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 『ゆかりさん、明日、暇ですか?』
 そういって真が電話をかけてきたのは、いよいよゴールデンウィークを明日に控えた、4月も最後の金曜日の夜のことだ。
 「ええ、暇だけど?」
 桜坂総合警備を退社してフリーになった今年は、ゆかりも世間並みの連休を取ることができた。何らかの組織に所属している退魔士はその性格上、ゴールデンウィークだからといってそうそう連休を取れるような職業ではない。去年も一昨年も、一応連休を取ることにはなっていたものの、いずれも非常召集で反故にされている。で、フリーになった今年こそは、と意気込んでは見たものの、別に恋人がいるわけでもないゆかりは、ゴールデンウィーク初日から予定が空いていた。世の中、そうそう自分の思い通りには行かないものである。
 「で、どうしたの?」
 淡い期待を胸に、ゆかりが先を促す。もしかしたら……、という期待が、彼女の胸の中で頭をもたげて始めていた。
 『明日は非番なので氷浦駅前まで買い物に出ようと思っているんですが……ちょっと、付き合っていただけませんか?』
 「え、えぇ……私は、かまわないわよ」
 内心派手なガッツポーズを作って、ゆかりはつとめて冷静に答える。
 が、やはり、声が上ずってしまっていた。
 『そうですか……よかった』
 「でも、せっかくの非番でしょう? 澪ちゃんじゃなくて、私でいいの?」
 ホゥ、と安堵のため息をついた真に、ゆかりはもっともなことを尋ねる。ゴールデンウィークに非番になった彼を、澪が放っておくはずは無いのだが……。
 『え、あー……その、澪が一緒だと、ちょっとまずいんです』
 澪の名前を出した途端、真の声があからさまに小さくなる。
 「ふーん……何かやましいところでもあるの?」
 『いえ、そうじゃなくって……もうすぐ、澪の誕生日なんですよ。それで、明日、プレゼントを買いに行こうと思ってるんです。それで……』
 「ああ、なるほど。私に、適当なものを見繕ってくれ、ってことね?」
 『ええ』
 「わかったわ。それじゃぁ、何処で待ち合わせをしようかしら?」
 尋ねたゆかりに、真は暫く考える。
 『それでは……』
 「ええ、わかったわ。じゃぁ、そこで待ってるから」
 真が指定した待ち合わせ場所と時間をメモしながら、ゆかりは何度もうなずく。
 『それでは、また。おやすみなさい』
 「おやすみ」
 ピッ、という音と共に携帯が切れると、ゆかりは大きく、そして派手なガッツポーズを作る。
 それが例え澪の誕生日プレゼントを選ぶための買い物であっても、真とのデートであることには、間違いなかった。


 同じ頃。
 自室のベッドの上で、澪は文字通り頬を膨らませていた。
 明日の土曜日は、ゴールデンウィークの初日。しかも真は非番と来ている。
 彼女としては、当然真と一日デート――という計画を勝手に立てていたのだが、その計画は真自身の手によってあえなくご破算となった。曰く、
「その日は先約がある――」
 誰と会うのかは結局教えてくれなかったが、そこは仕事がらみ以外ではあまり人付き合いの無い真のこと。恐らくは葛城や瀬名辺りと、氷浦市近郊にあるサーキットでマシンテスト――つまり、仕事で使う車のメンテナンスを兼ねたテストでも行うのだろう、と、深くは追求しなかった。もちろん、よもや自分の誕生日プレゼントを選ぶために、真がゆかりとデートをしようなどとは考えもしていない澪である。
単純に、「欲しいアクセサリーがあったんだけどなぁ……」とむくれている。もちろん、「欲しいアクセサリー」は、間近に控えた誕生日に真に買ってもらうつもりであった。
 で。
 澪は、今度は別の人間に電話をかけた。
 「あ、もしもし、刃君?」
 相手は、何故か刃である。
 『なんだ、澪じゃねーか。こんな時間にどうしたんだよ』
 恐ろしく不機嫌そうな声音で、刃が答える。
 「あ、もしかして、もう寝てたの?」
 『まーな。誰かさんが電話なんかかけてこなかったら今ごろは夢の中だったよ』
 「ふーん……。まぁいいや。あ、ところでさぁ、明日、暇?」
 『明日? 暇だけど、どうかしたのか?』
 「ふーん、暇なんだ。じゃぁさ、ちょっと買い物に付き合ってよ」
 『買い物ぉ? んなもん真と一緒に行けばいいじゃねーか』
 「真が暇ならそうしてるわよ」
 『なんだ、真、予定詰まってるのか?』
 「うん。明日は先約があるから、って断られたんだよね、さっき。そうでもしなきゃ、刃君に電話なんかするわけないでしょ?」
 『……そりゃぁ、そうだ』
 平然と言ってのけた澪に、刃は半ば呆れながらうなずく。
 『……まぁいいや。明日はどうせ暇だから、付き合ってやるよ。で、待ち合わせは?』
 「えっとねぇ……」
 暫く考えて、澪は待ち合わせ場所と時間を指定する。
 『わかった。遅れるなよ』
 「そっちこそ。じゃぁねー」
 軽口を叩いて、澪は電話を切る。相手が刃であることにはかなり不満があるが、それでもいい。
 どうやら、澪は「ゴールデンウィーク」という雰囲気そのものを楽しみたいと思っているようだった。
 そう。
 この時点では、そして、少なくとも翌日土曜日の昼過ぎまでは、四人は平和な時を過ごしていたのである。


 そして、土曜日。
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