Graffiti 23 −友の予言−
その後の札幌は本当に平和な日々だった。
バイトの残りの期間を順調にこなし、無事(?)後任も決まり、帰京することができた。
あの日俺は結局2回(以上)溺れたわけだが、胸に残っているものは、恐怖感ではなく、あの時感じた妙な気持ちだけだった。
そう、以前感じたせつない気持ち...。
でも、本当に今回の札幌では得たモノが多かったなあ、とつくづく感じる。
バイトで稼いだ金。俺のほのかに対する気持ち。
そして、ほのかの俺に対する気持ち...。
決して多くを語らないほのかだが、それ故にその表情と雰囲気は言葉よりも多くのモノを俺に感じ取らせようと努力しているようにも思える。
そして、やはりあの手紙を書いたのはほのかだろうと、再び希望に満ちた日々がはじまった。
だがあと1つだけ気にかかることがある。それは他でもない「ガラス細工」の行方だ。
こないだほのかがこっちに来た時にてっきりその話があるのかと思っていた。
それに、「話したいこと」って、一体何だったんだろう...?
ひょっとして、俺に「札幌に来て欲しい」ということだったんだろうか。
でもそれなら、プールの話も当然出しただろうし、水着も持ってこい、といったはずだ。
...。よく考えると解決できてないことがまだあり、そしてそれは過去を忘れた俺が悪いのだろうが、その手の上で俺を踊らせるほのかの「企み」を見破ることで解決できるんだろうと思う。
それはきっと当分先の話になるだろうと思っていたが、9月のある日のこと...。
学校も2学期に入り、日を重ねるごとに周囲が「卒業色」にだんだん染まっていく雰囲気だった。
担任や友人たちの会話の中に「受験・就職」という言葉が多くなる。
でもそれは決してひとごとではない。俺もそろそろ今後の身の振り方を考える時期にきているということを実感する。
「今ごろ遅すぎる」と担任に耳にタコができるほど言われたが、俺の頭の中にはこれ以上難しい知識は入りそうにないし、それが必要だとも思わない。また働くにしても、これといって就きたい職業があるわけでもない。
友人達は「お前は旅行代理店かツアコンしかない」と半分冗談のように言う。
俺もそれは考えなかったわけではないが、俺の性分からしてそれはきっと合わないし、商売として成立しないだろうと思う。
だからといって、進路を決めないと担任はウルサイし、母も多少なり心配するだろう。
よって、自由奔放に生きることができて、その上飯が喰える「芸術系」を目指すということにしている。
ただそのためには「美大に行かなければ喰っていけないだろうし、世間で通用しないだろう。」と、まさか俺と同じ道を行くのか、と美術部の友人が不思議そうな顔をして言う。
つまり、どちらかと言えば「進学」する部類に入ることとなる。
そうやってだんだんと周りが慌ただしくなっていく、ある日のこと。
「美大志望」という目標をとりあえず掲げた俺に課せられた、「絵を描く」ために、放課後美術室で絵の勉強に励んでいた時のことだった。
友人がこう俺に言う。
「なあ、確か来週お前の誕生日じゃなかったっけ?」
「ああ、そうだけど、お前も変な奴だな。」
「何で?」
「あのなあ。いくら友達といえども、いちいち男の誕生日なんかに気を配るなよ。」
「アホか。俺をそんな生き物といっしょにすんな。」
「そうじゃないとこっちも困るよ。」
「違うよ。俺が言いたいのは、例の彼女のことだよ。」
「何でだよ。それが俺の誕生日と何か関係あんの?」
「あそこまでいい雰囲気までいったんだ。きっと何かあると思うぜ。」
ニタニタと笑いながら俺の方を見てこう言う。
なぜ彼がここまで詳しいのか。それは俺が逐一報告しているからだ。
当然彼に脅されているわけではない。俺なりに悪気と感謝の気持ちがあるから、彼にだけはある程度教えているのだ。
「してその根拠は?」
「別に根拠があって言ってる訳じゃないよ。ただ何となくそんな気がするだけだよ。」
「確かに。そんなことおまえが知ってたら変だもんな。」
「そういうコト。でもマジで期待していいと思うぜ。」
「そうかなあ。でも、まだいまいち良く分からないんだよな。」
「分からない、って何が?」
「行動がね...。かなり突拍子もないんでね。何か今にもひょこって現れそうな気がするし。」
「まさか。いくら何でもそれはないだろ。」
「確かにそこまではしないと思うけど、それくらい分からないってこと。」
「そうか。でも俺なら期待するけどな。」
...。別に俺だって期待していなかった訳ではない。それに、あのほのかの様子なら多分俺の誕生日くらい調べているだろうと思う。
(なんといってもパンツのサイズを知ってたくらいだからな...。)
などと考えながら絵を描く。が、才能がないのか、それとも雑念が多すぎたのか、キャンバスに描かれていたものは、書いた自分ですら何を書いたのか分からなかった。
それを見た友人は、「やっぱり考え直した方がいいんじゃないか?」と、久しぶりに真顔で俺に言った...。
彼の言うとおり、考え直した方がいいかなと思ったが、何かやってないと担任がウルサイので、進歩こそなかったがとりあえず書き続けた。
そしてそれを始めてから一週間後、ついに運命の日を迎える。
周囲の人達にとってみれば今日は1年365日の中の何でもない1日にしかすぎない。まあ、俺にとっても今日以外はそれと同じことだし、別に誕生日がきたからといって急に何かが変わるというわけでもない。
誕生日を過ぎるたびに体のどっかが変化してくれたら少しは面白いと思うんだが...。
そんなくだらないことを考えながら、でも心のどこかが落ち着かない。
どことなくふわふわとした気分のまま学校へ行き、進歩しない絵を描き、いつものようにバイトをこなして家に帰った。
「ただいまー」
「おかえり。すぐご飯食べる?」
「うん。そのつもりだけど、どうして?」
「ほら、今日誕生日じゃない?だから、久しぶりに外ででも、って思ったんだけど。」
「いいよ、そんなことしなくても。この年になって誕生日に外食なんて、恥ずかしいし。」
「そうかしら?」
「そうだよ。それに、そんなとこ友達に見られたら明日なんて言われるか分かんないし。」
「そう?残念ね。」
「ありがとう。その気持ちだけで十分だよ。でも、外食の予定だったってことは何も作ってなかったりして。」
「ピンポーン。なかなか察しがいいわね。今から作るけど、何かご希望は?」
「いや、別に。いつものでいいよ。それに特別なものを食ったからって、何か変わるわけでもないし。」
「でもホント、あなたって父さんに良く似てるわね。」
「そ、そうかな?」
「ええ。じゃ、作ったら呼ぶから、ちょっと待ってて。」
「うん、分かった。部屋にいるからのんびり作ってよ。」
そういって俺は部屋に足を運んだ。
いつものようにベットに横になる。が、今日は何となく部屋の雰囲気が違うことにすぐ気付く。
母が勝手に物の配置を変えたとか、カーテンが変わったとか、そういうことではない。
「何が変わったんだ?」と部屋の中をぐるりと見回して、ようやく気付いた。
机の隅にちょこんと置かれた小さな箱。
母が置いたことは間違いないが、なぜあんなに隅っこのほうに置いたんだろうか?そしてその中には何が入っているんだろうか...。
そして何が入っているか確認すべく、ベットから起きあがって中身を確認する...。
近づいてみて初めて分かった。それは小包で、そしてまだ未開封だった。
まあ、俺の部屋に置いてあるということは、俺宛に届いたものであることは間違いない。そして当然未開封であるはずだ。
いくら家族だからといっても、自分宛に届いている物を勝手に開けられていたら少々具合が悪い、というか最低限守られるべきプライバシーだ。
と、当たり前のことを考えつつ、はてさて誰から届いたものかと差出人を見る。
...。彼の言うことは正しかった。差出人はまぎれもなくほのかだった。
「最初の手紙からちゃんと宛名をかいといてくれればこんなに苦労しなくてすむのに。」
と、勝手に断定形で考え、少々ドキドキしながら箱を開けた。
中に入っていたのは、一枚の手紙と丁寧に包装紙された箱だった。
手紙も気になるが、包まれた箱の中身が非常に気になる。まあ、位置づけとしては一応誕生日のプレゼントということになるんだろう。
ドキドキしながら包装を破り捨てる...。
そして現れたのは、また梱包された真っ白い箱だった。
ふと頭の中をよぎる。
「まさか、開けたらまた中に箱が入ってるとか...?」
まさかほのかに限って、しかも郵便でそんなボケをかますことはないと思ったが、まさかと思って、箱をくるりとひっくり返す。
そしてその中身がボケでないことを確認し、ほっとする。
箱の裏側にあったもの。そう、製造元のシールと購入した店のスタンプだ。
さて中身を見ようか、と箱を表に返したその時。あることに気付いて再び箱を裏返す。
まさかと思ったが、そのスタンプに書かれていた住所。「東京都...。」
「そうか。あのときのほのかの言葉はそういうことだったのか...。」
それに気付いた俺は、箱の中身以上に手紙に書かれているだろう文章が気になり、箱を開けずに手紙に手を伸ばした。
手紙を開く。そして、中に書かれている文章に目を通す...。
............。
.............。
そうか、そういうことだったのか。
ようやくこないだ(東京に来たとき)のほのか妙な行動の理由が分かった。
いや、そんなことはどうでもいい。俺が一番知りたかったこと...。
ガラス細工が間違いなくほのかのもとへ着いていたことを確認できたことが一番嬉しかった。そしてもういまさら筆跡なんてどうでもいい。
間違いなくあの手紙を出したのはほのかだ。今でははっきり自信を持って言える。
もう迷わない。
あとはほのかが自分の口から真実を語ってくれる、その時を待つしかない...。
戻る/次へ