Graffiti 2 −差出人の正体−
ひょっとしてこの字はほのか...?でも、ほのかは北海道に住んでるし(当たり前だけど)、どう考えても、この手紙は間違いなくうちのポストに直接入れられたものだ。
「やっぱり、単なるイタズラで、字もたまたま似てるだけか」とも思った。
結局、その日は確証を得ることができないまま、欲望のまま眠りについた...。
週明けの学校というのはどうも嫌だ。できることならベットの上でゆっくり寝ていたいものだが、卒業のためだと自分に言い聞かせて、重い足を教室へと向ける。
別に卒業にこだわっている訳ではないが、今や学歴社会。高校くらい卒業しておかないと、自分のやりたいことができないような仕組みになっているのだから仕方がない。
教室へ足を踏み入れた。が、今日は何故か雰囲気が違う。
いつもなら、俺の頭の中のようにどよ〜んと しているのだが、今日は何だか活気がある。何故だ!?
その理由は教室に入ってしばらくして判明した。クラスメートの1人が福岡に行った話で盛り上がっていたのだ。
「たかが福岡の話で、なんでそこまで盛り上がるか?」と思いつつ、少し離れたところで彼らの話を聞いていたが、「福岡」の話ではなく、その内容は東京に戻ってきた直後の話だった。
「で、どんな娘だった?」
「だから!すげー可愛かったっていってるだろ。」
「だから、具体的にだよ。」
「ん〜。そうだなー。髪が茶色でキレイだったな。それで、腰まであって、ブルーのリボンでしばってて、色が白くて、可愛かったな。」
「何かよく分からん説明だな〜。」
「おい、写真とか撮らなかったのかよ?」
「そん時カメラ持ってなかったんだからしょうがないだろ。」
...。女の話だった。でも、そいつに言わせれば、最初は芸能人かアイドルかと思ったほどだという。
そして話はさらに続いた。
「でもよ、空港にいたってことは、東京に戻ってきたか、その逆だよな。」
「そうだな。で、どっちだったんだよ。」
「たぶん、東京の娘じゃないと思う。俺が降りてきたときには公衆電話の所にいて、つながらなかったみたいな顔して、そして、搭乗口の方に歩いていったから、多分帰る直前だったと思うよ。」
「どこ行きの飛行機だった?」
「最後まで見てなかったから分かんないな。」
ちっとも核心に触れない話にイライラした俺は、旅行博士(?)として口出しした。というより、思い当たるフシがあったから、聞いてみたかったのだ。
「多分その時間だったら、札幌行きの飛行機しかないはずだ。」
「あ、そうだ。多分そうだ!」
「おっ、さすが歩く時刻表。」
「ふーん。札幌か...。」
ようやく噂の彼女の行き先が分かったからか、話が終息しかけた。が俺は間発入れず、
「なあ、お前、美術部だろ。絵書いてみろよ。ここまで話盛り上げたんだからイヤとは言わせねーぞ。」と言った。
周りの男連中も賛同する。
「そうだよ。な、書いてみろよ。」
「話を持ち出した張本人だからな。書いて当たり前!」
「うーん。分かったよ。でも、2・3日待ってくれよ。」
「よし、楽しみにしてるぜ。」
ようやくここで福岡に遊びに行ったことも話さず、尋問攻めから開放された奴は、疲れ切った顔で自分の席へと戻っていった。
とりあえずこの話はここで終息した。
噂の美人画が完成するまで、予告どおり3日かかった。
あれだけ盛り上がった他の男たちは、すでに 忘れているらしく、全くそのことは口にしなかった。たぶん、絵の完成が待ち遠しかったのは俺だけだったと思う。もし、その娘がほのかだったら、あの「変な」手紙の説明がつく。
あれから考えてみたが、多分あの手 紙の筆跡はほのかのものだ。それに、奴が空港で見た娘の特徴。アバウトだが、髪の毛とヘアスタイルだけとってみれば、ほのかの特徴と一致する。
もしそうでなければ、あの手紙はやはりただのイタズラ、ということで、俺自身も落ちつくことができる。
そういう意味でも、非常に待ち遠しかった。
木曜の放課後、目撃者である彼が、絵が完成したことを例の男軍団(俺も含む)の前で言った。
「鉛筆のラフ画だけど...。」
彼の腕前は、皆が認めるほどうまい。専門は油絵みたいだが、鉛筆のラフ画は絵を書く上でも基本。非常に楽しみである。
ところがだ。その男連中はすでに興味がないらしく、
「ああ、月曜日のあれ?俺はもういいや」 といって、俺以外の連中は皆さっさと帰ってしまった。
無責任な奴らである。
例えラフ画といえども、美術部の彼にとっては自分の時間を割いてまで書いたもの。あれだけ盛り上げておいて、彼が少し可哀相である。
(俺もその一人だったが。)
そういう訳ではないが、俺は彼にこう言った。
「もし、お前さえ良ければ、その絵、俺にくれないか?」
「そうだな。他の奴らはもう興味ないみたいだし、俺も別にとっておくつもりはなかったし。でも、あいつら、ちょっと無責任だよな。」
多少不機嫌そうだったが、俺がその絵に興味を示したことが多少なり嬉しかったようで、その後の彼は険しい顔は見せなかった。
絵が置いてあるという美術部へ向かう。その絵はスケッチブックに書いたらしく、実際何枚も書き直したそうだ。
彼の絵に対する誠実さ、真剣さがうかがえる。
彼ら(美術部員)は今、次のコンテストに出展する絵を書いているらしく、室内は煩雑だった。あちこちに書きかけの絵があり、キャンバスとの格闘の後が感じられる。
「そこにあるのがそうだから、スケッチブックごと持ってっていいよ。」と彼が言った。
他の絵のラフ画があるが、それはもういらないやつなので、気にしないでくれと彼は言ったが、多少気が引けたので、
「いや、その絵の部分だけでいいよ。」
と言ったが、俺が絵に興味を示してくれたことが嬉しかったらしく、
「いいからいいから。その代わり、今度旅行に行ったとき、お土産よろしく。」
と、「お互いさま」という顔をして俺を見送った。
さて、これでようやく4日間の胸のつかえがとれる、とスケッチブックを開こうとした。が、時計を見ると午後4時。間もなくバイトが始まる時間だ。
俺がやってるバイト先の店長は時間に厳しく、5分と遅れようものなら、「帰れ!」と怒鳴られる。
これは、俺にとっては致命的で、信用を失うと同時に、ようやく見つけた金ヅルが消えてしまうからだ。
旅行どころではなくなってしまう。
残念だが、幻の彼女はとりあえず10時までオアズケとなった。
バイトが終わり、俺が帰ろうとすると例の友人(タカビー女の彼氏)が、俺に声を掛けて引き止めた。
「ちょっと相談があんだけど...。」
俺は早く帰って真意を確かめたかったが、かれはきっての親友。その彼の相談を無下に断るわけにもいかない。
「なあ。結局今度はどこに行くんだ?」
「まだ決めてない。」
「そっか。そういう奴だったな。お前は」
「悪かったな」
「いや。別に貶したわけじゃないんだよ。」
「わかってるっつーの」
「それでさ、お前に相談なんだけど、近場にいいデートスポット、ないかなあ?」
彼の相談はこれだった。近場のデーとスポットは行き尽くしたらしく、例の彼女が「たまには変わった所にいってみたい」と言ったそうだ。
「相変わらず、苦労してるな。」
「だからお前に聞いてるんじゃないか。なあ、いい案ないかな。」
「そうだなあ。お前の彼女は地味なのダメだろ?」
「いや。それがそうでもないみたいだな。」
「うーん、そうか。じゃあ、金には余裕ある?」
「まあ、そこそこは。」
「じゃ、金沢なんてどう?意外と若者向けのスポットも増えてきてるみたいだし。」
「金沢ねえ...。わかった。参考にさせてもらうよ。」
彼自身、金沢という案にあまり賛同していなかったようだ(金が足りなかったか?)がとりあえずほっとしたような表情を見せて帰っていった。
俺?俺はもちろん速攻ダッシュで家まで帰ったよ。
玄関を開けるなり、キッチンにも足を運ばず部屋に入ろうとした俺に、母が声をかける。
「ちょっと、ご飯はいらないの?」
「後で食う。片付けも自分でやるから!」
とにかく一刻も早くスケッチブックの中身が見たい。
本当にあの手紙の差出人はほのかだったのか? でも、もしその絵がほのかに似ていたとしても。どこにも同一人物である可能性はない。
「世界には自分に良く似た顔の人が3人いる」とよく言うが、そのとおり「他人の空似」である可能性もある。がしかし、あの手紙を裏付ける事実の1つとしては、俺にとっては十分すぎる証拠となり得るからだ。
「さあ、どうなんだ!」 一人、妙な気合を入れてスケッチブックをめくる。
書いた本人が言うとおり、様々なスケッチのラフ画が続く。
枚数が少なくなるにつれて、めくる速度が遅くなっていることに気付く。やはり、こう思ったのだろう。
「他人の空似だったら」、「もし別人だったら」。
その時どうしてそう不安になったか、今となっては定かではないが、とにかくやたらと不安だったことだけは憶えている。
初めは「変な」手紙の差出人が知りたいだけだった。けど、その差出人がほのかだったら、と思ったその時からその気持ちはあったのかもしれない。
ただ、その時のその気持ちの発生要因は、その時は分からなかった。
ラストから4枚目。一枚の女性のスケッチが現れた。その瞬間、春休みの旅先は北海道に確定した。
俺の記憶の中にある雰囲気とは少し違ったが、ほぼ、そのほのかだった。
髪は小学生の時より長く、腰のあたりまで伸びて、しかし昔と変わらないその顔。
「変な手紙の差出人はほのか」と、勝手に確信を抱かせる、十分な証拠となった。
「今度の春休み、北海道にいってくる。」 と晩飯を食いながら母にこう言う。母は母で、
「じゃあ、私は大阪ね。」 という。
「いつ頃大阪から戻る?」
「そうねえ。だいたい2〜3日かな。心配しなくてもあんたよりは早く帰ってるわよ。」
と、少しイヤミ気味に言う。
「そういうあんたはどれくらいむこうにいるつもり?」
「うーん。はっきり分かんないけど、長くて1週間位かな」
「で、北海道のどこ?」
「一応札幌。でも分かんないな。」
「いつものことでしょ。」
そう、いつもこの程度しか母には話さない。面には出さないものの、母なりに多少は心配しているようだ。
バイトの方も、すでに明日から春休みが終わるまで休みにしている。店長も俺の旅行好きは了承済で、いつもおみやげとその体験談を聞かせることが義務(?)みたいになっている。
長期休暇の代償だ。
明日は学校から帰るとそのまま直行。今日のうちに準備を済ませ、電○少年ではないが、経費節約のため、行きはヒッチハイクをして目的地まで行く。
某番組のおかげで、ヒッチハイクも大変やりやすい世の中になって、俺にとっては嬉しいばかりだ。
だから今日は早く休むこととする...。
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