Graffiti 16 −思い出のガラス細工−


 俺が向かったのは、「小樽」。その目的はあるモノの購入にあった。
でもそのきっかけは、ここに来る約2週間前にさかのぼるが。
さすがに今回は下調べを怠らなかった。アルバムからノート、はたは単なるメモと、札幌にいた頃のモノをすべてひっくり返して、情報収拾にあたった。
前来た時に思ったとおり、以前のほのかの住所や電話番号なども確認することができた。
その外いろいろ細かいことも...。
でも、今回のこの行動を起こす発端となったのは他でもない、ほのかの誕生日だった。
誕生日は5月14日。当然プレゼントを考える。が、これといって良いものが思い浮かばなかった。
しかし、わざわざ北海道でプレゼントを買わなくても、と思うだろう。
確かに、東京で購入するほうが選択肢が多いだろうと俺も考えた。でも、ありきたりのプレゼントでは面白くないと考えた俺は、いろいろと探した。
その結果目をつけたのが、「小樽のガラス細工」であった。
「ほのかが地元のモノで喜ぶだろうか。」とも考えたが、地元の人間というのは、意外とそこで作られている、いわゆる「土産品」というのにはウトい。
おまけに選択肢が多すぎる東京では、何を選んでよいか俺自身困ったからである。
それにプレゼントの情報を集めていたときに見つけた写真。それがこの案を決定づけた。
その写真に写っていたもの。それは、馬のガラス細工だった。
それを見たとき、「これしかない!」と思った。
もちろん東京でも同じモノを探した。があちこち捜し回っても、あの写真と同じモノを見つけることはできなかった。
当然似たような物はいくつかあったが、インスピレーションと値段のつりあいがとれなかった、というのが最大の理由。
ならば現地で探してしまえ、という結論だ。
ただ、見つかるかどうか、手の届く値段であるかどうかという保証はどこにもないが...。
だから、ほのかの誘いを1日ずらした。だから、今日のうちに行動に移す必要があったのだ。

 俺が小樽に着いた時は、間もなく太陽が沈もうとする頃だった。以前に比べればその時間は多少長くなっているが、それにしてもちと遅すぎた。辺りの人影もまばらだ。
しかし何もせずに今日1日終わるのは口惜しいと、近くのみやげ物屋を歩き回った。
ところがその数に驚く。多すぎる...。
とりあえずしらみつぶしに回るか、と思ったが時間が時間。すでに店を閉めているところもあった。
「しょうがない、明日探すか...。」
翌日は朝早くから行動を開始した。時間との勝負である。明日はほのかとの約束があり、しかも今日電話しなければならない。ということは、タイムリミットは日没が限界か。
まずはセオリーどおり、近くの土産物屋を回った。やはりかなりの(店の)数がある。
1軒1軒しらみ潰しに回ってみたが、あの写真のガラス細工を見つけることはできなかった。
結局、午前中の大半はそれに費やした。
「さて、どうしたものか...。」
多少歩き疲れた俺は、川沿いに並ぶガラス工場を眺めながら、多少諦めの境地にあった。
現地ならば簡単に手に入ると思っていたが、現実はそう甘くなかった。
でも、どうしてガラス細工はたくさんあるのに、俺の探している馬のガラス細工はないのか。
「誰かの陰謀か!?」と馬鹿なことも一瞬考えたが、やっぱり、昨日ほのかの誘いを断ったバチが当たったか?、と何ともいえない罪悪感に襲われる。
でも、俺の計画には欠かせない大事なもの。はてさてどうしたものか...。

「しょうがない、ここでじっとしてたってガラス細工は歩いてこないか。」
そう思った俺は、さきほど歩き回った場所へと再び足を向けた。
しかし、しばらく歩き回ってみるも、結果は同じ、あるはずがない。
さてどうしようか、と思いながら歩いていると、肝心なことを忘れていたことに気づいた。
土産屋にないのなら、直接工房の方に行って聞いてみれば済むことだ。
近くの店に入って聞いてみる。
「すいません、ちょっといいですか?」
「いらっしゃいませ。何でしょう。」
「あのー、この辺で馬のガラス細工を作ってるところ、ってありますか?」
「ガラス細工?馬の?」
「そう、そうです。」
「そうねえ。この辺りにはたくさん工房があるかあらちょっと分からないね。でも、一度だけ見たことがあるわよ。」
「どこでですか。」
「それはちょっと忘れたけど。でもきっとこの辺の工房で作ってるんじゃないかしら。」
「そうですか。ありがとうございます。」
正確な場所こそ分からなかったが、作っているという情報が得られた。
その情報をもとに2、3ヵ所回ってみたが、特にそれらしき話しは聞けなかった。
まあもうちょっと時間があるから探してみるか、と次の工房へと足を踏み入れた時、それはあった。
工房の棚に無造作に置かれていた馬のガラス細工。
俺はそれを譲ってもらうべく、工房の中にいた1人の女性に話しかけた。
「あのー、すいません...。」
と声をかけた。が、その女性の意識(神経)はちょっと留守にしているらしく、俺の問いかけには答えてくれなかった。
(要するに作業に集中していたので、俺の声が聞こえてない、ってこと。)
なにやら真剣に作品を作っているようだ。
俺は声をかけることがなんだか悪いように思え、作業が一段落するまで近くにあった椅子に腰掛けてそれが終わるのを待った。

彼女が俺に気づいたのはそれから30分位後だった。額の汗を拭い、一休みするべく振り返ったところに、見知らぬ俺が座っていたので多少驚いていたが。
「あっ、あのー...。どちらさまですか?」
「すいません、勝手に入っちゃって。何度か声かけようかって思ったんですけど、何だか忙しそうだったから。」
「そうなの、ごめんなさい。もうちょっと早く気付けばよかったわね。」
「いえ、いいんです。」
「ところで、何の用なの?」
「実は...。」
俺はそこに飾ってある馬のガラス細工を譲ってほしいと言った。すると彼女は、しばらく考えた後、こう言った。
「ごめんなさい。それ、売り物じゃないの。」
「えっ、違うんですか?」
「そうなの、ごめんなさい。」
「そうですか...。」
といって俺は立ち去ろうとした。しかし俺の疲れ切った、困りきった表情を見てか、彼女が「何か訳ありなの?」と聞いてきた。
俺は、その理由を話すのが多少恥ずかしかった。が、彼女は、「事の内容によっては考えてあげてもいいわよ。」と言ってくれた。
「仕方ない。恥ずかしいが話してみるか」
そう思った俺は、少し話が長くなることを始めに断って、その理由を彼女に話した。
人に話すのはイヤだったが、今の俺にはどうしてもそれが必要だから...。

「ふーん、なるほどね。そういう訳か。」
「くだらない理由でしょ?」
「そうかな。私はそうは思わないけど。」
「そうですか?」
「うん。なかなかいいんじゃない。私、そういうの好きだよ。」
そういって彼女は立ち上がり、奥の部屋へと消えていった。 何をするのか?と思っていると、彼女は小さな箱と1枚の写真を持ってきた。
「それは?」
「ああ、これは、ガラス細工を入れる箱と、私の母の写真。」
「お母さんの?」
「そう。今まであれを人に譲らなかった理由よ。」
彼女はそう言ってその写真を俺に見せてくれた。写真の中の女性は、俺の母と変わらないくらいの年齢に見えた。
「失礼かもしれませんが、何故この写真が?」
「あなたの話を聞いたから、私も話さなきゃいけないわね。」
そう言って彼女は近くの椅子に腰掛けて話し始めた。
「私がこの馬のガラス細工を作ったのは、1年前位なの。その頃母は病気で入院してて、見舞いに行けなかった私は、私にできることで母を元気づけようと思って、これを作ったの。でも、これが完成する数日前、急に容体が悪化して、私が病院に駆けつける前に、死んだの...。」
少し彼女の目に涙が光る。
「すいません、そんなこと聞いて。」
「ううん、いいのよ。私もね、このままずっとそのことを引きずっているのがとても辛くて、母の1周忌に処分しようかと思ってたの。」
「そうだったんですか。でも、ホントに俺がもらっていいんですか?」
「ええ。このまま処分するより、誰かの役に立ったほうが、母もきっと喜ぶと思うから。」
「本当にいいんですか?」
「ええ。でも1つ約束してくれない?」
「何をですか?」
「当然、成功の結果報告に決まってるじゃない。」
「け、結果ですか?」
「そう。私はこんなに大事な物を貴方にあげるんだから、聞く権利はあると思うけどな。」
そう言った彼女の顔には、さきほどまでの暗い雰囲気はなかった。というより、久々に面白い情報を手に入れ、まさに興味津々といったところか。
「成功しなかったら?」
俺はこう聞き返した。すると彼女はこう言った。
「大丈夫。彼女の様子なら間違いないわよ。これは女の勘。」
「そうですかね?」
「うん、間違いない。だからアンタも自信持って!」

本当にそうだといいんだが...。
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