Graffiti 20 −Like a child−


「ごめん、待った?」
「いや、ついさっき来たばかりだよ。」
「そう、良かった。こっちって電車の数が多いから、どれに乗っていいか分かんなくて。」
「だから迎えに行こうかって言ったじゃない。」
「いいじゃない。そういうところが旅の楽しいところじゃない?」
「まあ、そう言われればそうなんだけど。」
「だからいいの。さっ、行こう!」
そう言ってほのかは小気味良いテンポで歩きだした。
「だから何処へ行くの....?」と聞こうと思ったが、聞いても教えてはくれないだろうとの考えがそれを声には出させなかった。
それにここは札幌ではなく東京。それ相応の知識と経験を持ち合わせていないと電車(と地下鉄)で目的地までいくことすらままならない。
つまり、そのうち分からなくなったら俺に聞いてくるだろう、と考えたからでもある。
(どこにいくかで目的地も分かるし。)
まあ、滅多にこない内地。しばらくは好きにさせてやろうか...。

その雰囲気を楽しんでいるのか、それとも何かを探しているかどうかは分からなかったが、しばらく広い駅の構内を歩き回った。
その動きからおそらく前者の方だろうと思った。
通りに並ぶ店のショーケースを眺めながら楽しそうになにかを探すほのか。
「お土産でも探してるの?」という俺の問いかけに対し、ほのかはこう答えた。
「うん、そう。それもあるけど...。」
「それもあるけど?」
「うん。どれにしようかなかなか決まらなくて。ねえ、何がいいかな?」
「そうだな。でも、ここで決めるより、ほのかの目的の場所で探したほうがいいんじゃない?ここよりも選択肢少ないから選びやすいと思うけど。」
「そうじゃないんだけど...。」
「そうじゃないって?」
「ううん、何でもないの。それでね、私の行きたいところなんだけど。」
「うん。それがどうかした?」
「うーん、やっぱりどうやって行くのか分かんなくて。」
(それ以前に俺は目的地を知らないんだけど...。)
意外に早い時間に出た会話だった。どうやらさっきはウインドウショッピングではなく、目的地へいく手段を、俺に悟られないように探していたようだ。
意外に意地っ張りというか、ひねくれてるというか...。
いつも(札幌に行ったとき)は見れなかった、ほのかの一面を垣間見たようで、少し嬉しかった。
「あのね、私、東京タワーに行ってみたいの。」
「えっ、東京タワー?」
「うん、そう。」
「へえ、意外だね。」
「どうして?」
「いや、ほら。こないだ電話で話したとき、あまりにもあっさり決めてたから、よっぽど珍しいところかな、って思ってたから。」
「それは貴方の考え方。それにまだ言ってなかったけど、私東京に来るの今日が初めてなんだよ。」
「へえ、そうなんだ。でも、どうして東京タワーなの?」
「だって、北海道にはないじゃない。あんなに高いの。」
「なるほど、ね。」
「そう。ねえ、だから早く行こうよ!」

電車の中でのほのかは、まさに子どものようだった。
さすがに「靴を脱いで視線は窓の外に釘付け」とまではいかないが、その目線は、何を見ていいのか、全てみたいのか、一向に落ちつく気配を見せない。
まさに見るもの全てが新鮮、といった感じだった。
そしてその口調もいつもにも増して軽やかで、楽しそうだった。
「北海道にもあるし、そんなに珍しくもないよ。」と途中あいづちを入れるが、その皮肉まじりの言葉にももはや反応しないほど夢中になっていた。
最初の頃は常に一線を置くというか、内面を見せようとしなかったほのかが、富良野以来大きく変貌を遂げた。
まあ、目の前の今の姿が本当のほのかの姿ではないだろうが、はっきりいって今日のほのかには、「緊張感」がない。
俺は、この行動が例の「企み」によるものではない、自然な行動であるということを感じ、「まあいいや。純粋に楽しそうだし、今日は余計な詮索はやめよう。」と心の中で思った...。

「うわー、ホントに高いね。」
展望所についたほのかの第一声はそれだった。
あまりにも当たり前の反応にややがっかりしたが、初めて登った人は皆そう思うのだろうか?
「そりゃそうだろうね。ここでも300m位あると思うから。」
「ふうん。でもやっぱりすごいね。ほら、建物があんなに小さいよ。」
そう言ったほのかは俺の手を握り、狭い展望台の中を右へ左へと走り回った。
本当にここに来れたことが嬉しいのか、その表情はさっきにも増してにこやかだった。
そして歩き回って満足したのか、それとも疲れたのか、近くの椅子に座って休むことを要求した。
「ちょっと疲れちゃった。」
「そりゃ、ずっと歩き回ってたもんね。」
「でも、ホントに凄いね。」
「そう?」
「うん。むこうじゃ絶対見れないもん。」
「喜んでもらえてよかったよ。」
「ありがと。でも、北海道と比べると何だか空が遠く感じるんだけど。」
「いつもより近いところで見てるのに、でしょ?」
「そう。気のせいなのかな?」
「でもそれは仕方ないよ。北海道と比べれば空気は随分汚いし。」
「まあ、それはそうだけど。」
そう言ってほのかは窓の外に目線を移した。
天気はいいものの、さっきのほのかの言葉どおりどこかすっきりしない、というか淀んだ感のある空。
俺にしてみればそんな風景はあまり見せたくないし、見てもあまり嬉しくはないだろうと思った。
がほのかは初めて見る目線からの風景を楽しんでいるのか、にこやかに微笑んでいた。
そして、何かを思い出したかのような表情を見せて、俺に聞いてきた。
「あっ、でも天気のいい日は富士山が見えるんでしょ?」
「そうみたいだね。」
「そうみたい、って?」
「見たことないってこと。」
「ふーん...。でも残念だな、今日見れなくて。」
「また来ればいいじゃない。親父さんの学会だって、またあるんでしょ?」
「うん。でもまた次も東京、って訳じゃないし...。」
「それじゃあ、今度来たときの楽しみってことで。」
「なあに?もう次のデートの約束?」
「違うよ...。あっ、ひょっとして俺と一緒じゃイヤ?」
「そ、そんなことないよ。」
「分かってるよ。ごめん。」
「うん。今日はホントにありがとう。」
 その後もしばらくここで時間を過ごした。 ここでも見るもの全てが珍しい、という雰囲気を見せるほのかに「もう帰ろうか?」と声をかけると、やや残念そうな表情を残し、こくりとうなずいた。
そして帰りの電車の中でのこと。
「父さんとはどこで待ち合わせ?」
「空港で待ち合わせすることになってるの。」
「そうなんだ。じゃあ、空港まで送るよ。」
「ダメ。」
「えっ?どうして。」
「だって、パパには見られたくないんだもん。」
「ってことは俺はさしずめ悪い虫ってところかな。」
「ううん、そういう意味じゃないんだけど。」
「いいよ。別に理由を聞くつもりはないし。」
「ありがとう。でも一応1人でお買い物、ってことになってるから。」
「ふーん、そうなんだ。でもほのかの父さんにしてみればきっとそうなんだろうな。」
「そんなことないよ。貴方は憶えてないかも知れないけど、パパは貴方のこと憶えてたんだよ。」
「へえ、そうなんだ。」
「うん。」
「じゃあ、父親公認って訳か。」
「何言ってるのよ、もう。そんな事しか考えないんだから。」
「ごめんごめん。」

「........。ねえ?」
「ん、何か言った?」
「あのぉ...。夏休みはこっちに来ないの?」
「えっ、そうだな。夏の北海道ってのもいいかもね。バイト代もあり余ってるし。」
「うん。すっごく暑くて気持ちいいよ。」
「それって何か変なの。」
「うん、私もそう思う。」
そう言ってお互い顔を見合わせて笑った。
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