Graffiti 6 −北大キャンパスにて−
持ってきたコートはその後役に立つことはないと思った。
昨日と同じ快晴。コートなんか着てたら変な目で見られそうなくらい、暖かかった。
何となく気分も軽くなり、考え方も楽天的になる。今日ならほのかに会えそうな気がする。
それくらい、ほんとうに気持ちのよい日だった。
再び電車に乗り、札幌へと向かう。
電車の中の人達も今日は暖かいらしく、中には半袖のひともちらほら。やはりコートを脱いできたのは正解だった。
窓の外の風景も昨日の夜と違い、新芽の緑が眩しいくらいきれいだった。
札幌へ着いたのは9時過ぎだった。さすがに休みに入ってるだけあって、駅前は人が多い。
その人達も薄着の人が多かった。
何度も言うが、やはりコートは脱いできてよかった。
北大へ向かうべく足を運ぶ。昨日まで端々に残っていた雪も昨日と今日の天気でほとんどなくなっていた。
「雪解けから春までの季節が一番いい」と昔聞いた言葉がふと頭をよぎる。
まさに、いまからの季節なんだろうなあ、と春にむかって一歩一歩近づく街の雰囲気を満喫しながら、少し回り道しながら歩いた。
(実は迷っていたのかも...?)
ついでといっては何だが、昨日行って、なにか思い出しかけた大通り公園へと向かった。
ひょっとしたら、昨日(元)自宅前に行った時みたいに、何かヒントを思い出すかもしれないと思ったからである。
しかし天気がいいせいか、ここもやはり人が多い。まあこの陽気だから分からないでもないが、俺個人としては、ベンチにでも座ってゆっくり考えたいところだったが、そのベンチすらすでに占拠されていた。
少々残念ではあるが、歩きながら考えることにした。
ところが、しばらく歩き回ってみるも、昨日思い出したこと以外特に何も思い出せなかった。
「ほのかの父は北大の教授(だった)」。
このこと以外ほのかにつながる有力な情報はなかった。
というか、ここへ来ることを決めたのが、わずか3日前という、いつもと同じ感覚で来てしまったため、何も調べずに来た、と言った方が正しいか...。
まあ、家を調べれば(昔の)住所とか、電話番号くらいは分かったかもしれないが、それもあまり役に立ちそうにないか。
などと考えつつ、北大へと足を向けようとした時のことだった。
「ちょっと、やめてください!」と、女の子の声がした。
「いいじゃん。せっかくだから、俺らと一緒に遊ぼうよ」
と、男が3〜4人、その女の子の右腕を掴んで話しかけていた。いわゆる「ナンパ」というやつだ。
その女の子は、長い髪を後ろでダンゴにまとめて、メガネをかけた、結構かわいい女の子だった。
まあ、ナンパしたくなる気持ちも分からないでもない、と思ったが...。
「ちょっと、困ります。」
「観光で札幌まで来て、道がわかんないんだよ。だからね、案内してくんない?」
「私...これから用事があるんです。だから...」
「いいじゃん。せっかく札幌まで来たのに、案内くらいしてくれたって!」
「で、でも...」
非常にしつこい奴らだ。
あそこまで嫌がっているのを普通引き止めるか?それにそこまでやっても成功しないのは目に見えてるだろ?と思った。
「ねえ、いいじゃん?ね、ね!」
なんと、まだ諦めてないらしい。
「ちょ、ちょっと...。もう離してください...。」
彼女が泣きそうな表情を見せた。眼鏡の奥の彼女の涙で潤んだ目線が、俺の目線とあった。俺には、何だか彼女が「助けて」と訴えているように思え、このまま放っておくのはかわいそうと、彼女を助けることにした。
最初に断っておくが、そのあと俺がナンパしようなんて考えはないことを付け足しておく。
「ごめん。遅くなって。ちょっと出掛けに時間がかかってさ。」
と割り込むと、彼女は「えっ!?」と、男連中は「なんだ〜?」という目で俺を見た。
「なんだよ、お前!?」
「何って、分かんない?」
「ひょっとして男連れかよ!」
「そうだけど、それがどうかした?」
「ちぇっ、なんだよ。行こうぜ!」
と言って、男たちは去っていった。観光案内してくれと言いながら、やはり本音はナンパか。
「あの...。ありがとう。助けてくれて。」
「いや、別にいいんだよ。それに何だか困ってたみたいだし。」
「本当にありがとう。それじゃ...」
と言って彼女は走り去っていった。
「何か素っ気ない娘...。でも、どっかで見たような気がするんだけど、これこそ他人の空似ってやつかな?」
本当は、北大の場所とかいろいろ俺も聞きたいことがあったのに、と少しだけ悔む。ちょっと可愛かったし...。
(さっきも言ったけど、ナンパするつもりじゃなかったからな!)
仕方なく、辺りの人に話を聞きながら、ようやく北大へとたどり着いた。
あれから歩くこと1時間、である。 何のことはない。駅からわずが5分のところにあったという。
ちゃんと地図さえ見とけば防げたニアミス。
ま、でもいいか。急いでもしょうがないし、それにさっき可愛い娘にも逢えたし...。
ところが、それ以上に大変そうなのが北大だった。さっきのミスを防ぐため、あらかじめ構内図を見るも、端から端まで約2Km。しかも農業系の学部と言えば、農学部と獣医学部の2つだが、その2つは両極端の位置にある。
2Kmも歩きたくないと考えた俺は、まず沢渡教授の居場所を確定させるべく、大学の教務課へ向かった。
いみじくもその行動は正解だった。沢渡教授の居場所はわずか10分で分かった。獣医学部。
ここからわずか歩いて5分。さっきの女の子に聞けば、その前の1時間も10分程に短縮できたはず。
今までは自分の気の向くまま行動してきた俺にとっては、「人に聞く」という新たな行動パターンを憶えた。
(といってもそこまでバカじゃないぞ。)
獣医学部への構内へと足を運ぶ。も、どこにいるか正確な場所は分からない。とりあえず狭い範囲に絞れたからまあいいか、と思いつつぶらぶらと歩く。
も、やはり知らない土地。そう簡単に見つかるわけがなかった。
学部のような建物があるが、さすがに勝手に入る勇気はない。
そこで、さっきの戦法を使うべく近くの厩舎へと足を向けた。 そこに、驚くべき出会いがあるとも知らず...。
春休みのせいか、ここに来るまでも人影はまばらだったが、厩舎はさらに寂しかった。
馬はたくさんいるのだが、さすがに馬に話は通じない。
「これは困ったな」と困り果てていたその時、後ろでバケツをひっくり返す音と、女性の「キャッ!」という声、そして、転んで尻もちをついた音が聞こえた。
どうやら、誰もいないと思い戻ってきたところ、俺が突っ立っていたので、びっくりしたらしい。
「驚かせてごめん。」と振り返った俺は、その娘の顔を見て驚いた。
「あっ。君はさっきの...。」
「あっ、あなたは?」
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