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 「ふぅ、今日も暑いな」
 鬱蒼と茂る木々の間を走る小道を抜けたところで、葛城は一人、空を見上げていた。
 手桶に満たされた水が、陽光をキラキラと反射し、それを他のどんな音をも圧するように響く蝉の声が、取り巻いていた。
 今日も、暑い。
 それだけに、時折吹いてくる風が心地良かった。
 人口は百万人を数える都会の中にあっても、中心部を離れれば、まだまだこうした自然が残っていた――それが、普段あまり人が寄り付かない墓地である、というところが、いささか皮肉ではあるけれども。
 頃は、八月初旬。
 所は、日本アルプスの最末端に連なる桜坂山塊の中腹にある古寺・浄桜寺。
 『太平記』にその名を見ることができる糺宮智良親王の墓所があることで、氷浦市の観光ガイドにも載っているのだが、山の中にあるためか、観光客の姿は年中通して、少ない。
 そんな古寺に、葛城は毎年この時期になると、墓参に訪れる。
 それはあの日以来十二年間――変わらぬ、習慣であった。
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