Graffiti 1 −「変な」手紙−
期末考査も終わり、後は春休みを迎え、それが終われば3年に昇格と思いつつバイトに励んでいた。当然、旅費を稼ぐためである。汗水たらして働いた金で行く旅は、修学旅行とは違う感慨深さがある。だから、やめられないのか...。
「春休みは何処にいこうかな?」と同じバイトをしている友人に自慢しつつ、黙々と働く。
俺は旅のために暇を惜しんでバイトをするが、友人は、何と「女」のためにバイトをしているのだ。俺からしてみれば、非常にもったいない。
友人いわく、「女にか金がかかる」という。
確かに、奴の彼女はそこらにいるのとは一味違い、「おっ!」と目を引くほどの美貌をもつ。
友人も俺ほどではないが(?)そこそこである。 俺もその娘とは何度か会ったことがあるので、彼の言わんとすることも判らんでもない。
だが、少々タカビーで、ワガママま所が「タマニキズ」だと、俺の脳ミソは認識している。
「今度は何処に行くんだ?」
「まだ決めてない。」
「全く、一人者は楽でいいよな...。」
と彼は嬉しいというか、泣きそうというか、何とも言えない表情で話す。
「お前も一緒にどうだ?」
「2人分も旅費だせねーっつーの!」
「たまにはアイツから開放されてみるのもいいんじゃない?」
「それもいいけど、そんなことできると思うか?アイツに。」
「無理だと思う。けど、お互い好きなんだからしょうがないよな。」
と、一応フォローしておく。
バイトが終わり、春休みはどこにデートに行こうかなと悩む友人を尻目に、俺は旅の情報収集のために、本屋に寄ることにした。
以前に比べれば、国内旅行をメインにした旅行雑誌が増えたが、一昔前の旅行といえば、「海外」という認識が常識だった。
海外=ハワイ。日本人ばっかり行くところにまた日本人が行く。何が面白いのだろうか。
今になってもその風潮は変わらないと思うが、海外の範囲が広がったように感じるのはせめてもの救いか。
まあ、人のことだからどうでもいいが、「外に出ていくならもう少し日本のことを知ってからにせいよ。」と、俺独自のウンチクを考えながら本をペラペラとめくる。
「相変わらずの内容だなあ」と思いつつ、変わりばえのしない記事を読んでいると、ある一枚の写真がその手を止めた。
辺り一面の野原をまるで紫のじゅうたんが覆うような、ラベンダー畑。快晴の空がその色を一層引き立てている。
「北海道か...。」ふと、7年前の記憶が蘇る。
俺が初めて北海道に足を踏み入れたのは、小学5年の春、4月のことだった。まだ街の端々に白雪の残る風景は、大阪から引っ越してきた俺にとっては十分印象的な景色だったので、今でもその記憶に残っている。
それから1ヵ月後のこと、俺は初めてあの風景に出会った。わずか1ヵ月で急速に春が訪れ、周囲の雰囲気が変わったことにもオドロイたが、その鮮やかな紫にも驚かされた。
よく東京ドーム(当時でいえばディズニーランドか)何個分、とその広さを例えるが、そんなことすら考えさせないほど壮大で、美しい風景だった。
春休みに行ったところで、その景色が見れるわけでもなかったが、何となく北海道にまた行ってみたいな、という気持ちにその写真はさせた。
でもまだ少し寒いので、沖縄もいいかなとも思ってたけど。(行ったことないし。)
家に帰るのはいつも10時頃。おかげで勉強(予習)なるものは一度もやったことがなかったが、学校の成績もそんなに悪くなかったので、旅行同様母にバイトを止められることはなかった。
まあ、バイトができなければ旅行も当然できないのだが。
「ただいまー」と声をかけてみるも返事は返ってこなかった。母一人、子一人。2人で住むにはやや広すぎる感のある、父の残したこの家だが、つかず離れずお互い自由にやっている。
父の「放任主義」を 母が引き継いだのか、それともすでに見放されているのか...。
とりあえずキッチンに向かい、用意されていた晩メシを食う。1人の食事は少し寂しいのであまり好きではないが、毎日のことではないのでまあ仕方ない。
普段は俺が帰るまで母が食事を待つ。
そんな母を見る限り、まだ見放されてはいない、と再認識する。と同時に、母の優しさに、ガラではないが少しだけ胸が熱くなる。
食事を終えて部屋に戻る途中のことだった。
「おかえり」という母の声に足を止められる。
「なんだ。いたの?」
「ちょっと電話してたの。ほら、京都の綾崎さん、覚えてるでしょ?」
「うん。」
「もう食事は済んだの?」
「うん。」
「さてと。それじゃ片づけて寝ようかな」
と、母がテーブルに手をついて重い腰を上げるように立ち上がった。といってもまだそんな歳じゃない、ということだけ付け加えておく。「じゃ、俺もフロ入って寝るか」
そういって階段を上ろうとしたとき、
「あ、そうそう。今日ね、変な手紙が来てたのよ。たぶん、あなた宛だと思うけど...。」
といって、1通の手紙を俺に渡し、「おやすみ」と言ってキッチンへ消えていった。
受け取った手紙は、普通の便箋に入っている普通の手紙。
「何が変なんだ?」と思いつつ、俺は部屋に 戻った。
バックとさっき母にもらったて手紙を机の上においてベットに転がった。
バイト疲れに追い打ちをかける晩メシによる満足感。やや眠気を催す。
春休みはどこに行こうかなとまだ見ぬ旅先に思いをめぐらせる。帰りに見たラベンダー畑も印象的だったが、他にもまだ行ってみたいところもあった。
俺は基本的に旅先をその瞬間まで決めない。だから基本的に「ツアー」というやつが大嫌いだ。
俺個人の意見として言わせてもらえば、(さっきのウンチクに近いか...)あんなのは、旅ではない。
確かに全国の名所・観光地を回ることも知見知識を広げる上では必要だと思うし、今までは気づかなかったことに気付かされることもある。けど俺に言わせれば、名所(観光地)というのは、景色こそ違えど、その雰囲気はどこも同じだ、と感じるからだ。
だからという訳ではないが、さっきも言ったとおり、俺は基本的に行先はその直前に決める。
どこに行くか、何をするかはその時の自分が欲するままに行動する。
基本的に旅の目的は行った先の、その街の リズムというか、空気を感じたいのだ。
判りやすく言えば、観光地は表の顔、何気ない街並みは裏の顔。
俺はその裏の顔が見たいのだ。
ただし、裏の顔を見たら、表の顔も見たくなる。観光スポットに行かないという訳ではないので、付け足しておく。
(そうでもしておかないと、誰かに見られたときに文句いわれそうだから。一応言い訳。)
いろいろ考えるうちに、うとうとしている自分に気付いた。
バイトで疲れたのでもう寝ようと思って目を閉じたとき、さっきの手紙のことを思い出した。眠いから明日にしようとも思ったが、母の「変な」という言葉が妙に気にかかり、起き上がって机の上の手紙に手を伸ばした。
「別に変なところは...」と思いつつよく見て、やっと気が付いた。
「切手が貼ってない」「あて先が書いてない」「差出人が書いてない」...。
確かに変だ。 というより、これはすでに「変」の域を越えている。
というか、誰かが故意にウチの郵便受けに入れた としか思えない。だから、少々開けてみるのも怖い。
「ただのイタズラか...。」と自分の気持ちを落ちつかせつつ、封を切った。
中には手紙がたった1枚。DMにしても少なすぎると思った。何だろうと思いつつ手紙を開く。
「あなたに会いたい...。」の、たったの1行。
「やっぱり、ただのイタズラか。」と思って、持っていた手紙と封筒を机の上に置こうとした瞬間、あることに気づいた。
「どこかで見た字のような気がする...。」
眠気のせいか、どこで見たのか思い出せない。が、昔よく見た字だ。この字を見ていると、何だか妙な懐かしさを覚えるのだが...。
...。!そうだ。確か。昔もこうベットに横になってこの字を見たことがある。でも、家のベットじゃなかった。
としたら、昔住んでた所のどこかで、自分のベット以外で...。 そうだ。北海道で確か、骨折して入院したことがあった。
たぶん、その時だ!
とすれば、この筆跡の持ち主は...?!
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