Graffiti 15 −夢のため、未来のため−
それからしばらくその病院の近くを散歩した。が、ほのかとは特にこれといって話をしなかった。
理由ははっきりとは分からないが、ほのかは常に俺の半歩前を歩いた。というか、俺と顔を合わせないようにしていたというか...。
「きっとほのかには何か目的がある。」
そうとしか思えなくなった。
が、それを確認しようとほのかに話しかけるも、返事は返ってこない。
いや、正確にいえば、話しかけると歩く速度を早め、それを避けようとしたのだ。
それ故、俺の目に入ってくるのは、新緑の鮮やかな緑と、まぶしい太陽と、気のせいか嬉しそうに歩くほのかの後姿だけだった。
それに、交換日記の話が出た時のほのかの反応。俺の思い出と何か関連があるのだろうか?
俺も昔のことで、それに何を書いたか、何が書かれていたかは残念ながらすでに記憶にない。
確かに昔のそれを読むのは自分自身でもちと恥ずかしいが、失くした思い出の鍵になることは間違いないだろうと思うからだ。
久しぶりにほのかが口を開いたのは、帰り(札幌駅に向かう)の電車の中だった。
「あ、あの...。」
「ん、何?」
「このあとは?」
「このあとは、って言われても。まさか...」
まさか...。と変な想像をする俺。ちょっと顔がニヤける。
「まさか、って...。ち、ちょっと、何変な想像してんのよ!」
「えっ、違うの。」
「当たり前じゃない!もう、変なことばっかり言って。」
「ごめん...。じゃあ、何?」
「だ・か・ら。今日帰るのかってコト!」
「うーん、まだ決めてない。あと2日休みあるし、もうちょっと居ようかな。」
「ホント!それじゃあ、さ...。」
そう言ってほのかはバックから1枚の切符を取り出した。
「明日ヒマあるかな?」
俺に差し出したのは、JRの切符だった。
行き先は「富良野」。
「これって?」
「だから、明日ヒマなんでしょ?せっかく来たんだから付き合ってあげるわよ。」
「それってデートのお誘い?」
「そうじゃないけど。あっ、ひょっとして、イヤなの?」
「いや、そういう訳じゃなんだけど...。」
嬉しかった。冗談抜きに、ホントに嬉しかった。まさかほのかから誘ってくれるなんて思ってもいなかった。けど、今回の旅には1つの目的があった。それは、どうしてもこの旅の間にやらなくてはならないことだ。
(少なくとも俺は大事なことだと考えている。)
別にどうしても明日じゃないといけないということはなかったが、目的達成のためにどれだけ時間がかかるか分からないので、帰る日(あさって)ではマズいのだ。
そう、ほのかにウソをついても。その誘いを断ってでも...。
「ごめん、明日はちょっと用事があって。」
「えっ、だ、ダメなの?」
「うん。ほら、あのオヤジさんと逢う約束があって。」
「あっ、そうなの。私よりあのオジさんを取るわけ?ふーん、そう...。」
「いや、そうじゃないんだけど、いろいろ世話になったし。」
「ふーん、そう。分かったわよ。」
...。明らかに不機嫌そうだ。俺の予測に間違えがなければ、ほのかは何かを企んでいる。
いや、きっとそうだと確信する。
その考えの根拠は、その切符にあった。「発行日付」である。
日付は今日ではない。数日前に購入されたものだった。故に、今回のほのかの行動は、目的こそ見えないが、明らかに計画性があるということになる。
しかも、俺はほのかには帰る日を伝えていない。
だから、計画的ではないとすると、不機嫌になる理由は「予定を崩された」ということにほかならない。
それ以外にほのかが不機嫌になる理由がないと思う。
あるとすれば、それはただ1つ。
俺に気がある、ということ...か?
「あのさ...。」
「何よ。」
「どうしても明日じゃないとダメ?」
「えっ、そ、そういう訳じゃないけど...。」
「それじゃ、あさっては?」
「でもあさって帰るんでしょ?そんなに時間ないじゃない。」
「でもほら、こないだみたいに最終便で帰るから。...ダメかな?」
「...。分かったわよ。じゃあ、明日用事が済んだら電話して。」
「ごめん。ありがとう。必ず電話するから。」
さすがにほのかは笑顔は見せれくれなかった。が、さきほどの不機嫌な表情も消えたので、俺は少しほっとした。
それにしてもほのかの突然の誘いには驚いた。
一瞬、受けるべきかどうかかなり迷った。だが今回の旅には、俺がどうしても必要とする、俺一人でやらなければならないことがあった。
それは、俺の悩みを解決するための、俺なりの秘策を実行するためだ。
そう、あることを確認するため。ただし、それがうまくいくかどうかは別だが。
それから電車を降りるまでは、ほのかは口をきいてくれなかった。当たり前といえばそうなのだが、やはり気になる。
「何故そこまで、そうなのか。」
何度も言うようでしつこいが、何がしたいのか。何が目的なのか。そして、俺に何を求めているのか。
きっと何かある。
そう。それを確かめるためにも、明日の行動はその鍵を握る、必要なことなのだ。
「明日絶対電話してよ。」
電車を降りたとき、ほのかは一言、そう言い残して帰っていった。
「ごめん、ほのか...。」
そう心で謝りながら、俺はほのかを見送った。
そして、目的実行のため、再び電車に飛び乗った。
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