今日も歩き回って腹が減ったので、いつも行く地下街の定食屋へと足を運ぶ。結構俺の舌に合っているらしく毎日食べても飽きない。
おかげで、店長のオヤジさんともすっかり顔なじみになったが、どうやら彼は俺が東京から来た人間だとは気付いていないようだった。
まあ、もちろん俺もそれを言うつもりはなかった。
「こんちわー。」
「おっ、また来たな。いつものかい?」
「うん、よろしく。」
それだけで注文は終わる。俺もすっかり地元に馴染んだかなー、と妙な満足感が俺を満たす。
さらに、変わらぬ定食の味が、腹も満たしてくれた。
すっかり腹も一杯になり、さて帰ろうかと思い清算すべく財布を開ける。
次の瞬間、その中身に愕然とした。
わずか残金1万円足らず。でもいま考えれば、予定外の飛行機利用とホテル4連泊は確実に財布の中身を圧迫していたらしい。
別に帰れない訳でもなかったが、ヒッチハイクで帰ることを考えてもこの額は少なすぎる。
はっきりいって困った。
昔ここに住んでたとはいうものの、別に親戚や親しい友人がいる訳でもない。かといって、親に「金を振り込んでくれ」と助けを求めるのも、なんだか恥ずかしいし、情けない。
さて、これからどうする...?
ところが、その解決策は意外なところから沸いて出た。
「おう。財布なんか見つめてどうした?」
定食屋のオヤジだった。別に払う金がなかった訳じゃなかったので、
「いや、別に...。」 と答える。するとオヤジ、続けてこう言う。
「まさか、金がねえ、って言うんじゃないよな?」
今、俺の考えていたことをそのまま言う。思わず俺は笑う。
「何笑ってんだ?なんか変なこと言ったか?」
「い、いや...。別にそういう訳じゃないんだけど。ちょっと思うところがあったもんで。」
「やっぱり、金が足りねえのか?」
「足りないって訳じゃないんだけど...。」
と俺が言葉をにごすと、そのオヤジはちょっと待ってろと言いながら店ののれんを降ろしはじめた。
もう店を閉めるのか、と俺は言ったが、
「お前には随分世話になったからな。」と言い、続けて「お前以外に客はほとんど来ないさ!。それに、人の話しは真剣に聞かねえとな。」と笑いとばして。俺の肩をバン!と叩いた。
俺は全てを話した。「昔札幌に住んでて、今は東京から来ていること」、「旅が好きなこと」、「帰りの旅費が足りないこと」、そして、今回の目的は「昔の旧友を訪ねてきた」こと...。
(さすがにその時はほのかのことは話さなかったが。)
俺が話し終わってしばらく、オヤジは黙っていたが、
「ま、極端な話、記憶喪失ってところか。」と言った。
「いや、別に記憶をなくした訳じゃないんだけど。けど、何か忘れてるような気がするんだ。俺にとって大事なことを。」
「それを記憶喪失っていうんだよ。まあ、本来の意味からいえば確かに違うが、それはお前にとって大事なことなんだろ?」
「ま、まあね。」
その記憶を思い出したいという理由が単純なだけに、あまりのオヤジの真剣な答えに顔が引きつる。が、見ず知らずの俺のことを心配してくれるその好意を踏みにじってはならないと、オヤジの意見に同意する。
ま、実際困っているのは確かなのだから...。
「で、どうする?」
「どうする、って言われても、今のところ、お手上げかな。」
「まあ、お前のその性格からして、親に頼るのはおそらく好まないだろう?」
「図星。さすがダテに歳はとってないね。」
「あたりまえだ。毎日いろんな客の顔を見てんだ。そのくらいのことは分かるさ。」
「じゃ、俺が今何を考えてるか分かる?」
「そうさな...。金を稼ぐことかな。」
「さすが。」
「でもよ、この辺(札幌市内)は、高校生は雇ってくれねえぜ。」
「えっ、それ本当?」
「ああ。もともと、市内の高校のほとんどがバイトを禁止してるからな。それに、よそ者とくればなおさら雇ってくれる店はねえだろうな。」
こいつは困った。唯一の頼みの綱と思っていた得意のバイトができないとは。時給も悪くなかったし、4、5日も働けば、帰りの飛行機代くらい稼げると思っていたのだが。
本当にまずい、冷や汗が出てくる。
「さて、どうする?」 しばらく黙っていた俺にオヤジがこう聞く。
「歩いて、行ける所まで行ってみるかな。」
「おっ、いい根性してんな。」
「まあね。ダテに旅はしてないよ。」
俺がこう答えると、オヤジはニヤッと不敵な笑みを浮かべてこう言った。
「どうだい、俺に任せてみないか?」
「何を?」
「まあ、悪いようにはしないさ。どうだ、乗るか?」
何を考えてるんだ、このオヤジは...。
でも、俺の話を親身になって聞いてくれたこの人の好意(?)を無駄にするのも失礼だ。が、さっきの不敵な笑みが少し気になるが。
さて、どうする?
「どうする?」
再びオヤジが聞く。どうするもなにも、このオヤジに頼るしか道はなさそうだ。
「どうやら、俺に選択の余地はないみたいですね。」
俺は「まいった」といジェスチャーを交えながら答える。
「よし、そうとなれば話しは早い。明日からきっちり5日間、ここで働いてもらう。」
俺はその言葉を聞いて驚いた。
「でも、さっき高校生は雇わないって...。」
「それは他の店の話。だれも法律で禁止されてるとは言ってないぞ。それにお前は地元の人間じゃないからこっちも使いやすい、ってもんさ。」
またまた笑い飛ばし、バシバシ俺の肩を叩く。
「わ、分かりましたからそんなに叩かないで下さいよ。」
俺も笑いながら答える。
「よし!これで商談成立。今日からここで泊まり込みで働いてもらう。もちろん、まかない付き。どうだ、こんなにいい条件はないだろ?」
「いいんですか、本当に?」
「ああ。それに、今日はお前のために店を早く閉めたからな。その分、しっかり働いてもらうぞ!」
「ありがとうございます!」
よかった。どうやら「金銭的危機」は回避できそうだ、と安心する。
でもちょっと待て...。俺は何のためにここに来たんだっけ? それに、よくよく考えてみると、なんとなくオヤジにうまいことダマされたような気もするが、このピンチをしのぐ方法はもう残されていない。
ま、これもオヤジの好意と素直に受け取って、明日から頑張るか。と思っていたところ、
「おい、さっさとこっちに来ないか!早速仕事だ。」
とオヤジが怒鳴る。俺の手を掴み引き連れたは台所。 山のような皿が俺を迎える。
「さっ、がんばって働いてもらうぜ。」
また冷や汗が出てくる...。
それに、バイト代って、時給いくらだ?