出てくるんですか? 相手は飲酒運転だったんでしょ? だったら取り締まるのが警察の仕事じゃないんですか?」
 そう食って掛かると、ますます困った顔をして
 「それはそうなんだが……」
 と、耳に顔を近づけてきて、声を潜めて
 「実は・・・・・・と言う訳であまりおおっぴらに出来ないらしいんだ」
 耳打ちしてくる。それを聞いた夢人が納得は出来ないと言うような顔をしていると相手側の人間だろう(おそらく秘書かなにかだ)が進み出てきて「車の方は同車種で一番新しい年式の新車で弁償させていただきます。それに車の無い間の迷惑料と示談にしていただけるのでしたら・・・・・・これだけの額のお金を御支払い致します。どうにか、示談にしては頂けないでしょうか?」
 どうやら見た感じでは大会社の社長秘書といった感じである。おそらく事故を起こしたのは馬鹿息子か何かだろう。しかし、提示された金額を見ると眼がおかしくなったかと疑うばかりである。示談にするためにそれだけの金額を支払うとは一体どんな金銭感覚をしてるのだろうと考えていると
 「どうでしょうか? もしよろしければ此処で誓約書をお書きしてお渡しするように言われているのですが?」
 夢人は車が弁償される事がわかったため気持ちは一気に「別宮」の山車へと飛んでいっていた。
 「ああ、わかりました。とりあえずその誓約書だけいただいて、この場の処理はお任せして良いですか? 俺、今『桜祭り』の取材中で追っかけたい山車があるんです」
 そう言うとその秘書は
 「ハイ、ただいま」
 と短く返事をすると名刺と誓約書を渡してきて、こう言った。
 「お時間が出来ましたら、私の携帯電話のほうにお電話ください。直ぐにお車の方とお金をご用意させていただきますので」
 その言葉を聞くが早いか、
 「それじゃあ、俺急ぎますんで後の事宜しくお願いします」
 そう言うとタクシーを拾うべく、人ごみを掻き分けて通りに出る。しかし道は込んでいて、しかもタクシーを使って帰ろうとしている人がいっぱいでタクシーを拾えそうも無い。
 「っきしょう、参ったなあ。これじゃあ別宮の山車帰還しちまうぞ」
 そう言って仰ぎ見た空には星が瞬き始めていた。


 「で? 結局の所『別宮』の山車解散に間にあったんすか?」
 刃が聞いてくる、夢人は手をひらひらさせて
 「結局無理だったさ、大体事故の後処理を任せたとは言っても事情聴取とか何とかで6時半? 7時?位まで掛かってたからね」
 苦笑しながら言う夢人に刃が
 「でも今乗ってるのってシルビアじゃないんすよね? エンジン音が全然違いましたもんね?」
 と、鋭い突っ込みをしてくる。
 「ああ、今乗ってきたのはカプチーノだよ。大体仕事とかの時はこっちを使ってるんだ。」
 そう言いつつ、指に引っ掛けたキーをクルクルまわす。
 「こっち? って事はシルビアも持ってるって事かい?」
 店長からも突っ込みをくらい、夢人は笑いながら答える。
 「ええ、言葉どうりちゃんと弁償してくれましたよ。あんまり信用してなかったんですがね」
 そう言うと、刃と店長は顔を見合わせながら
 「「金はあるトコにはあるもんだなあ」」
 と洩らす。そんな刃の様子を見ていて夢人は
 「で、どうかな? 取材OKだったら一緒に事務所の方に来てほしいんだけど?」
 と話を続ける。刃はそれを聞いて店長の方を見て
 「という事なんでついでだし、今からあそこちょっと見てきますね」
 と話し掛ける。夢人はその「あそこ」と言う言葉のニュアンスに反応して
 「なんです? その『あそこ』って?」
 と直ぐに二人に聞いた。二人は顔を見合わせて、店長がおもむろに口を開いた。
 「実は、最近事故が多発してる所があってね。ウチのお客でももう2人位そこで事故にあってるんだ。それも運転の上手い制限速度も守るような人たちなんだよ。その事についてさっきまで話してたんだ」
 と、それに続けて刃が
 「それでその事務所の方に行く前にそこをちょっと見て廻っても良いっすか? そんな時間はとらないと思うんで」
 と言いながら、刃はバイクのヘルメットを小脇に抱えて椅子から立ち上がる。
 「OK!そう言うことなら俺もついて行こう。事故多発地帯って事は何かあるかもしれないしな」
 そう言うと夢人も立ち上がると、店長の方に一度頭を下げてから、
 「今度の『ひうらpress』でバイク特集やる予定なんですよ。もし良かったら今度その取材させていただいて良いですか?」
 と、ニッっと笑いながら提案する。それを聞いて店長もニッと笑って、
 「ああ、その時は連絡くださいね。お待ちしてますよ。それじゃ気をつけて行って来て下さいね」
 その言葉に送り出されながら、夢人と刃は店を後にした。


 その問題の場所までは刃がバイクで先行し、そこから事務所までは夢人が車で先行する事になった。
 刃のバイクの後ろに付いて行きながら夢人は刃が言っていた事を思い出していた。
 「たいしたコーナーでもないし見通しが悪いわけでもない。それなのに事故は増えてきている・・・・・・」
 なんだか夢人は、きな臭い物を感じていた。なにか人間以外のものが絡んでそうな予感と言うか、不安感と言うかそういったものを感じながら刃の後ろを付かず離れず付いて行く。
 刃の運転はかつてバイクに乗っていた夢人が見ても安定していて、しかも余裕があることがはっきりと見て取れた。後ろにいる自分の事を気遣いつつ運転している。
 「上手いな……俺がバイクに乗ってもああ上手くは運転できないな」
 独り言を吐いてしまったことを打ち消すかのように缶ホルダーに入っているブラックの缶コーヒーをプシュッっと空けると、一口すする。

 目の前には刃のバイクと前に走っている車が2台見える。
 
 突然夢人の全身に鳥肌が立った。前のゆるいコーナーに二台の車が吸い込まれていくように見える。
 
 ……なにか居る……」

 刃も何か異変を感じたのだろうか、路肩にバイクを寄せて停まっている。
 夢人はその横に車を止めようとした瞬間

 ……とまらない

 前に走っている車は先頭を走っていた車の横っ腹に後ろの車が突っ込んだ形でガードの看板の所に張り付いている。夢人はステアリングを切って何とかそこを避けるととりあえず停めて事故の状況を確認しに車を降りた。
 刃が先に事故車の所に近づいて状況を確認していた。
 「刃君、人は無事か?」
 夢人が声をかけると刃は
 「危ないですね、とりあえず救急車を呼びました」
 前の車の中には若い男性と女性が乗っていて、後ろの車には中年の男性が乗っている。
 3人とも意識は無いようでぐったりしている。
 5分ほどしてから、救急車が到着し3人を収容し病院へつれていった。
 刃も夢人も事情聴取は受けたが、『何がなんだかわからない』と言うのが本当のところで連絡先を聞かれて直ぐに解放された。
 「やっぱり、何かあるみたいっすねココ」
 その言葉に夢人は目を見張り、
 「刃君……君も感じたか? 此処には『なにか居る』って」
 と、すると今度は刃の方が目を見開いて夢人を見る。
 「って事は夢人さんも、そう云うモノが見えるんですか?」
 一瞬二人の周囲の空気が、一気に冷え込む(?)二人とも寒気を感じ、目を見合わせる。
 「やばいっすね、ここ」
 「ああ、とりあえず早いトコ此処はなれたほうが良さそうだ」
 二人はそう言うと、自分の愛車に戻ると今度は夢人が先行する形でしかしさっきよりも若干スピードを上げて氷浦市街地へと向かって行った。
 
 後ろからはいくつかの恨めしそうな視線が二人の背中を刺していた。
this page: written by Akitsu Mitsuhide.
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