Graffiti 18 −期待−
俺の運命を変えるはずの日を3日後に控えた。札幌から送ったモノは、当たり前であるが無事その姿を変えず、机の上で来るべき日をじっと待っていた。
さて、俺は一体何をしようとしているのか。
ほのかの誕生日にプレゼントを送る、というのがメインの目的であることに変わりはないが、俺の作戦はそれ以降にある。
ほのかの誘いを断ってまで、俺がどうしても確認したいもの。
それは「ほのかの筆跡」だ。
誕生日のプレゼントとそれがどういった関係にあるのか。それに、それを手に入れる方法は他にあるのではないかと思う人もいるだろう。
というか、ほのかの筆跡はすでに手に入れている。例の伝票のメモだ。
「だったらそれでいいではないか。わざわざほのかの機嫌を損ねてまでデートを1日遅らせた理由は何なんだ?」
と天の声が聞こえてきそうだが、そうではない。
俺は「感情のレベル」というものにこだわってみたいと考えている。
すべてのきっかけとなったあの手紙を書いたのがほのかだと仮定して言うが、ほのかの俺に対する対応が、何となくではあるが「俺に気がある(要するに俺のことを好きじゃないか)」と思うからだ。
「学校の友達に見られたくなかったのよ」と言われた時はかなりショックだったが、俺を病院に連れて行き、何かを思い出させようとした。ただ会いに行っただけなのに(正確にいえば違うが)。
それに、富良野行きの切符。
帰ってきてから気付いたことだが、切符に記されていた発行年月日は、俺が電話した翌日だった。
俺が会う約束したのは連休の初日だけで、それ以降の予定は当然伝えていない。
何といっても「小樽」の予定があったからな。
それにもかかわらず、乗車予定日はその翌日。
今でもその理由は分からないが、始めから俺を富良野に連れていく気だった、ということだけは確かな事実だ...。
だから、今回の目的を単刀直入にいえば、「筆跡確認と感情リサーチ」ということになるか。
様々な思いを込めて、壊れないように厳重に梱包する。
こいつにしてみれば、往復させられるのは非常にメイワクだろうが、そこはガマンしてもらうこととしよう。
それと、一緒にこないだ借りたハンカチを入れて。
一緒に添えるメッセージカードはいたってシンプルに、
「Happy Birthday」と一言だけ。
文章的な小細工は必要ない。というか、ここで自分の感情を出す必要はないのだ。
下手に感情を出すと、何だか悟られそうで怖い気もするし。
そんな期待と不安と、俺の策略を込めた小包は、札幌へと向かった。
それから1週間程PHSを使えない(というかつながっては困る)という状態になったが、まあそれも仕方ない。
直接声(お礼の電話)を聞きたいが、それを聞いてしまうと、筆跡確認ができなくなる。それに、電話だと出ない、というか隠せる気持ちが筆跡には現れるだろうと思うのだ。
別に俺は筆跡鑑定ができる程エラい訳ではないが、あの手紙。
あれを見れば、誰だって気持ちのこもっているものであることは理解できると思うし「それを書いたのは誰か?」をつきとめたい、と思うだろう。
とまあ、そういう訳で今回この行動を起こした、ということだ。
ところがだ、ところがである。
ほのかの誕生日から1週間をすぎても、当の本人からは手紙は来ない。
それどころか、たまにPHSの電源を入れてルス電を聞くも、メッセージはない。
入っているのは、バイト仲間の友人から「まだ繋がらないのかよ!」と、文句のメッセージと他数件だけだった。
(あれだけPHSは使えないと言っておいたのだが。)
苦労して手に入れた、ほのかの好きな馬をモチーフにしたガラス細工。間違いなくほのかは喜んでくれる。
そして、間違いなく連絡のつかない俺に、手紙でお礼を言ってくると思っていたのだが...。
とんだ期待外れ、である...。
そして俺の策略はみごとに破れ去ったか、に思えた。
「さすがにこれ以上は困る」と、あれから2週間後、PHSの電源を入れた。
2週間以上経って何の連絡もないということは、お礼をいうつもりはさらさらない、ということだろうと考えざるをえない。
となると、札幌での病院と、富良野は単なる昔のよしみ、ということなんだろうか?
そして、あの手紙を出したのはほのかではなかったのだろうか?
いや、何の反応も返ってこないということは、きっとそうなんだろう...。
残念ではあるが、あの手紙も俺の勘違いだったようだ。
それからの俺は、まさにブルー一色に見えたに違いない。
美術部の友人に「よう、どうなった?」と聞かれても、「いや、別に...。」と気のない返事を返すのが精一杯だった。
バイト仲間の友人も、俺の気分(雰囲気)が以上に暗いことに気付き、
「何でそんなに暗いんだ?」 と聞いてくる始末。その上、
「今度女紹介してやるから、気分転換にでもどうだ?」とまで言われてしまった。
俺も「俺の勘違いから始まったんだ」と何度も諦めようとしたが、心はそれ以上に正直だった。
「やっぱりほのかではないだろうか」という気持ちを拭い去ることはできない。
というか、そうであってほしいと以前にも増して繰り返し思うようになってきた。
そして、ここで初めて俺はほのかが好きだったことを初めて認識した。
まさにスケッチブックをめくる時のあの気持ちを...。
俺のブルーな気持ちはそれから約1月半程続いた。
バイトも何度か辞めようかとも思ったが、美術部の彼が「今度の夏は気分転換にみんなで沖縄に行こう」と俺を気付かって言ってくれたので、とりあえずその資金を貯めることを目的に続けた。
以前と変わらぬ生活。目的のない学校とバイト。
そんな日々を繰り返し、もうすぐ沖縄行きを予定している夏休みを迎えようとしていたある日のことだった。
いつものようにベットの上で一人もの思いにふけっていた時であった。
机の上のPHSがけたたましく鳴る。
「ああそうか。今日はあいつが電話くれるって言ってたな」
と、数週間後に控えた沖縄旅行の話をするはずの電話を取った。
「おう、俺だ。遅かったな。」
「あっ...こ、こんばんわ」
「えっと...。誰?」
「あ、あのー...。」
「ひ、ひょっとして、ほのか!?」
「うん。ごめんね、突然電話なんかして。」
「いや、いいんだけど...。」
まさかとは思ったが、電話の向こうにいるのはまぎれもなくほのかだった。
ほのかがこの時期に、こんな時間に電話してくる訳がないと思ってたし、ついあいつからだとばかり思っていたので、正直驚いた。
でも何故なんだ。俺の希望と予測を裏切ったかに思っていた張本人から今頃電話。
いや、裏切ったかどうかというのはあくまでも俺の考えであるが、せめてプレゼントのお礼の電話くらいくれてもいいのではないか?
あっ...。ひょっとして俺はやってしまったのか?
そう。この計画の根本の間違い、「ほのかの住所を書き間違えた」。
だったらほのかからお礼の電話も手紙も来るはずがない...。
「ねえ...。ねえってば!」
「な、何?」
「だってさっきからずっと呼んでるのに返事しないんだもん。」
「あ、ごめん。で、今日は何の用?」
「何の用?って言われても...。電話って何か用事がないとしちゃいけないの?」
「い、いや。そう意味じゃないんだ。ごめん。」
「そう。それでよろしい。」
そういって受話器の向こうのほのかの声はにこやかに弾んだ。だが俺にとって今大事なことはほのかとボケツッコミ(?)をすることではない。そう、例のモノが届いたかどうか。そして、真実を確かめることだ。
「あ...。あのー」
「ん、何?(きた〜〜〜!)」
「あのね、夏休みにパパのお供で、そっちに行くことになったんだ。」
「えっ、そうなの?(ちが〜〜〜う!!)」
「うん。でね、できればそっちで会いたいんだけど。」
「えっ、本当に?(やっぱり...)」
「うん。あなたさえよければ、なんだけど...。」
「いや、俺は一向に構わないけど。(やっぱり間違ったのかな...)」
「ほら、いつも私が迎える側だから、たまには、ね。」
「うん、そうだね。(はあ〜〜〜っ...)」
「いろいろ話したいこともあるし。」
「えっ?(えっ!?)」
「うん。じゃ、はっきり決まったら電話するから、じゃね。」
「ちょっと待って!」と俺が心の叫びを発する前にほのかは電話を切った。
いつものことではあるが、毎回肝心なところで逃げられる。
それよりもだ。たった今発生した問題。いつ来るか分からないほのかをさしおいて沖縄旅行の話を進めてよいか、ということである。
沖縄の方は夏休みに入ってから3〜4日後、という予定で準備を進めている。
もしそれに重なるようであれば、それこそ大問題だ。
そして、その決断の暇を与えないかのように、2度目のPHSが鳴った。
「もしもし。」
「おう、俺だ。今まで誰と電話してたんだよ。約束の時間に電話してみりゃ話し中だし。」
「ごめんごめん。ちょっとな...。」
「...。まあいいや。で、今度の沖縄旅行だけど。」
「そのことなんだけど。」
「なんだけど?」
「悪いけど旅行の日程決めるの、もうちょっと待ってもらえないかな。」
「おいおい。そりゃ、もうちょっと時間があるからいいけど、早く予約しないとマズい、って言ったのお前だぞ。」
「それは悪いと思ってるけど...。」
そう言って俺が言葉を濁すと、
「あっ、ひょっとしてさっきの電話、例の彼女からか?」
「ん...。まあな。」
「そうか!それは良かったじゃないか。」
「でも、せっかくお前が沖縄旅行を企画してくれたんだし。」
「それはそうだけど。で、その彼女は何て電話してきたんだ?」
「...。夏休みにこっちに来るって。」
「何!?やったじゃないか。で、いつなんだ?」
「実はそれが問題でね。」
「何でだよ。むしろ喜ぶべきじゃないのか。」
「でもいつ来るか未定なんだって、さ。」
「それでか。あんまり嬉しそうじゃないのは。」
「そういうこと。」
「でもさ、お前何迷ってんの?」
「何って、どうやって日程調整しようかと。」
「あのなー。それって秤にかける問題なの?おまえにとって。」
「そうじゃないさ。でも、うまいこと日程が合えば、両方とも行けるじゃないか。」
「でも俺らは日程変えないぞ。夏休みに入ってから4日後。これで確定。」
「おい。ちょっと待ってくれよ。」
「だめ。あとは運を彼女に全部任せな。他の奴らにはお前はCancelかもしれないって伝えとくから。じゃあな。」
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