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2
 夕暮れ時の氷浦市街を一人で歩く澪の姿があった。
 遠目に見ても不機嫌なのがよく分かる。
 「何なのよあの子は……」
 澪が言っているのは、今日やってきた転校生のことである。
 昼の休み時間、澪はいつものように真のクラスに行って昼を一緒にとろうとしたのだが、真は教室にいない。どこに行ったのかと真の友人に聞くととんでもない答えが返ってきた。
 「織姫…、あぁ、転校生の可愛い子と出て行ったよ。確か……」
 親切に答えてくれている友人をいきなり締め上げて、真の居場所を聞くとすぐに教室を飛び出した。
 余計な一言を言ってしまった哀れな友人はその場で咳き込んでいる。
 その後、屋上での出来事は思い出したくも無い。
 「大体真もなにしてんのよ、あぁもぅいらいらするなぁ」
 放課後も真を捕まえられず、結局ぶらぶらと氷浦市街に出てしまった。
 そのあいだ、何人かの怖いもの知らずが澪に声をかけてきたがいずれも黙殺されていた。
 「はぁ、これからどうしよっかなぁ」
 そう言いながらふと道路のほうを見ると、見慣れたバイクが通り過ぎる。
 「あれ…、今の刃君よね? ちょうどいいやストレス発散に付き合わせようっと」
 すでに、刃の姿が見えなくなっていたが携帯電話を取り出し手馴れた手つきで刃の携帯の番号を呼び出すとコールする。
 今バイクに乗っているので電話に出られるわけは無いのだが、着信履歴を見れば澪が電話したのが分かるはずだ。そう思いコールするとすぐに切る。
 そうして携帯をポケットに入れようとしていると最近流行の曲が流れ出す。
 携帯の画面を見ると刃の名前が出ている。
 「もしもし、今市街にいるでしょう」
 電話を取った瞬間にそう言うと、刃があきれたような声で答えてくる。
 「いるぜ、て言うか横見てみ」
 刃にそう言われてから横を向くと、刃が道をはさんだ歩道で呆れた顔でこちらを見ている。
 その横には見知らぬ人が立っていた。
 「何でそんなところにいるのよ。まぁいいわこれから付き合ってよ」
 電話を取った瞬間これだった。
 「これからかぁ、悪いけどこれから用事があるんだ。それに真にでも頼めばいいじゃないか」
 刃が不用意に真の話題に触れた瞬間、澪は自分でも驚くぐらいの声で叫んでいた。
 「真がいないから言ってるんじゃないの!!」
 町を行き交う人が奇異の視線を澪に送っている。
 さすがに刃も澪の様子がおかしいのに気が付き反対側の歩道へとやって来る。
 「どうしたんだ? また真と喧嘩でもしたのか?」
 やれやれといった感じで刃が声をかけると、澪はその大きな瞳に少し涙をためている。
 元々涙腺が弱いため感情が高ぶるとすぐに涙目になる。
 そこそこには付き合いが長い刃にはそれが分かったが、遅れてやってきた刃の知り合いらしき人物が困った顔でたっている。
 「あ、ごめん……」
 そう言って澪がうつむくと、刃がなにやら連れと話し始める。
 「……という訳なんで、ちょっと時間いいですか?」
 両手を合わせてから連れ──夢人──になにやら頼むともう一度声をかけてくる。
 「で、どこに付き合えばいいんだ?」
 そう言ってくるが、
 「いいわよ別に、特に用事は無いし。それに刃君も用事があるんでしょう」
 少しばかりすねたような感じで言ってくる。
 「て言ってもなぁ。ほんとにどうしたんだ?」
 なおも刃が聞いてくるがそれにも曖昧な返事をするだけだ。
 刃が困惑していると、横から夢人がやって来る。
 「なんかたてこんでるようだね。道端で話すのもなんだしもし良かったら君も一緒にこないかい? 飲み物ぐらいは出せるから」
 そう言ってから夢人が二人のところに、正確には困っている刃に助け舟を出す。
 「え、いいんすか。じゃあ行くか? どうせ真のことだろう?」
 刃もそう言ってくる。
 少し怪訝な表情で澪が答える。
 「あの、どなたですか?」
 もっともな意見である。
 「そうだった。えーと…」
 そう言ってから名詞を出しながら自己紹介をしてくる。
 「梓瞳夢人、出版社のほうでバイトしてるんだけど、今度の企画で刃君たちに協力してもらう事になってね」
 名詞を受け取りながら夢人の話を聞く。
 「あ、遠野澪です。」
 こちらも失礼の無いように自己紹介をする。
 「でも良いんですか。打ち合わせとかがあるんでしょう?」
 いつもの調子に戻りながら澪が夢人のほうへ問い掛ける。
 「あぁ、別にかまわないよ。」
 すると刃が横から口をはさんでくる。
 「こいつ、真の従姉妹なんですよ」
 「え、そうなんだ。ならちょうどいい、君にも少し聞きたいことがあるんだ。と言うわけで行こうか」
 そう言うと、夢人はもと来た道を戻りだす。
 「ほらぼけっとしてねーでいこーぜ」
 刃もそう言って夢人の後を追う。
 良く訳がわからないが澪もまた付いていくことに決定してしまったようだ。
 「まぁいいか」
 そう言ってから澪も二人の後を追いかける。 


 三人が向かったのは記桜出版と書かれた看板のあるビルに入っていく。
 三階の部屋の一室に通された二人は少しばかり緊張した面持ちで部屋に入っていく。
 「えーと、何から聞こうかな? まぁそんな固くならずに楽にして良いよ」
 そう言いながら夢人は二人を促すようにソファに腰を掛ける。
 夢人に促されて二人ともソファに腰をおろす。
 「そうだな、じゃあまずプロフィールから聞かせてもらおうかな」
 メモの準備をしながら夢人は刃のプロフィールをメモる用意をする。
 「えーと、生年月日は……」
 刃が自分のプロフィールを話し始める。
 大体のプロフィールを話し終えると、夢人が少し休憩しようといって席を離れる。
 「ねぇ、一体なんだったの?刃君のプロフィールなんかメモってたけど」
 頭の上に疑問符を浮かべながら澪が聞いてくる。
 「なんかのって、失礼なやつだな」
 苦笑をたたえつつ刃が事情を説明する。
 刃の説明を聞きながら澪は少しばかり複雑そうな顔をする。
 「……てな訳だ。分かったか?」
 事情を説明し終えると夢人が手に飲み物を持ってやってくる。
 「あ、すみません」
 そう言いながら澪が立ち上がって二人分の飲み物を受け取り、刃に一つ手渡してからまたソファに座る。
 「あの、一つ聞いてもいいですか?」
 澪は遠慮しながらも夢人に声をかける。
 「なんだい?」
 そう言ってから夢人もソファに座る。
 「あの、真にはこの話はしてあるんですか?」
 そう切り出す。
 「あぁ、その事か。いや、まだ織姫君のほうには会ってないからね。刃君にしたって偶然会ったんだ」
 と夢人が説明する。
 「そうなんですか?」
 澪は少しホッとしたような表情になる。
 「実はお願いがあるんですけど……」
 真剣な顔で夢人に話し始める。
 「何? 出来ることならいいけど」
 二人が話すのを黙って聞いていた刃のバッグの中から携帯の着信音が流れ出す。
 「あ、すみません。ちょっといいですか?」
 そう言って携帯を片手に部屋から出て外のほうまで出る。
 刃が出て行ったのを見送ってから澪が口を開く。
 「真のことなんですけど、どこらへんまで調べてます?」
 そう言われても、真の事に関してはほとんど何も分かっていない夢人は素直に答える。
 「いや、それがほとんど調べてないんだ。分かっていることと言えば名前と糺宮神社の後とりと言うことぐらいなんだ。で、良ければ二人から話を聞きたいんだけど」
 その説明を聞き、澪の表情が少し和らぐ。とは言っても相変わらず複雑な表情をしている。
 「そうなんですか……」
 澪の表情を見て、夢人が声をかける。
 「どうしたんだい? 何か問題でもある?」
 夢人は素直に疑問を聞いてみる。
 「実はですね、真の事をあんまり周りに知られたくないんです。その……」
 澪が話をしていると刃が部屋に戻ってくる。
 「あ、すみません。話の腰を折っちゃったみたいですね」
 そう誤りながら先ほどと同じ位置に座る。
 「で、何の話してたんだ?」
 刃が澪に話し掛ける。
 「あ、うん。真の仕事のこと話そうと思って……」
 澪がそう言うと、刃が納得したような顔でうなずく。
 「そうだな、あいつの場合特殊だからな」
 夢人は黙って二人の会話を聞いている。
 刃が夢人に真の仕事について説明する。
 「あいつ、高校生なのに仕事を持ってるんですよ。桜坂総合警備って会社聞いたことありません? まぁそこに勤めてるんですけどね、仕事内容って言うのが普通じゃないんですよ。まぁ高校生で仕事してること自体普通じゃないんでしょうけどね。」
 と、ここまで説明して一息入れる。
 「そうなんだ。でもどこが普通じゃないんだい? 確かに高校生で仕事を持っているのは珍しいけど、皆無って訳じゃないだろ」
 夢人がそう聞き返す。
 「うーん、何て言ったらいいのかな? まぁ分かりやすく説明すると幽霊なんかの起こす事件に対する処理って感じですかね」
 刃は簡単に説明する。
 「幽霊? そりゃまた突飛な話だな」
 常人が聞いたら笑い飛ばしそうな内容だが、夢人はそんな素振りは見せず真剣に聞いてくる。
 「詳しく説明すると違うんでしょうけど大体そんな感じです。信じられませんか?」
 そう言って説明し終えると、先ほど夢人が持ってきてくれた飲み物を飲む。
 「いや、信じるよ。自分で言うのもなんだけど俺も霊感は強いほうなんだ。それに知り合いの先輩がJGBAに勤めてるからね」
 夢人がそう言うと、刃は少し驚いていた。
 JGBAと言う単語に反応したといってもいい。刃にしたってその単語を聞いたのはつい最近のことだった。
 「そうなんですか、だったら話は早いですね。そう言えばさっき言った場所でも何か居るって言ってましたね」
 刃はしきりに納得している。
 「そうか、事情は大体わかった。こちらとしてもそんな事まで載せる訳には行かないしね。まぁ当り障り無いことだけしか載せないようにするよ。もっとも織姫君が協力してくれたらだけどね」
 そう言って笑顔になる。
 今まで複雑な表情をしていた澪も夢人の言葉を聞いてホッとしているようだ。
 「おっと、ずいぶん長くなったけど時間のほうは大丈夫かな」
 夢人に言われて時計を見やると、時計の針はやがて7時を刻もうとしていた。
 「あーもう7時になってる、急いで帰らなきゃ」
 澪が慌てながらまくしたてる。
 「送っていこうか? すぐそこだったよな」
 刃がそう言うと、
 「遠慮するわ、刃君の運転って危なそうだもん。無理心中なんかしたくないわ」
 そういうが早いか、夢人に挨拶をして走って出て行ってしまう。
 「刃君のほうは時間はいいのかな?」
 夢人が聞いてくる。
 「あぁ、俺は大丈夫っすよ。一人暮らしなんで」
 そう言うと夢人が食事に誘ってくる。
 「それならこれから飯でも食いに行かないか? どうせ経費で落とせるからおごるよ」
 ニカッと笑いながらそう誘ってくる。
 もちろん刃がそんなおいしい話を断るわけも無い。
 「良いんですか? ならお言葉に甘えてごちになります」
 その後、二人は賑わいを見せている夜の氷浦市街へと消えていった。
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