Graffiti 12 −ウワサの彼女、再び−


 思っていたとおり、東京は雲一つない、星空のきれいな(といっても飛行機の中での話しだが)静かな夜だった。
数時間前まで札幌にいたせいか、まだあの雨の音が耳から離れない。
それと同時に冷たいながらも少し暖かかったほのかの肩のぬくもりが、今もその手に残る。
久しぶりの北海道。それなりに収穫はあった。当初の目的こそ果たせなかったものの、今後へとつながる太いパイプと口実をいくつか残してきたからだ。
ただ、いまだに思い出せない、大事な思い出。ほのかだけが知っているだろう、俺の思い出。
きっとそれは、あのぬくもりのように暖かく、そして切ないものなのだろうという気はするが、その原因は一体何なんだ?

収穫と同時に、さらに大きな疑問も見つけてしまったことも確かだった。

 久しぶりの我が家。玄関を入ると、母が呆れた顔で立っていた。
「ようやくお帰りですか?おぼっちゃま。」
「ああ、ただいま。」
「あれから大変だったんだから。」
「何が?」
「何って、あの先生よ、先生。」
「あっ、ひょっとして、おふれのこと?」
「そう、でも母さん、ダマしきれなかったのよ。ごめんなさい。」
「何で謝るんだよ。これは自業自得。まあ、何とかしてみせるさ。で、そいつには何て言ったの。」
晩飯を食いながら詳しく話を聞くと、母が予定通り3日後東京に戻り、一人で東京駅にいたところをあいつに目撃されたらしい。当然、母は2週間という予定で俺と大阪にいったことになってたので、予定より早い帰宅と俺がいないことが当然そいつにとってみればはてさて疑問、ということである。
隠せなかった母は、多少の脚色を加えたものの、俺が札幌にいったことをゲロした、ということだ。
「だいたい内容は分かった。その言い訳ならなんとか逃げきれそうだ。」
「そう、よかった。でも、学校では気を付けてね。多分あなたはブラックリストでしょうから。」
「ご心配なく。すでに載ってるよ。多分。」
「そうなの?」
「多分ね。たぶん。」
まあ、今に始まったことではない。なんとかなるさ。

 春休み明けの学校。今日だけは驚くほどの活気がある。新しい子分が増えるし、何といっても1年間の学校ライフが今日決まるといっても過言ではない。
クラスメートもそうであるが、固定の上司=担任が決まるのだから、これ以上重要なことはない。
さて、クラス分けのボードでも見に行こうかと足を向けたとき、「よっ!」と背後から聞き慣れた声が聞こえた。彼だ。
「よう、久しぶり。2週間もほっつき歩いて気は晴れたか?」
「そっちこそ2週間まるまる女漬けで頭おかしくなってんじゃないの?」
振り向きざまにいつもの挨拶。互いの右手をパーン、と合わせる。
「余計なお世話だ。おや、黒くなってないところを見ると、今度は北に行ったな。」
「なかなかするどい推理で。で、そっちはどうだったのさ。」
「おかげで助かったよ。ホント、いつもお前には感謝してる。」
「礼をいわれる程でもないさ。」
「で、土産は?」
「それは残念。あいにくお前に使う金は持ち合わせてないんでね。」
「俺と同じで女に使ったってか。」
「まさか。悪い冗談だろ。」
「おっと、隠しても無駄。すでに学校中のウワサだよ、お前。」
「えっ、何で?」
「しらばっくれんなよ。お前、札幌にいたろ?あとでゆっくり報告してもらうぜ。」
そう不気味に言い残して、彼は去っていった。
何故俺が札幌にいたことを知ってるんだ?まだ誰にも話してないぞ。まさか、母さんか!?

その後の展開は、ある2つを除いては予測範囲内だった。1つは、例の若い教師が担任になったこと、そしてもう1つは、札幌旅行の件で吊るし上げ(というほどのものではないが)にあったこと。まあ、例の教師の札幌旅行の件の尋問は、全国を股にけて歩いてきた俺のこと、全国各地にそれなりの知り合いがいる。それで乗り切れたし、今後もそれでいけるだろう。
でも、それでは逃げきれなかったのが吊るし上げの方だった。
その日の放課後、去年の旧友が俺のクラスに集まり、尋問攻めがスタートした。
こないだの美術部の彼の気持ちがよく分かる。
「さて、まず彼女の話から聞こうか?」
こう切り出したのは他でもない、俺の友人だった。が、彼はこの後のバイト先で、悪気はなかったことを、その非を詫びた。
「話っていっても、昔の旧友だよ。」
「ウソつけ。あれが単なる旧友だ?どうみても空港で二人で座って話してた、あの雰囲気はそうはみえなかったぞ。」
と直接目撃した奴が俺に問い詰める。
「そ、それは...。」
俺はこう説明した。昔の旧友はまぎれもないホント。でもそれが目的で札幌に行ったのではないこと。そして、彼女に逢ったのはたまたまで、その時はどうしても相談にのってほしいと空港までついてきて、彼女が感極まって涙を流した。と..。
まあ、あながち嘘ではなかったのだが。
「ホントかよ、それ。」
「何かウソっぽい言い訳。」
「なんと言われようとも、それが事実なんだからしょうがないだろ。」
「いや、お前は何か隠してる。あっ、ひょっとして、こないだのアレじゃないのか!」
「ぎ、ギクッ!?」
「まさか、あの娘を探しに行ったとか?」
「ギクギクッ!!」
「それでナンパして、もう泣かして帰ってきたのかよ。お前もなかなかやるな!」
「へっ...?」
「しかしお前も運がいいよな。あの広い北海道でお目当ての人を捜し当てるなんて。」
「あーっ。俺も一緒についてけば良かったな」
「はあ...。」
「で、結果はどうだったんだよ。」
「け、結果って?」
「成功したかしてないか!」
「...。残念ながら、失敗。」と俺が言うと、「なあんだ、つまんねーの。」といって連中は去っていった。
しかし、ある男の目だけは俺の嘘を見抜いていた、というか、「あやしいなー」という目で見ていた奴がいた。
それはまぎれもない、俺が札幌へ行くきっかけを作った美術部の彼だった。

「なあ、ちょっといいか?」 帰り際、俺を待ち伏せていたかのように、スッ、と背後から現れた。彼だ。
「な、なんだよ。いきなり後ろから現れて。怪しい奴だな。」
「おっと、それは俺のセリフ。」
「なんだよ、俺のどこが怪しいんだよ。」
「どこって、全部さ。札幌行きも、さっきのウソも。」
「嘘なんかついてないさ。すべて事実だよ。」
「じゃあ、何であの絵にあんなに興味を持ったんだ?」
「そ、それは...。」
「それは?」
「分かったよ、俺の負け。全部話すよ。」
俺は全てではないが話した。あの手紙がその発端で、お前の絵がその行動を決定づけた、と。
そして、彼女の涙の理由は、彼女の側にあって、その真意は俺も知らないということを。
「そうだったのか。ごめん、聞かなかった方がよかったな。」
「いや、いいんだよ。それに、そのきっかけを作ってくれたのはお前だから、俺には報告の義務があるかもな。」
「いや。俺らが半端な気持ちでチャチャを入れるべきじゃなかった。」
こういって、彼は俺に頭を下げて帰っていった。

「そうだといいな。」と言い残して...。
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