Graffiti 3 −いざ、カマクラへ(前編)−
旅の目的地も決まり、あとは今日1日を消化するためだけに行く学校。
はっきりいって行きたくない(今回の旅に限っては特に)のだが、まあ、それも俺に課せられた義務。仕方がない。
「まあ、今日は特に授業もないことだし、いいか。」と思いつつ、教室へと足を踏み入れる。
教室の随所では「3年でも同じクラスになれたらいいね」という女子同士の会話が目立つ。
確かにクラスメートは、学校で楽しくやっていく上で重要な要素だとは思うが、俺ら男子にとっては隣(近く)に座る女によってそれが左右されるといっても過言ではない(というのは言い過ぎか...)。
だから、次の学年でどんなに気に食わない奴がいようとも、パーソナルスペースさえ侵されなければ、大した問題ではないのだ。
「旅先、決まったか?」 と例のバイト仲間である彼(タカビー女の彼氏)が俺に話しかけてきた。
「そうだな、俺は...。」
「札幌」と言いかけたが、彼も例の「噂の彼女」の話を聞いていたので、「それが目的」と思われるのではないかという考えが、それを止めた。
結果として「まだ決まってないの?お気楽な奴だなー」と彼が切り出してくれたおかげで、言わなくて済んだのだが。
「お前こそデート先は決まったのかよ?」
「いーや。まだ決めてない。」
「どうすんの?やっぱり金沢にでも行くか?」
「いや。その辺の近場で済ませようと思ってる。」
「それであいつが納得すんの?」
「でも、金がね。金が。それに、金沢ってなると、さすがに日帰りではきついっしょ?」
「まあ、確かに。」
俺も、彼から意見を求められたとき、そこまでは考えなかった。
「それでさ、近場で他にいいとこないかな?」
「なんだよ、まだ悩んでんの?」
「お前だって人のこと言えるかよ。」
「おっ、それが人に物をたもむときの言葉か?」
「悪かったよ。なあ、で、どっかない?」
「うーん。それじゃ、定番で横浜ってのは?」
「そうだな、横浜だったら近いし、日帰りできるし、安くあがるかな?」
「どうせ春休み中、ずっとくっついてるんだろ。だったら、どこでもいいんじゃないの。」
「だからなおさら。それに、1回のデートに金かける訳にはいかないの。」
「大変だな。」
「まあな。でもおかげで助かった。メインはどこにしようかと悩んでたとこだったし。」
「それは結構なことで。」
「それじゃ、帰ってきたら旅の土産話、聞かせろよな。」
と行って彼は去っていった。
しかし、今回の旅の土産話、内容によっては聞かせる訳にはいかないな、と思いつつ、自分の席につく。まあ、過去に話してない話があるからそれでも聞かせとくか、と考えながら...。
長かった儀式(終業式のこと)が終了し、ようやく開放されると思っていた時のことだった。
担任からの最後の説教(いわゆるHR)で、意外な釘が打たれ、教室内にどよめきを呼んだ。
「父系同伴以外での外出および旅行を制限する」とのことであった。
これは、俺にとっては当然大きな打撃となる。(他の奴も同じだと思うが)当然のごとく教室はブーイングの嵐。
それを静めようとする担任の声もどこふく風のごとく、全く効果はなかった。
春休みは特に「担任」という固定の上司がいない訳だから、自由に遊び回れると踏んでいた奴が多いということが伺える。当然俺もそうなのだが、それにしてもその制限の根拠がいまいち不明瞭である。
ようやく教室が静かになり、担任が理由をこう説明した。
「最近の我が校の生徒の評判が悪い」、「いろいろとよからぬ噂を聞いている」、「父兄から指導を強化するように言われた」、「その他いろいろ」だ、と。
「そんなこと知ったことか!」「俺らじゃないから関係ない」とは言うものの、当然担任は聞く耳をもたない。
当たり前と言えばそうなのだが「違反者には罰則のおまけ付き」だと最後に付け足した。
この指示(命令)を却下できる権限を持つものは誰もいないわけだから、当然のこととしてをその「おふれ」はその時点から効力を発揮することとなる。
周りの奴らは、困惑な表情を浮かべる者や、怒りをあらわにする者といろいろだったが、俺にしてみれば、「挑戦状」を叩きつけられたようなものだ。
そして、隣に座る友人が、俺にこう言う。
「お前、どうすんの?」
「ノープロブレム。歩く時刻表に不可能はないよ。」と答えておいた。
ついでに、担任にも「つかまえられるものならやってみろ」と言っておきたかったがそれはやめておいた。
何といっても、俺には強い味方がいるからな。
しかしこのおふれは、俺の旅の経路変更を余儀なくさせた。強い味方を利用するためには、そうしなければならなかったのである。
本当はヒッチハイクで旅費を浮かそうと思っていたのだが、それには多大のリスクを伴う。当然あちこち歩き回って車をあたるのだから、摘発される可能性が高くなるからだ。
つかまればそこで終わり。休み中毎日学校への出頭を命じられる。 そんな事態は絶対に避けなければならない。
なにせ俺には休み中に解決しなければならない問題があるからだ。
「あの手紙は本当にほのかが書いたものか?」
家に帰ると、母は大阪行きの準備をそそくさとやっていた。さっき言った「強い味方」である。
「ただいまー。」
「あら、今日は直接行くんじゃなかったの?」
「まあね。ちょっとした事件があってね。」
「そう。で、今日はどうするの。家にいる?」
「いや、今日出発するけど。ところで、大阪にはどうやって行くの?」
「そうねえ、別に急ぐ必要もないから、電車で行こうかと思ってるけど。」
俺に似て(いや、俺が両親に似たのか)、その変はルーズである。
「それじゃあ、飛行機で行かない?」
「急ぐ必要がないのに?」
「その事件ってのが結構重要な問題でね。だから、今回だけは助けてくんない?」
俺は母に学校で出たおふれの内容を話した。母は、「あんたなら大丈夫じゃないの」と笑って返したが、俺が「どうしてもたのむ」と言うと、一瞬驚いたような表情を見せたが、意外なくらいアッサリと快諾してくれた。
「よっぽど北海道に行きたいのね。目的もない旅なのにめずらしいわね。ひょっとして、コレ?」
そういって、小指をたてる母。ズボシだったので一瞬顔がひきつったが、
「俺も父さんに似て頑固でね。」 と軽く流しておいた。
何故俺が母に飛行機を勧めたかというと、その理由はおふれを発した教師側の監視方法にある。
通常、「見回り」と称した監視活動は、街中や駅に重点が置かれる。当然のことながら、空港にまで眼を光らせる奴はいないので、駅で母と別れるのは非常にマズいのである。
ならば空港まで母と一緒にいけば、「ノープロブレム」ということになる。
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