Graffiti 13 −Calli'n −
俺が札幌から戻ってきてはや2週間がたった。その後は、友人たちもその話題には触れなかった、というより、それを避けようとしていたようにも思えた。
おそらく、彼が気をきかせて、連中に何か言ってくれたのだろう。
彼のことだから俺が言ったままを連中に言った、とは思っていない。
いや、彼にはそれはできないだろう、と思うし、そう信じる。
ほのかのことは毎日考えた。謎の行動、遅刻と涙の理由、そして手紙の真意...。
考えれば考えるほどその行動は俺を混乱させるばかりだった。
そして、いくら考えても思い出せない、胸の奥にその断片だけをとらえ、俺の気持ちをくすぐる、せつなさ。
そして時々頭をよぎる、あの手紙。
「あなたに逢いたい...。」
本当にほのかが書いたものなのか? と、毎日の日課のようにバイトから戻り、飯を食ってベットで横になって考えていた時のことだった。
夜11時過ぎという時間にもかかわらず、机の上のPHSがけたたましく鳴った。
「はい、もしもし。」
「あ、あのー。ほのかです。」
「えーっ!!」
「あっ、ごめんなさい。間違えました。」
「ちょっと待って!間違ってないよ。」
「そう?だよね...。良かった。」
「ごめん、びっくりさせたかな。」
「うん。だって、いきなり大きな声出すんだもん。」
「ごめん。で今日は?」
そう軽く受け答える。ホントは心臓ドキドキだったんだけど。
「あ、あのね、こないだのお礼、ちゃんと言おうと思って...。」
「何で?俺、なんかしたっけ?」
「もう、傘貸してくれたじゃない。」
「えっ、それだけだったけ?俺には必死に慰めた記憶があるんだけどな〜。それに、缶コーヒーも開けてあげたし。」
「何よもう!いじわるなんだから。電話切っちゃうぞ!」
「ごめんなさい。俺が悪かったです。ハイ...。」
「わかればよろしい。」
そういって、電話の向こうで笑うほのか。その声が聞けたからか、俺もさっきのモヤモヤというか、何となくイライラしていた気分が晴れる。
「で、ホントは何の用事なの?」
「別に用事ってほどでもなかったんだけど...。」
「だけど?」
「うん...。」
そう言ってほのかはその口を止めた。しばらく沈黙が続く。
そしていつもは気になる、時折入る雑音がさざ波にのように聞こえ、そのすき間を埋めていった。
沈黙が1分ほど続いただろうか。あまりの長さに耐えかねた俺はこう言った。
よくよく考えれば、ほのかに一杯喰わされたようにも思ったが...。
「5月の連休は何か予定あるの?」
「えっ!?」
「いや、どうするのかな、って思って。」
「う、うん。今のところは特に...。」
「じゃ、こないだ貸した傘を取りにいこうかな?」
「えっ、ホント?またこっちに来てくれるの?」
以外な反応だった。俺はてっきり「また私を泣かせる気?」と言ってくると思っていたのだが。
「ま、それも金の都合しだいだけど。」
「そうだよね。北海道、遠いもんね...。」
「あ〜っ、ひょっとして」
「な...何よ」
「ひょっとして俺に会いたいのかな〜?」
「もう知らない!」
プツッ、プーップーップーッ...切られた。
確かに俺はまずいことを言ったのかもしれない。がほのかは結局何が目的で電話してきたんだ?
そのあとまた電話はかかってくるだろうと思っていた。というより待っていたが、結局その日はかかってこなかった。
俺の発言は確かに適切ではなかったとは思うが、それ以前に電話をかけてきたほのかは一体何を言いたかったのか。
ほのかは「こないだのお礼」とは言ったものの、その反応はそれだけでないと思わせるほど喜怒哀楽に富んでいた。
そう、たかがお礼とは思えないくらいに。
ほのかにさっき言ったことは冗談という訳ではなかった。さすがに傘のためだけには行かないが、札幌から帰ってくるときからそれは考えていた。
オヤジのおかげで次の旅費に余裕ができた、ということもあったが、時折思い出す記憶の断片が、俺にとってとても大事なことではないか?と思いはじめたからでもあった。
ただそれは、まだ高く、遠い雲の向こうにあるのだが...。
再びほのかから電話があったのは、それから数日経ってからだった。後々よく考えれば、俺もほのかの電話番号は知っていた訳で、こちらからかければよかったのだ。
ただ、それを聞いたのはルス電だったが。
再生してメッセージを聴く。
「あのー、もしもし、ほのかです。ちょっと電話してみたんだけど、まだバイトなのかな?」
そしてこう続く。
「あのー...。今度はいつこっちに来るの?。こないだのお礼もしたいし。もしいつ来るか決まったら、電話してください。じゃね。バイバイ。」
あの時はまさか、とは思っていたが、ホントにお礼だけだったのか! (おい、違うだろ!)
いや...。理由は何であれ、ほのかは俺にまた札幌に来て欲しいのではないだろうか?
俺はそう考えざるを得なかった。
最初の電話の反応。そして、今日のルス電。
俺は約束をとりつけるべく、初めてのダイヤルを回した。
「もしもし...。」
戻る/次へ